傾国の遊女

曼珠沙華

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第四章

可笑しい華

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サリエルさんの胸の中でひとしきり泣いたウチ。
かなり溜めていたからか、サリエルさんの衣服に申し訳なくなる程の大きなシミを作ってしまった。

そんなウチにひとつも嫌な顔をせず、それどころか「もっと泣いていい」と優しく頭を撫でてくれるサリエルさん。
あまりの優しさに、うっかり甘えそうになってしまう。
しかし、これ以上迷惑はかけられまい。
それに泣いたからか思考がかなりクリアになった。
精神的にも通常のウチに戻ったと言っても過言ではない。

サリエルさんは、少なからずウチの回復を感じ取ったのか、さっきまでの辛そうな顔を緩めている。

「体が治るまでは安静だな…」

「殆ど治りました!」

ふんす、とウチが鼻を鳴らせば、サリエルさんはあからさまに嫌な顔をした。

「だめだ。お前…自分がどんな状態だったかっ…」

言いかけてサリエルさんは首を振った。
眉間には深い皺が刻まれている。

「とにかく、私を幸せにしたいなら寝ろ。動くな。」

そう言って、優しくウチの掛け布団を掛け直すサリエルさん。
言葉はぶっきらぼうだけど、ウチのことを心配してくれてるのが十分に伝わる。

それにしても…。

「ふふ…」

「なんだ?」

思わず出た笑い。
そして、それに気付いたブルーサファイアの瞳がこちらを覗き込んできた。

「すみません…!
幸せに…なんて。そんな事言ってくれたの、サリエルさんが初めてで」

笑いまじりだった。
でも本当に、本当にサリエルさんだけだ。
ウチの幸せが、自分の幸せだ。
そう言葉にして直接言ってくれたのは。

サリエルさんは、瞳を大きく見開いたかと思えば、端に逸らしてしまった。

「そうか…。」

サリエルさんにしては珍しく小さな声だった。

明らかに照れている。
ある程度サリエルさんを見てきたからか分かってしまう。
そうやって目を逸らすのは照れているからだってこと。

ニンマリとしたニヤケ顔のまま、サリエルさんを見つめる。
ブルーサファイアの瞳が、ウチの視線から逃れようと右往左往する。


「おっほん!!!と、取り敢えず、お前の妹を呼んでくるっ!治療で入れなかったからな!」

大きめの咳払いをして立ち上がったかと思えば、早口でそう言いながらサリエルさんはドアの方へと逃げていった。

「いいか!絶対安静だ!!!」

「はーい」

そさくさとドアの外へと消えていくサリエルさん。
本当に可愛い人だ。

サリエルさんの掛けてくれた布団を握る。
1人になるとどうしても思い出す。
あの苦痛の時間を。
シレネたちの声、痛み、悲しみ…。

「はっ…」

知らず知らずのうちに呼吸が荒くなっていた。
胸に針を足したような鋭利な痛みで、ようやく気が付いた。

「やば…」

深呼吸しながら、息を整える。
思った以上に、ウチの中に大きな爪痕を残した。
シレネたちが、あそこまでの強行に出るとは夢にも思ってなかったからだ。

所詮は禿。
そしてウチは曲がりなりにも客を取ったことのある禿。

いじめがバレれば明らかに不利なのはシレネの方だ。
それにシレネは、若い衆たちの前でいじめをする事はなかった。
一度咎められたのかは分からないが、暴力もイビリも全て禿達だけの場所で行っていた。


それなのに、この遊郭内で監禁し暴行する。
しかも、あの倉庫だって普段から人が出入りする場所だったはずだ。

禿身分のシレネたちが、長時間あそこを占領する事は果たして可能なのだろうか。

悶々と思考を巡らせているその時。


コンコン


医務室の扉がノックされた。
当然、ツクヨかと思ったウチは体を起こした。

「どうぞ。」

そう返事してしまったのだ。

ドアがスライドされ、入ってきたのはただの若い衆だった。

「え…」

小さく漏れた声。
若い衆が何か用だろうか。

「おい、何寝てるんだ。治っているなら仕事だ、仕事。」

ズカズカと布団へ近付き、ウチの手を掴む若い衆。
怪我人ではないが、先程まで怪我人だったウチ相手に少し乱暴ではないか。

「ほら、行くぞ。」

まるで急いでいるかのように、そうウチを捲し立てる若い衆。
掴まれた手がキリリと痛む。

「わ、分かりました!分かりましたから!」

そう言って自分からベットから出ると、今度は手を引いてくる若い衆。

「うわっ!」

よろける身体。
しかし、そんなウチの事など気にも止めず若い衆は先を進み出す。
明らかに急いでいる。
まるで、オシリスさんとレイノルズさんと初めて3人でシたあの夜のよう。

だけど、救助したての禿を普通使う?

たしかに、遊郭での女の子の扱いは酷いものだったと聞くけど…。

半襦袢の用に軽い着物をはためかせ、ウチは若い衆の後に続く。




*****


「泉花魁の部屋だ。」

そう言って渡されたのは、一本の熱燗の乗ったお盆。

「えっと…」

「つべこべ言うな、持っていけ。」

半ば押し付けるように持たされたお盆。
それにしても急過ぎではないか。
いつもの仕事用の袴さえ着せられず、病人の様な白い着物のまま。
しかも、いつもの化粧もなし。
明らかに接客する格好ではない。

「早くいけ」

それを口にしようとするが、若い衆は頑なに答えようとしない。
こちらの言葉を拒絶している。

「……はい。」

渋々と言った感じで、ウチは泉花魁の部屋へと足を向けた。

長い階段。
何度もいうが、回復させたばかりの禿にやらせる仕事ではない気がしてならない。
ここは未来で、ウチら祖先はこき使われて居るから労基とか無いのは予想していたが、ここまでとは。

体はシレネたちから暴行を受ける前に戻って居る。
しかし、ただでさえ普通の時もこの階段はキツかったのだ。
プルプルと震える腕でお盆を持ち、ウチは階段を登った。













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