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【運命に抵抗したいのは私だけじゃない】

自覚

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 こんな風に自分の心の中に怒りの感情が沸く理由を、アウレウスは少し前に気付いてしまっていた。

 アウレウスのクレアに対する感情は、初めは確かにただの好奇心だったのだろう。7歳で魅了の魔力が発現してしまったアウレウスにとって、魅了の魔力が効かない対等な相手というのは、珍しかったのだ。

 ところでアウレウスの補佐という立場は、実のところ、クレアが聖女として正式にお披露目するまでの限定された期間の役割でしかない。正式な聖女就任の際には、改めて補佐の選抜があるのだ。お披露目までの補佐が続投することもあるらしいが、それは確実ではない。だからこそ、愛人の立場をアウレウスは狙っていたのだ。もし愛人になれれば、我慢して聖女の相手だけを務めさえすれば、落ち着いた生活が手に入るのだからと。

 しかし、実際にクレアに会って見て気が変わった。もう少し、クレアの近くに居られる立場になってみたいと思った。だから、本夫になってみるのも悪くないのではないかと、アウレウスは思ったのだ。その時のアウレウスは、何故、愛人志望のままではだめなのかということについて、深く考えなかった。この時に、もう少しどうしてそう思ったのかについて深く考えていれば、アウレウスはもっと早く自分の気持ちに気付いていただろう。

 アウレウスクレアの傍で、彼女を観察する中では、自分の行動によってクレアが見せる表情が気に入っていた。特に、本夫を目指すと明かした時、クレアがぎょっとした顔は傑作だった。魅了が効く人間なら、こうはいかない。

 本夫を目指す上で他の男は邪魔になるから、クレアが『一途な人が好き』だという噂を広めて、婚約者がいる男を遠ざけたりもした。それが知れた時のクレアも、うんざりしたような顔が良かった。本来なら、現状補佐であるという立場上、一番クレアと親しいのはアウレウスなのだからそんな牽制は必要がない筈である。確実に自分だけを配偶者の候補として残すために最善を尽くすほど、アウレウスは本気だったが、この時はまだそれに気付いていなかった。

 傍にいるだけで、クレアはアウレウスを楽しませた。

 顔を近づけて話すとクレアが顔を赤くしていたのは、年下の少女らしい反応で可愛らしかった。残念ながら、顔を近づけて話すのが当たり前になったせいで、だんだん反応が鈍くなってきたのは少しつまらなかった。そんな中、たまたま人にぶつかりそうだったクレアの腰を抱き寄せた時に、驚いた様子で顔を赤らめたのは良かった。しかし、それも何度も続くとすぐにクレアは慣れてしまい、時々非難めいた顔さえ見せたので、また詰まらなくなった。

 それらの行為はアウレウスにとっては、クレアの関心をひくつもりというよりは、実験に近い感覚であった。自分のことを好きにならない存在が、いちいち反応を示すのはどういうものなのかを見ているだけのつもりである。実験という意味であれば反応が一度見られたのだからエスカレートさせる必要はなかった筈だ。それなのに飽きずに行為を繰り返し続けた意味を、アウレウスは気付いていなかった。

 全てはクレアに対する好奇心で、本夫になり安定した生活を得るための手段だと、本気でアウレウスは思っていたのである。

 実際には、アウレウスが権力を握り、他の人間に手だしをされないようにするための手だては、聖女の夫という立場以外にも、ある。そもそも魅了の魔力を使えば、周囲の人間を良いように操って快適な環境を整えることは簡単なのだ。実際、クレアに出会うまでは、他の手だてを考えていなかった訳ではない。万が一にでも失敗した場合や、聖女が生理的に合わない人間だった場合のプランもあった。しかし、そのプランは既にアウレウスの中からは消えている。

 それらの様々なアウレウスの行動の理由について、アウレウス自身が自覚したのは、つい先日のグランツ・ゲムマとアビゲイル・シェロンのせいだ。

『クレア様はすす好きな方がい、いるってし知ってますから!』

『私、別にアウレウスのこと好きじゃないよ!?』

 クレアが叫んだ言葉に、アウレウスは判っていた筈なのに、衝撃を受けたのだ。今まで散々結婚や婚約については断られていたくせに、好意について否定されて初めてショックを受ける。その事実に自分で驚いて、アウレウスは初めて自分の今までの行動の意味に気付いた。少し前に、テレンシアに指摘されていたのにも関わらず、その時は恋愛感情などというものではないと思いこんでいたのに。

 自覚してしまえば、過去の自分の行動が恥ずかしく思えた。しかし、今更クレアとの距離感を変えられもしない。どうしたものかと思っているところに、アビゲイルの事件だ。

 恋人にも婚約者にもなるつもりがないと言うにも関わらず、クレアは不安に思った時、無意識にアウレウスの服を掴んでいる時がある。それは決まって、他の男がクレアに近づいている時だった。それからクレアは話さないが、今までの行動からして、彼女に何かしらの不安があるということをアウレウスはなんとなく気付いていた。しかし、『できるだけ傍にいてほしい』とお願いされたことや、とっさに袖を掴むような仕草から、アウレウスはクレアに頼られていると思っていたのだ。

 しかし、肝心なことは話されていなかった。

 それは身勝手な憤りかもしれない。頼られていたという自負を、裏切られただけの。

 けれど、アウレウスにとって、クレアが転生者であることだとか、前世のゲームの世界に瓜二つだとかそんなことよりも、よっぽど問題だったのだ。クレアが、モンスター化するような危機が近くにあるにも関わらず、自分を頼らずに居たことが。下手をすれば、昨日モンスター化したアビゲイルに彼女は殺されていたのかもしれないのだ。

 クレアが、一人で危機と戦っている時に、何もできなかった自分に、腹が立った。

「……アウレウス……」

 なぜ頼らなかったのかと、理不尽とも言える怒りをぶつけられたクレアは、当然困惑顔だ。アウレウスは心の中で舌打ちをした。今すべきは、この先に向けての対策を話すことであり、彼女を責めることではないのに。判っていても、アウレウスは胸のうちに渦巻く苛立ちが抑えられなかった。
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