上 下
6 / 10

【閑話】夫婦の寝室

しおりを挟む
 ミシェルが守り手の里に到着したその日、事件は起きた。

 馬車から荷物を降ろしていた手伝いの人に混じり、メイドのリーズはミシェルの大事なものだけが詰め込まれた鞄を持って、爆弾発言をした。

「すみません、えーと……旦那様? ご夫婦の寝室はどこです?」
「しんしつ」

 目を丸くしたミシェルが、信じられないものを見るような目でリーズを見る。

(寝室。寝室……そりゃ、そうよ……結婚するんだもの。寝室は、一緒なんだわ……)

 ごく当然の事実にやっと気づいたミシェルはそれ以上言葉を続けられず、愕然とする。

 貴族同士の政略結婚ならば、顔を合わせた当日に婚礼を迎え、そのまま初夜に雪崩れこむことだって珍しくはない。珍しくはないし、ミシェルだって貴族令嬢としてそういった覚悟をしていなかったわけではないが、色々なことがありすぎて、全く意識の外だった。

「んっんんっ」

 わざとらしいレイモンの咳払いの音で、ミシェルはぱっと彼を見る。

「その……ミシェル嬢とは、まだ、その……」

 珍しく言い淀んでいるレイモンを、ミシェルはそのままじっと見つめている。心なしかレイモンの耳がかすかに赤い。だが、ミシェルはそれには気づいていなかった。

「まだ婚礼式をしていませんから、寝室は別です。ミシェル嬢の寝室を用意していますから。案内します」
「そう、ですか……あ、ありがとうございます……」

 がちごちになりながらミシェルは答えたが、リーズは朗らかに笑った。

「あっじゃあ、婚礼式が終わり次第寝室を一緒にして初夜をされるんですねえ、ロマンチックです」
「しょ……っ」
「っ!?」

 二人が同時に絶句したのに対し、リーズはあくまで楽しそうである。

「まだ! まだミシェル嬢にそういう許可を貰っていませんから!」
「まだ!?」

 許可さえあれば今すぐにでもするということか。思わずそんな感情の乗った叫びを漏らしたミシェルに、慌ててレイモンは手を振る。

「いえ違います、そうではなくて!」
「ええっ初夜ないんですかあ!?」

 ぎょっとしたリーズがとんでもないことを叫ぶ。

「いえ、しますが!」
「するんですか!?」

 レイモンの一言にミシェルが反応してもうパニックである。

「いずれ! いずれです! もっと貴女と…………っ僕は何を言っているんでしょうか! とにかく寝室に案内します!」

 ここまでくると、耳どころか二人とも顔が真っ赤だ。二人に混乱の渦に叩きこんだリーズはと言えば、涼やかに「はーい」などと言って荷物を運んでいる。

「……もう、リーズのばか……」

 小さく呟いたミシェルの声は、誰の耳にも届かない。そうしてひとまず、夫婦未満の二人の寝室は別々になったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇女は当て馬令息に恋をする

かのん
恋愛
 オフィリア帝国の皇女オーレリアは和平条約の人質として敵国レイズ王国の学園へと入学する。  そこで見たのは妖精に群がられる公爵令息レスターであった。  レスターは叶わぬ恋と知りながらも男爵令嬢マリアを見つめており、その姿をオーレリアは目で追ってしまう。  暗殺されそうになる皇女が、帝国の為に働きながらもレスターへの恋をつのらせていく(予定)のお話です。  

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...