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9.囲われた元娼婦
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翌朝目覚めたアルヤは、目を開いてすぐにエーギルの顔があるのに驚いて、小さく声をあげた。エーギルの赤い目と視線がかちあったからだ。
「驚かせたな、すまない」
「エーギル様、いつから起きていらしたんですか?」
「つい先ほどだ。貴女が可愛くて見惚れていた」
「……ありがとうございます」
あけすけに言われて、それ以外の言葉が浮かばなかったアルヤだ。きっと彼は褒めているという感覚すらなくただ思ったことを口にしただけなのだろう。アルヤが礼を言えば、エーギルは目元を緩ませる。だがすぐに、眉間に皺を寄せた。
「昨夜はすまなかった」
彼がそう謝るのも無理はないだろう。結局のところ昨晩のエーギルは、あと一度だけ、と言いながら、三度もしたのだ。一度で満足できるようにとずいぶんと粘ったにもかかわらず、である。おかげでアルヤは寝不足だが、精力的に彼女を責め立てていたエーギルのほうが疲れているに違いない。だというのに彼のほうが早起きしている。
「あれはわたくしがお誘いしたんですもの。ごめんなさい」
首をふるふると振ってアルヤも謝る。元はと言えば我慢をしようとしていたエーギルに火をつけたのはアルヤのほうだ。一度で満足させられると思ったのが間違いだったのだろう。
「いや……だからと言って、甘えすぎた」
(甘える……)
その言葉に、自然とアルヤの目元が緩む。呟くエーギルの姿は、悪いことをした犬がしょぼくれているようで、なんだか可愛らしく思える。顔には大きな傷痕があるし、朝を迎えて顎には無精ひげが伸びている。どちらかと言えば野性味を帯びたいかつい顔なのに、眉尻を下げて詫びる彼の姿がアルヤにとっては好ましく思えた。そっと彼の頬を両手で包んで、するすると撫でてみれば、掌に当たるチクチクとした無精髭の感触すら心地いい。
「ふふ。わたくしにはたくさん甘えてくださいませ。エーギル様に身請けされたんですもの」
「だからと言って、貴女がやりたくないことをする必要なんてない。嫌なことははっきり言ってくれ」
「まあ」
金持ちに身請けされた娼婦は、基本的に主の所有品に等しい。アルヤは貴族令嬢から娼婦になってからというもの、身請けは初めてである。だが、人の噂で話だけは知っている。年季明け間近の娼婦を身請けし、結婚する者たちならばいざ知らず、金持ちが娼婦を身請けするとなればそれはすなわち愛人だ。
そもそもアルヤには、年季などなかった。年季というくくりで娼婦としての雇用の定めなどなく、一生をあの娼館で過ごすほどの金額の借金があったのだ。だからエーギルがアルヤを迎えるために積んだ金は、きっと途方もない金額のはずである。そもそも巨額の金を積んだとして、アルヤが娼婦の身分から解放されることは、彼女の生家が没落した理由を考えれば、本来ならばなかったはずなのだ。どうやってエーギルが彼女を身請けするに至ったのか、それらの事情を決してアルヤはエーギルに尋ねない。主になった者が話そうとせず、聞いて欲しいというそぶりを見せない話題を根掘り葉掘り聞き出すのは美しくないからだ。わかるのはエーギルは途方もない金持ちであることと、アルヤは愛人として買われたであろうことだけだ。
だが、エーギルは主である彼に対して、いやなことは言えという。それは本来なら考えられないことだろう。
(優しい方だわ)
「わたくしはやりたくないことなんて、いたしませんわ」
だから、昨日のことだって全てアルヤがやりたいことだったのだ。そう伝えれば、エーギルはぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「貴女はまた……いや。……そう言ってくれて、助かる」
言いかけた言葉を納めて、エーギルは困ったように言う。
「エーギル様……」
昨日はエーギル自身の我儘を通して甘えてくれたが、初めての夜のように彼は言いたいことを呑みこんでしまう。娼婦のリップサービスだと思っているのだろうかとアルヤは察したが、あえてそこには言及しなかった。
(わたくしたちは、まだ出会ったばかりですもの)
愛人の身の上とはいえ、巨額を投じて出会ったばかりのアルヤを迎えてくれたのだ。彼はこの先、長くアルヤと共にいるつもりなのだろう。
(ゆっくりわかっていただければいいわ)
ふたりが重ねていく時間は、きっとこれからたくさんある。彼の心が頑なならば、少しずつ解いていけばいいのだ。幸いにして、アルヤはそのための時間をエーギルに与えられているのだから。
(それよりも)
アルヤはわずかに日の差し込み始めた窓にちらりと目をやって、考えを巡らせる。そろそろ出立の準備をせねばならないが、身体はまだ眠りを求めていた。アルヤでさえそうなのだから、彼女を組み敷いていたエーギルはもっと疲れているだろう。旅はまだ数日続くというのに、これでは身体がもたない。
「いやだということではありませんが……今日も一日馬で移動されますでしょう? 疲れてしまいますから、今夜はきちんと寝ましょうね?」
何を言われるのかと一瞬身構えていた様子だったエーギルが、不意打ちを食らったように目を丸くする。そうしてふっと息を吐いた。
「ああ」
苦笑した彼は、おもむろにベッドから身体を起こして返事する。彼もまた、もう仕度をせねばならないことに思い至ったのだろう。ベッドの脇に投げ捨てていた服を拾って着始めた彼に、くすくすと笑いながら、アルヤも服を着始める。彼の動きは軍人らしく素早いが、決して振り返らずアルヤを見ないようにしているのは、きっと昨夜の二の舞にならないようにするためだろう。
(今夜は二つベッドのあるお部屋に泊まれるといいのだけれど)
そう思いながら、アルヤは声をかける。
「エーギル様、よろしくお願いいたしますわね?」
「ああ、よろしく頼む」
そう言いながらも、その夜も結局エーギルはアルヤを求め、彼女もまた、エーギルに応えてしまったのだった。そうした旅路は三日ほど続き、ようやくエーギルたちは目的地へと到着した。
***
アルヤが身を置いていた娼館のある王都から馬で三日ほど移動した先。小さな街の中にあるこじんまりとした屋敷がエーギルの目的地だった。夕方近くになって到着したそこは、巨額の借金をぽんと払えてしまうエーギルにしては小さすぎる。その屋敷の規模に、アルヤは内心で首を傾げる。
(別荘なのかしら?)
もちろん人が一人暮らすには充分すぎる広さではあるものの、せいぜい男爵程度の屋敷規模である。しかも、敷地を取り囲む門に門番はおらず、エーギルは自身で門を開くと再び馬に乗って敷地を進んだ。
馬に乗ったまま玄関前まで進んだエーギルは、そこでようやく馬を降りてドアノックを鳴らす。
「旦那様! 予定より遅いお戻りではありませんか!」
勢いよく飛び出してきたのは年若い男だった。格好からしてこの屋敷の家令か執事と思われる。エーギルが何かを言う前に、エーギルが馬からアルヤを降ろしているのを見てあんぐりと口をあけた家令は、あろうことかエーギルの荷物も受け取らず、踵を返して屋敷の中へ走って行った。
「ド、ドリス! ドリスー! 旦那様が女を連れてきたー!」
天変地異でも起きたかのような大騒ぎで叫び、肝心の主人とその客人をほったらかしである。普通の貴族家ではありえない失態を犯しているが、とうの無礼を働かれたエーギルはただ「すまない」と苦笑しながらアルヤに謝るだけだ。
「ちょっとポール! 大声出さないで!」
負けず劣らずの大声でバタバタと走りながら玄関にやってきたのは、これもまた若いメイドだった。ただしこちらは玄関に辿りついてエーギルたちの前に現れたとたんに、メイドらしく礼をとった。
「おかえりなさいませ、旦那様」
ちらりと説明を求める目線を流したメイドに、エーギルは頷く。
「ああ。こちらはアルヤという。身請けしたから今日からここに住む。ドリス、悪いが彼女の世話をしてくれ」
あまりに簡易にすぎる説明に、きらりとメイド――ドリスの目が光る。だが彼女はにっこりと笑って、アルヤに礼をとりなおした。
「アルヤ様、これからお世話をさせて頂きます、ドリスと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたしますわね、ドリス」
「どうぞ、私に敬語は使わないでください。アルヤ様は旦那様の大事なお方ですから」
ドリスは表面上は笑っているが、その言葉が本心かどうかはわからない。これは主人が連れてきた女だから礼を尽くしているに過ぎないだろう。
(初めて出会ってから身請けを決められて、早馬で知らせる時間もなかったはずだわ)
となれば、客人を、それも女をこのまま住まわせる準備などしていなかったに違いない。しかも今もドリスと先ほどの家令しか出てこなかったところを見るに、この屋敷は最低限の使用人しかいないに違いない。前々から決まっていた輿入れならいざ知らず、突然見ず知らずの女の世話を申しつけられたドリスの苦労を思うと、アルヤは内心でため息が出る。帰りが遅れたということは、予定外の帰宅なのだから、これから急いで夕飯の仕度があるだろう。加えて、アルヤが滞在するための部屋の準備もしなければならない。
もっと規模の大きい屋敷であれば、いつでも客室は使える状態にしているものだし、メイドも侍従も人数が多く、唐突な来客が一人あっても下働きの者の仕事が劇的に増えるわけではない。それに比べてこの屋敷の者たちにかかる負担を思うと、アルヤは申し訳なくなる。
「……わかったわ。よろしくね、ドリス」
「はい、アルヤ様」
にっこりとした笑顔を崩さないドリスに、アルヤは一抹の不安を覚える。厄介者でしかないこの状況が、悪い事態を招かなければいいと願うのだった。
「驚かせたな、すまない」
「エーギル様、いつから起きていらしたんですか?」
「つい先ほどだ。貴女が可愛くて見惚れていた」
「……ありがとうございます」
あけすけに言われて、それ以外の言葉が浮かばなかったアルヤだ。きっと彼は褒めているという感覚すらなくただ思ったことを口にしただけなのだろう。アルヤが礼を言えば、エーギルは目元を緩ませる。だがすぐに、眉間に皺を寄せた。
「昨夜はすまなかった」
彼がそう謝るのも無理はないだろう。結局のところ昨晩のエーギルは、あと一度だけ、と言いながら、三度もしたのだ。一度で満足できるようにとずいぶんと粘ったにもかかわらず、である。おかげでアルヤは寝不足だが、精力的に彼女を責め立てていたエーギルのほうが疲れているに違いない。だというのに彼のほうが早起きしている。
「あれはわたくしがお誘いしたんですもの。ごめんなさい」
首をふるふると振ってアルヤも謝る。元はと言えば我慢をしようとしていたエーギルに火をつけたのはアルヤのほうだ。一度で満足させられると思ったのが間違いだったのだろう。
「いや……だからと言って、甘えすぎた」
(甘える……)
その言葉に、自然とアルヤの目元が緩む。呟くエーギルの姿は、悪いことをした犬がしょぼくれているようで、なんだか可愛らしく思える。顔には大きな傷痕があるし、朝を迎えて顎には無精ひげが伸びている。どちらかと言えば野性味を帯びたいかつい顔なのに、眉尻を下げて詫びる彼の姿がアルヤにとっては好ましく思えた。そっと彼の頬を両手で包んで、するすると撫でてみれば、掌に当たるチクチクとした無精髭の感触すら心地いい。
「ふふ。わたくしにはたくさん甘えてくださいませ。エーギル様に身請けされたんですもの」
「だからと言って、貴女がやりたくないことをする必要なんてない。嫌なことははっきり言ってくれ」
「まあ」
金持ちに身請けされた娼婦は、基本的に主の所有品に等しい。アルヤは貴族令嬢から娼婦になってからというもの、身請けは初めてである。だが、人の噂で話だけは知っている。年季明け間近の娼婦を身請けし、結婚する者たちならばいざ知らず、金持ちが娼婦を身請けするとなればそれはすなわち愛人だ。
そもそもアルヤには、年季などなかった。年季というくくりで娼婦としての雇用の定めなどなく、一生をあの娼館で過ごすほどの金額の借金があったのだ。だからエーギルがアルヤを迎えるために積んだ金は、きっと途方もない金額のはずである。そもそも巨額の金を積んだとして、アルヤが娼婦の身分から解放されることは、彼女の生家が没落した理由を考えれば、本来ならばなかったはずなのだ。どうやってエーギルが彼女を身請けするに至ったのか、それらの事情を決してアルヤはエーギルに尋ねない。主になった者が話そうとせず、聞いて欲しいというそぶりを見せない話題を根掘り葉掘り聞き出すのは美しくないからだ。わかるのはエーギルは途方もない金持ちであることと、アルヤは愛人として買われたであろうことだけだ。
だが、エーギルは主である彼に対して、いやなことは言えという。それは本来なら考えられないことだろう。
(優しい方だわ)
「わたくしはやりたくないことなんて、いたしませんわ」
だから、昨日のことだって全てアルヤがやりたいことだったのだ。そう伝えれば、エーギルはぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「貴女はまた……いや。……そう言ってくれて、助かる」
言いかけた言葉を納めて、エーギルは困ったように言う。
「エーギル様……」
昨日はエーギル自身の我儘を通して甘えてくれたが、初めての夜のように彼は言いたいことを呑みこんでしまう。娼婦のリップサービスだと思っているのだろうかとアルヤは察したが、あえてそこには言及しなかった。
(わたくしたちは、まだ出会ったばかりですもの)
愛人の身の上とはいえ、巨額を投じて出会ったばかりのアルヤを迎えてくれたのだ。彼はこの先、長くアルヤと共にいるつもりなのだろう。
(ゆっくりわかっていただければいいわ)
ふたりが重ねていく時間は、きっとこれからたくさんある。彼の心が頑なならば、少しずつ解いていけばいいのだ。幸いにして、アルヤはそのための時間をエーギルに与えられているのだから。
(それよりも)
アルヤはわずかに日の差し込み始めた窓にちらりと目をやって、考えを巡らせる。そろそろ出立の準備をせねばならないが、身体はまだ眠りを求めていた。アルヤでさえそうなのだから、彼女を組み敷いていたエーギルはもっと疲れているだろう。旅はまだ数日続くというのに、これでは身体がもたない。
「いやだということではありませんが……今日も一日馬で移動されますでしょう? 疲れてしまいますから、今夜はきちんと寝ましょうね?」
何を言われるのかと一瞬身構えていた様子だったエーギルが、不意打ちを食らったように目を丸くする。そうしてふっと息を吐いた。
「ああ」
苦笑した彼は、おもむろにベッドから身体を起こして返事する。彼もまた、もう仕度をせねばならないことに思い至ったのだろう。ベッドの脇に投げ捨てていた服を拾って着始めた彼に、くすくすと笑いながら、アルヤも服を着始める。彼の動きは軍人らしく素早いが、決して振り返らずアルヤを見ないようにしているのは、きっと昨夜の二の舞にならないようにするためだろう。
(今夜は二つベッドのあるお部屋に泊まれるといいのだけれど)
そう思いながら、アルヤは声をかける。
「エーギル様、よろしくお願いいたしますわね?」
「ああ、よろしく頼む」
そう言いながらも、その夜も結局エーギルはアルヤを求め、彼女もまた、エーギルに応えてしまったのだった。そうした旅路は三日ほど続き、ようやくエーギルたちは目的地へと到着した。
***
アルヤが身を置いていた娼館のある王都から馬で三日ほど移動した先。小さな街の中にあるこじんまりとした屋敷がエーギルの目的地だった。夕方近くになって到着したそこは、巨額の借金をぽんと払えてしまうエーギルにしては小さすぎる。その屋敷の規模に、アルヤは内心で首を傾げる。
(別荘なのかしら?)
もちろん人が一人暮らすには充分すぎる広さではあるものの、せいぜい男爵程度の屋敷規模である。しかも、敷地を取り囲む門に門番はおらず、エーギルは自身で門を開くと再び馬に乗って敷地を進んだ。
馬に乗ったまま玄関前まで進んだエーギルは、そこでようやく馬を降りてドアノックを鳴らす。
「旦那様! 予定より遅いお戻りではありませんか!」
勢いよく飛び出してきたのは年若い男だった。格好からしてこの屋敷の家令か執事と思われる。エーギルが何かを言う前に、エーギルが馬からアルヤを降ろしているのを見てあんぐりと口をあけた家令は、あろうことかエーギルの荷物も受け取らず、踵を返して屋敷の中へ走って行った。
「ド、ドリス! ドリスー! 旦那様が女を連れてきたー!」
天変地異でも起きたかのような大騒ぎで叫び、肝心の主人とその客人をほったらかしである。普通の貴族家ではありえない失態を犯しているが、とうの無礼を働かれたエーギルはただ「すまない」と苦笑しながらアルヤに謝るだけだ。
「ちょっとポール! 大声出さないで!」
負けず劣らずの大声でバタバタと走りながら玄関にやってきたのは、これもまた若いメイドだった。ただしこちらは玄関に辿りついてエーギルたちの前に現れたとたんに、メイドらしく礼をとった。
「おかえりなさいませ、旦那様」
ちらりと説明を求める目線を流したメイドに、エーギルは頷く。
「ああ。こちらはアルヤという。身請けしたから今日からここに住む。ドリス、悪いが彼女の世話をしてくれ」
あまりに簡易にすぎる説明に、きらりとメイド――ドリスの目が光る。だが彼女はにっこりと笑って、アルヤに礼をとりなおした。
「アルヤ様、これからお世話をさせて頂きます、ドリスと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたしますわね、ドリス」
「どうぞ、私に敬語は使わないでください。アルヤ様は旦那様の大事なお方ですから」
ドリスは表面上は笑っているが、その言葉が本心かどうかはわからない。これは主人が連れてきた女だから礼を尽くしているに過ぎないだろう。
(初めて出会ってから身請けを決められて、早馬で知らせる時間もなかったはずだわ)
となれば、客人を、それも女をこのまま住まわせる準備などしていなかったに違いない。しかも今もドリスと先ほどの家令しか出てこなかったところを見るに、この屋敷は最低限の使用人しかいないに違いない。前々から決まっていた輿入れならいざ知らず、突然見ず知らずの女の世話を申しつけられたドリスの苦労を思うと、アルヤは内心でため息が出る。帰りが遅れたということは、予定外の帰宅なのだから、これから急いで夕飯の仕度があるだろう。加えて、アルヤが滞在するための部屋の準備もしなければならない。
もっと規模の大きい屋敷であれば、いつでも客室は使える状態にしているものだし、メイドも侍従も人数が多く、唐突な来客が一人あっても下働きの者の仕事が劇的に増えるわけではない。それに比べてこの屋敷の者たちにかかる負担を思うと、アルヤは申し訳なくなる。
「……わかったわ。よろしくね、ドリス」
「はい、アルヤ様」
にっこりとした笑顔を崩さないドリスに、アルヤは一抹の不安を覚える。厄介者でしかないこの状況が、悪い事態を招かなければいいと願うのだった。
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