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第四章
危険な華
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マナがいない。
店の始まりから終わりまでマイケルさんと居るから、見かけないのかな。
マナがお客さんの所に行っている時もそうだったから。
最初はそう思っていた。
でも、それにしても全く見かけない。
お布団には居ないし、食事の場にもいない。
またお客さんを取ったのかな。
そう思うと寂しくなってしまう。
やっぱり、私は邪魔だったのかな。
マナの仕事にとって…。
私が虐められてるせいで…、
私が一人じゃ何もできないせいで…。
私が助けてって言った時は、お客さんの所に行かずに側にいてくれたのに…。
すぐお客さんの所に行っちゃうなんて…。
「…どうしましたか?」
「ふぇっ…?!」
上からの声にびくりと体が揺れた。
そうだ。今はマイケルさんと居る時間だった。
「ご、ごめんなさい…。考え事を…。」
怒られるかな…。
そう考えると体が無意識に震える。
なるべく震えが伝わらないように、背中を丸めた。
「…はぁ…。」
頭上からため息が聞こえる。
その音に私の体はさらに大きく震えた。
どうしよう。怒らせてしまった。
何かに耐えるべく無意識に両目を瞑る。
「…すみません。怖がらせる気はなかったんです。」
優しい声色だった。
ゆっくりと目を開ける。
体の震えはまだ治らないけど、私は顔を上げた。
「…っ…!」
怖かった。
真っ赤な粘膜だけの目が血のようで恐ろしかった。
でも…。
「…、ま、マナ…に」
この人を信じるって、決めたんだ。
私は震える唇を動かした。
「ま、マナに合わせてくれませんか…っ?」
*****
「……はぁ…」
ふかふかの背もたれに体を沈め、サリエルは小さくため息を漏らした。
車の運転手でさえ聞こえない程に小さなため息。
あの三日間。
とある禿と過ごしたあの三日間がサリエルに大きな爪痕を残したのだ。
女声と男声の両方のいいとこ取りをした中性的な声。
それがどんなに心地良かったか。
これまでで一番、どんな人間よりも安心できる声。
それだけではない。
マナの声だけではない。
マナと過ごす時間でさえも自分を隠やかにさせた。
「どうしたものか…」
ガンガンと痛む頭を押さえ、サリエルは仕事の手を止めない。
どうだったか。マナと共にいたときは.この痛みさえなかった気がした。
なんの面白味も、楽しみもなく、ただひたすらに仕事をする人生。
まるで暗闇を歩いているようだった。
ただ、それを苦痛だと思ったことはなかった。
生まれてきた時から、そうだったから。
ただ与えられたことを淡々とこなす。
ノルマを達成すればまた次のノルマ。
達成しなければ廃棄される。
ノルマさえ達成すれば良い。
プラスにしても、マイナスにしても先は地獄。
そう思っていた筈だった。
「サリエルさんってかっこいいですね!」
脳裏にマナの声が鮮明に聞こえた。
初めてだった。誰かに褒められたのは。
自分のしていたことを、『当たり前』から『特別』に変えたのだ。
やっと分かってしまったのだ。
何故、彼女なのかを。
レイノルズ、オシリスがあそこまで希う理由。
分かって仕舞えば、自分も奴らと同類に堕ちる。
しかし、それだけはいけない。
彼女に振られてもなお、周辺を彷徨き、怪しい影を残すあの二人のようになってはいけない。
「…一体何を考えているのやら…。」
更に重くなった頭を抱えながら、目の前のホログラムに視線を移した時だった。
視界の端に出てきた小さな画面。
常人の動体視力では、捉えられないものだがサリエルにとっては造作もないこと。
流れ作業のように、それを押せば『MICHEAL』の文字が。
「どうした、何か…」
「大変なんだよ兄さん!!!!!!!」
ホログラムから聞こえる、弟の緊縛した声。
途端に、サリエルは自身の体の血の気が一気に引くのを感じた。
「おい!!今すぐ幽玄遊郭に迎え!!!!急げ!!!!」
マイケルの話を聞かずもがな、サリエルは運転手を急かした。
運転手の小さな悲鳴など、サリエルの耳には入らなかった。
あの聴覚の優れているサリエルが。
それほどまでにサリエルの気は動転していた。
あんなに事件に巻き込まれてほしくなかった彼女が、危険な目に会うかもしれない。
いや、もうもう既に会っているのかも知れない。
バクバクと心臓が痛いほど脈打つ。
冷や汗が頬を伝う。
呼吸もどんどん荒くなって、
「落ち着いて!!!!」
サリエルの反応にマイケルが声を上げた。
「と、取り敢えず僕らの話を聞いてくれ…!」
「っ……僕ら…?」
マイケルの言葉に少し平静を取り戻したサリエル。
ふと耳をすませば、マイケルの後ろから聞こえる少女の泣き声。
それは、マナの隣にいたマナを助けるためにサリエルへと掛けられた声。
「実は、ツクヨちゃんがマナさんに会いたいと…。
それで…若い衆に聞いても探しても見当たらなくて…。」
「何…っ?!」
サリエルの嫌な予感がますます色濃くなる。
マイケルの声の奥にいる少女の泣き声は、更に大きなものになる。
「うぅっ…ひぐっ…マナぁ…まなぁ…ぁ!」
「ツクヨちゃんが最後に会ったのは、兄さんが帰ったその日…
………………え…?」
マイケルの声が困惑で震えた。
不気味な間が、サリエルを更に不安へと掻き立てた。
「おい、どうした!!?」
大声でそう呼びかけるも、マイケルの返事はない。
そして小さな、ほんの小さなツクヨの悲鳴をサリエルが捉えた。
「返事をしろ!何があっ…」
「あぁ、サリエルか。」
艶やかな低音。
しかしサリエルにとっては悪魔の声。
「レイノルズッ…!!!」
何故、そこにいる?
何のために?
何か目的が?
そんな思考がサリエルの頭の中を覆い尽くす。
「最近、私の邪魔ばかりするね…」
明らかに自分に向けられた言葉。
そんなレイノルズの白々しい態度に沸々と湧き上がる怒り。
「ふざけるなっ!!!!!邪魔はどっちだ!!!!!!
あいつの為を思うならっ…!」
「五月蝿いな」
途端。
ブチン!!!
鋭い電撃の音。
そして、真っ暗になる画面。
どうやら、サリエルとマイケルの通話はレイノルズによって無理やり切断されたらしい。
店の始まりから終わりまでマイケルさんと居るから、見かけないのかな。
マナがお客さんの所に行っている時もそうだったから。
最初はそう思っていた。
でも、それにしても全く見かけない。
お布団には居ないし、食事の場にもいない。
またお客さんを取ったのかな。
そう思うと寂しくなってしまう。
やっぱり、私は邪魔だったのかな。
マナの仕事にとって…。
私が虐められてるせいで…、
私が一人じゃ何もできないせいで…。
私が助けてって言った時は、お客さんの所に行かずに側にいてくれたのに…。
すぐお客さんの所に行っちゃうなんて…。
「…どうしましたか?」
「ふぇっ…?!」
上からの声にびくりと体が揺れた。
そうだ。今はマイケルさんと居る時間だった。
「ご、ごめんなさい…。考え事を…。」
怒られるかな…。
そう考えると体が無意識に震える。
なるべく震えが伝わらないように、背中を丸めた。
「…はぁ…。」
頭上からため息が聞こえる。
その音に私の体はさらに大きく震えた。
どうしよう。怒らせてしまった。
何かに耐えるべく無意識に両目を瞑る。
「…すみません。怖がらせる気はなかったんです。」
優しい声色だった。
ゆっくりと目を開ける。
体の震えはまだ治らないけど、私は顔を上げた。
「…っ…!」
怖かった。
真っ赤な粘膜だけの目が血のようで恐ろしかった。
でも…。
「…、ま、マナ…に」
この人を信じるって、決めたんだ。
私は震える唇を動かした。
「ま、マナに合わせてくれませんか…っ?」
*****
「……はぁ…」
ふかふかの背もたれに体を沈め、サリエルは小さくため息を漏らした。
車の運転手でさえ聞こえない程に小さなため息。
あの三日間。
とある禿と過ごしたあの三日間がサリエルに大きな爪痕を残したのだ。
女声と男声の両方のいいとこ取りをした中性的な声。
それがどんなに心地良かったか。
これまでで一番、どんな人間よりも安心できる声。
それだけではない。
マナの声だけではない。
マナと過ごす時間でさえも自分を隠やかにさせた。
「どうしたものか…」
ガンガンと痛む頭を押さえ、サリエルは仕事の手を止めない。
どうだったか。マナと共にいたときは.この痛みさえなかった気がした。
なんの面白味も、楽しみもなく、ただひたすらに仕事をする人生。
まるで暗闇を歩いているようだった。
ただ、それを苦痛だと思ったことはなかった。
生まれてきた時から、そうだったから。
ただ与えられたことを淡々とこなす。
ノルマを達成すればまた次のノルマ。
達成しなければ廃棄される。
ノルマさえ達成すれば良い。
プラスにしても、マイナスにしても先は地獄。
そう思っていた筈だった。
「サリエルさんってかっこいいですね!」
脳裏にマナの声が鮮明に聞こえた。
初めてだった。誰かに褒められたのは。
自分のしていたことを、『当たり前』から『特別』に変えたのだ。
やっと分かってしまったのだ。
何故、彼女なのかを。
レイノルズ、オシリスがあそこまで希う理由。
分かって仕舞えば、自分も奴らと同類に堕ちる。
しかし、それだけはいけない。
彼女に振られてもなお、周辺を彷徨き、怪しい影を残すあの二人のようになってはいけない。
「…一体何を考えているのやら…。」
更に重くなった頭を抱えながら、目の前のホログラムに視線を移した時だった。
視界の端に出てきた小さな画面。
常人の動体視力では、捉えられないものだがサリエルにとっては造作もないこと。
流れ作業のように、それを押せば『MICHEAL』の文字が。
「どうした、何か…」
「大変なんだよ兄さん!!!!!!!」
ホログラムから聞こえる、弟の緊縛した声。
途端に、サリエルは自身の体の血の気が一気に引くのを感じた。
「おい!!今すぐ幽玄遊郭に迎え!!!!急げ!!!!」
マイケルの話を聞かずもがな、サリエルは運転手を急かした。
運転手の小さな悲鳴など、サリエルの耳には入らなかった。
あの聴覚の優れているサリエルが。
それほどまでにサリエルの気は動転していた。
あんなに事件に巻き込まれてほしくなかった彼女が、危険な目に会うかもしれない。
いや、もうもう既に会っているのかも知れない。
バクバクと心臓が痛いほど脈打つ。
冷や汗が頬を伝う。
呼吸もどんどん荒くなって、
「落ち着いて!!!!」
サリエルの反応にマイケルが声を上げた。
「と、取り敢えず僕らの話を聞いてくれ…!」
「っ……僕ら…?」
マイケルの言葉に少し平静を取り戻したサリエル。
ふと耳をすませば、マイケルの後ろから聞こえる少女の泣き声。
それは、マナの隣にいたマナを助けるためにサリエルへと掛けられた声。
「実は、ツクヨちゃんがマナさんに会いたいと…。
それで…若い衆に聞いても探しても見当たらなくて…。」
「何…っ?!」
サリエルの嫌な予感がますます色濃くなる。
マイケルの声の奥にいる少女の泣き声は、更に大きなものになる。
「うぅっ…ひぐっ…マナぁ…まなぁ…ぁ!」
「ツクヨちゃんが最後に会ったのは、兄さんが帰ったその日…
………………え…?」
マイケルの声が困惑で震えた。
不気味な間が、サリエルを更に不安へと掻き立てた。
「おい、どうした!!?」
大声でそう呼びかけるも、マイケルの返事はない。
そして小さな、ほんの小さなツクヨの悲鳴をサリエルが捉えた。
「返事をしろ!何があっ…」
「あぁ、サリエルか。」
艶やかな低音。
しかしサリエルにとっては悪魔の声。
「レイノルズッ…!!!」
何故、そこにいる?
何のために?
何か目的が?
そんな思考がサリエルの頭の中を覆い尽くす。
「最近、私の邪魔ばかりするね…」
明らかに自分に向けられた言葉。
そんなレイノルズの白々しい態度に沸々と湧き上がる怒り。
「ふざけるなっ!!!!!邪魔はどっちだ!!!!!!
あいつの為を思うならっ…!」
「五月蝿いな」
途端。
ブチン!!!
鋭い電撃の音。
そして、真っ暗になる画面。
どうやら、サリエルとマイケルの通話はレイノルズによって無理やり切断されたらしい。
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