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第二章
混乱の華
しおりを挟む「はい、今日から入りました!」
今まで花魁をまじまじ見てしまった事を後悔しながら、言葉に答える。
そんなウチの様子に花魁はふふと優雅に笑った。
その姿はまるで一輪の百合の様に儚くて美しい。
「そう、宜しくね。
私は花魁の泉。分からないことがあったら聞いて頂戴ね。」
こんな綺麗な人にその言葉を言ってもらえるのに凄く感動した。
彼女のような美女は過去ですら見たことないほどだ。
芸能人なんか目じゃ無い。
「あ、ありがとうございます…。」
花魁に見惚れるウチに嫌な顔一つせず、笑いかけてくれる。
その姿にまた心打たれた。
「また、いらっしゃいね。」
ひらり と手を振る姿でさえ気品に満ち溢れていた。
泉さんはもしかしたら異国のお姫様かもしれない。
そんな根拠のないことを考えながら、ツクヨと一緒に厨房へと向かった。
二人とも花魁の美しさに当てられ、ふやけきった顔をしていたと楓先輩に揶揄われた。
*****
「フゥ…。」
あの美しさに当てられた日から一日が経った。
あの後、厨房でひたすら皿洗いをさせられ、就寝。
そして、今夕方の掃除中である。
この遊郭の勤務時間は主に夜で朝は就寝時間、お昼頃は身支度へと当てられる。
ウチとツクヨはと言うと、就寝前に先輩方から仕事のノウハウを叩き込まれていた。
雑用という言葉だけで終わらせる事もできる仕事内容だが、自分の中では一つ一つに重要性を感じるものばかりに感じる。
主に皿洗い、遊女のお世話にお膳出しだと聞いていたが、先輩達の話を聞いていると難しい事の様に思えてきて気合が入った。
今日はウチと楓先輩が玄関の掃除当番らしい。
玄関掃除はお客様と会う確率が高い仕事らしいから、気を付けろと言われた。
「とは言っても、今開店したばっかだしぃ、大丈夫っしょ!」
「そうですよね!」
ほっと胸を撫で下ろし、掃き掃除を続ける。
何かあっても楓先輩が居れば百人力!!
「おい!
こっち手伝え!」
ふんすと意気込んだ矢先、楓先輩が若い衆に呼ばれた。
『若い衆』とは、遊郭で雑用をこなす男たちのことだ。
ウチらを此処に連れてきたのも若い衆だ。
「はぁい!今行きます!
ちょっと行ってくるねん!!」
紅葉色の袴をなびかせて、楓先輩は廊下の奥の方へ消えてしまった。
初日から取り残されたウチ。
先輩早く帰って来てぇ…と願いながらホウキで床を掃いていく。
だが先輩も言ってたし、お客様と鉢合わせする事も無いだろう。
そんなフラグを立ててしまった事に気付かず、ウチは油断していた。
「あぁ~、ちょっと早めに着いちまった。」
ガララッと勢いよく開け放された戸の音に、ビクリと肩が大袈裟に跳ねた。
この時間来ないって言ってたのに~!
そんな事を考えながらバクバクと鳴り続ける心臓を押さえ付けた。
ふぅ…と息を吐きながら、帽子を取るお客様。
レイノルズさんや他の現代人とは違い、全身が真っ黒だ。
帽子に隠されてわからなかったが、頭皮が炎の様だ。メラメラと動いている。
そして目はなく、あるのはギザギザの歯。それ以外、顔にはなんのパーツもない。
つい癖でじぃーっとお客様を見つめてしまう。
しかし、自分のやるべき事の大きさにすぐに正気に戻った。
落ち着け…。ウチは挨拶するだけでいい…。
あとは奥の若い衆の人たちか誰かやって来て助けてくれるハズだ…。
「い、いらっしゃいませ!」
緊張で声が裏返る。
だが、その事よりも「いらっしゃいませ」で良かったのだろうか、と言う不安が大きかった。
ぎゅっとホウキを握りしめ、このまま何事もなく済んでほしいと願う。
しかし、そんなウチの願いを神様は無視しやがった。
無言で此方を見つめて来るお客様。
それだけですら不安は大きく膨れ上がるのに、今度はズカズカとウチまで突き進んでくる。
何か失礼な事をしてしまった、それは確信になった。
「も……も、申し訳…。」
「お前…禿か?」
此方をじぃっと見下したまま、そう問いかけるお客様。
あまりにも予想外の質問に頭が真っ白になった。
訳もわからず頷くと、お客様は顎に手を当てた。
「ふん…、なるほどなぁ。
おい、誰かいるか?」
奥の方へと声をかけるお客様に、ウチの緊張がまた戻ってきた。
もしかすると、責任者呼んでウチを罰する為なのかもしれない…。
そう考えだすと止まらなくなり、心の中で妹や先輩方に謝り倒したり、思い出のスライドショーを頭の中で繰り広げたりと、死ぬ覚悟の準備をし始める。
「へ、へぇ…なんでございましょう?」
奥から若い衆が出てきてペコペコとお客様に頭を下げた。
いつもウチらを見下している姿とはかけ離れている。
罰せられる覚悟が出来ているウチは、ぎゅっと目を瞑り、次の言葉を待った。
「床入りの準備をしろ。」
思わず耳を疑った。
『床入り』…?なんで床入り?
「と、床入りですか…?
どの遊女と…?」
全く予想外なお客様の言葉に瞑っていた目を見開き、二人の会話を聞いた。
その時、誰かにぐいっと肩を掴まれ引き寄せられた。
「決まってんだろ。
コイツとだ。」
「えっ」
思わず声が出た。
言われたことに対して脳が追いつけない。
目の前にいる若い衆ですら理解出来ていないではないか。
「で、ですが、其奴は禿でして…。」
「禿が客取っちゃいけねぇ決まりなんて無いだろ。
さっさと準備しろ。いつもの部屋でいい。」
「は、はい!只今…!」
ドタドタと駆け出していく若い衆。
どうして、こうなった…?
そんな疑問を抱えながら、まだ密着している体に頬が熱くなった。
チラリと上を見上げれば、既に此方を見ていたお客様と目が合う。
「やっと目が合ったな。」
瞳を覗き込んで来るお客様に、動揺するしかなかった。
何でウチ?どうして?なんて沢山の疑問が泉のように湧き出て来る。
そもそもこのお客様とは数秒前にあったばかりなのに…。
たいして顔が可愛いくも、美しい訳でも無いウチをどうして選んだのだろうか。
「お前、どうして自分が指名されたか疑問に思ってるだろ?」
図星だった。
こくこくと頷くと、お客様はさらにウチを引き寄せた。
「まぁ、それは2人っきりの時にな。」
お客様がそう言ったと同時に、何人もの若い衆がやって来た。
「オシリス様、床入りの準備が出来ました。」
若い衆の1人が、オシリス様と呼ばれたお客様に頭を下げる。
その様子にオシリスさんは、片手を上げて制した。
一連の流れからして、彼はきっと偉い人なのかもしれない。
そう思うと一層緊張が高まった。
それを感じ取ったのか、オシリスさんがウチの腰を抱き、まるで一国のお姫様を扱うかのようにエスコートする。
その仕草にドキドキしながら、若い衆の後に着いていく。
エレベーターで4階まで上る。
3階より上の階があった事に驚きだ。
何せ自分たちが教えられたのは3階までの存在だけだったのだから。
最上階は3階とは比べ物にならないほどの豪華さだった。
きっと竜宮城があるならば、此処のように美しかったのだろうと感じる程だ。
透明なガラスでできた壁には魚が泳いでいて、美しい大理石の床は鏡の如く歩くウチを映している。
思わず溜め息が出そうになったが、慌てて止めた。
「此方でございます。」
「あぁ、終わったら連絡する。」
「かしこまりました。」
若い衆の行列は、とある扉の前で止まった。
襖かと思いきや、この扉は木製の開き戸だ。
オシリスさんがその扉を開けると、後ろに控えていた若い衆達は頭を下げる。
「どうぞ、御ゆるりと…。」
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