乙女ゲームのヒーローやってます

かべうち右近

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8周目 閑話

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 何故か、イベントとイベントの間に、ストーリーにない時間が出来始めている。

 イベントとイベントの隙間の時間は存在せず、イベント開始時に場面が転移するのが通常だ。しかし、今はイベントが終了した後に会話する時間が長かったり、移動の時間や食事の時間があったりする。まるで本当の旅をしているかのような時間が存在するのだ。

 時間の隙間が発生しはじめたのは、前回の7周目の途中からだろうか。

「しっかし、ミヒャエル様と話すのも何か久しぶりな気がするね?」

 宿で夕食をとり終えて、ベッドに腰掛けながらのカイルの言葉だ。当然、今もストーリー外の時間である。

 基本的にはストーリーの中で、攻略キャラクター同士の会話は少ない。指摘されてみればカイルと、雑談らしい雑談をすることはなかった。いや、カイルだけじゃなく他のメンバー全員そうだ。久しぶりどころか初めてなのではないか。

「無駄口をお前と叩く気はないからな」

「おっ? なーんかそういう辛口コメントも懐かしいね。ミヒャエル様ずっと王子様仮面被ってたから」

「王子様仮面とは何だ」

 嘆息して荷解きをする。

 カイルにはああ言ったが、彼の言わんとしている事はわかる。

 ヒロイン相手でもない幕間は、ゲームの範疇ではない。だから私はメインヒーローの芝居をする必要は無いと思っている。

 だからこそ私は、『ゲーム外』にできたこの時間内では、メインヒーローの口調を敢えては演じない。

「ホント、なんでカナエ様の前じゃあんなに猫被ってるんだろうね、この王子様は」

「ゲームの役割を果たしているだけだろう」

「ゲームねえ……」

 やれやれと肩をすくめて見せてみせたカイルは、そのままベッドに寝そべってしまった。何を言わんとしているのかは、背を向けているので表情が読み取れず判らない。

 言葉の続きを待ったが、それ以上は話す気がないようで続かない。

 どうしたものかと思っていると、シーンが突然切り替わった。次の好感度アップイベントだ。

 月が明るく照らす、穏やかな夜だった。宿のバルコニーの手すりにカナエが静かに佇んでいる。酒場でさえ閉まった深夜の街は、ひっそりと眠りに落ちていて静かだった。カナエの視線の先は、モンスターを避けるためにぽつぽつと焚かれた松明の火に向いている。

「眠れないのかい?」

「……ミカ」

 そっとバルコニーに続くドアから出て、彼女に声をかける。何度も繰り返したシーンだ。初回では驚いた顔をしていたカナエだったが、今では驚きもなく待っていたかのような顔をしている。

「冷えてしまうよ」

 私は手に持っていたブランケットを、カナエの肩に被せる。そして、隣に並んで一緒に街並を眺めた。

「ありがとうございます。……へへへ、やっぱり好きだなあ、ミカ」

 7周目に呼び名を変えて欲しいとお願いして以降、彼女は律儀に呼び名を変えてくれている。できれば敬語もやめてくれと伝えたが、それは断られてしまった。他国の第三王子とはいえ、王族であるカイル相手には気安く話しているのだから、私にだって敬語を外しても良いものを。

「いつも……ここに来てくれるから、毎回待っちゃうようになりました。凄く嬉しくて。……でも『イベント』なんだもんね、ミカが来たいからなんじゃなくて」

 突然そんな事を言われて、言うべき言葉が判らなくなる。

 本来なら、このイベントでは明日に控えた初めての中ボス戦に向け、ヒロインが気分の高まりから眠れずバルコニーに居るところへ、同じく眠れなかった攻略キャラクターが現れ、ヒロインと話す事で鼓舞され、ヒロインに対する好感度が高くなるイベントである。

 間違っても、ヒロインがゲームに対する不安を述べるシーンではない。

「……カナエ」

「えっ」

 目線は街に向けたまま、そっと彼女の肩を抱き寄せた。カナエは顔を真っ赤にして居心地悪そうにモゾモゾと動いているが、それでも腕から逃げようとはしない。

 あれだけ頻繁に私のことを好きと言ってきていても、カナエが私からのスキンシップを許してくれるのは、聖女覚醒イベントとプロポーズのルート分岐イベントだけだ。それが面白くて、ストーリーに反しない程度にスキンシップを増やしたりもしてはいるのだが、今のように逃げずにいるのは珍しい。その事実がなんだか気分が良い。

 ストーリーの中では、今のシーンはまだ序盤と言っていい。周回による引継ぎで好感度が高いとは言っても、攻略キャラクターはヒロインに対する明確な恋愛感情と断定はできない段階だ。だから、今みたいに肩を引き寄せるのは、ストーリー上おかしいのかもしれない。それでも。

「ここで君に会えるのは、嬉しいよ」

 私が彼女の頭にもたれかかると、びくりと揺れたものの、それでも彼女は逃げないでいてくれる。

「……そっか」

 小さく呟くと、彼女もぎこちなく私にもたれかかった。
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