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番外編

【番外編】舞台の裏側で

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 ラン・ルーナは、モンスター化の事件の一件後、自身の行動についてとある変化をもたらした。何をしたのかについては、まず事件の直後まで時間をさかのぼる必要があるだろう。

 セリナを庇ってモンスタ―化しそうになったラン・ルーナは、セリナが呼んだ馬車でメリクーリオ家へと運ばれた。ランは現在学園での勤務のために、実家を出て平民と同じように一人暮らしをしている。そんな家に満身創痍のランを残しておけないとセリナが主張したためだった。

「ラン様、ラン様……ごめんなさい、わたくしのせいで……」

 ベッドに横たわらせられたランに、ベッドにすがりつき泣きながらセリナが謝る。それに対してランは苦笑して、彼女の手を撫でた。

「大丈夫ですよ、セリナが無事で良かったです」

 ランの言葉も顔つきも優しいのに、言われたセリナはグッと唇を噛んで難しい顔をする。

「どうしたんです?」

「……ラン様は、どうしてわたくしを助けてくださったの」

 自分の手に重ねられた手を振りほどくこともできずに、セリナは布団をギュっと握りしめた。未だ涙を滲ませながらも、セリナの表情は固い。

「どうしてって……婚約者を守るのがそんなにおかしいでしょうか」

 柔らかな口調で言われても、セリナは納得しなかった。

「ラン様はいつもそうなんだわ。わたくしが、何も判らないと思ってばかにしてらっしゃるんでしょう。本当は、この婚約を破棄したいくせに」

「セリナ?」

 そんな訳ないでしょう、と言いかけたランの台詞を、セリナは「わたくし知ってるのよ!」と叫んで遮った。

「……何をです」

「ラン様は、気安い方にはそんなかしこまった話し方はなさらないの。だけど、わたくしにはいつも距離を取ってらっしゃるでしょう!」

 ぽたり、と涙がまた落ちて、シーツを濡らす。

 いつだったかセリナは、ランに会いに学園の研究室に行った時に、ランと同僚の教師との会話を立ち聞きしてしまったのだ。

『お前、婚約者の前でまだ猫被ってんだろ? 疲れないのか?』
『ははっ疲れるなっていう方が無理だろ、キャラじゃねえもん』
『金のためとは言え、あの我儘なお嬢様に良く付き合うよな』

 そこまでの所で、セリナはたまらず逃げ出してしまった。もう少し立ち聞きしていれば、ランの『セリナちゃんのこと悪く言ったら、マジで殴る』という台詞が聞けただろうが、実に間の悪いことである。

 ランとセリナの婚約は、もともとセリナの一目惚れから始まっている。ランは常にセリナに対して紳士的だったし、セリナに対して賛辞を述べたりはするものの、エスコートの時以外、自分から触れようとはしない。金にものを言わせて結んだ婚約だから、セリナはうすうす自分は嫌われているのではないかと思っていたが、それがあの立ち聞きで確信に変わってしまったのだ。

 全くの勘違いなのであるが。

 いつものセリナなら、喚いて叫んで手がつけられないが、今日はランが死にそうになったのがよほど堪えたのだろう。嫌われているのにも関わらず助けてくれたという事実に、セリナはただただ涙をこぼして絶叫をこらえているようだった。

 そんな様子に、ランは溜め息を吐いてセリナに重ねていた手で彼女の手首を握った。

「……ああ。もう、格好つけてたって仕方ないか」

「何をおっしゃって……」

 セリナが呟くのと同時に、彼女の身体がぐい、と引っ張られてベッドの上に引き上げられる。ランの胸に顔を預ける形になったことに驚いて、セリナが顔を上げると、気まずげに笑うランと目が合った。

「セリナちゃんはさ、いつも僕を素敵だとか何とか言ってくれるけど、本当の僕はかっこわるいんだよ。だから嫌われないように、ぼろ出さないように、丁寧語使ってたの。それでセリナちゃんを不安にさせてたなら、もうやめるよ。それでいい?」

 そんなことを言いながら、ランが頭を撫でてくるものだから、セリナはどう反応していいか判らなくなる。今まで、セリナから腕を組んだりのスキンシップは数多くしていたが、こんな風にランの方からスキンシップをしたことなど、一度もないのだ。

「……今までわたくしに触ろうとなさらなかったのに……」

「あ~……それはさあ、しょうがないよ」

「やっぱりわたくしのこと……」

 ランの言葉に、セリナは絶望的な表情になる。

「婚約者とはいえ、未成年の女の子にお触りしたらまずいでしょ? さすがに好きな女の子に自分から触って、ちゃんと止めてあげられるか僕もわかんないしさ」

「わ、わたくしを子供扱いしないで!」

 そう叫んだセリナに、ランは「うん?」と目を細めながら彼女の頬を撫でる。

「婚約破棄なんて、したい訳ないじゃん。セリナちゃんのこと大好きだっていっつも言ってんだし。僕のこと、ちゃんと信じてよ」

 言いながら頬を撫で続けるランに赤面したセリナは、「わかりましたわ!」と叫んで、ベッドからパッと離れてしまう。普段は自分からベタベタしている癖に、ランから触れられるのには免疫がないことを思い知ったセリナである。

「じゃあ、僕が聖女様とどうこうなる気なんてないって、信じてくれたよね? 僕が触れたいのは、セリナちゃんだけなんだし」

「あ……クレア・バートンさん……」

 セリナの顔が、サッと青ざめる。

「ラン様を助けてくださった、クレア・バートンさんに、わたくしお礼も……いいえ、謝っていませんでしたわ」

 元はと言えば、セリナがきちんと話を聞かず、暴走した結果である。ゲームの強制力が働いたとは言え、彼女がクレアを殺すつもりで魔力を暴走させた事実は消えない。

 今まで彼女は、我儘放題に生きてきた。けれど決して、誰かを殺してやろうだとか、傷つけてやろうだとかそんな害意を持ったことはなかった筈だ。ペンダントの闇の魔力に引っ張られたとはいえ、恐ろしいことをしようとした自身に、今更になってセリナは震える。

 セリナは自分の思い込みでクレアを殺そうとし、そのせいでランを危険に晒した。しかも、それを救ってくれたのは他ならないクレアなのだ。自然と俯いた顔に、涙が滲む。

「……後悔しているなら、明日、一緒に謝りに行こうか。僕も助けて貰ったお礼を言いたいしさ」

 ランのその言葉に、ハッとしたようにセリナが顔を上げると、彼は微笑んで見せる。そうして、その夜は休み、翌日バートン家へとセリナとランは向かうことになったのである。

 先触れとして訪問を申し出た書状への返事は、すぐに来た。何しろバートン家は子爵家で、メルクーリオ家は伯爵だ。返事を待たせるのも礼儀を失するのであろう。

 朝一番に訪問を申し出て、その日の午後には訪問が叶った。しかし、応接室で彼らを迎えたのは、クレアではなく、その兄であるヒラルド・バートンであった。

「せっかくお越し頂いて申し訳ありませんが、クレアは今伏せっております」

 わざわざクレアと会いたい旨の書状を送っていたのにも関わらず、足を運んで初めてその事実を告げる。これは伯爵家に対する侮辱ではないか? ……昨日までのセレナなら、瞬間的に激昂していただろう。しかし、ぐっと堪えて彼女はかろうじて顔に笑みを作った。

「では、日を改めて……」

「いえ」

 セレナが言いかけた言葉を、ヒラルドが遮る。

「主治医の見立てでは、妹はしばらく目を覚ませないとのことです。……おそらく意識が戻っても、数日は起き上がることも叶わないでしょう。ですから、ご用件でしたら、私が妹の代わりに伺います」

 あくまで笑顔を浮かべたままのヒラルドの言葉に、さっとセリナの顔が青ざめ、ランが眉間に皺を寄せる。ラン自身、ゲームをやりこんでいてゲームに詳しくても、ゲームの展開外の状況は知る由もない。聖女が聖魔法によってモンスター化を阻止したなどという状況はゲームの中にはなかった。だからこそ、あの魔法を使ったクレアがどうなるのかなんて、ランには知りようもなかったのだ。

 ランは、自身の魔力が根こそぎ吸われるような感覚を、モンスター化の時に味わっている。そんな魔力の塊を浄化し、消し去るためには、相応の魔力が必要だったことは予想がついていても、倒れて意識をなくす程の状況だとは思わなかったのだろう。だから、謝罪に来たのも今日だった。

「……聖女様……クレア様は、そんなに体調が思わしくないのですか」

「時間が解決するとは聞いておりますが、今は誰にも会えない状況です。いつ回復する、とお答えもできませんので、再度ご足労頂くよりは、私が伺った方が良いかと思います」

「そんなに……」

 セリナが口に手を当てて呟く。

「わた、わたくし、クレアさんに謝らないと、いけませんのに……」

 彼女のその言葉に、ヒラルドの眉がぴくりと動く。

「お気遣い頂きありがとうございます。しかし、私たちは、クレア様に直接謝罪と、そして感謝を伝えなければならないのです。ですから、また日を改めて伺わせてください」

 ランがそう言うと、ヒラルドは顔に浮かべていた人当りの良い笑顔を消した。

「謝罪、とはどのような件ですか? 伯爵令嬢と学園の先生が男爵家を何度も訪問して直接謝るべきこととは、一体何なのでしょう?」

「それは……言えません」

 セリナが困ったように言う。モンスター化についての話は、外部には漏らさないという方針を既にランが立てていた。だからこそ、ヒラルドに告げる訳にはいかない。口を濁したセリナをヒラルドは冷たい目線で見て、溜め息を吐いた。

「もしあなたがたがクレアに話そうとしているのが、『前世』と関係のあることなら、もう妹に関わらないでください」

「ぜんせ?」

 意味が判らず怪訝そうな顔をしたセリナとは裏腹に、ランの顔が険しくなる。

「……ルーナ先生は心当たりがあるようですね」

「あなたも、前世を……?」

 ランの顔色を読み取ったヒラルドの言葉に、ランは恐る恐る尋ねる。しかし、ヒラルドは首を振った。

「私に前世の記憶などありません。しかし、妹がその『前世』に振り回されて、このところ無理をしていたのは知っています。……あの子は隠しているようですがね」

 そう言って、ヒラルドはまた溜め息を吐いて、足を組んだ。不遜な態度だが、本音を出しているとも受け取れる。
 ヒラルドがクレアの前世について正しく知ったのは、実のところつい最近だ。メイドのリーンからの報告や、密かに雇った学園内の密偵からの報告で、クレアの様子がおかしいことは気付いてはいた。そして、先日クレアがアウレウスに秘密を打ち明けた時に、事情を知ったのだ。リーンは席を外していたと言っても、実のところメイドとして会話の内容を把握していた。それがクレアの恋愛感情だとか囁かな秘密であれば、リーンは報告しなかっただろうが内容が内容だっただけに彼女は雇い主へ報告せざるを得なかった。

 幼い頃からのクレアの言動を思い起こせば、前世についての話は信憑性があった。しかし、この事実をどう受け止めて良いものか、クレアにどう話をするかヒラルドたち家族が思案しているうちに、クレアは再び倒れてしまったのだ。

 そうして、『謝罪』とやらのために、今まで全く交流のなかった伯爵令嬢と先生がバートン家へと足を運んだのである。しかも、その両名はクレアの前世の話に悪い意味で出てきた名前だ。いかな身分が上の来客とはいえ、バートン家としては彼らを歓迎できる訳がなかった。

「クレア様を、危険に晒したことを謝罪します」

 ランが立ち上がって、頭を下げる。それにならって、ヒラルドの言っている意味がわからないながらも、セリナも立ち上がって頭を下げた。その二人の姿を慌てもせずに、ヒラルドは冷めた目で見やる。

「私がこの話を持ち出さなければ、あの子が命の危機に晒されたことを、あなたがたは私たち家族に告げることすらせずに、終わらせるつもりだったのでしょう?」

 その言葉に、ランはハッとする。

「……クレアは聖女です。家族にすら秘すべきことも今後は出てくるのでしょう。……ですが、あの子の命に関わることまで、私たち家族は無知でいなくてはならないのでしょうか」

「それは……」

 頭を下げたままのランが、言い淀む。

「私たち家族が、あなた方に望むのは、これ以上クレアに関わらないで欲しい、ということです。ゲームのシナリオという物がどういった物なのか、私たちには想像もつきません。しかし、ルーナ先生、あなたは魔道具の研究者だ。他の方々と違い、今後、あの子と関わることでまた危険が生じるかもしれない。……だから学園の教師と生徒であるという接点以上の関わりを、持たないでください」

 セリナは、言っている意味はよく判らないものの、ヒラルドがランに対して失礼なことを言っているのだということだけは判る。けれど、事情をよく知りもしないのに感情に任せて怒って招いた結果が、昨日の惨事だ。それでも努めて冷静に何かを言おうとしたけれど、ランがセリナの手を握ったので、セリナはぐっと黙る。

「……判りました。僕たちもクレア様やご家族を困らせることは本意ではありませんから、今後はできるだけ関わらないようにしましょう。ただ、僕はクレア様と同様に、前世の記憶があります。そのことで、彼女が僕に相談を持ちかけることも今後あるかもしれません。それに、今回の出来事について、最小限の後始末の話はしなければなりません。その時はどのようにすればいいでしょうか」

 あっさりと承諾したランに、ヒラルドは固くしていた表情がぴくりと動いた。

 ヒラルドとて、無礼なお願いをしているのは承知だ。直接会っての謝罪を受け入れないどころか、今後の行動に対して制限を設けるのは、たかだか男爵程度の家格から考えたら不遜極まりない。それが判っているからこそ、ランが何の釈明もなしにヒラルドの言い分を受け入れたのには、驚いた。

 しかし、いちいち驚きを表に出していては、商家の跡継ぎは担えない。固い表情のまま、思案を巡らせる。クレアの前世の事情についてはこれまでの情報で察しており、わざわざ『謝罪』と言ってきたのだから、ランたちもそれを承知なのだろうとは思ってはいた。しかし、ランまでもがクレアと同じ記憶を持っているというのは、想定外である。いくらランがクレアを避けていたとしても、クレアが助言を求めるのだとしたら、それを避けることはできないだろう。

「申し訳ありませんが、そのような場合でもやはり最低限の接触にとどめて頂けると助かります。……こちらが我儘を申し上げているのは重々承知しておりますが……」

「いえ、こちらが悪かったのです。今回クレア様が倒れられてしまったことは、事前に私の方で回避することもできた筈ですから……その点については、謝罪してもしきれません。今後の接触を避けるだけで、彼女の安全とご家族の安心が買えるなら、喜んでそうしましょう」

 顔を上げたランがそう言うと、ヒラルドはたまらず顔を崩した。

「……すみません。本当は、こういったことも含めて本人も交えて話した方がいいと思うのですが……どうにも……」

 前世に囚われすぎている様子のクレアが、ヒラルドには怖かった。

「私はこの世界で、唯一クレア様と同じ体験をしています。だからこそ、彼女が心の拠り所や相談の相手に選んでしまうかもしれない。けれど、彼女も私も、今生きているのはこの世界なのですから。『前世』なんて物に縛られないためにも、こんなやり取りをしたことすらクレア様には知られない方がいいでしょうね。……セリナちゃんもそれでいい?」

 先ほどから会話に加われてなかったセリナに急に話を振られて戸惑ったが、セリナはなんとか頷いた。事情はよく汲めないものの、ランがいいというのだから、良いのだとセリナは飲み込む。

「……ありがとうございます」

 過保護な対応だと責められても仕方のないことをしている自覚があるだけに、ヒラルドは承諾した二人に戸惑いながらも、礼を言う。

「そうだな……」

 思案するような顔になって、ランは呟く。

「クレア様自身からも私と距離を取って頂くように、突き放すように対応させて頂いても構いませんか? 彼女には不快な想いをさせてしまうかもしれませんが、それでもよろしいですか?」

「そんな嫌われるような真似……さすがにそこまでして頂く必要は」

「いえ。前世のことを打ち明けた際に、随分気安く接してしまったので、クレア様は今後も気軽に私に話しかけてくると思うのです。だから、嫌われた方が良いでしょう」

 セリナが驚いたような顔をしてランをうかがったが、彼は首を振ってセリナの発言を制する。

「……わかりました。では、それでお願いします」

「はい。では、今日ここに来たことも、伏せておいてください。謝罪や感謝をしない無礼な奴だったと思われている方が、より近寄りがたいでしょうから」

 ランはそう言って話を切る。

「ありがとう、ございます」

 ヒラルドが立ち上がって礼を言うのを、ランは首を振ってただ微笑んだ。

 そんなやりとりがあってから、セリナは学園内でクレアに話しかけることもなかったし、ランがわざわざクレアのいる教室近くに寄ることはなかった。事件の原因についての報告については軽く行ったが、わざと追い立てたのである。

 その後しばらくして、アウレウスとのイベントフラグについて相談された時も、ランはわざと横柄に振舞った。勿論、セリナとの仲が強制力のせいだと言われたようでむっとしたのは確かだが、声を荒げて怒るほどのことではない。何しろ、クレアにとって未だ世界はゲームの中なのだ。

 実を言えば、夜会にまでイベントが進んでいた場合、イベントフラグを折る方法はない。アウレウスのフラグを折る方法は確かに補佐を降ろすことではあったが、それはもっと前の段階だ。

 ファンディスクとメインルートが混ざったような状態だから、夜会のフラグが発生した後でももしかしたら補佐を降ろせば完全にアウレウスルートは閉ざされたかもしれない。けれど、ランが二人を観察していた中で、アウレウスがフラグが折れたくらいで彼女を諦めるとは到底思えなかった。

「だって、アウレウスの本心じゃないでしょう?」

 その言葉は、クレアがゲームから抜け出せていない証拠だった。

 この世界はゲームではない。ゲームのシナリオの強制力は確かにあったものの、ゲームにはない展開を、この現実世界でクレアは手にしている。だと言うのにクレアだけがその事実に気付いていないのか、目を逸らしているのか、アウレウスの気持ちを信じていないのだ。

「簡単でしょ、フラグ折りにはそれしかないから」

 そう言ってクレアを追い出しておいて、ランは深く溜め息を吐いた。ヒラルドが、関わりを少なくしてほしいと願い出たのは、間違いではなかった。きっと、ランが関わったままでは、彼女は現実の世界を歩きだせなかっただろう。

 その会話の後、ランはこっそりとアウレウスにフラグの話をしておいた。補佐を降ろされるかもしれない、と。

「全くあの方は……どこまでも私の気持ちを信じていないようですね」

 そんな風に苦笑はしていたものの、アウレウスはランに礼を告げて別れた。その後の展開は、夜会でのクレアとアウレウスの様子を見れば、ランには判り切ってしまった。結局の所、アウレウスの気持ちは強制力ではなく、クレアは落ちるところに落ちたのだ。

 夜会の会場で肩をすくめたランに、腕を絡めていたセリナが首を傾げた。

「ラン様、どうなさったの?」

「んー。なんでもないよ」

「……?」

 不思議そうな顔をしたセリナの頬を撫でて、ランは微笑んだがそれ以上は応えない。彼女をダンスに誘うと、セリナはもう楽しいランとのダンスのことで頭が一杯だ。

 こんな風に、モンスター化の事件の一件後から、ランは自身の行動をクレアにとって不誠実であるように振舞ってきた。舞台の裏側でクレアの幸せのために動いていたという事実を、彼女は知らないままだ。しかし、それでいいのだろうとランは思う。

「今日も平和でいいよね」

 『ゲームシナリオ』を終わらせたランは、そう言って笑うのだった。
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