傾国の遊女

曼珠沙華

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第一章

華の発芽

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「ん……さむっ……。」


肌を突き刺す様な寒さに、ウチは身震いをした。
布団を探し求める手が空を彷徨い、そして床に落ちる。

「つめたッッッッッ!!!」


あまりにも冷たい床に、眠気は飛んでいった。
硬い床で寝ていたからか、起き上がろうとするウチの体はミシミシと音を立てる。
やーね、これでも華の高校生なのに。
そんな冗談を心の中で言えるくらい余裕があった。この時は。

まだ暗闇に慣れていない目を数回動かしながら、冷たい床に座り込んだ。
ウチの体温で他よりも暖かいところに座ったが、それでも冷たい。


そもそも、どうしてウチは床で寝ているのだろうか?
寝ぼけていた頭が覚醒し、マトモな疑問が浮かぶ。
昨日はたしか、普通に布団に入って、普通に寝た記憶しかない。
しかも鮮明に覚えている。
自分のタブレットの充電が無くなり寝ることしかやる事が無かったからか、すぐに眠れた。
おかげで寝起きは超快適。
それ故に記憶も鮮明なのだ。

だがどうだろうか。
今自分が座り込んでいる床は冷たくて暗くて、おそらく何もない。
ベッドから落ちたのであれば、どんなに爆睡していても起きる自信がある。
それに万が一気付かなかったとしても、受け止めてくれるカーペットがウチの部屋にある。
しかし、ここにあるのは冷たい床だけ。



そう考えるとウチは遅めの危機感を抱かざるを得なかった。

寒さ故か、怖さ故か、果たして両方故か、鳥肌が立った。
寝ていただけなのに、どうして?
ようやく暗闇に慣れた目で部屋を見回す。
しかし、扉の様なもの以外は何も無かった。


「はぁ…どうしよう…。」

思わず出たため息に、自分でも驚いた。
しかし、今はそんなことにかまってなどいられない。

取り敢えず扉の方に行ってみよう。
そう、重たい脚を引きずりながらウチは歩き出した。




鉄、小さな窓がある、冷たい、鍵穴が無いが開かない。

思った以上に最悪な情報だ。
扉の前に来て、調べてみたは良いものの、ろくな情報しか得られなかった。
大人しくする以外何も出来ないと扉が物語っているようで、軽く絶望した。

「あーあ…せめて窓ぐらい空いてれば…。」


すすっと扉を撫で、ウチは窓に耳を押し付けた。
こんな鋼鉄の塊を隔てて音が聞こえると良いのだけれど…。
全神経を耳に集め、ウチは音を拾うことに集中する。






「………ぅ………っ………」
人の声だ!
思わず叫びそうになって、ウチは自分の口を塞いだ。
だが、とにかく情報が得られて嬉しかった。
もう一度聞こうと再び耳を扉に押し当てる。



「………ぁ……うぁ…!!」

声の主は、男にしては高めの声を持っている。
多分女だろう。
しかし一つ気になることがある。

女の声と共に聞こえる水音。
まさかとは思い、もう一度聞こうと、耳を押し付けようとした。
その時だった…。




「あー…つまんねぇなぁ…」

扉に耳を当てなくても分かる。男の声だ。
だが何故こんなにはっきり…?

男の声に続き、重い扉がギシリと開かれた音が聞こえた。



「おや、加減はどうでございましたか?」

「あー、細っこくて全く面白くねぇ…。
 水揚げつっても、こいつは遊女には向いてねぇな。」

遊女?水揚げ?
一体何を…?

丁寧口調な男と野太い声を上げる男。
おそらくこの人達がウチがここにいる原因かもしれない…。



「レ…レイノルズ様…!?」

ふと、野太い声の男が声を大にした。
先ほどの傲慢そうな態度が急変して礼儀正しいものに変わった。

それにしても、レイノルズ?日本では聞かない名前だ。外国人かな?
そう考えながら男達の会話に更に耳を傾ける。


「こ…このような所へどうなさって…?
 貴方様は初物がお嫌いでしょうに…。」


「……どうしようが私の勝手だろう?」

コツリ…コツリ…と優雅に革靴の音が響く。


なんとなく不機嫌そうだと感じた。このレイノルズと言う男。

しかし、低くて綺麗な声だなぁ。こんな声の声優さんがいたら間違いなくファンだったなぁ。
段々寒さに慣れてきたのか、そんな下らない事を考えられる位余裕ができた。
引き続き盗み聞きをしようと、ウチはなるべく音を出さないよう、扉へと擦り寄った。





「娘はとっくに起きている頃でしょう。」


コツリ…コツリ…と優雅に革靴の音が響く。

段々音が大きくなってきているから、おそらく近くに来る…!
緊張で震えながらも音に集中した。


「あぁ、分かっているよ。
 どうやら少しお天馬な子の様だ。」


クスクスと笑うレイノルズさんの声すら聞こえる、そんな距離。


お天馬…?
って事は、この男達はウチ以外の人間に会うのかな?
次々と浮かぶ疑問に比例して、ウチの体は扉へと段々と近付いていった。
ずっと立って居るからか足の裏の感覚は、もうほぼ無い。
しかし、そんな事は今どうだっていい。

今自分が、何処で、何故、誰によって、何のためにここに居るのか、知らなければならない。




「こちらにございます。」


コツリ…。
革靴の音が目の前で止んだ。
まさかとは思うが、この部屋に入ってこられるのだろうか?!

いそいそと扉から離れようと脚を動かすが、寒さにやられ感覚が無い脚など使い物にならなかった。





「あっ………!」

どさっと冷たい床に投げられた体は、びくりと震え上がった。
痛いし、寒い。
ゆっくりと、寒さと痛さを体に慣れさせるように、ウチは上半身を上げる。



ガチャリ…    ギィイ…


重い鉄のドアが開かれ、鈍い光がウチの目に入る。
暗闇に慣れた目に、たとえ鈍くても光は眩しすぎて、ウチはとっさに目を腕で隠した。



「寒いな…ここは。
 本当に適性温度か?」

「は、はぁ…たしかこの者の部屋がこのような温度だったらしく…。」

「室内温度で決めてはならないと聞いていないのか。
 特に、2000年代の祖先達は既に温度を操る術を持っていたから慎重にしなければいけない。」


溜め息混じりにレイノルズさんはそう言った。
その言葉にウチは、脳を目まぐるしく回転させた。


部屋…?それって、ウチの部屋の事…?
そう言えば、昨日は特に暑い夜だったからエアコンを低めに設定したんだっけ。

いやいや、今はそんな事はどうでもいい!
「2000年代の祖先」と、目の前の男、レイノルズさんは言った。
まさかとは思うが、タイムスリップしてる…?!
だとしたら、目の前の男達は未来の人間という事になる。



徐々に光に慣れてきた目で、目の前の男達を見上げる。




「……っ!?」


あり得るのだろうか。
もし、ウチが今、地球に居るのだとしたら、こんな姿の生物は居ない筈だ。

だってそうだろう。
枯れ木の枝の様な手に、すらりとした頭身。髪は無く、ざっと2mは超えるであろう身長。
肌は白く、顔には縦に目が二つ。仮面をつけて居るが、肉食獣の如くギラつく瞳は、仮面の奥で光っている。

あまりにも人外なその姿に悲鳴の一つも上げないのは、ウチが人外好きの変人故だ。

しかし、アニメや漫画などで見るそれとは全く違う。
リアルさがあって、ウチじゃ無ければ失禁していたであろうレベルで不気味だ。



しかも、このレイノルズと言った男(?)。
黒のインバネスコートにハット。とにかく黒づくしだ。
黒は好きな色だし、インバネスコートもカッコよくて好きだ。
そしてなによりも、似合っているのだ。この男は。

それだけではない。
程よく引き締まってかつ、広い胸板。
そこからススッと細くなっていく腰。
ウチは無意識に上から下までレイノルズさんを舐め回す様に見続けていた。


「珍しいな。
 ここまで怖がっていない娘は初めてだ。」


いきなりの言葉にびくりと肩が震えた。


「えぇ、えぇ。
 それもそうでございますがこの娘、とても良い肉付きでございましょう?」

「あぁ…。」


すっと細められた黄金色の瞳。
そして縦に並んだ二つの目の下に現れたギザギザの歯。
それがニヤリと笑う。


「しかも、この娘。
 あちらでも初物であります!」

「…何?」


会話に付いて行けないウチを置き去りに、二人は話を進めて行く。
まるでウチが商品の様な会話だ。


「今朝、検査を行ったところ、処女膜が残っていました。
 つまり、どの男にも触れられていないレア物でございます!」


ほぅ…、と顎に手を当て、ウチを見つめるレイノルズさんに、ウキウキと声を弾ませる礼儀正しい男。
そんな二人に、ウチの中では不安が蓄積して行く。


処女膜……。
肉付き…。

もしかして、ウチは食べられるのだろうか…?
悪魔は処女が好物だと言うくらいだし、もしかしなくてもウチは餌なのかもしれない。
いやしかし、ウチを祖先扱いするって事は、この人外さん達は人間で、人間が人間を食べるほど食べ物には困って無さそうだし…。

ぐちゃぐちゃと溜まっていく仮定は、レイノルズさんによって何処かへ飛ばされた。




「じゃあ、早速頂くとしよう。」
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