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起ち上がる聖女 ~ファンの本領~
しおりを挟む「どういう事??」
フランソワーズは巷の噂に困惑する。
公爵が王宮で拐われた事は大々的に公表され、騎士団や兵ら、冒険者達すら巻き込み、国を挙げての大捜索が始まった。
これに度肝を抜かれたのは王宮である。
内密にされていたのが水の泡。あわよくば公爵家に責任追及しようなんて考えるお馬鹿もいたのだが、王宮で拐われたと言う事実がその信憑性を下げまくった。
ドリアは再三の国王の呼び出しを無視し、国中を馬で駆け回り情報収集。
国王を無視するなど不敬極まりないと兵士をやり、槍を突きつければ、ならば爵位を返上しますと睨めつける始末。
喉元に突きつけられた槍に怯みもしない。
そんなこんなで五日もしたころには、国王は諦めたかのように沈黙した。
フランソワーズは茫然として、それらを反芻する。
ゲームにこんなくだりはなかった。
終盤で消えるのは、いつもドリアである。
恋人と駆け落ちか、義弟に捕まり獄死か。
何れにせよ、ドリアを失って義弟が魔王化するバッドエンドの序曲。
なのに、今回消えたのはリカルドだった。いったい何が起きているのだろう。
自分に目覚めた予知の能力を使い、攻略対象らへ情報を流していたフランソワーズにも分からない。
ドリアが冒険者をやっていたとかも、通常ルートでは語られていない話だ。しかも義弟と仲睦まじい。
.....どうする? どうしたら良い?
そしてふと彼女は予知の仕方を思い出した。
基本、予知能力は、思い描いた相手に対して働く。フランソワーズは何時もドリアを思い描き、ドリアの未来を予知していた。
どこに現れるのか。何をしているのか。結果、リカルドの甘い折檻をも予知してしまい、ベッドで身悶えたのも良い思い出。
結局、フランソワーズの奮闘も虚しく、ドリアはリカルドに蹂躙されていた。
あの小さな子供の身体で、彼女の全身を隈無くいたぶるリカルド。
ただ違うのは、彼が穏やかな至福の笑みを浮かべている事。
歓喜極まりない笑顔で、甘く恍惚としたリカルドの表情。
されてる側なはずのドリアも、まんざらではない雰囲気だった。
従順に受け入れ泣き叫ぶ彼女にも、嫌悪や拒絶といったモノは窺えない。むしろ誘うように熱い眼差しでリカルドを見つめている。
思わずフランソワーズの身体が火照るほど、愛情に溢れ、ありったけの想いがこもる甘美で濃厚な折檻だった。
陰惨で残酷な通常ルートとは全く違う二人の関係。
.....この予知の対象を王太子や義弟に変えてみたら? 彼等の未来を予知出来るのではないか?
思うが早いか彼女は教会に向かい、いつものように祈りを捧げる。ゲームで慣れた行動だ。
そして頭に浮かんだ光景に眼を見開いた。
思わず絶句し、せりあがる吐き気を必死に呑み込む。
「......何てことっ!!」
フランソワーズは肩で息をしながら立ち上がり、一路公爵邸へ駆け出した。
彼女の脳裏に浮かんだもの。
それは、拷問の果てに絶命したリカルドの無惨な遺体と、怪しく紫眼を輝かせる王太子。
.....あの場所は知っている。
オレンジ色の少女の絵が並ぶ、豪奢な屋敷。
公爵家領地端にある離宮だ。
リカルドが死んでしまう。それ以上に、魔王の呪いが王太子の紫眼に移ってしまう。最悪の状況。
.....間に合えっ!!
フランソワーズは馬車の中で祈り続けた。
「魔王の呪い?」
初めて知る事実に、ドリアは瞠目する。
彼の有名なお伽噺は知っていた。女の子なら誰もが一度は憧れる物語だ。
しかしそれが実話で、裏には魔王が絡み、平民だったサンドリヨンが王子と結婚した理由が呪いの封印のためだとか。
.....眉唾にも程がないか?
訝しげなドリアに、家令が捕捉説明した。
「事実でございます。ゆえに我々は公爵家に使え、封印が綻びぬよう守り続けておりました」
絶句したドリアに、家令はさらに説明する。
「そのために真実を知る我が一族のみが公爵家に仕えております。ですが..... リカルド様は幼い頃にも拐われ、想像を絶する拷問の果てに..... 壊されかけました」
色を失うドリアの顔。
然もありなん。ドリアを執拗に折檻するリカルド。その根底が幼少期に自らが受けた拷問のトラウマなのだ。
人を支配するのに、自分が心折られ壊されたその行為しかリカルドは知らなかった。
ドリアを手に入れるため支配するために、心を折り、従順にさせたいリカルドはそれに倣ったのだ。
つまり今まで彼がドリアに行ってきた折檻は、彼自身が受けてきた行為。
それもリカルドのように深い愛情がある訳ではないのだから、容赦なく残忍な拷問だった事は想像に容易い。
まだ年端もいかない子供に、大人が本気で、性的、暴力的折檻を延々と行った。
肉体が完全に壊れぬよう、治癒魔法で癒しつつ、執拗に何十日も毎日.....
手を変え品を変え、まるで玩具の如く、大勢から拷問を受け続けたのだと言う。
あまりのおぞましさに、ドリアの全身が粟立ち、身震いした。
それを察したジャックは沈痛な面持ちで眼を伏せる。
「幸い.... とは決して申せませぬが、完全に壊される前にリカルド様の潜在能力にあった膨大な魔力が爆発し、辛くも窮地を逃れました」
その凄惨な出来事が魔王の呪いを綻びさせたのだと家令は言う。冷酷で残忍なリカルド。これは魔王の憎悪に引きずられている証拠なのだと。
その家令に頷き、フランソワーズはドリアを真っ直ぐに見つめる。
「わたくしの予知では、リカルド様は殺され、魔王の呪いが王太子様に移動していました。何故か既に王太子様は絶望に侵されていて、オレンジ色の髪の乙女を持たぬ彼は..... 貴女に眼をつけます」
ここでリカルドを失えば、今度は王太子による支配がドリアを待ち受けているのだろう。
.....あんの鬼畜開発陣どもはーっ、どこまで彼女を奈落に落とす罠を張り巡らせているんだっ!!
あまりの憤りに言葉もないフランソワーズ。それをドリアは静かに見つめていた。
.....予知..... 過去にそういった能力を持つ者がいたのは知られている。聖女と呼ばれ尊ばれた女性達。
.....まさか、フランソワーズが聖女だったとは。
信じられないと言うドリアの眼差しに、その脳裏を察し、フランソワーズは柔らかく微笑んだ。
「秘密にしてくださいね。王太子様や僅かな側近の方しか御存じないので」
そして、再び真摯にドリアを見つめると、急ぐように言葉を紡いだ。
「お急ぎください、サンドリア様。既に公爵は酷い拷問を受けていることでしょう。過去の凄惨な記憶も相まり、絶望に染まったら魔王の呪いが成就してしまいます。さらには..... 万一、亡くなれば..... わたくしの予知通りになってしまうかもしれません」
リカルドならば魔王落ちしてもドリアがいる。親密な愛を紡いでいるこの二人なら、きっと魔王の呪いに押し勝つ。
.....しかし、王太子では.....
ガタッと大きな音をたてて立ち上がり、ドリアはフランソワーズに頷いた。
「場所は公爵領地端の離宮です。......行っても驚かないでくださいね。貴女の御祖母様の肖像画が沢山ありますので」
.....肖像画?
きょん? と眼を丸くするドリアに、フランソワーズは含み笑顔でコテリと頭を傾げた。
その情報は瞬く間に国中、騎士団、冒険者らへ通達された。魔術具によりもたらされた情報に従い、多くの人々が公爵家の離宮へ向かう。
こうして、魔王との決戦の火蓋が落とされたのだった。
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