13 / 23
はじまりの
しおりを挟む
魔王は倒された。私たちが加えていた攻撃によるダメージと、彼女の祈りの光によって、魔王は滅んだ。喜ぶべきなのに、やっと、戦いが終わるというのに、私は目の前の光景が受け入れられない。
「ミカ、よか、った……」
呟いた彼女が、血を吐き倒れ伏した。その背中から伸びる、魔王の触手の欠片。灰になって消えゆく触手がつけた傷は、彼女の胸を貫通している。
「そんな」
知らず、手がわなわなと震えた。彼女を起こしたが、彼女は微かに唇を震わすだけで、何も言えない。ただ、口から血をこぼした。
「――っ!」
「――様!」
カイルたちが走り寄ってくる音が聞こえる。
「すぐ、すぐに回復の魔法をかけよう、だから、目を、閉じないでくれ」
彼女の手をとるが、震えているのは私なのか、彼女なのか判らない。 彼女は私の顔を見てくれていたが、やがて唇の動きも止まり、その目の光が消えた。
「嫌だ、起きてくれ」
まだ暖かいのに、彼女がもういないことが判ってしまう。
「――……死ぬな……っ!」
私が守れなかったばかりに、彼女を死なせた。彼女を守ると約束したのに、守れなかった。私が彼女を殺した。
もう一度チャンスがあるなら、彼女を死なせないのに。
私じゃなければ彼女を守れたのか?
強く彼女の身体を抱きしめるが、その腕が私を抱きしめ返してくれることはない。
何度も何度も彼女の名前を呼んで、涙が枯れた時、やっとおかしなことに気がついた。
「……カイル?」
カイルたちが、こちらに走り寄ってくる姿勢のまま、止まっている。いや、カイルたちだけではない。魔王が死んで崩壊が始まっている筈の魔王城の崩壊すら止まっている。
私以外の全ての時が、止まっていたのだ。
そんな周りの状況に気付いてようやく、自分の身体の変化にも気づいた。
魔力が沸きあがって、私の身体から周囲に向かって魔力を放出し続けている。
「これは……?」
私の魔力が、時間を止めていた。
ゆらゆらと漂う魔力が、周囲どころか、この世界そのものの時を止めている。
私の魔力属性は、時を操るものだったらしい。
それに気付いて嬉しかった。時を戻せば、彼女は生き返る。魔王も復活するだろうが、今度は彼女を守り切ればいい。
願いは簡単に時間操作の魔法として発動してくれた。時の流れを逆巻いて、私は世界を魔王討伐直前まで戻すことに成功したのだ。
けれど、彼女は死んだ。
私の腕は今一歩、彼女の身体に届かなかった。
だから、また時を巻き戻した。それでも、彼女は死んだ。
巻き戻す時間を長くした。鍛錬が足りなかったから、きっと彼女を死なせてしまったんだろう。死に物狂いでモンスターを倒した。それでも、彼女は死んだ。
繰り返し繰り返し、何度巻き戻しても、巻き戻す時間を変えても、彼女は死に続けた。
私に、彼女は救えなかった。
「どうして、救えないんだ……」
ならば、私以外の人間ならどうだろう。カイルならあるいは、彼女を救えるだろうか。彼女が恋したのが、他の男なら。彼女にプロポーズして、守る誓いを立てたのが別の人間なら。あるいは、仲間全員で彼女を守れたなら。
時間を逆巻いて、私は彼女とカイルたちを恋愛関係に至るように少しずつ手を加える。それでも、最後に彼女は、魔王に殺されてしまう。
ありとあらゆる可能性を考え、ただ彼女の生存の可能性を模索し続けた。
そうやって数えきれない試行を繰り返すうちに、私は狂ってしまっていたのだろう。
『聖女が彼女じゃなければ、聖女を守れただろうか』
そんな意味のない試行にまで、手を伸ばそうと考えていた。
そうして私は自身の魔法を行使し続け、一番最後に彼女の死を見届けた後、世界を作り変えてしまった。
私たちが辿った旅の過程をなぞりながら、召喚された『聖女』が旅の仲間の誰かと恋に落ち、魔王を討伐し、『聖女』と守りぬくゲームに。
異世界から新しい聖女を召喚しては、同じ旅を繰り返した。魔王は倒せるようになったが、召喚した『聖女』は、彼女ではない。それを頭のどこかで判っていたのだろう。何周か同じ聖女の時間を巻き戻させては、違う聖女を召喚し続けた。
そうして繰り返すうちにこの世界が彼女の言っていた『乙女ゲーム』の世界なのだと思うようになった。
全く使えなかった筈の魔力は、時を操るだけでなく、周囲の人間の意識すら操り、私は無意識にこの世界全てを『聖女物語』というゲームに塗り替えてしまっていたのだ。
その頃には、一番初めに愛した彼女のことなど、忘れていた。私はただの、ゲームのキャラクターだと思い込むようになっていたらしい。
ただただ無意識に魔法を行使し、時を逆巻き、旅を繰り返すことで、彼女の死から逃げていたのだ。
「ミカ、よか、った……」
呟いた彼女が、血を吐き倒れ伏した。その背中から伸びる、魔王の触手の欠片。灰になって消えゆく触手がつけた傷は、彼女の胸を貫通している。
「そんな」
知らず、手がわなわなと震えた。彼女を起こしたが、彼女は微かに唇を震わすだけで、何も言えない。ただ、口から血をこぼした。
「――っ!」
「――様!」
カイルたちが走り寄ってくる音が聞こえる。
「すぐ、すぐに回復の魔法をかけよう、だから、目を、閉じないでくれ」
彼女の手をとるが、震えているのは私なのか、彼女なのか判らない。 彼女は私の顔を見てくれていたが、やがて唇の動きも止まり、その目の光が消えた。
「嫌だ、起きてくれ」
まだ暖かいのに、彼女がもういないことが判ってしまう。
「――……死ぬな……っ!」
私が守れなかったばかりに、彼女を死なせた。彼女を守ると約束したのに、守れなかった。私が彼女を殺した。
もう一度チャンスがあるなら、彼女を死なせないのに。
私じゃなければ彼女を守れたのか?
強く彼女の身体を抱きしめるが、その腕が私を抱きしめ返してくれることはない。
何度も何度も彼女の名前を呼んで、涙が枯れた時、やっとおかしなことに気がついた。
「……カイル?」
カイルたちが、こちらに走り寄ってくる姿勢のまま、止まっている。いや、カイルたちだけではない。魔王が死んで崩壊が始まっている筈の魔王城の崩壊すら止まっている。
私以外の全ての時が、止まっていたのだ。
そんな周りの状況に気付いてようやく、自分の身体の変化にも気づいた。
魔力が沸きあがって、私の身体から周囲に向かって魔力を放出し続けている。
「これは……?」
私の魔力が、時間を止めていた。
ゆらゆらと漂う魔力が、周囲どころか、この世界そのものの時を止めている。
私の魔力属性は、時を操るものだったらしい。
それに気付いて嬉しかった。時を戻せば、彼女は生き返る。魔王も復活するだろうが、今度は彼女を守り切ればいい。
願いは簡単に時間操作の魔法として発動してくれた。時の流れを逆巻いて、私は世界を魔王討伐直前まで戻すことに成功したのだ。
けれど、彼女は死んだ。
私の腕は今一歩、彼女の身体に届かなかった。
だから、また時を巻き戻した。それでも、彼女は死んだ。
巻き戻す時間を長くした。鍛錬が足りなかったから、きっと彼女を死なせてしまったんだろう。死に物狂いでモンスターを倒した。それでも、彼女は死んだ。
繰り返し繰り返し、何度巻き戻しても、巻き戻す時間を変えても、彼女は死に続けた。
私に、彼女は救えなかった。
「どうして、救えないんだ……」
ならば、私以外の人間ならどうだろう。カイルならあるいは、彼女を救えるだろうか。彼女が恋したのが、他の男なら。彼女にプロポーズして、守る誓いを立てたのが別の人間なら。あるいは、仲間全員で彼女を守れたなら。
時間を逆巻いて、私は彼女とカイルたちを恋愛関係に至るように少しずつ手を加える。それでも、最後に彼女は、魔王に殺されてしまう。
ありとあらゆる可能性を考え、ただ彼女の生存の可能性を模索し続けた。
そうやって数えきれない試行を繰り返すうちに、私は狂ってしまっていたのだろう。
『聖女が彼女じゃなければ、聖女を守れただろうか』
そんな意味のない試行にまで、手を伸ばそうと考えていた。
そうして私は自身の魔法を行使し続け、一番最後に彼女の死を見届けた後、世界を作り変えてしまった。
私たちが辿った旅の過程をなぞりながら、召喚された『聖女』が旅の仲間の誰かと恋に落ち、魔王を討伐し、『聖女』と守りぬくゲームに。
異世界から新しい聖女を召喚しては、同じ旅を繰り返した。魔王は倒せるようになったが、召喚した『聖女』は、彼女ではない。それを頭のどこかで判っていたのだろう。何周か同じ聖女の時間を巻き戻させては、違う聖女を召喚し続けた。
そうして繰り返すうちにこの世界が彼女の言っていた『乙女ゲーム』の世界なのだと思うようになった。
全く使えなかった筈の魔力は、時を操るだけでなく、周囲の人間の意識すら操り、私は無意識にこの世界全てを『聖女物語』というゲームに塗り替えてしまっていたのだ。
その頃には、一番初めに愛した彼女のことなど、忘れていた。私はただの、ゲームのキャラクターだと思い込むようになっていたらしい。
ただただ無意識に魔法を行使し、時を逆巻き、旅を繰り返すことで、彼女の死から逃げていたのだ。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる