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7.守り手の禁忌
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ミシェルたちの婚礼の儀は、婚礼衣装ができ次第、執り行うことになった。本来なら貴族の婚礼は親族縁者を招いてお披露目をするものだが、守り手の里は外界にごく一部の貴族を除いて存在を秘匿されているので、縁者を招くことはできない。このため、婚礼の儀に来るのはアベルたち肉親のみの予定だ。
ちなみに突然嫁いだミシェルについては、遠方の文化の違う場所へ急遽嫁ぐことになったため、縁者へのお披露目ができないのだということにしているらしい。何も嘘はついていない。
そんなわけで、婚礼衣装ができあがるまで、ミシェルは暇だった。
「ミシェル嬢は特に何もしなくて大丈夫ですよ?」
何か仕事はないか、という問いかけに対してのレイモンの返答はそれだった。レイモンの家は、ミシェルが連れてきたリーズ以外にもメイドや下働きの者がいる。つまりは里の中でも貴族だということだ。後からわかったことだが、同じ守り手の一族でも、アルブルの姓は貴族階級の者しか持っていないらしい。
その階級に見合う分だけ、レイモンは仕事が忙しいらしい。だが、彼はミシェルへの配慮も忘れていなかった。
「ですが、部屋に閉じこもってばかりでは飽きるでしょう。何かしたいことはありますか?」
「じゃあ仕事をしたいです!」
「仕事ですか?」
働く必要はないのに? という疑問がありありと浮かんだ目線で問われて、ミシェルは眉尻を下げた。
「……やっぱり奥方が働くなんて、だめ、ですか……?」
「いいえ、全く問題ありませんよ。意外だっただけです。外の世界の貴族令嬢は結婚すれば家に籠るものだと聞いていたので、ミシェル嬢もそうしたいのだろうと思っていました。最初に言い出したのも、気をつかっているのかと……」
自分の勘違いにくすくすとレイモンは笑って、「でも違いましたね」と言って、近くのデスクにあった紙にさらさらと何かをしたためる。
「具体的にしたい仕事はありますか?」
「いえ、それはまだ考えてなくて……」
「ではまず、街を散策してみるといいでしょう。もし働きたいと思った仕事があれば、この手紙を渡してください。……貴女はその綺麗な髪ですぐに僕の婚約者だとわかるでしょうけれど、念のためです」
おそらく『便宜をはかってやってほしい』という一筆がレイモンの署名つきで書かれているであろう手紙を彼はミシェルに手渡す。
「ありがとうございます」
「そうだ。僕も今日は街に出ますから、よければ昼に合流して食事を一緒にとりませんか?」
「嬉しいです」
そう約束をして、ミシェルはネージュとリーズを伴って街を散策することになった。迷子になってはいけないので、まずはレイモンと待ち合わせする予定のお店の場所を確認しておく。途中ですれ違う人に念のため道を確認しながら歩いたが、髪色からして里の者でないと知れる二人組は、すぐにレイモンの婚約者とその連れだとわかるのだろう。誰もが親切に道を教えてくれたため、迷うことなく目的の店に到着できた。ちなみにネージュは人間の街に興味がないため、目的の店がどこにあるのかは知らなかった。
約束の時間よりずいぶん早いが、この周囲を散策するだけでもずいぶんと楽しそうだ。そんなことを考えながら念のため店の軒先を覗き込んだミシェルは首を傾げた。
「……あら? まだ準備中なのかしら?」
「でも、そんな音もしませんよ?」
約束の店にたどりついたはいいものの、店のドアは固く閉じられて、中で仕込みをしているような音も聞こえない。こじんまりとした店だからおそらく店員は少ないはずだ。
「どうしようかしら。おやすみなら、別のお店を探しておかないと……それも楽しそうね」
「いいですねえ、お店探し、賛成ですぅ」
食い倒れがしたいだけのような気がするリーズがにこにこと言ったその瞬間、店の中でガタン、と大きな音が響いた。
「……今の音何かしら」
「なんでしょう……?」
「ミシェル、気になる? なら、わたし見てきてあげる」
先ほどまでご機嫌でミシェルの肩で散歩を楽しんでいたネージュは、そう言うとすいーっと飛んで止める間もなく、壁をすり抜けて店の中に入っていってしまった。
「いいのかしら……」
「この街の方々、妖精がどこにいても気にしないみたいなので、いいんじゃないですかねえ」
勝手に入ったことを心配するミシェルだが、今回ばかりはネージュの判断が正しかった。間もなく戻ってきた何やら困った様子でミシェルを見つめる。
「あのね……中にいたニンゲン、倒れてた……」
「えっじゃあ早く介抱しないと……!」
慌てたミシェルが試しにぐっと店の扉を押してみると、鍵はかかっていなかったらしく、難なく開いた。
「ごめんなさい、お邪魔します……! ネージュ、倒れている人はどこ?」
「こっち……でも、ミシェル……」
あまり気乗りしない様子のネージュの案内で、店のカウンター後ろに倒れている男性を見つける。
「大丈夫ですか?」
助け起こすと、苦しそうな顔をした男性は、うっすらと目をあけた。鉛のように、男性の身体は重い。
「ああ……レイモン様のとこの……婚約者様ですか……すみません。見苦しい、ところを」
「私、他の人呼んできますね~!」
リーズはそう言って外に走って行ったが、男性はその声を聞いて「ああ」と苦悶に満ちた声を出した。
「やめてください……人は、呼ばないで。だい、大丈夫、ですから……もう」
「そんな……! こんなに苦しそうなのに……!」
立ち上がろうとした男性を押しとどめて、ミシェルは横たわらせようとする。
(熱もなさそうなのに、どうしてこんなに苦しそうなのかしら? お医者様がすぐ来てくださればいいけど……あ!)
ミシェルは思いついて、男性の顔を見て目をよく凝らす。だが、何も見えない。次に胸、肩と順番に見ていって、お腹のところで止まった。そこに文字が浮かび上がっている。
「……銀樹症……?」
聞き覚えのない単語を読み上げたミシェルに、男性はびくんと震える。
「や、やめてくれ! 俺は違う、違う! 銀樹症じゃない、死んだりなんか……! 人を呼ぶな!!」
先ほどまで丁寧な態度だった彼が、一変して恐ろしい叫びをあげる。
「……きゃっ」
暴れる彼に、とうとう支えきれなくなったミシェルはしりもちをついた。ミシェルの腕から逃れたとて、彼はもはや立ち上がることすらできないのだろう。這うようにして店の奥に逃げようとする。
「何ごとですか!?」
店に入ってきたのは、レイモンだった。リーズが人を呼びに行って、ちょうどレイモンに会えたらしい。
「っミシェル嬢!」
喚きながら這う男のそばでしりもちをついた姿勢のまま固まっているミシェルに、レイモンは駆け寄って肩を引き寄せる。
「大丈夫ですか?」
「あ、の……レイモン様。その人が、苦しそうだったので……病気が鑑定できれば、応急処置もできるだろうと思って……」
「鑑定で見たのですか?」
問いかけにミシェルは小さく頷く。
「銀樹症、と出ていました……」
その単語に、レイモンは小さく息を呑む。
「……それでですか……わかりました。彼は適切に対処します。ミシェル嬢はひとまずここから離れましょう」
「あの、レイモン様、でもあの人を早く助けないと……」
ミシェルが指さすころ、男性は奥の部屋へと逃げ込むところだった。どうせその部屋の奥には出入り口などない。だから男性は、身体の状態的にも物理的にも逃げることなど叶わないだろう。
「だめです。彼を治してはいけません」
いつも穏やかに優しいはずのレイモンが、低く断ずる。それは妖精が悪戯をしたときに苦言を呈するのとも全く違う、険しい顔だった。まるで、何かに耐えるような苦渋に満ちている。
「どうしてですか、治せないのではなく、治しちゃだめなんですか?」
ミシェルが言い募ると、レイモンは眉間に皺を寄せて、やがて口を開いた。
「それは里の、禁忌です」
ちなみに突然嫁いだミシェルについては、遠方の文化の違う場所へ急遽嫁ぐことになったため、縁者へのお披露目ができないのだということにしているらしい。何も嘘はついていない。
そんなわけで、婚礼衣装ができあがるまで、ミシェルは暇だった。
「ミシェル嬢は特に何もしなくて大丈夫ですよ?」
何か仕事はないか、という問いかけに対してのレイモンの返答はそれだった。レイモンの家は、ミシェルが連れてきたリーズ以外にもメイドや下働きの者がいる。つまりは里の中でも貴族だということだ。後からわかったことだが、同じ守り手の一族でも、アルブルの姓は貴族階級の者しか持っていないらしい。
その階級に見合う分だけ、レイモンは仕事が忙しいらしい。だが、彼はミシェルへの配慮も忘れていなかった。
「ですが、部屋に閉じこもってばかりでは飽きるでしょう。何かしたいことはありますか?」
「じゃあ仕事をしたいです!」
「仕事ですか?」
働く必要はないのに? という疑問がありありと浮かんだ目線で問われて、ミシェルは眉尻を下げた。
「……やっぱり奥方が働くなんて、だめ、ですか……?」
「いいえ、全く問題ありませんよ。意外だっただけです。外の世界の貴族令嬢は結婚すれば家に籠るものだと聞いていたので、ミシェル嬢もそうしたいのだろうと思っていました。最初に言い出したのも、気をつかっているのかと……」
自分の勘違いにくすくすとレイモンは笑って、「でも違いましたね」と言って、近くのデスクにあった紙にさらさらと何かをしたためる。
「具体的にしたい仕事はありますか?」
「いえ、それはまだ考えてなくて……」
「ではまず、街を散策してみるといいでしょう。もし働きたいと思った仕事があれば、この手紙を渡してください。……貴女はその綺麗な髪ですぐに僕の婚約者だとわかるでしょうけれど、念のためです」
おそらく『便宜をはかってやってほしい』という一筆がレイモンの署名つきで書かれているであろう手紙を彼はミシェルに手渡す。
「ありがとうございます」
「そうだ。僕も今日は街に出ますから、よければ昼に合流して食事を一緒にとりませんか?」
「嬉しいです」
そう約束をして、ミシェルはネージュとリーズを伴って街を散策することになった。迷子になってはいけないので、まずはレイモンと待ち合わせする予定のお店の場所を確認しておく。途中ですれ違う人に念のため道を確認しながら歩いたが、髪色からして里の者でないと知れる二人組は、すぐにレイモンの婚約者とその連れだとわかるのだろう。誰もが親切に道を教えてくれたため、迷うことなく目的の店に到着できた。ちなみにネージュは人間の街に興味がないため、目的の店がどこにあるのかは知らなかった。
約束の時間よりずいぶん早いが、この周囲を散策するだけでもずいぶんと楽しそうだ。そんなことを考えながら念のため店の軒先を覗き込んだミシェルは首を傾げた。
「……あら? まだ準備中なのかしら?」
「でも、そんな音もしませんよ?」
約束の店にたどりついたはいいものの、店のドアは固く閉じられて、中で仕込みをしているような音も聞こえない。こじんまりとした店だからおそらく店員は少ないはずだ。
「どうしようかしら。おやすみなら、別のお店を探しておかないと……それも楽しそうね」
「いいですねえ、お店探し、賛成ですぅ」
食い倒れがしたいだけのような気がするリーズがにこにこと言ったその瞬間、店の中でガタン、と大きな音が響いた。
「……今の音何かしら」
「なんでしょう……?」
「ミシェル、気になる? なら、わたし見てきてあげる」
先ほどまでご機嫌でミシェルの肩で散歩を楽しんでいたネージュは、そう言うとすいーっと飛んで止める間もなく、壁をすり抜けて店の中に入っていってしまった。
「いいのかしら……」
「この街の方々、妖精がどこにいても気にしないみたいなので、いいんじゃないですかねえ」
勝手に入ったことを心配するミシェルだが、今回ばかりはネージュの判断が正しかった。間もなく戻ってきた何やら困った様子でミシェルを見つめる。
「あのね……中にいたニンゲン、倒れてた……」
「えっじゃあ早く介抱しないと……!」
慌てたミシェルが試しにぐっと店の扉を押してみると、鍵はかかっていなかったらしく、難なく開いた。
「ごめんなさい、お邪魔します……! ネージュ、倒れている人はどこ?」
「こっち……でも、ミシェル……」
あまり気乗りしない様子のネージュの案内で、店のカウンター後ろに倒れている男性を見つける。
「大丈夫ですか?」
助け起こすと、苦しそうな顔をした男性は、うっすらと目をあけた。鉛のように、男性の身体は重い。
「ああ……レイモン様のとこの……婚約者様ですか……すみません。見苦しい、ところを」
「私、他の人呼んできますね~!」
リーズはそう言って外に走って行ったが、男性はその声を聞いて「ああ」と苦悶に満ちた声を出した。
「やめてください……人は、呼ばないで。だい、大丈夫、ですから……もう」
「そんな……! こんなに苦しそうなのに……!」
立ち上がろうとした男性を押しとどめて、ミシェルは横たわらせようとする。
(熱もなさそうなのに、どうしてこんなに苦しそうなのかしら? お医者様がすぐ来てくださればいいけど……あ!)
ミシェルは思いついて、男性の顔を見て目をよく凝らす。だが、何も見えない。次に胸、肩と順番に見ていって、お腹のところで止まった。そこに文字が浮かび上がっている。
「……銀樹症……?」
聞き覚えのない単語を読み上げたミシェルに、男性はびくんと震える。
「や、やめてくれ! 俺は違う、違う! 銀樹症じゃない、死んだりなんか……! 人を呼ぶな!!」
先ほどまで丁寧な態度だった彼が、一変して恐ろしい叫びをあげる。
「……きゃっ」
暴れる彼に、とうとう支えきれなくなったミシェルはしりもちをついた。ミシェルの腕から逃れたとて、彼はもはや立ち上がることすらできないのだろう。這うようにして店の奥に逃げようとする。
「何ごとですか!?」
店に入ってきたのは、レイモンだった。リーズが人を呼びに行って、ちょうどレイモンに会えたらしい。
「っミシェル嬢!」
喚きながら這う男のそばでしりもちをついた姿勢のまま固まっているミシェルに、レイモンは駆け寄って肩を引き寄せる。
「大丈夫ですか?」
「あ、の……レイモン様。その人が、苦しそうだったので……病気が鑑定できれば、応急処置もできるだろうと思って……」
「鑑定で見たのですか?」
問いかけにミシェルは小さく頷く。
「銀樹症、と出ていました……」
その単語に、レイモンは小さく息を呑む。
「……それでですか……わかりました。彼は適切に対処します。ミシェル嬢はひとまずここから離れましょう」
「あの、レイモン様、でもあの人を早く助けないと……」
ミシェルが指さすころ、男性は奥の部屋へと逃げ込むところだった。どうせその部屋の奥には出入り口などない。だから男性は、身体の状態的にも物理的にも逃げることなど叶わないだろう。
「だめです。彼を治してはいけません」
いつも穏やかに優しいはずのレイモンが、低く断ずる。それは妖精が悪戯をしたときに苦言を呈するのとも全く違う、険しい顔だった。まるで、何かに耐えるような苦渋に満ちている。
「どうしてですか、治せないのではなく、治しちゃだめなんですか?」
ミシェルが言い募ると、レイモンは眉間に皺を寄せて、やがて口を開いた。
「それは里の、禁忌です」
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