「戸籍上の夫婦」の筈なのに？？

やばい

「あの子も…やっと幸せに…。」

それは紛れもなく母の声だった。
先程の涙ぐんでいたのとは違い、泣いている。
もう一度言うが、母は私たち子供に一切涙を見せない人だ。
自分の親の葬式ですら、私たちの前では泣かなかった。
そんな母の涙。
これに弱くない娘など居るわけがないだろう。

「っ…」

母の声を聞き、妹の言葉を思い出す。
"お母さんはああいってるけど、本当は美麻に幸せになってほしいに決まってるじゃない。"
そうか。
母は本当に心配していたんだ。
思わず電話中だと言うことを忘れ、物思いに耽ってしまう。

「…、分かりました。」

意を決して、ウチはスマホを強く握りしめる。

「しましょう、結婚。」



＊＊＊＊＊

それからは本当に早いものだった。
互いの両親への挨拶はすんなり進み、結婚式は身内だけの小さい物に。
あっという間に私は、五十嵐　美麻となってしまったのだ。

式が終わってから、私は五十嵐　樹の娘とも挨拶しなければならない。
何もかもこうなる手筈であったかのようなことの進み様に、猜疑心を抱いても無理はないだろう。

「此処が僕の家です。」

目の前の一戸建てを目にして、私は震え上がった。
普通の一戸建てより大きい。
それに此処は東京。
東京でこんな大きな一戸建てが買えるなんて…。
モダンな作りの一戸建て。庭まである。

いや、待て。
家に騙されてアイツの聞き逃してはいけない発言があった。
"僕の家"って言ったよね…？
僕たちじゃなくて、僕って…。
考え過ぎかもしれないが、色々我慢し過ぎたせいでイライラしていた私にとって、奴の発言は着火剤になるには十分だった。

「わぁ…オオキイデスネェ…」

しかし、あまり他人に怒れない性格の私は、奴の言葉に適当な相槌を打つ事しか出来なかった。

そのまま庭を横切って、玄関前へと辿り着く。
築何年だろうか、それなりに新しい建物だと言うことはドアを見ただけでもわかる。

「ただいま。」

樹さんはにこやかな表情を浮かべ、ドアを開けた。
もしかして娘さんが待っているのだろうか。
こんな父親なのに、可愛い娘さんだ。
この家でも少しはやっていけそう、そんな淡い期待が私の中で燻った。

「おや、帰ってきていないのか…？」

しかし、樹さんに続いて玄関をくぐり抜けた瞬間だった。

「ねぇ…、それ何？」