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【番外編】何度でもあなたに恋をする(前)
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日本には戻らないことを決めたカナエは、その後王子妃としての教育をみっちり受けることになった。少なくとも挙式等の式典を完璧な振舞いで出来るようになるまでは、延期ということになっていたのだ。
だがその教育も、やっとひと段落がついた。
その日はカナエの与えられた部屋に、アレンが遊びに来ており二人でお茶を飲んでいる所だった。
「そういや、殿下との式の日取り、決まったらしいじゃん」
「あ、うん。そう」
「その年で妃教育なんか、よくやったよね」
アレンがからかうのに、カナエはため息をついた。
妃教育に限らず、通常、貴族の紳士淑女としての教育は幼い頃から始まる。王子と年ごろが近く、身分のつり合いが取れる娘がいる貴族は、婚約をしていなくとも娘に妃教育を施す者も多いほどだ。
婚約は幼い頃に交わされることも多いが、第一王子であるミヒャエルはたまたま適齢期まで婚約をしていなかった。本来なら適齢期に婚約をしたとしても、慌てて妃教育など施す必要はない。どの家門も虎視眈々と王子妃の位を狙っていた筈だが、聖女カナエはそれを横からかっさらっていった訳だ。貴族たちはさぞ不満を溜めていることだろう。魔王を倒した聖女とはいえ、世界の平和と家門の繁栄は別の話だ。
実際に恨み言をカナエにぶつけてきた輩も少なからずいる。貴族から妃を選んでいれば、妃教育を慌てて詰め込む必要がなかっただとか、聖女なのだから神殿で一生その役目を務めるのが本分だとか何とか。
ただ辛い教育を受けるだけでなく、そんな嫌味の応酬にもカナエは耐えねばならなかった。何しろ王宮の中にはカナエの知り合いはほとんどいないから、助けてくれる人もいなかった。これから人脈を築いていく必要もあるし、立ち居振る舞いだけでなく、カナエには課題がたくさんだ。けれど、カナエは、絶対に諦めようとしなかった。
「そりゃあ……王子様の妃になるんだったら、それくらい頑張らないとねえ……」
教育係から受けた厳しい叱責を思い返して、カナエは遠い目をする。そのタイミングで、空になったカップに、侍女が新しい紅茶を注いでくれる。
「あんたって、何でそんなに殿下のこと好きな訳? いや、ミヒャエル様に魅力がないとかそんな不敬な意味じゃなくてさ。辛いことも耐えられるくらい好きってのは判るんだけど、最初からずーーっと馬鹿みたいに好き好き言ってたじゃん?」
将来の王子妃に対して充分不敬だが、それがアレンとカナエの距離感なのでカナエは一切咎めない。優秀な侍女は、必要な時以外は空気だから、会話に割り込むこともほぼない。
「えっ最初から?」
問われたことに、カナエは目を瞬かせた。
そこで思い出す。ここは1年ほど前まではゲームの世界だったということを。カナエには10周分の魔王討伐の記憶も、その前のゲームになる前に体験した魔王討伐の記憶もあるが、どうやら他の人たちは最後の10周目の記憶しかないようなのだ。
ゲームシステムの好感度引き継ぎのせいで、不思議とカナエに対する印象が初対面から良かったが、記憶自体は一周分である。だから、聖女召喚をした瞬間から、ミヒャエルに対してカナエが好意を全開にしていたのが、アレンには不思議なのだろう。
面食いだからミヒャエルに一目ぼれしたという理由なのであれば、アレンの素顔やカイルの顔にも騒いでもいい筈だが、そういう素振りも見せない。だから余計にアレンには不思議だった。
そういった世界の事情に思い至って、アレンの疑問ももっともだとカナエは思いなおす。そして笑った。
「私ね、最初はミカのこと、そんな好きじゃなかったんだよ」
「はあ?」
あの態度で?と言わんばかりのアレンの顔に、カナエは笑う。
「ミカって、公式の場では優しげ~な王子様の態度でしょ? でも普段はそうでもない……どっちかっていうと、何か武士……じゃなくて、何か硬い話し方だよね。だからとっつきにくかったの」
「あ~まあね。でも殿下、旅の間は完璧に王子様装ってなかった? あんたに対しては特に。それで好きって言ってたんじゃないの?」
ゲームの中ではそうだよね、とはカナエは返せない。
「あの王子様ごっこの奴は、恋愛的な意味ってより、ファンとして推しを称えるみたいな気持ちで……好き好き言ってたな」
「推し?」
「神様的な……主よ、慈悲をありがとうございます的な……」
つい日本での言葉が出てしまい、判るようにカナエは言い直す。
「ふうん? なんかそれ、『偶像としては好きだけど、男性としては殿下のこと好きじゃない』って言ってるように聞こえるよ」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげたカナエはそのまま固まる。
「カナエ様、新しいお茶を淹れて参りますね」
話が長くなりそうだと察した侍女が、次の紅茶を淹れるためにワゴンを押してドアを開ける。
「殿下」
部屋の外には、ミヒャエルが居た。
「失礼致しました。どうぞ、殿下」
「……いや、通りすがっただけだ。気にしないでくれ」
お辞儀をしてミヒャエルが入れるように道をあけた侍女に対して、ミヒャエルはそのまま去ってしまう。
「ねえ、あれ聞かれてない? さっきのやつ」
「うそっ、私ちょっと行ってくる!」
音を立ててカナエは立ち上がり、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「……あの人ほんとに妃教育終わったの?」
どたばたという走る音を聞いてアレンは嘆息した。
「主のいない部屋に居座るのもなんだから、僕帰るね。聖女様によろしく伝えといて」
「かしこまりました、アレン様」
呆れた様子でアレンが出ていくのを、侍女は深くお辞儀して見送った。
だがその教育も、やっとひと段落がついた。
その日はカナエの与えられた部屋に、アレンが遊びに来ており二人でお茶を飲んでいる所だった。
「そういや、殿下との式の日取り、決まったらしいじゃん」
「あ、うん。そう」
「その年で妃教育なんか、よくやったよね」
アレンがからかうのに、カナエはため息をついた。
妃教育に限らず、通常、貴族の紳士淑女としての教育は幼い頃から始まる。王子と年ごろが近く、身分のつり合いが取れる娘がいる貴族は、婚約をしていなくとも娘に妃教育を施す者も多いほどだ。
婚約は幼い頃に交わされることも多いが、第一王子であるミヒャエルはたまたま適齢期まで婚約をしていなかった。本来なら適齢期に婚約をしたとしても、慌てて妃教育など施す必要はない。どの家門も虎視眈々と王子妃の位を狙っていた筈だが、聖女カナエはそれを横からかっさらっていった訳だ。貴族たちはさぞ不満を溜めていることだろう。魔王を倒した聖女とはいえ、世界の平和と家門の繁栄は別の話だ。
実際に恨み言をカナエにぶつけてきた輩も少なからずいる。貴族から妃を選んでいれば、妃教育を慌てて詰め込む必要がなかっただとか、聖女なのだから神殿で一生その役目を務めるのが本分だとか何とか。
ただ辛い教育を受けるだけでなく、そんな嫌味の応酬にもカナエは耐えねばならなかった。何しろ王宮の中にはカナエの知り合いはほとんどいないから、助けてくれる人もいなかった。これから人脈を築いていく必要もあるし、立ち居振る舞いだけでなく、カナエには課題がたくさんだ。けれど、カナエは、絶対に諦めようとしなかった。
「そりゃあ……王子様の妃になるんだったら、それくらい頑張らないとねえ……」
教育係から受けた厳しい叱責を思い返して、カナエは遠い目をする。そのタイミングで、空になったカップに、侍女が新しい紅茶を注いでくれる。
「あんたって、何でそんなに殿下のこと好きな訳? いや、ミヒャエル様に魅力がないとかそんな不敬な意味じゃなくてさ。辛いことも耐えられるくらい好きってのは判るんだけど、最初からずーーっと馬鹿みたいに好き好き言ってたじゃん?」
将来の王子妃に対して充分不敬だが、それがアレンとカナエの距離感なのでカナエは一切咎めない。優秀な侍女は、必要な時以外は空気だから、会話に割り込むこともほぼない。
「えっ最初から?」
問われたことに、カナエは目を瞬かせた。
そこで思い出す。ここは1年ほど前まではゲームの世界だったということを。カナエには10周分の魔王討伐の記憶も、その前のゲームになる前に体験した魔王討伐の記憶もあるが、どうやら他の人たちは最後の10周目の記憶しかないようなのだ。
ゲームシステムの好感度引き継ぎのせいで、不思議とカナエに対する印象が初対面から良かったが、記憶自体は一周分である。だから、聖女召喚をした瞬間から、ミヒャエルに対してカナエが好意を全開にしていたのが、アレンには不思議なのだろう。
面食いだからミヒャエルに一目ぼれしたという理由なのであれば、アレンの素顔やカイルの顔にも騒いでもいい筈だが、そういう素振りも見せない。だから余計にアレンには不思議だった。
そういった世界の事情に思い至って、アレンの疑問ももっともだとカナエは思いなおす。そして笑った。
「私ね、最初はミカのこと、そんな好きじゃなかったんだよ」
「はあ?」
あの態度で?と言わんばかりのアレンの顔に、カナエは笑う。
「ミカって、公式の場では優しげ~な王子様の態度でしょ? でも普段はそうでもない……どっちかっていうと、何か武士……じゃなくて、何か硬い話し方だよね。だからとっつきにくかったの」
「あ~まあね。でも殿下、旅の間は完璧に王子様装ってなかった? あんたに対しては特に。それで好きって言ってたんじゃないの?」
ゲームの中ではそうだよね、とはカナエは返せない。
「あの王子様ごっこの奴は、恋愛的な意味ってより、ファンとして推しを称えるみたいな気持ちで……好き好き言ってたな」
「推し?」
「神様的な……主よ、慈悲をありがとうございます的な……」
つい日本での言葉が出てしまい、判るようにカナエは言い直す。
「ふうん? なんかそれ、『偶像としては好きだけど、男性としては殿下のこと好きじゃない』って言ってるように聞こえるよ」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげたカナエはそのまま固まる。
「カナエ様、新しいお茶を淹れて参りますね」
話が長くなりそうだと察した侍女が、次の紅茶を淹れるためにワゴンを押してドアを開ける。
「殿下」
部屋の外には、ミヒャエルが居た。
「失礼致しました。どうぞ、殿下」
「……いや、通りすがっただけだ。気にしないでくれ」
お辞儀をしてミヒャエルが入れるように道をあけた侍女に対して、ミヒャエルはそのまま去ってしまう。
「ねえ、あれ聞かれてない? さっきのやつ」
「うそっ、私ちょっと行ってくる!」
音を立ててカナエは立ち上がり、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「……あの人ほんとに妃教育終わったの?」
どたばたという走る音を聞いてアレンは嘆息した。
「主のいない部屋に居座るのもなんだから、僕帰るね。聖女様によろしく伝えといて」
「かしこまりました、アレン様」
呆れた様子でアレンが出ていくのを、侍女は深くお辞儀して見送った。
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