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3.ありえないはずの二日目
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エーギルを見送ったアルヤは、いつもなら部屋の外に出て街の散策を楽しんだりするのだが、この日に限っては部屋に引きこもり、ほとんどを寝て過ごした。朝方まで責め立てられていたのだから仕方のないことだが、娼婦として日々組み敷かれるのには慣れている彼女が、こうも体力を削られたのは一重にエーギルの責めが激しかったせいだろう。
昼をずいぶんと過ぎてから湯あみをし、ベッドを整え、軽食をとったら、もうそれだけで客をとる時間が近い。この日の彼女は、ベッドと食事を整えてくれた下女以外とは会話をすることなく、日が落ちる時間になってようやくアルヤは気持ちがしゃっきりとしてきた。
(今夜はどなただったかしら……)
いつものように部屋のソファに身を預けて、アルヤは娼館前の通りをぼんやりと見る。昼間はほとんど人通りのないこの娼館の周りだが、夕暮れどきともなるとにわかに人で賑わい始めている。その歩く人の中に、見覚えのある背格好の男を見つけて、アルヤはぽかんとした。
「うそ……」
思わず立ち上がって窓に顔を近づければ、どうにも見間違いではない。むしろ人波のなかで頭一つ抜けた彼を見間違えようはずもなかった。彼は、アルヤのいる娼館に入ってくる。
(本当に……?)
知らず高鳴る胸を抑えながら、それでもアルヤは高級娼婦の顔で悠然とソファに身体を預けなおした。だが、受付を済ませたであろう時間が過ぎても、アルヤの部屋のドアはノックされない。
(……人違い、だったのかしら。ううん。そうよ、いくらなんでも、二日連続で、なんてそんなこと……)
ふう、と息を吐いたアルヤはゆっくりと首を振って、一瞬の落胆を振り切る。
(わたくしは、ただの娼婦だわ)
そう心の中で呟くと、アルヤは再び窓の外に目を向ける。夕日に照らされていた道は徐々に暗くなり、店先に灯されたランプの明かりでうすぼんやりと道行く人が浮かび上がる。そんな時間になって、いつも通りの娼館の営業が始まった。ソファで客を待つアルヤは、完璧な貴族令嬢の佇まいだ。だが、そのドレスを一枚剥げば、ドロワーズもコルセットも身に着けていない、いやらしい娼婦の身体である。見た目通りの令嬢ならばいざ知らず、娼婦である彼女が淡い想いに身を焦がすことは許されないのだ。
(今日はあと一刻は待つかしらね)
いつもどおりの客ならば、そうだ。だがその予想に反して、それからいくばくもせずにドアのノック音が響いた。今日も、いつもに比べたら客が来る時間にはずいぶんと早い。
「どうぞ、お入りになって」
返事に応じて、店の男が入ってきた。昨日とは、違う。
(……やっぱりエーギル様じゃ、なかった……)
「アルヤさん、お客さんをお連れしました」
そう声をかけて男がドアの前から避けると、その影から客が現れる。のっそりと、身を屈めて入ってきた男の姿に、アルヤはぽかんとした。
「エーギル様……?」
「ではごゆっくり」
店の男は定常通りのセリフを告げて、エーギルを残すとドアを閉めて出て行ってしまった。ランプにぼんやりと照らされたエーギルは、ドアとソファとで離れていてもわかるほどに、渋面を作っている。
「本当に、いらっしゃったんですね」
アルヤが言い、ソファから立ち上がってエーギルに近寄る。そうしてそっと手をとると、エーギルはなぜか眉間の皺を深めた。
「……ああ」
「さあ、こちらにいらして」
まずは会話を楽しもうと、アルヤはエーギルをソファへと導く。引かれるままに彼はついてきたが、まだ顔はしかめ面のままだ。
「今夜も来て下さるなんて、嬉しいです」
「……そうか?」
「エーギル様?」
ソファに座る直前に、アルヤは彼を見上げてどきりとする。エーギルは眉間に皺を寄せて困惑したような顔だ。
「……迷惑では、なかったか?」
顔を歪めてのその問いに、アルヤは昨晩何度も感じた、胸がきゅうっと締め付けられる感覚に陥る。
(エーギル様ったら、わたくしの言葉を娼婦の社交辞令だと思ったのね。それは、間違ってないのかもしれないけれど……)
アルヤはふるふると首を振って、エーギルの手を引き、彼をソファに座らせた。そのうえで、大胆にも彼の膝の上に横むきに乗り上げた。彼の太ももは厚いから、ソファよりもずいぶんと床から高い。
「……っ?」
驚きで両手を浮かせたエーギルに、アルヤは悪戯っぽく笑いかけた。
「酷い方だわ。わたくし、心待ちにしておりましたのに」
「だが」
「だからさっき、ちょっぴりがっかりしたんですの」
「なに」
腕の置きどころに迷って手を浮かせたままのエーギルが、ぴくんと止まった。
「昨日のエーギル様は、お部屋に入られるとき、店の者より先に入られていたでしょう? だから今夜は別の方が来られたんだって一瞬勘違いしましたのよ?」
「……娼館に通うなら、ルールを守れと叱られてな」
定常なら店の男に招き入れられるまで娼婦の部屋に入るべきでないというルールを守るように小言を言われたらしい。金も腕力を圧倒的に上であろうエーギルがそう叱られて渋面を作りながらも従ったのかと思うと、アルヤは笑みがこぼれた。
「あら……ふふ。そうですね、ルールは守ってくださいませんと、わたくしも困ってしまいます」
「その様子なら、今朝の言葉は社交辞令ではなかったようだな」
「まだ疑ってらっしゃるなんて。わたくしが何を申し上げたら信じてくださるのかしら?」
くすくすと笑いながら、アルヤは未だに宙でさまよっていたエーギルの腕をそっと触れて引き寄せる。そうして掌に口づけを落として上目遣いで視線を送った。その瞬間に、アルヤの太ももに、ずくりと熱源が押し当てられる。
(もう興奮してらっしゃるの?)
自然と目元が緩んで、アルヤは頭をエーギルの胸に預けながら、彼の手を自分の頬に当てる。
「エーギル様。口づけてくださいませんか?」
「……ああ」
答えたエーギルの唇がゆっくりと近づいてくる。膝の上に乗っていてさえまだ遠い顔を、彼は身を屈めて近づけてくれるのだ。エーギルがアルヤを見つめるその瞳は、昨夜も見せたような戸惑いの色を浮かべている。
(本当に、可愛らしい方)
その唇を受けながら、アルヤは頬に当てたエーギルの手をすりすりと撫でる。その動作で、太ももに当たっているものの硬度が増したようだった。
「ん……」
軽く重ね合わせて離されたのを、すぐに追いかけて彼の唇をはむ。もったいぶるように柔らかに下唇を甘噛みして、わざとリップ音をたてて口を離しながら、アルヤは至近距離にあるエーギルの赤い瞳を見た。たったそれだけの触れあいで、彼の瞳はすでに情欲の色に染まっている。
(あ。くる……)
「アルヤ」
低い声が耳をくすぐって、すかさず唇が重なった。先ほどは触れるだけだったのに、今度は噛みつくようにアルヤの唇を吸って、貪るようなリップ音をたてて幾度もエーギルはアルヤの唇を奪う。
火が灯ったように口づけるエーギルは、必死でアルヤを求めている。そんな彼の様子に、アルヤは内心ほっとした。
(エーギル様は、言葉だけじゃなく身体でも示したほうがいいんだわ)
頬に添えられていただけの手が、彼女の顔を逃がすまいと力が籠もる。そのエーギルの手を安心させるようにすりすりと撫でてやれば、唇を割って入ってきた舌がアルヤの口内を犯した。熱い舌に積極的に応えると、エーギルはますます舌を貪る。
「ん……んぅ……」
息をつく間もなく口を吸い合い、唇の紅がすっかり落ちたころになって、ようやくエーギルはアルヤの唇を解放した。
「……アルヤ」
眉尻を下げたエーギルが、助けを求めるような声を出す。その理由はわかりきっていた。アルヤの太ももに当たった熱源は、今にもはちきれそうだ。
「どうなさりたいんです? おっしゃってください」
腕を回しながらアルヤが尋ねたときには、エーギルの腕は彼女の背に回されて、ドレスのリボンに手をかけている。
「抱いてもいいか」
「もちろんです」
ふふ、と笑ってアルヤが応えれば、ほっとしたようなエーギルが、彼女のドレスを脱がし始めた。
昼をずいぶんと過ぎてから湯あみをし、ベッドを整え、軽食をとったら、もうそれだけで客をとる時間が近い。この日の彼女は、ベッドと食事を整えてくれた下女以外とは会話をすることなく、日が落ちる時間になってようやくアルヤは気持ちがしゃっきりとしてきた。
(今夜はどなただったかしら……)
いつものように部屋のソファに身を預けて、アルヤは娼館前の通りをぼんやりと見る。昼間はほとんど人通りのないこの娼館の周りだが、夕暮れどきともなるとにわかに人で賑わい始めている。その歩く人の中に、見覚えのある背格好の男を見つけて、アルヤはぽかんとした。
「うそ……」
思わず立ち上がって窓に顔を近づければ、どうにも見間違いではない。むしろ人波のなかで頭一つ抜けた彼を見間違えようはずもなかった。彼は、アルヤのいる娼館に入ってくる。
(本当に……?)
知らず高鳴る胸を抑えながら、それでもアルヤは高級娼婦の顔で悠然とソファに身体を預けなおした。だが、受付を済ませたであろう時間が過ぎても、アルヤの部屋のドアはノックされない。
(……人違い、だったのかしら。ううん。そうよ、いくらなんでも、二日連続で、なんてそんなこと……)
ふう、と息を吐いたアルヤはゆっくりと首を振って、一瞬の落胆を振り切る。
(わたくしは、ただの娼婦だわ)
そう心の中で呟くと、アルヤは再び窓の外に目を向ける。夕日に照らされていた道は徐々に暗くなり、店先に灯されたランプの明かりでうすぼんやりと道行く人が浮かび上がる。そんな時間になって、いつも通りの娼館の営業が始まった。ソファで客を待つアルヤは、完璧な貴族令嬢の佇まいだ。だが、そのドレスを一枚剥げば、ドロワーズもコルセットも身に着けていない、いやらしい娼婦の身体である。見た目通りの令嬢ならばいざ知らず、娼婦である彼女が淡い想いに身を焦がすことは許されないのだ。
(今日はあと一刻は待つかしらね)
いつもどおりの客ならば、そうだ。だがその予想に反して、それからいくばくもせずにドアのノック音が響いた。今日も、いつもに比べたら客が来る時間にはずいぶんと早い。
「どうぞ、お入りになって」
返事に応じて、店の男が入ってきた。昨日とは、違う。
(……やっぱりエーギル様じゃ、なかった……)
「アルヤさん、お客さんをお連れしました」
そう声をかけて男がドアの前から避けると、その影から客が現れる。のっそりと、身を屈めて入ってきた男の姿に、アルヤはぽかんとした。
「エーギル様……?」
「ではごゆっくり」
店の男は定常通りのセリフを告げて、エーギルを残すとドアを閉めて出て行ってしまった。ランプにぼんやりと照らされたエーギルは、ドアとソファとで離れていてもわかるほどに、渋面を作っている。
「本当に、いらっしゃったんですね」
アルヤが言い、ソファから立ち上がってエーギルに近寄る。そうしてそっと手をとると、エーギルはなぜか眉間の皺を深めた。
「……ああ」
「さあ、こちらにいらして」
まずは会話を楽しもうと、アルヤはエーギルをソファへと導く。引かれるままに彼はついてきたが、まだ顔はしかめ面のままだ。
「今夜も来て下さるなんて、嬉しいです」
「……そうか?」
「エーギル様?」
ソファに座る直前に、アルヤは彼を見上げてどきりとする。エーギルは眉間に皺を寄せて困惑したような顔だ。
「……迷惑では、なかったか?」
顔を歪めてのその問いに、アルヤは昨晩何度も感じた、胸がきゅうっと締め付けられる感覚に陥る。
(エーギル様ったら、わたくしの言葉を娼婦の社交辞令だと思ったのね。それは、間違ってないのかもしれないけれど……)
アルヤはふるふると首を振って、エーギルの手を引き、彼をソファに座らせた。そのうえで、大胆にも彼の膝の上に横むきに乗り上げた。彼の太ももは厚いから、ソファよりもずいぶんと床から高い。
「……っ?」
驚きで両手を浮かせたエーギルに、アルヤは悪戯っぽく笑いかけた。
「酷い方だわ。わたくし、心待ちにしておりましたのに」
「だが」
「だからさっき、ちょっぴりがっかりしたんですの」
「なに」
腕の置きどころに迷って手を浮かせたままのエーギルが、ぴくんと止まった。
「昨日のエーギル様は、お部屋に入られるとき、店の者より先に入られていたでしょう? だから今夜は別の方が来られたんだって一瞬勘違いしましたのよ?」
「……娼館に通うなら、ルールを守れと叱られてな」
定常なら店の男に招き入れられるまで娼婦の部屋に入るべきでないというルールを守るように小言を言われたらしい。金も腕力を圧倒的に上であろうエーギルがそう叱られて渋面を作りながらも従ったのかと思うと、アルヤは笑みがこぼれた。
「あら……ふふ。そうですね、ルールは守ってくださいませんと、わたくしも困ってしまいます」
「その様子なら、今朝の言葉は社交辞令ではなかったようだな」
「まだ疑ってらっしゃるなんて。わたくしが何を申し上げたら信じてくださるのかしら?」
くすくすと笑いながら、アルヤは未だに宙でさまよっていたエーギルの腕をそっと触れて引き寄せる。そうして掌に口づけを落として上目遣いで視線を送った。その瞬間に、アルヤの太ももに、ずくりと熱源が押し当てられる。
(もう興奮してらっしゃるの?)
自然と目元が緩んで、アルヤは頭をエーギルの胸に預けながら、彼の手を自分の頬に当てる。
「エーギル様。口づけてくださいませんか?」
「……ああ」
答えたエーギルの唇がゆっくりと近づいてくる。膝の上に乗っていてさえまだ遠い顔を、彼は身を屈めて近づけてくれるのだ。エーギルがアルヤを見つめるその瞳は、昨夜も見せたような戸惑いの色を浮かべている。
(本当に、可愛らしい方)
その唇を受けながら、アルヤは頬に当てたエーギルの手をすりすりと撫でる。その動作で、太ももに当たっているものの硬度が増したようだった。
「ん……」
軽く重ね合わせて離されたのを、すぐに追いかけて彼の唇をはむ。もったいぶるように柔らかに下唇を甘噛みして、わざとリップ音をたてて口を離しながら、アルヤは至近距離にあるエーギルの赤い瞳を見た。たったそれだけの触れあいで、彼の瞳はすでに情欲の色に染まっている。
(あ。くる……)
「アルヤ」
低い声が耳をくすぐって、すかさず唇が重なった。先ほどは触れるだけだったのに、今度は噛みつくようにアルヤの唇を吸って、貪るようなリップ音をたてて幾度もエーギルはアルヤの唇を奪う。
火が灯ったように口づけるエーギルは、必死でアルヤを求めている。そんな彼の様子に、アルヤは内心ほっとした。
(エーギル様は、言葉だけじゃなく身体でも示したほうがいいんだわ)
頬に添えられていただけの手が、彼女の顔を逃がすまいと力が籠もる。そのエーギルの手を安心させるようにすりすりと撫でてやれば、唇を割って入ってきた舌がアルヤの口内を犯した。熱い舌に積極的に応えると、エーギルはますます舌を貪る。
「ん……んぅ……」
息をつく間もなく口を吸い合い、唇の紅がすっかり落ちたころになって、ようやくエーギルはアルヤの唇を解放した。
「……アルヤ」
眉尻を下げたエーギルが、助けを求めるような声を出す。その理由はわかりきっていた。アルヤの太ももに当たった熱源は、今にもはちきれそうだ。
「どうなさりたいんです? おっしゃってください」
腕を回しながらアルヤが尋ねたときには、エーギルの腕は彼女の背に回されて、ドレスのリボンに手をかけている。
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ふふ、と笑ってアルヤが応えれば、ほっとしたようなエーギルが、彼女のドレスを脱がし始めた。
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