高嶺の娼婦は嫌われ騎士に囲われて

かべうち右近

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17.壁を破った一条の光

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 一度純潔を散らせばあとは同じだといわんばかりに、王太子による凌辱は連日繰り返された。泣いて許しを乞うても、せめて痛みをなくすよう従順に従おうとしても、王太子はまるでアルヤを踏みにじるように手酷く抱いた。助けを求めようにも、逆らえる者などいない。頼みの綱の父でさえ、訃報が届いた。そうして昼夜を問わず行われる蛮行に、アルヤはすぐに王太子に対する恐怖で塗りつぶされたのだ。

 その地獄の日々に終止符が打たれたのは、セウラーヴァ王城にタッサ軍が攻め入ってくれたおかげだった。

 人々の叫び声と、剣戟が王城内に響く。アルヤは他の王族たちと共に隠し部屋の中に息を潜めていた。狭く真っ暗な部屋の中で、がたがたと震える王族たちの中で一人、アルヤは頭が冷えるのを感じる。

(やっと終わるのね)

 そこには死への恐怖はない。城を守ってくれていた騎士たちのほとんどは、この戦いで命を落とすのだろう。いつも世話をしてくれたメイドたちは無事に逃げおおせただろうか。そんなことばかりが頭を浮かんで、肝心の自分自身のことに関しては、連日の王太子から受ける家畜のような扱いが終わることに対しての安堵しかなかった。これまので行為において不幸中の幸いは、彼女の腹が膨らまなかったことだろう。

 王城での悲鳴は止まらない。その声が、近いのか遠いのか、もはやわからないが、終わりはもう目の前なのだ。

(だけど、もし……このまま、ここが見つからなかったら……?)

 万が一にでもタッサの軍がこの部屋を見つけられず、あるいはこの窮地がひっくり返ってしまったとしたら。そうなれば、再び王太子にいいように扱われる日々が再び始まるだろう。

(それだけはいや……!)

 アルヤが恐怖に包まれたその瞬間、それはやってきた。

 隠し部屋の近くにも足音がどかどかと響いて、ドンっと大きな音を立てて、壁が揺れる。とうとう敵軍に見つかった、あるいは投降した者が告げ口したのだろう。

「……あ」

 続きざまに隠し部屋の扉に鈍い打撃音が響く。そうして、三度目の音が鳴ったそのとき、がらがらと壁がうち壊された。途端に、真っ暗だった隠し部屋の中に、一筋の光が差しこむ。隣の者の顔さえ良く見えなかった闇の中に、突如としてあけられた穴からの日の光は、あまりにもまばゆい。目を焼かれるようなその眩しい光を遮って、ぬうっと大きな影が、穴をくぐって入ってきて止まった。

(この人が、壊したの……?)

 現れたタッサの騎士に、アルヤは目を奪われた。光を背負った敵の騎士はよく姿が見えない。身体が大きいことだけがわかるその男は、ずんずんと大股で隠し部屋を歩く。鎧に身を包んだ騎士は、鎧で顔まで覆っているから表情は見えないが、巨躯の敵騎士が登場したことで、王族たちは震えあがった。

「無礼な! お、お前、わしを誰だと思って……!」

 じろりと王族を見回した騎士に対し、声をあげたのはセウラーヴァ王だった。

「お前がセウラーヴァ王だな」

「なっ父上に触れるでない! 下郎が!」

 でっぷりと太った王の服をつかんだ騎士に対し、愚かにも王太子が叫びをあげる。

「お前は王太子か。ちょうどいい」

 騎士は無感動に王太子の服もつかむと、暴れる二人を引きずって隠し部屋を出る。騎士は、残ったアルヤたちには目もくれなかった。暴れて引き連れられていく国王と王太子が、なんとも無様に映る。

「そんな、陛下たちが……」

 呆然とそれを見送ったあとで、慌てて王族たちはそれを追いかけた。だが、巨躯の騎士についてきていた他の騎士に阻まれ、国王たちを助けることは叶わない。

 そうしてバルコニーに引きずり出されたセウラーヴァ王は、巨躯の騎士に首を切り落とされ、タッサ軍は勝利の叫びをあげる。セウラーヴァの者たちはほとんど抵抗する力を失っていた。本来ならば残酷さに目を背けていいはずのその光景に、アルヤは目を奪われる。

 隠し部屋のドアを破壊したあの音は、確かに閉塞したアルヤの世界を、ぶち壊したのだ。

 生き残った王族は、アルヤ以外は王太子と年老いた老人しかいなかった。結果として敗戦によるタッサ国との調停のために、王太子とアルヤはタッサの王都へと連れていかれることとなった。

 タッサ王との謁見で、賠償金の取り決めをする段になり、問題が発覚した。セウラーヴァにはタッサに支払えるだけの金がないのだ。近年のセウラーヴァは享楽にふけり、特に王族たちは贅の限りを尽くして国庫を食いつぶしていた。今回タッサに負けたのも、そうした国の腐敗が招いた当然の結果だったのだろう。

「して。セウラーヴァはいかにしてタッサに金を支払う」

 威圧的なタッサ王に対して、王太子はがたがたと震えるばかりで何も答えない。それもそうだろう。勉強らしい勉強はしてこず、遊びほうけ、面倒なことはアルヤに押しつけてきた男だ。金策を問われて答えられようはずもない。

(つまらない男)

 そんな彼を、冷めた目でアルヤは一瞥した。終戦直前、あんなに恐ろしくてたまらなかった王太子がちっぽけに思えて、凌辱の日々を怯えて過ごしていたのがばかばかしくすら思える。それもこれも、あの日、隠し部屋の壁をぶち壊してくれた巨躯の騎士のおかげなのだろう。かの騎士を目にしたのはあれきりだったが、あのとき現れた彼のことを思い出すだけで、アルヤは気持ちがしゃんとする。

(壁があるなら、壊してしまえばいいのだわ)

 幼いころから今までずっと自由を奪われてきたアルヤは、ようやくその事実に気がついた。

 情けない王太子に比べて、アルヤは賠償のための堅実な方法がいくつも浮かぶ。だが、それらの全てを彼女は選ばなかった。

「賢明なるタッサ王。発言をしてもよろしいでしょうか」

「うむ、許す」

「ありがとうございます。わたくしは王族の末席に身を置くライロ公爵家が長女、アルヤ・ライロでございます」

 美しいカーテシーを披露して、アルヤはタッサ王に挨拶をする。戦地から旅の間に身づくろいをするための供回りはつけられていなかった上、着替えを持つことを許されなかった彼女のドレスは、タッサの王都につくまでの間に薄汚れている。だというのに、そんな彼女は所作だけで、美しさを周りに見せつけて、その短い挨拶で周囲で見守っていた者たちから小さな感嘆のため息が漏らさせた。

「愚かな申し出をお許しください」

「なに?」

「わたくしの身を、敗戦の身代金として献上いたします」

 凛とした声での宣言に、一瞬で謁見の間がどよめきに包まれる。言葉を失ったふうの王太子が口をぽかんと開けたままアルヤを凝視しているのには気づいていたが、彼女は王太子になど一目もくれなかった。

「なんとも面白い提案だな? しかし、そなたにそれだけの価値があるとでも?」

 途端にぴりりとした威圧を漂わせたタッサ王に、アルヤは嫣然と微笑んで見せた。

「もちろんでございます。わたくしは傍系といえど、王太子妃となるべく教育を受けたセウラーヴァの王族でございます。そのような者が抱けるとなれば、大金を積む者は多くおりましょう? たっぷり、国庫を潤して差し上げます」

「……そなた、娼婦になると申すのか」

 当然、一国の公女が身を差し出すと言ったのだから、タッサ王は政略結婚だと思っただろう。だというのに、アルヤは自身のその身分も価値も充分に理解したうえで、あえて娼婦などという卑しい職に身を堕とすと申し出たのだ。もちろん、どんなに彼女と寝る金を高く釣り上げたとしても、彼女の一人では一生をかけても賠償金を支払いきることなどできないだろう。だがこれはそういう問題ではない。

「ば、ばかげている!」

 叫んだのは王太子だ。彼はアルヤが娼婦になるというその事実しかわかっていないであろうが、その言葉の通り、実にばかげた提案である。

 一国の公女が娼婦として扱われるなど、セウラーヴァにとって恥でしかない。さらには王太子は『金を惜しんで婚約者を見捨てた』などと噂されるだろう。これは単純に金だけの問題ではない。長年大国として胡坐をかいてきたセウラーヴァが、タッサに完全敗北したことを世に知らしめるということなのだ。

「は……ははははははは! セウラーヴァの公女は実に面白い!」

 膝を打って、大笑いしたタッサ王は、やがて笑いを納めると威厳を漂わせた王の顔に戻る。

「いいだろう。この度の賠償金、公女の身にて免じてやろう」

「ご厚情に、感謝申し上げます」

 美しいカーテシーをして、アルヤはタッサ王に礼を述べる。

 そうしてアルヤはセウラーヴァという檻からまんまと逃げ出して、タッサ国営の娼館の娼婦となり、その実、自由を得たのだ。その一方で王太子は監視付きでセウラーヴァへと戻らされた。タッサ王の出戻った長女を王妃に迎え、セウラーヴァはタッサの属国として再建を図っているところである。王太子はセウラーヴァ王として即位はしたものの実権は王妃が握っており、飼い殺しにされている。しかも王妃はセウラーヴァに嫁いだ時点で、タッサの国のいずれかの男の子どもを孕んでいたらしく、王太子には指一本ふれさせず、跡継ぎも王妃の子が指定されるとのことだ。アルヤを踏みにじった男は、惨め極まりない立場で、これからずっとお飾りの王として後ろ指をさされ続けるのだろう。

 だが、もうアルヤには関係がなかった。

 初めに花を無残に散らされ、恐怖すら覚えていた行為だったものの、男という生き物は蓋をあければなんということもない。アルヤの目線一つ、言葉一つで掌で転がる男どもなど、問題にもならなかった。それに国営の娼館だからこそ、下手な客など来やしないのだ。

 日々、のびのびと娼婦としての務めを果たし、あのとき自分の壁を壊してくれた巨躯の騎士に時折思いを馳せながら、アルヤは何年も暮らしてきた。

 そうして、彼女はエーギルに出会ったのである。
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