傾国の遊女

曼珠沙華

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第三章

過去の華

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~とある幽玄の地に、男を寄せ付けない女在り。

 その女、それはそれは美しい姿なり。

 しかしその女、大の男嫌いであった。

 そこで、とある男が女へと会いに行く。


    男、なり。~



大公は憂鬱だった。
他の未来人の中でもより大公は、遊女の見た目に煩かった。
自分が気に入った見た目の女でなければ正直抱きたくないが、自身…いや、未来人の強すぎる性欲には逆らえなかった。

そんなこんなで自分の好みの女を探す為、色んな女を抱いた結果、ついた異名は『女喰らいの大公』。

その異名は良くも悪くもレイノルズを女と出会わせてくれる。
遊郭に行けば、自分の好みではない女を差し出される。
自分の本意を知っている友人たちは、レイノルズの好みに合わせて女の写真を送ってくる。

しかし、レイノルズはどの女も気に入らなかった。

一時、実は世にいうブス専というやつかもしれないと思い、顔で不良と言われた禿と寝た。
それも何人とも。

「お前ってどんな顔が好みなんだぁ?」

ムスッとした表情で、オシリスはレイノルズへと問いかけた。
いつもの様に共に遊郭へ行こうと誘ったが、レイノルズが事前に抱く女を決めていなかったせいで待たされているからだ。

オシリスの問いにホログラムを弄る手を止め、レイノルズは沈黙した。
そんなレイノルズの様子に「そもそも好みが分かってたら、こんなことになってねぇな…。」とオシリスは呟く。

「あ、いや顔の全体とかじゃなくてよ、こう…部分的な所とか…。」

オシリスはレイノルズが答えやすいよう、言い直した。
だが、レイノルズは沈黙したままだ。
そこから30秒ほど経過した後、レイノルズは口を開く。

「ふむ…黒髪…。」

「くろかみ」

レイノルズの答えを、オシリスが繰り返す。
そして、何か思い当たる女がいたのかオシリスはポンッと手を叩いた。

「そういやぁ、幽玄遊郭の新人遊女も黒髪だったなぁ!」

オシリスの話によると、『SERENDIPITY』で優良判定を受けたにも関わらず、男嫌いの遊女と噂される女だった。

「少しツワモノだって聞くけどよ、絶世の美女だって言うし…行ってみるのもアリなんじゃねぇか?」

これで顔に文句を付けるんだったら、お前のドストライクの女は居ねぇ!!と、付け加えるオシリス。
だが、どうやらその言葉はレイノルズの耳に入っていなかったようだ。
それ程レイノルズにとっては死活問題だった。
こんなに膨れ上がった自身の欲を持て余せば、きっと仕事に支障をきたしてしまうかもしれないからだ。


とどのつまり、レイノルズが欲しかったのはな性処理人形だった。







*****

「いらっしゃいませ!レイノルズ様、オシリス様!」

しゃがれた大きな声で幽玄遊郭の楼主は、二人を快く迎えた。

「本日はどの遊女をご指名でしょうか?」

しゃがれてはいるが声が弾んでいる。
レイノルズとオシリスのような大物二人が来店してくれた事が嬉しいのだろう。

「じゃあ、俺は山吹で。」

オシリスが一足早く別の遊女を指名する。
山吹は幽玄遊郭唯一の『格子』である。
格子とは、花魁の次に位の高い遊女の事だ。
オシリスはまだ過去の人間の女達に怖がられない方だった。
他の未来の男よりも、体の作りが祖先達と似ていてるからだ。
敢えて違うところを言うならば、炎のような頭皮と口しかない顔。そして黒色の肌。

そんなオシリスが遊女を抱くときは、何故か決まって豊満な体を持つ女だけだった。

だからこそ、今夜も山吹を選んだのだろう。
山吹の胸元に顔を埋めれば彼女から離れられなくなる、という噂を頼りに。

「んじゃあ、お先。」

オシリスはニカリと笑い、若い衆に引き連れて奥へと消えていった。
本来、位の高いレイノルズから指名するべきなのだが、二人は友人同士だからか常に互いにやりたい放題だった。

そんな二人を見慣れないのか、楼主は焦りながらも口を開く。

「レ…レイノルズ様はどう致しましょう?」

楼主の問いにレイノルズは一呼吸置き、そして…。

「では、泉を…。」

と、告げた。









レイノルズは若い衆を引き連れ、自身専用の部屋へと足を運んだ。
国の遊郭には、位の高い者専用の部屋というものがある。
その部屋は重要人物の数だけ存在し、その者が使用しなくても遊郭内に存在するのだ。

レイノルズは初めて入る自分専用の幽玄遊郭の一室の中、落ち着かなかった。

彼は潔癖症があるせいか、初めて入る部屋が何処となく落ち着かない空間だった。
その時。
コンコンと控えめに扉が叩かれる。

「失礼致します。」

扉越しに聞こえる鈴のような声。
レイノルズはその声に「お入り。」と返事する。

扉がゆっくりと開き、入ってきたのはこの世のものとは思えない程美しい美少女だった。

表情は男嫌いとは思えないほど穏やかで、纏う雰囲気から全身までキラキラと光り輝く、それ程の美しさ。
長い黒髪も艶々としていて、大きな瞳はダイヤモンドの様に美しい。
きっと誰もが彼女を見て、溜息を吐いてしまうだろう。

しかしレイノルズは彼女を見た瞬間、落胆したのだった。

女性でも見惚れてしまうほどの彼女の美貌を。

「はぁ…また違った。」

大きく溜息を吐くレイノルズを見て、泉はパチクリと瞬きを繰り返した。
泉の心境はパニック状態に近かった。
未来に突然来てしまった自分は、当然この世界でもモテモテだった。
男は自分を手に入れようと手を伸ばし、女は憧れの視線を寄越す。
そう、嫉妬の念すら抱けないのだ。
それ程までに泉の美貌は完璧だった。

だが、レイノルズは他の人とは全く違う反応をした。
それが泉にとっては「有り得ない事」であり、衝撃だった。
そして泉は焦った。
自分が一人の男の目線を捕らえられないなんて…と。

「あ、あのっ…!」

レイノルズの黄金色の瞳が泉を捕える。
その姿に小さく悲鳴を上げたくなった泉。
泉とは全く違うのバケモノ。
しかし、そんな行動を取ってこの男に逃げられては堪ったものではない。

「お願いがございます!」

泉は震える手を背後に隠し、レイノルズを見つめた。

「私を…匿ってはいただけないでしょうか…!」

勿論、これは泉の策略だ。
どうにかしてレイノルズを自分へと繋ぎ留めておきたいが為の。
そして、自分に惚れさせる為の。

「私、本当は遊女などやりたくないのですっ!…でも、逆らうことが出来なくて。だから、男嫌いなんて言われてしまって、若い衆に怒られてしまうのです…。」

長い睫毛を伏せ、瞳に涙を溜める。
これも事実無根の話だった。
確かに彼女は若い衆には逆らえないし、遊女などやりたくなかった。それは事実だ。
だが、彼女は決して男嫌いなどではなかった。
そして彼女が遊女をやりたくない理由も、簡単に男に体を許すのが嫌だったからだ。
だからこそ、泉は毎晩来る男たちを言い包め、性行為に発展しないよう言葉巧みに誘導した。

絶世の美少女だ。
しかし、俺は抱いたことが無い。

泉の所へ行った男たちは、皆揃ってそう言った。
そのせいで、男嫌いだというレッテルを貼られたに過ぎなかった。

「お願いしますっ…!どうか、どうか数日だけでも…、私を匿って頂けないでしょうか?」

彼女は再度強くレイノルズに懇願した。
きっと彼女がこんな仕草で、懸命に訴えかけてくる姿を見せるだけで、同情し哀れに思ってくれるだろう。
レイノルズは違った。

「そうだな……。
一四日、二週間だけ君を匿ってあげよう。」

レイノルズの声色に同情は無かった。
ただ彼の女性に優しい性格故の行動でしかなかったのだ。

「十四日…。」

泉はレイノルズの言葉を繰り返す。
この日数はレイノルズが好みでもない女と一緒に居られる最長の日数だった。
彼は他人と同じ部屋に一緒に居たくない性分なのも日数の算出の要因にある。
そもそも、自身の求める完璧な顔の持ち主を探さなければならないのに、長い間一人の女性の相手などしていられない。

「十四日間、私が君を指名しよう。それで十分…」

「わ、私を抱いてください!」

レイノルズの言葉を遮って、泉は叫んだ。
彼女にとって、この一言を男に言うのは最高の屈辱だった。
しかし、彼女には自信があった。
自分を抱けば男は自分から離れられなくなることに…。
だから自分を抱きさえすれば、レイノルズはきっと自分に惚れる。そう考えたのだ。

「ふむ…。」

レイノルズは泉の言葉に矛盾を感じた。
何故、遊女をしたくないという割に「抱け」というのだろうか。
瞬時に泉が諮っていることを察知したレイノルズ。
だが、真実を知ってもなお…。

「分かった、では失礼するよ…。」

と、彼女へと手を伸ばした。
レイノルズにとって泉が懸命に求愛行動をとるのは大して問題ではなかった。
何故なら、彼は泉にこれっぽっちも興味が無かったからだ。
そして、彼女を抱く理由はただ一つ。
それは単に彼の中の性欲を解消する為だけの行為に過ぎなかった。

そんな事とは露知らず、泉は細く笑むのだった。

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