お嫁さんはフェアリーのお墨付き~政略結婚した傷物令嬢はなかなか幸せなようです~

かべうち右近

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6.番の恩恵

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「妖精って不思議ですねえ」

 そう呟いたリーズの視線の先には、ミシェルとネージュがいる。今はミシェルの髪にとりついて、ご機嫌で三つ編みをしているところだ。

「そうね……」

 ミシェルが守り手の里に引越して数日、彼女のそばをネージュはずっと離れようとしていない。番がそばにいることに慣れれば、そのうち他の妖精と森の中を飛び回るようにもなると聞いたが、まだネージュは離れていたことへのショックから立ち直りきっていないのだろう。
ミシェルがこちらに引越してくるまでの間、ネージュは事情を説明せずに番になったことの罰として、ミシェルの元へ行くことを禁じられていた。もちろんそんな罰を妖精は大人しく聞かないが、「貴女が大人しく待っていれば、ミシェルは守り手の里にきてくれますよ」とレイモンが言って聞かせていたらしい。でなければきっとネージュは誰かに頼み込んでミシェルの元へとやってきていただろう。そうなれば騒ぎになったことは確実だ。

 妖精たちの中にも転移ができる者はいるし、トネールがその代表だが、彼は番になるのを唆した罰で今は謹慎させられているらしい。

 まだ妖精のことを全て聞いたわけではないので、ミシェルは余計に不思議に思う。名前を与えただけで雛が親を慕うようになるのは、理不尽だとさえ思えた。だからこそ、引越しの直前にレイモンは、妖精に名前を与えるなと言ったのだろう。

 この数日の間、かわるがわる妖精がやってきては、名前をつけてくれとせがんでくるが、ミシェルはレイモンの忠告通り名前をつけないでいるのだ。リーズと一緒にいても、不思議とミシェルにばかり妖精はねだる。

「ミシェル~かわいくできたわ。見てみて!」

 髪をいじり終えたネージュは満足そうに鏡を示して言う。

「ありがとう」

 ふふ、と笑ってミシェルが言えば、ネージュも嬉しそうに笑う。

「本当にかわいいですねえ」

 リーズが目をみはって言えば、ネージュは得意げな顔でくるくると回ってみせた。

「でしょ? えへへ。リーズもしてあげる? わたし、上手でしょ?」
「ふふふ、ネージュちゃん、さては私のこと好きですねえ?」
「うん、好きよ。ニンゲンはみんな好き! あっもちろん一番はミシェルよ!」

 にこにこと笑って言いながら、ネージュは一人で慌てて弁解する。

「ニンゲンたちはね、みんな好き。……すぐ、わたしより先に死んじゃうけど……でもでも、ミシェルはずっと一緒にいてくれるもんね!」
「うん、ずっと一緒よ」

 ネージュの言葉は、きっと妖精という身で今まで長く生き、きっと多くの命を見送ってきた証なのだろう。

「絶対ね。わたし、本当に寂しくて死んじゃうんだから」
「うん……ごめんね。もう一緒」
「うん!」

(政略結婚っていうより、ネージュのための結婚ね。この子が私の子みたい)

 婚約から数日で引越しになったのは、妖精であるネージュが消滅しないためだった。だから、ミシェルは新居で暮らし始めたものの、まだ婚礼の準備は全くと言っていいほどできていなかった。だから、婚礼衣装の仕立てについてもこれから行われるところだ。

 今日の予定はその婚礼衣装を決めることと、そのあとで妖精の番についての話をさらにレイモンに詳しく聞く予定だった。名前を与えることの意味よりも緊急性が下がる内容のため、生活に少しずつ慣れながら話そうということになっていたのだ。

 すでに裁縫師は到着している。着替えもとうに終わっていたが、ネージュが髪をいじりたいと言い出したので、レイモンに許可を取った上で好きにさせていた。それがようやく終わったため、三人は応接室に向かう。

「お待たせしました」
「大丈夫ですよ」

 部屋に入って挨拶すると、レイモンが立ち上がって出迎えたが、そこで少し首を傾げた。立ったままの彼を軽く見上げたミシェルは、どうしたのだろうと思う。

「今日はいつもと髪が違うのですね。とてもよく似合っています」
「あ、りがとうございます」

 微笑んでの誉め言葉に、ぎくしゃくとミシェルは答える。

「もっと褒めて! わたしがやったのよ」

 嬉しそうにレイモンの周りを飛び回って、ネージュは頑張ったポイントをレイモンに報告している。その様子は可愛らしいが、ミシェルはそれどころではない。

(……意図的なのかしら……お世辞だってわかってても、あの綺麗な顔に褒められるとどきっとしちゃうわ)

「ではさっそく衣装を見ましょう!」

 ソファに座っていた女性がそう声をかける。彼女は婚礼衣装を仕立てるために呼ばれた裁縫師らしい。

「はい……!」

 促されてミシェルはレイモンの隣に座り、テーブルを挟んで裁縫師に向かい合う。

「外の世界の婚礼衣装とは少し意匠が違うかもしれません。この里の伝統のデザインをまず見てみてください」

 そうは言うものの、裁縫師の彼女の手は空っぽだ。疑問符を浮かべたミシェルをよそに、裁縫師はすうっと虚空を指でなぞって円を描いたかと思えば、空間に穴を作った。

「こちらです」

 その穴に手をつっこんだかと思えば、ずるりとドレスを次々と取り出す。

(前に馬車を隠していた魔法と同じものだわ!)

 目をキラキラさせて見守っているミシェルの前で、裁縫師はきゅ、と手を絞って空間の穴を閉じる。

(そういえば、妖精のおかげでできることだってレイモン様はおっしゃってたから、番になったことで魔法が使えるようになるのかしら? だとしたら私もできるっていうこと?)

 考えてみると、急にワクワクしてくる。

「この中でミシェル嬢は気に入ったものはありますか?」
「わたし、この白いのがミシェルに似合うと思う!」

 レイモンの問いかけに、元気よくネージュが答える。彼女が指したのは、純白の薄い紗織りの生地を重ねたドレスで、腰の切り替えもなく、リボンなどで引き絞ってボディラインを作るタイプのドレスのようだった。

(あら?)

 ミシェルは内心首を傾げる。

 他の婚礼衣装とその白いドレスは明らかにデザインが違うのはわかるが、何か違和感がある。よくよく目を凝らして見ると、ぼんやりと文字が浮かび上がってきた。

『妖精の花嫁の衣装』

 そう書かれている。よくよく見れば、他の婚礼衣装には『守り手の婚礼衣装』と書かれている。

(見間違いかしら?)

 ぱちぱちと瞬きをしてもう一度見てみるが、やはり文字が浮かんでいるように見える。

「ミシェル嬢。どうかしましたか?」
「えっ」

 声をかけられた途端に、浮かんでいた文字はぱっと消えた。もう一度目を凝らそうとしたが、今度はもう見えない。

「……あの……今、そのドレスに文字が浮かんでいるように見えて……もう見えないんですけど」
「どんな文字ですか?」

 こんなことを言われて、レイモンも裁縫師も全く驚く様子がない。

「その白いドレスには『妖精の花嫁の衣装』、その他には『守り手の婚礼衣装』とかいてあるように読めました」

 不安になりながらも言えば、ここで裁縫師が「わあ」と声をあげた。

「すごいです、当たっています。ミシェル様は『鑑定』の異能持ちなんですね」
「鑑定の、異能?」

 説明を求めてミシェルがレイモンを仰ぎ見れば、彼は困ったように頷いた。

「僕の説明が遅すぎましたね……。この後で話そうと思っていたことです。以前、『魔法のようなもの』と説明していたでしょう? あれは全て、妖精の番になることで一つ開花する『異能』なのですよ。どんな異能が開花するかは、人によって異なるのですが……ミシェル嬢はどうやら知りたいと思った物の名前などを調べることができる『鑑定』の異能が開花したようです」
「さっきのが、『異能』……!」

 ぱあっとミシェルの顔が輝く。

「『鑑定』はもう百年以上出ていない異能ではありませんか? 珍しいですね」
「ええ。だからわかっていないことも多いですが……」

 裁縫師が楽しそうに言えば、レイモンも頷く。

「異能は使えば使うほど磨かれていきます。物の名前を調べたいと集中するうちに、異能を使いやすくなるはずですよ」
「そうなんですね! 頑張ります!」

 別にミシェルが頑張る必要はないのだろうが、やる気に満ちた彼女の様子にレイモンは微笑む。

(私にも魔法……じゃなくて異能が使えるなんて。面白いわ!)

 もう一度衣装に目を凝らして集中を試みるが、今の彼女の異能レベルではさっきの時間、名前を確認するのが限度ということだろう。

(鑑定なんてとっても便利だもの。この里では薬草摘みだとかもあると聞いているし、見分けのつきにくい薬草の鑑定ができたらいいんじゃないかしら? 色々な使い方を考えてみないと……!)

 わくわくとしながらミシェルは自身の異能の使い方について想いを馳せる。それはきっと、もともと彼女が働きに出ようとしていたことと同じことなのだろう。

 ミシェルは腕に大きな痣があることで、家族以外からは敬遠されていたが、そのおかげというべきか、父のアベルはミシェルの望むままに家庭教師をつけてくれ、様々な知識をつけた。しがない男爵令嬢にも関わらず、読み書きのみならず、算術や帳簿管理、はては美術鑑定までできるのは彼女が幼い頃から結婚はできないものと諦め、将来的に何かしらの仕事をしようと思っていたからだ。

 今、鑑定の異能に目覚め、無意識のうちに手に職をつける算段を考えてしまうのは自然な流れだろう。

「……もうっ! いつまでつまらない話してるの! ミシェルがかわいくなるお洋服の話でしょう!?」

 むうっと口を尖らせたネージュが声をあげたことで、異能の話をしていた三人はやっと本筋に戻る。婚礼衣装は結局、ネージュが希望した白いドレスに決まった。

「だって、ミシェルがわたしと一緒の色を着たら、きっととってもとってもかわいいわ!」

 無邪気に自分色に染め上げようとする番の妖精を微笑ましく思いながら、婚礼衣装の相談は終わったのだった。
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