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第三章
驚愕の華
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ぷちゅっ
「んっ…」
皮膚を貫く感覚、男の吐息。
さぁっと体から体温が抜けるような感覚。
薬をもらう条件として、ウチは男に血を差し出すこととなった。
男は見た目通り、本当に吸血鬼らしい。
ウチがいじめられていた際の血の匂いに釣られてしまったらしく、今では薬と血の交換だ。
「…」
今日もやってきては、わざわざ薬を砕いてから口に入れてくれる。
本当に…、冷たいのか優しいのか、よく分からない人だ。
「今日は随分と長めだった…」
「そう…ですか?」
最近では少しだが会話も増えた。
ウチが慣れたと言うよりは、男の方がウチに慣れたのだろう。
「よく分かりません…。あの瞬間は何も考えないようにしてるんで…。」
男の真っ赤な双眸を見つめ、にこりと笑った。
この男に限って、心配してくれるなんてことはなさそうだが、一応心配させないように。
「…そうか」
いつも通りの、返事。
しかし、いつもより小さい声だった。
*****
12番目の夜。
「じゃ~あねぇ~」
シレネたちが去った。
いつもの如く、床の木目を数えながら男を待った。
しかし、いつまで経っても男が現れることはなかった。
どうしたんだろうか。
もしかしたら、もう血がいらなくなったのだろうか?
それとも、面倒臭くなってしまったのだろうか?
大丈夫。
薬がなくたって平気。
薬がない6日間は古傷を負いながら、耐えれたのだから。
口に広がる鉄の味。
どうやら鼻血のようだ。
このまま流しっぱなしだと、ダメだ。
動かないと。
体制を変えようと動く。しかし。
「うぅっ…あ”ぁ”っ!!!」
酷い激痛が体を襲った。
最近は、薬のおかげでなかった痛み。
久しぶりだったからだろうか。
ウチの体は痛みを過剰に感じてしまったようだ。
びっしょりと冷や汗だらけなる自分。
しかし、そんなことに思考を持っていけるほど余裕はなかった。
「う”っ」
どんどん血が口の中を支配する。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
苦しい。
あぁ、でも。
このまま気管が詰まれば、この拷問は終わる。
ツクヨのこととか、楓先輩のこととか、もう何も気にしなくて済む。
全部どうでもいい。
瞼を閉じる。
抵抗をやめ、無理に血を吐くこともなく、床へと沈むように力を抜いた。
その時。
「っ…!?」
唇に当たる感触。
それは貪るようにウチの唇を吸って、舌を口内へと捩じ込んでくる。
そして、口内の血を吸うように、飲むように動く。
「……はっ」
浅い呼吸を繰り返す。
まるで獣のようなキス。
でも、一体誰が。
閉じていた開ければ、朧げな視界が広がる。
白と黒、そして赤。
つぷりと引き抜かれた舌は、互いの唾液と血で糸を引いた。
「あ…、きぅ……けっ…」
「はっ…はっ…、喋るなっ……」
息が荒かった。
そして、目の前にいる男も自分と同じく血に濡れていた。
その姿が自分と重なる。
男にいつものような冷静さはなかった。
いそいそとケースを取り出して、バラバラと薬を自身の手にばら撒いた。
そして、そこから何粒かを取り上げウチの口元へと運んだ。
「飲め」
いつものような冷たい声。
しかし、その声には焦りの色があった。
大人しく、差し出された薬を口に含む。
ゆっくりと下の上で転がせば、それだけで身体中の痛みが消えていく。
「ありがとうございます…」
ようやく楽になった体。
少し上半身を起こして、男を見た。
まるで戦争に行ってきたかの如くボロボロで血まみれの男。
先ほどは視界が朧げで気付かなかったが、結構な大怪我だ。
「ちょっ!!あなたも飲んでください!」
男の手元にある薬を指差し、ウチは半ば叫ぶように言った。
すると、男は少し目を見開いた。
「…いや、俺は、…」
こんなにタジタジな男は今まで見たことがない。
と言っても、相変わらず感情の起伏というか、表現のし方が小さいのだが。
それにしても、頑なに薬を飲もうとしない。
もしかして薬アレルギー?
「あ!血を飲めば治りますか?!」
「…っ!」
ウチは男の答えも聞かずに、襟合わせを開く。
「どうぞ!」
いつものように首筋に歯が刺しやすくなるように。
男はびくりと肩を振るわせた。
いつものことなのに、何故か今回は躊躇っているように見えた。
「なぜ…」
男が呟く。
「なぜ…、俺に…」
男の呟きは、この先続くことはなかった。
大人しく、いつものようにウチの首筋に歯をたてる。
血の気が引いていく感覚は、今でも慣れない。
でも、何だかこの男のいつもと違った一面を知れて、少し嬉しい気もする。
あなたの名前は。
どうして未来人よりもウチら祖先のような姿なのか。
どうしてあんな怪我をしたのか。
きっと、今聞いても答えてはくれないだろう。
でも、いつかきっと聞けるような気がする。
ゆっくりと瞼を閉じる。
*****
「おい、あいつどこ行った!?」
「くそっ!見失った!」
幽玄遊郭のとある庭。
日本庭園のような和を思わせる優雅な場所は、若い衆たちの殺伐とした雰囲気が立ち込めていた。
「何発か撃ち込んだが、仕留め損ねちまった…」
何かを探すように、若い衆たちが20人程庭にひしめき合っている。
口々に、侵入者への不満を口にしながら。
しかし、それと同時に彼らの顔は何かに怯えているようだった。
明らかに顔色が悪いものもいれば、「ダメだダメだダメだ、殺される…」と尋常ではない程取り乱す者もいる。
「そもそも。
なんでこの倉庫を見張んなきゃなんねぇんだ…?」
草をかき分けながら、一人の若い衆がポツリと呟いた。
「バカッ!大声で話すな!」
もう一人の若い衆が、頭を殴る。
そして二人は当たりを見渡し、体制を低くした。
「毎夜、同じ時間に決まった禿が入ってるらしいが…、意図は全くわからん。」
「なんで禿なんだぁ?」
「さぁな。
大公様の考えていることはよくわからん。」
「んっ…」
皮膚を貫く感覚、男の吐息。
さぁっと体から体温が抜けるような感覚。
薬をもらう条件として、ウチは男に血を差し出すこととなった。
男は見た目通り、本当に吸血鬼らしい。
ウチがいじめられていた際の血の匂いに釣られてしまったらしく、今では薬と血の交換だ。
「…」
今日もやってきては、わざわざ薬を砕いてから口に入れてくれる。
本当に…、冷たいのか優しいのか、よく分からない人だ。
「今日は随分と長めだった…」
「そう…ですか?」
最近では少しだが会話も増えた。
ウチが慣れたと言うよりは、男の方がウチに慣れたのだろう。
「よく分かりません…。あの瞬間は何も考えないようにしてるんで…。」
男の真っ赤な双眸を見つめ、にこりと笑った。
この男に限って、心配してくれるなんてことはなさそうだが、一応心配させないように。
「…そうか」
いつも通りの、返事。
しかし、いつもより小さい声だった。
*****
12番目の夜。
「じゃ~あねぇ~」
シレネたちが去った。
いつもの如く、床の木目を数えながら男を待った。
しかし、いつまで経っても男が現れることはなかった。
どうしたんだろうか。
もしかしたら、もう血がいらなくなったのだろうか?
それとも、面倒臭くなってしまったのだろうか?
大丈夫。
薬がなくたって平気。
薬がない6日間は古傷を負いながら、耐えれたのだから。
口に広がる鉄の味。
どうやら鼻血のようだ。
このまま流しっぱなしだと、ダメだ。
動かないと。
体制を変えようと動く。しかし。
「うぅっ…あ”ぁ”っ!!!」
酷い激痛が体を襲った。
最近は、薬のおかげでなかった痛み。
久しぶりだったからだろうか。
ウチの体は痛みを過剰に感じてしまったようだ。
びっしょりと冷や汗だらけなる自分。
しかし、そんなことに思考を持っていけるほど余裕はなかった。
「う”っ」
どんどん血が口の中を支配する。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
苦しい。
あぁ、でも。
このまま気管が詰まれば、この拷問は終わる。
ツクヨのこととか、楓先輩のこととか、もう何も気にしなくて済む。
全部どうでもいい。
瞼を閉じる。
抵抗をやめ、無理に血を吐くこともなく、床へと沈むように力を抜いた。
その時。
「っ…!?」
唇に当たる感触。
それは貪るようにウチの唇を吸って、舌を口内へと捩じ込んでくる。
そして、口内の血を吸うように、飲むように動く。
「……はっ」
浅い呼吸を繰り返す。
まるで獣のようなキス。
でも、一体誰が。
閉じていた開ければ、朧げな視界が広がる。
白と黒、そして赤。
つぷりと引き抜かれた舌は、互いの唾液と血で糸を引いた。
「あ…、きぅ……けっ…」
「はっ…はっ…、喋るなっ……」
息が荒かった。
そして、目の前にいる男も自分と同じく血に濡れていた。
その姿が自分と重なる。
男にいつものような冷静さはなかった。
いそいそとケースを取り出して、バラバラと薬を自身の手にばら撒いた。
そして、そこから何粒かを取り上げウチの口元へと運んだ。
「飲め」
いつものような冷たい声。
しかし、その声には焦りの色があった。
大人しく、差し出された薬を口に含む。
ゆっくりと下の上で転がせば、それだけで身体中の痛みが消えていく。
「ありがとうございます…」
ようやく楽になった体。
少し上半身を起こして、男を見た。
まるで戦争に行ってきたかの如くボロボロで血まみれの男。
先ほどは視界が朧げで気付かなかったが、結構な大怪我だ。
「ちょっ!!あなたも飲んでください!」
男の手元にある薬を指差し、ウチは半ば叫ぶように言った。
すると、男は少し目を見開いた。
「…いや、俺は、…」
こんなにタジタジな男は今まで見たことがない。
と言っても、相変わらず感情の起伏というか、表現のし方が小さいのだが。
それにしても、頑なに薬を飲もうとしない。
もしかして薬アレルギー?
「あ!血を飲めば治りますか?!」
「…っ!」
ウチは男の答えも聞かずに、襟合わせを開く。
「どうぞ!」
いつものように首筋に歯が刺しやすくなるように。
男はびくりと肩を振るわせた。
いつものことなのに、何故か今回は躊躇っているように見えた。
「なぜ…」
男が呟く。
「なぜ…、俺に…」
男の呟きは、この先続くことはなかった。
大人しく、いつものようにウチの首筋に歯をたてる。
血の気が引いていく感覚は、今でも慣れない。
でも、何だかこの男のいつもと違った一面を知れて、少し嬉しい気もする。
あなたの名前は。
どうして未来人よりもウチら祖先のような姿なのか。
どうしてあんな怪我をしたのか。
きっと、今聞いても答えてはくれないだろう。
でも、いつかきっと聞けるような気がする。
ゆっくりと瞼を閉じる。
*****
「おい、あいつどこ行った!?」
「くそっ!見失った!」
幽玄遊郭のとある庭。
日本庭園のような和を思わせる優雅な場所は、若い衆たちの殺伐とした雰囲気が立ち込めていた。
「何発か撃ち込んだが、仕留め損ねちまった…」
何かを探すように、若い衆たちが20人程庭にひしめき合っている。
口々に、侵入者への不満を口にしながら。
しかし、それと同時に彼らの顔は何かに怯えているようだった。
明らかに顔色が悪いものもいれば、「ダメだダメだダメだ、殺される…」と尋常ではない程取り乱す者もいる。
「そもそも。
なんでこの倉庫を見張んなきゃなんねぇんだ…?」
草をかき分けながら、一人の若い衆がポツリと呟いた。
「バカッ!大声で話すな!」
もう一人の若い衆が、頭を殴る。
そして二人は当たりを見渡し、体制を低くした。
「毎夜、同じ時間に決まった禿が入ってるらしいが…、意図は全くわからん。」
「なんで禿なんだぁ?」
「さぁな。
大公様の考えていることはよくわからん。」
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