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【イベントフラグがまだあった】

怒ってないの?

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「何でいるの? 学園はやめたんじゃなかったの……?」

 目の前にいるのが信じられなくて、私はつい率直な疑問を投げかける。魔法学園の関係者しか、この夜会には出られない筈なのに。

「神官昇格試験を受けるために、休学していただけですよ」

「え?」

「クレア様がそのように教会に言ってくださったのでしょう?」

 ゆっくりと近寄りながら、アウレウスは余裕たっぷりにそう言う。その通りではあるが、あれは補佐を降ろしてもアウレウスの立場が悪くならないための方便だ。

「約束通り、ファーストダンスを踊る権利を、頂けますか?」

 すっと差し出された手に驚いて、私はアウレウスの顔と手を見比べる。

「でも……」

「入場時のエスコートは、約束通りしなかったでしょう?」

 アウレウスはそう言うけれど、私にはこの手を取る権利などない。だって、フラグは折ったんだから。……ううん、私はアウレウスが隣にいることを拒絶したんだから。

「……じゃあ、何でその服着てきたの?」

「私の服の注文を取り下げろとは言われませんでしたからね」

 アウレウスはしてやったり、という顔で笑う。いくらパートナーとしてエスコートされていなかったとしても、色味もデザインも合わせた装いの二人が踊っていたら、周りからはパートナーだと思われるだろう。アウレウスはそのつもりで着てきたんだろうけど……

「どうして?」

 うまく言葉にならなくて私が発したその疑問の声は、震えていた。それをどう受け取ったのか、アウレウスは困ったように微笑んで、差し出していた手をそのまま私の頬に添えた。

「言ったはずですよ。私は貴女が好きなのです。だから、こんな服でもなんでも利用してるだけです」

 アウレウスの親指が、柔らかに目のふちをなぞる。じわりと熱くなったのを感じて、ようやく私は泣いていることに気付いた。

「でも、でも……補佐を、降ろして、フラグは折ったのに……何で……」

 私を好きでいてくれるんだろう。

 その言葉は、喉の奥が詰まって、言葉にならなかった。アウレウスの顔を見ていられなくて俯くと、その途端にぱたぱたと床に涙が落ちて、視界が歪む。頬に添えられたままのアウレウスの手が、優しく頬をなでる。

「ゲームの強制力ごときで、私の心が折れるのだと思われていたとは心外ですね」

「……でも、アウレウスは攻略対象なのに……」

 やっとのことでそう言うと、アウレウスは溜め息を吐いて、もう片方の手も私の頬に添えて、ゆっくりと私の顔を上向かせた。

「クレア様は『運命はただのきっかけ』だとおっしゃったでしょう?」

「……その話は」

 確かに、バシレイオスのフラグを折った時に、テレンシアに話した。けれど。

「私の恋心も、もしかしからきっかけはゲームのシナリオの強制力によるものだったのかもしれません」

 その言葉に、胸が痛む。

「しかし、貴女を愛して本夫を目指そうと決めたのは、私自身の意思ですよ。その証拠に、補佐を降ろしてイベントフラグを折っても、こうして私は貴女のことを好きなままです」

「うそ、だって……」

「何が嘘なんでしょう。何のために、私がこんな面倒な夜会に足を運んだと?」

 アウレウスが、嘘を言っていないのが判ってしまう。だからこそ戸惑う。そんなの、私にとって都合が良すぎる話だ。

「……怒ってないの?」

「何をです? 補佐を降ろしたことですか? ええ、勿論、怒ってはいますよ」

 言葉とは裏腹に、アウレウスは微笑んだ。

「でも、受け入れなければ、貴女は私の気持ちを信じなかったでしょう? 私は、貴女が私を信じてくれなかったことに怒ってるんですよ」

「ごめんなさい……」

 思わず俯きそうになった顔を、アウレウスの手が押しとどめて、それを許さない。青い瞳が、じっと私を見つめている。

「それで? 信じていただけましたか?」

 優しく問いかける声に瞼を閉じると、また涙が零れる。それをアウレウスの親指がまた拭ったのを感じて、私はその手に自分の手を重ねた。

「うん……信じた」

「それは良かったです」

 目を開けると、ふ、と笑っていたアウレウスが不意に真顔のなったので「どうしたの?」と声をかける。

「ファーストダンスの申し込みお返事を頂いてないことに気がつきましたので……」

 そんなことを言われてしまい、笑ってしまう。

「踊ろっか」

 アウレウスの手を取って、二人で会場の中央に歩き出す。曲の途中だけれど、気にせず二人で踊り始める。

「伝えそびれていましたが、そのドレス、とても似合っています」

「ありがと」

 ステップを踏みながら、他愛のない話をする。約2か月ぶりだなんて、思えない。

「そのネックレスも、まだつけてくださってたんですね」

 アウレウスの視線を受けて、少し頬が熱くなる。それは以前、アウレウスがくれたネックレスだった。身を守るためのものだとは言われていたのもあるけど、実のところ、アウレウスに貰ったものはこれだけだったから、ずっと手放せなくて、毎日つけていたのだ。でも、それを言うのは少し恥ずかしい。

「……護身用だから」

「そうですね」

 私が強がった言葉を、アウレウスは穏やかに笑った。アウレウスは、私が何を言っても、いつでも受け止めてくれる。

「……私、思ったよりもアウレウスのことが好きなのかも」

「はい?」

 ぽつりとこぼした言葉を聞きとがめられて、赤面する。けれど、赤面したのはアウレウスも同じだった。それに驚いてステップを間違えてしまい、アウレウスの足を踏んでしまう。

「ご、ごめん!」

「いえ……しかし、困りましたね」

 踊り続けてはいるものの、アウレウスも私、ステップが怪しい。

「どうしたの? 足そんなに痛い?」

 慌てて動きを止めると、アウレウスがグっと腕を引いて再び踊り始める。

「それは大丈夫です。その……抱きしめたくなってしまいましたので。流石にこのような場所で抱擁する訳にはいきませんでしょう? なので代わりに、もう少しダンスに付き合ってください」

 ふう、と息を吐いて整えたアウレウスは、相変わらず少し顔が赤いものの、涼やかにそんなことを言う。そのせいで、私の頬はますます熱くなってしまった。

「は、い……」

 かろうじてそう答えたものの、私の足取りは更にぎくしゃくしてしまう。そんな私の様子にいくぶんかの落ち着きを取り戻したのか、アウレウスは微笑んで私を優雅にリードした。そうして、音楽が止むまで、私たちは踊り続け、はぁれむ・ちゃんすの最後のイベントは、幕を閉じたのだった。
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