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精霊王の祝福 ~前編~
しおりを挟む「姉上と外泊なんて楽しみです」
「そうだね、二年ぶりかな?」
二人は王都から離れ、冒険者として馬車に乗って隣の領地へ向かっていた。
公爵家の物だが、裕福な平民が使うようなシンプルな作りの馬車である。外見は。
中は豪奢でゆったりと過ごせるように設えてあり、二人は御茶を片手に雑談中。
「しかし揺れないね。凄いなリカルドの魔術具は」
「ようは車体部分が水に浮いていて振動が来ないだけなんですけどね」
車軸と車体の間に発生させた水が、振動を緩和させているらしい。
.....吊るしてあっても振動はあるからなぁ、やっぱ凄いわ、その発想が。
こうして御茶をしていても全く問題がない。
「屋敷にいると誰かしら来そうですからね。これからの週末は冒険者として遠征しましょ。うん、それが良い」
「凄かったしな」
思わず遠い眼をするリカルドに、ドリアは苦笑した。
カフェテリアの一件以来、何かと周囲の探りが酷くなったのだ。王太子に至っては屋敷にアポなし突撃まであり、王家に厳重注意を御願いしたが、反応は良くなかった。
.....あれじゃあ止められまい。
結果、屋敷にいないのが一番だと判断し、二人は現在馬車の中。
隣領地の精霊から魔石を得てくる依頼を受けた。
各地には精霊の宿る泉があり、それぞれの属性の魔石を手に入れる事が出来る。
精霊が魔石を与えてくれるのは魔術師にだけ。魔力を持たない者には視線もくれない辛口様。
魔法を使えるのは高位の貴族のみなので、本来、冒険者に出される依頼ではないのだが、幸運な事に魔術師の一人が協力を申し出てくれたらしく、その護衛をドリア達が受けたのだ。
そして魔石が欲しいリカルドの思惑も絡み、二人にとっては遠方な事も好都合なので引き受けた。
「そろそろ街ですね。地元のギルドで待ち合わせでしたっけ?」
「うん、ギルドで魔術師と合流して、霊峰の泉に向かうらしい」
隣の領地にある御霊峰は観光名所にもなる見事な山だ。ドリアも初めて見るので楽しみである。
.....雪と氷に閉ざされた山なんだっけ? どんなところかな?
わくわくと窓の外を眺めるドリアを見つめ、リカルドは心底嬉しそうに顔を緩めた。
.....こんなに幸せで良いのだろうか。
だが、至福に酔うリカルドを現実に引き戻したのは、ギルドで待つ魔術師だった。
「何で、お前がいるーっっっ!!」
「随分な挨拶だね」
「あ... いや。でも本当に、なぜですの?」
憤慨するリカルド。飄々とする魔術師。思わず淑女化するドリア。
なんと二人の目の前に現れた魔術師はアンドリウスだったのだ。
現宰相の御令息。王太子の御学友兼側近。そんな高貴な雰囲気を醸す彼は、似合わないローブを身につけ薄く笑んでいる。
「魔術師なんだ。高位の貴族が来る事は御察しだろ?」
確かにその通りだが、まさか彼とは思わなかった。
他の人間ならば誤魔化せただろう。髪と眼の色が違うだけで、かなり公爵姉弟の印象は変わる。
しかし、学院で常に顔を合わせている彼を誤魔化せるわけがない。
アンドリウスは人の悪い笑みを浮かべ、薄く眼をすがめた。
「なるほどねぇ。秘密のお遊びなわけだ。冒険者をやっているなんて存じませんでしたよ。....公爵閣下」
.....ヤバい、こんなんバレたら醜聞間違いなしだ。しかも他にバラされたら、もう二度と冒険者はやれないだろう。
.....唯一の息抜きだったのに......
うくっと唇を噛み締めるドリアの頬に、アンドリウスがそっと手を添える。
そして慈愛に満ちた眼差しで、彼女を見つめた。
「事情は存じませんが、貴女を困らす事は致しませんよ。口外されたくないのでしょう? 誰にも言いません。心穏やかにどうぞ」
言われた意味を理解するのに時間がかかり、思わず瞠目するドリア。
そんな淑女らしからぬ姿にアンドリウスがクスリと笑う。そしてそのまま、彼はドリアの頬にキスをした。
啄むように音だけのバードキス。
だが、それを善しとしない輩によって額に蹴りを食らい、アンドリウスは後ろへ吹っ飛ばされた。
痛恨の一撃を放ったのは、言わずと知れた公爵閣下。
正確無比な蹴りは見事に決まり、ふわりと着地したリカルドが、忌々し気な瞳で辛辣にアンドリウスを睨めつける。
「ふざけるな。殺すぞ?」
「いや、それ、君の場合、冗談にならないからっ」
同じ魔術師として、目の前の公爵は規格外だ。それを知るアンドリウスは、真っ赤になった額を押さえながら後ずさる。
彼がその気になれば、殺害の痕跡も残さず死体を抹消出来るだろう。
だからこそ王太子が公爵に喧嘩を売らないよう、ドリアを諦めるよう、アンドリウスは苦労しているのだ。
で、まあ。ここに二人が現れる事をフランソワーズから聞いたアンドリウスは、魔術師である事を利用して、この依頼に参加した。
狼狽える二人に悪戯心が湧き、ついついからかってしまったが、危うく命懸けになるところである。
痛みで涙眼になりながら、アンドリウスはブツブツ呟いた。
「逆に僕で良かっただろうが。解った上で黙っていてやるんだからさ」
「はあ? 姉上の柔肌に口付けたんだ、御釣りどころが借金モンだぞ、お前」
「そこまでっ???」
本気で言ってるに間違いないリカルドを呆れたかのように見つめ、アンドリウスは先程のキスを思い出す。
.....肌理が細かく柔らかい頬だった。うん、あれは役得だったかも。蹴りを食らった甲斐はあったな。
思わずニヨニヨと口角を上げたアンドリウスが、再びリカルドの鉄槌を食らったのは言うまでもない。
「.....不埒な記憶が飛ぶくらいやってやろうか? そのしまりのない顔を潰してやるっ!!」
「待って、待ってっ! 君の場合、洒落にならないから、それぇーっ!!」
喧々囂々やらかす男二人を、ただだだ見守るしかないドリアである。
頭は良いのに、なぜか根がおバカなアンドリウスだった。
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