傾国の遊女

曼珠沙華

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第一章

幽玄の華

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「あ!!いたいた新入りちゃん!」



そう言って入って来たのはおそらく別の先輩遊女。
他の先輩と違って、彼女は薄くではあるがお化粧をしているし、袴を着ている。
此処にいる先輩方は、白い汚れた着物にタスキだけなのに…。


「その2人が『引き込み禿』ね。
 OK、ついて来て。」

桁違いな明るさに半ば気圧されながら、ウチとツクヨは彼女について行く。
後ろの哀れみの視線を感じながら…。





















「着いたよーん!
 此処が君たちの職場!」

色とりどりの袴を着た女の子達が厨房でせっせと働いている場所に着いた。


「あたし達は、此処でお客様にお出しする料理を運んだり、皿洗いするのがシゴト。
 お客様が少ない夕方と朝方はお掃除したりしてるよん!」

綺麗に纏め上げられた茶髪のハーフアップがさらさらなびいた。


「キホン的に、お客様は取らないけど、たまーにご指名される事があるらしいの!
 そん時はちゃんとOKしないとダメなんだってね!」

「も、もしかして指名された事あるんですか?」

少し気になって尋ねると、茶髪の子はこてんと首を傾げた。


「んー、あたしが入って来てからは無いかな?
 まぁ滅多にないから、そんなに身構えなくていいよん。」


そう言い終えた彼女は、ウチとツクヨの手を取り上へ続く階段へと導いた。









ふすまを開けるとそこには大広間。
だが布団がいくつも敷いてある事から此処が『引き込み禿』達の部屋である事が分かった。

「散らかってるけどゴメンね。
 ちょっと待ってて!」


そういうと彼女は、奥の押し入れを漁りだした。


「綺麗な色は一色しか残って無いなぁ…。
 どっちがどっちにする?」


彼女の手にあるのはキラキラと輝く黄色い袴と、黒い袴。

「わぁ…。」

「いいよ、黄色はツクヨで。」

キラキラと目を輝かせながら美しい袴に見惚れているツクヨ。
ツクヨが黄色好きだと知っていたウチは心良く黄色の袴を譲った。

「いいの!?ありがとう!」


未来ここに来て初めて笑顔を見せたツクヨ。
心が温まるのを感じて、ウチも黒い袴へと手を伸ばす。

美しい濡羽色の袴に、ウチもうっとりと溜息が出た。
黒を選んで正解だった。
黒い色は地味だが、ウチの好きな色でもあった。
光に当てると美しい藍色に輝く袴は、この世の物とは思えないほど綺麗だ。


「よーし!
 じゃあ着方教えるから!ほら脱いで脱いで!!」


半ば強引に服を脱がされ、白い着物を渡される。
洗濯係の先輩禿達が着ていた物とは、全く別物の綺麗な白色をしていた。


「うわー、超巨乳じゃん!」

『巨乳』と言う単語にビクリと肩が震えた。
キラキラと目を輝かせる先輩に、気恥ずかしくなる。

「そーなんですよ!
 何故かマナのだけ……!!!」

ツクヨは自分の胸元を見下ろすと、ガックリ肩を落とした。

「いや…、着物は大きいと似合わないでしょ…。
 それにウチはちいさいほうが…。」

そう言いかけて、ウチは口を閉ざした。
二人の視線が殺気を帯びていたからだ。



そんなこんなで手取り足取り、親切に着方を教えてもらい、見事にウチらは袴を着ることが出来たのだった。

「ウンウン、完璧!
 じゃあ次はお化粧ね!」


「座って」と諭され、ツクヨが先輩の前に座る。

するとツクヨが先輩禿の手によって、芸術作品のように仕上げられていく。
ピンクの唇。
ラメの入った目元。
影が入った鼻立ち。
いい意味で人が変わったようだった。


「え!!?すごい!!」

「ツクヨじゃないみたい!!」

「でしょ?あたし、こーゆーの得意なの!」


先輩は得意気に鼻を鳴らすと、今度はウチを自身の前に座らせる。

化粧をした事がない訳ではないが、ウチは好奇心でいっぱいだった。
血の繋がった妹の顔であそこまで化けるのだ。自分だって可愛くなるだろう。
その期待と裏腹に、先輩は顔をしかめた。


「うーん………、どうするかなぁ…。」


ウチの顔をじぃっ…と見つめる先輩。
自分の顔はそこまで不細工なのだろうかと半ば落胆した。

ウチの顔はどちらかというと強さの目立つ顔で、決して可愛いとは表せない顔立ちなのだ。
ほぼ男顔と言っていいほどだ。
真っ赤な口紅を引けば、男が女装をしているかの様な仕上がりになるので化粧はしたくても出来なかったのだ。



自分の顔面の不細工さに落ち込んでいると、彼女は一本の筆を取り出した。


「結構ハーフ顔だねぇ。目も大きいし、ぱっちり二重だし!
 そんな子は口紅だけで映えちゃうから…よいしょっ…。」


するり と、筆が唇を滑るのを感じた。
ウチらが使っていた口紅の形状ではなく、本当に筆で化粧をするからか、少しむず痒かった。

「ほいっ、終わり!
 うわー、鼻が高いっていいなぁ~!」


小さな手鏡をウチに押しつけ、先輩禿は筆をしまった。
ウチはまじまじと手鏡を覗き込んで、自分の仕上がりを見た。


「うわ…」


鏡に映るのは、たしかに日本人の顔とは思えないほど強さがある自分の顔。
だけども、しっかりと「女」の顔だった。
それに桜色に映えた唇が儚さを足して、丁度いい感じに仕上がっていた。
これは、先輩のセンスと腕が良かったからとしか言いようが無い。


「あの、ありがとうございました。えーと…先輩…?」

「あたし、楓っていうの。
 よろしくね!君たちの名前も聞いていい?」

パチンとウインクをする楓先輩。

「はい!
 池井 マナです。」

「池井 ツクヨです!」

「へー!姉妹なんだ!
 いいなぁ…。あたし一人っ子だから兄弟って憧れるんだよね…。」

先程までとは打って変わって瞳を伏せる楓先輩。
長い睫毛が悲しさに震えているのが分かる。


「あ、楓先輩…。」

何か声を掛けなければ…。
そう思って口を開くが、すでに楓先輩はいつも通りの明るさに戻った。



「今度からソレは自分でやんなきゃだよ~!
 あ、あと早速だけどお仕事お願いしなきゃなんないんだった!」

先輩はウチとツクヨを連れ、再び一階の厨房へと戻っていった。
『仕事』と言う単語に、ウチの頭はソレで一杯になる。






何をさせられるのかドキドキしながらも付いていくと、厨房には沢山の料理がどさりと置いてあった。
これを全て客に与えるのかと思うと目眩がしそうだ。

魚に肉に果物。
豪華なお膳が並べてあり、それを袴を着た少女達がせっせと運んでいた。


「あー!!遅いよ!
 こっち人手足りないんだからさー!!」
 
お膳を持った引き込み禿が、声を上げた。
長い黒髪を頭上で結び上げ、切れ長の細長い瞳が鋭い禿だ。

「ゴメンってー!
 新人ちゃんの準備してたんだ。」

ちろりと舌を出して謝る楓先輩の言葉に、もう黒髪の禿がウチ達に目を移した。


「ふーん、まぁいいわ。
 この子達はお客様に出すのは明日から!今日は姐さんのとこやって!」

まるで吐き捨てるかのようにそう言うと、禿はお膳を持って厨房を後にした。
なんだかウチらのことを歓迎していないみたいだ…。


「って事でー、花魁の部屋に果物持って行ってくれる?」


そう言って、果物と花魁の部屋の場所だけ教えると、彼女はお膳を運びに行ってしまった。

新人の初仕事にしては扱いが雑なのでは?
ツクヨと目線を合わせるが、細かい事を教えてもらっていないことに不安を感じているのはお互い様のようだ。
緊張で胃が痛んだ。














大きくて重いお皿に入った果物。
それを持って今ウチらは、今階段を登っていた。

どうやら遊女の最高峰の『花魁』、『太夫』は建物の三階にいるらしい。
エレベーターはあるらしいが『遊女』や客以外は使ってはいけないと言う掟があるらしく、仕方なく階段を2人で登っていると言うわけだ。

「つ…疲れたぁ…。
 後どれぐらい~…?ツクヨォ~…。」

「後もう少し…。」

二人で慰め合いながら、皿の重みにプルプルする腕に喝を入れる。

緋の階段を登り詰め、ようやく姿を現した豪華な壁の絵に安堵した。
天女が描かれている壁が奥まで続いている。
後は平坦な道だけだと思い、歩みを進めた。





廊下の突き当たりまで行くと、金の襖が現れた。
如何にも『花魁がいる部屋』を物語る襖に、ゴクリと喉が鳴った。
緊張しているのはツクヨも同じようで、手が震えている。

「失礼します…。」

すすっ…と襖を開けると、そこには薄暗い部屋で一人ただずむ女の後ろ姿が見える。

部屋の明かりは一切付けず、月の光だけが彼女の簪を照らしていた。
ほっそりとしたうなじ美しい黒髪、色とりどりな着物やかんざし
彼女が花魁だというのは一目瞭然だった。


「…果物をお持ちしました。」

ウチの声を聞き、花魁はすっくと立ち上がる。

「ありがとう。
 此方まで持ってきて下さる?」

「は…はい!」

緊張で声が上ずった。
恥ずかしい気持ちを押し殺しながら、ウチとツクヨは果物の乗った皿を花魁の示した机へと置く。

ふと、彼女と目が合った。


いつもならすぐに背けれたが、今は目が背けれなかった。
彼女があまりにも美し過ぎたのだ。
切れ長だけれど大きな目、人形のような愛らしい唇に赤くほんのりと染まった頬。
月に照らされた美貌に思わず見惚れてしまった。


「貴方達、見かけない顔ね。」
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