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 リカルドの変化 ~前編~

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「姉上ー、今日は冒険者やりますか?」

「やるっ!」

 二つ返事で手を挙げるドリアに、リカルドは苦笑した。

「あーっ、ひっさびさだわ」

「ですねぇ。あ、屋台で何か買っておきましょう」

「うんっ」

 リカルドは時々こうしてドリアに息抜きをさせてくれる。
 冒険者家業の長かった彼女に、王都のギルドで仕事をやらせてくれるのだ。
 心配だからとリカルドも冒険者登録済み。
 二人は肩を並べて、王都のギルドを目指した。

 リカルドの魔法で髪も眼も色を変えてある。黒い髪に茶色の瞳。以前リカルドが考案した魔法だ。
 ただし周囲には秘密。これだけ見事に変色させる魔法は悪党に利用されかねないから。
 この色目のおかげで城下町では誰も二人を御貴族様とは思わないだろう。現に顔見知りになった冒険者らも、二人を姉弟だと信じている。

「ドリア、リカルド、久しぶりだな」

 ギルド受付の職員が二人に声をかけた。

「やっふぁい、ギデアス。何か良い依頼ある?」

 満面の笑みで楽しそうなドリアの姿を見て、リカルドの顔にも笑みが浮かぶ。
 こうした、不埒な下心のない人々との交流は良い気分転換だった。

 .....そりゃあ、ここでも姉上は注目の的だけど、高嶺の花な感じで誰もちょっかいはかけてこないからなぁ。

 .....来ても蹴り倒すが。

 欲望、陰謀おてんこもりな社交界に比べ、バッサリ力の優劣で上下が決まる市井の暮らしは、リカルドにも一時の安息をもたらしてくれる。
 深く考えず、やりたい事がやれて、良い暮らしだった。

「リカルドー、これにしよ?」

「キラーパンサーですか。少し遠くないです?」

「リカルドの異空庫あるし、身軽だから大丈夫しょ」

 にかっと笑うドリア。淑女の仮面など何処にもない。

 そしてリカルドは心底思う。

 この姉上に自分は惚れたのだと。

 もの言わぬ絵画の少女。肖像画なのに生命力溢れるその姿に魅入られ、今にも動き出しそうな彼女に熱心に話しかけていた過去の自分。

 .....あれは.... あの絵の魅力は、姉上の御祖母様もまた市井の出であったからだろう。

 .....この姉上は僕だけのもの。

 他の誰も知らなくて良い。この無邪気な姿はリカルドだけが知っていれば良いのだ。
 二人だけの秘密な遊び。こうしていられるだけで、リカルドは心の底から幸せを噛み締める。

 なのに、楽しい一時は瞬く間に過ぎ、翌日、二人は王宮から呼び出しを受けた。



「侯爵家が御取り潰しですか。思い切りましたね」

 冷めた眼差しで国王を見据え、リカルドは嗤いを噛み殺す。

 娘の暴挙を揉み消せず、侯爵は自ら爵位を返上してきたらしい。領地も返還し、辺境伯を頼って一家で身を寄せるのだとか。

 .....当の御令嬢は逆凪で死んでいるしな。

「返還された領地を今回の被害者に分けようと思ってな。侯爵令息と男爵令嬢にも。異論はないか?」

「ございません」

 国王陛下の言葉に頷き、リカルドは御前を辞した。

 そして次の間に足を踏み入れた時。

 目の前が真っ赤に染まる。

 そこにはドリアと、なぜか王太子がいた。

 側近を連れ、ソファーに腰かけたドリアに話しかけ、にこやかな笑顔を浮かべている王太子。
 彼女は困った感じでやや眉をひそめ、リカルドがいる事に気がついた途端、眼を輝かせた。

「リカルド。国王陛下のお話は終わりまして?」

 ドリアは助けてと言わんばかりに立ち上がり、リカルドの元へやってくる。
 それに笑みを返し、リカルドもドリアの横に寄り添った。

「はい。飛び地で領地が増えるみたいです。今度、視察に参りましょう」

「そうですか。楽しみにしていますね」

 ゆったりと会話する二人に、件の王太子の側近が近寄ってくる。淡い茶色な髪を軽く後ろに流したラフな姿。
 彼は王太子の幼馴染み。宰相の息子でアンドリウスと言う名前だった。
 
「ミッターマイヤー公爵閣下。王太子様より昼食の御誘いです。是非ともお越し下さい」

 側近の言葉にリカルドは王太子をチラ見した。

 薄く笑みをはき、悠然と佇む彼の顔から真意は読み取れない。

 .....だが断る訳にもいかないか。

「喜んで。御無沙汰しております、殿下」

「久しいな。息災で何よりだ公爵」

 リカルドと挨拶しながらも、王太子の視線はドリアに向いている。
 淑女然としつつ、内心、彼女が困惑しているのをリカルドは敏感に感じ取った。
 今までキチンとした距離感を心得ていたはずの王太子の急接近。何かが起きたとしか思えない。

 食事を摂りながら、リカルドは注意深く周囲を窺う。

 そんなリカルドに気づきもせず、王太子は目の前のドリアに夢中だ。

 公爵の説明によれば、彼女は市井で暮らしていたと聞くが、その美しい所作や完璧な礼儀作法に問題はない。
 滑るようなカトラリーの動き、微かな音もさせぬ淑やかな振る舞い。
 自分の食事も忘れ、うっとりと見とれる王太子を、アンドリウスが後ろから突つく。

 はっと我に返り、慌てて王太子は人好きする笑みを浮かべた。

「綺麗な所作ですね。さすが公爵令嬢です。教育が足りないので社交を遠慮していると聞きましたが、これならもう十分なのでは?」

 言外にリカルドへの非難を込めた王太子の言葉。

「畏れ入ります。しかし、社交は作法だけで務まるものではありません。市井の暮らしが長かった姉上は、言外を読み取る事に疎い。人の悪意にも鈍い。あらぬ言質を取られぬよう、社交は控えております」

 今のようにな。と、リカルドは軽く眼を細めた。

「なるほど。しかし、それでは御令嬢のためになるまい。経験が浅いのならば、むしろ蓄えねばならぬだろう?」

「必要ごさいません。姉上は僕が全力で守ります。既に婚姻が決まっているのですから、社交は僕が全て引き受けます。姉上は....サンドリヨンは心安らかに暮らしていれば良いのです」

 リカルドが慈愛に満ちた眼差しでドリアを見つめる。それに笑みを返し、彼女も親愛のこもった眼差しでリカルドを見つめた。

 言葉にする必要もない。

 二人の間に流れる親密な空気は、誰にも侵す事の出来ない、秘めやかな雰囲気を醸し出していた。

 カトラリーを握る王太子の指に思わず力が入る。

 真綿でくるむように愛おしんでいるのだと、あからさまに見せつけられた。
 彼女もそれを享受し、欠片の疑いもなく身を委ねている。
 頭一つ分の身長差がある二人でなくば、さぞお似合いのカップルだったことだろう。

 挑戦的な光を眼に浮かべ、リカルドはドリアを伴い王太子の前を辞した。

 残された王太子は思わず脱力し、テーブルに突っ伏す。

「完敗だな」

「言うな」

 幼馴染みが溜め息のように呟いた。

 .....探りのつもりで誘ったのに、痛恨の一撃を食らうとは。

 リカルドが優秀な魔術師であることを王太子は知っている。領地経営にも問題はなく、見てくれが十歳程度にしか見えなくとも中身が十五歳の男子だということも理解していた。
 それでも、あの身体では彼女のパートナーを完全に演じ切るのは不可能だ。
 そこを突き、社交界で彼女と懇意になろうと画策してみたが。

 見事に撃沈。一刀両断に切り捨てられた。

 既に結婚する事が決まっている二人に付け入る隙はない。むしろ、社交は不要、彼女に負わせる苦労は全て自分が引き受ける。一切の苦労はさせないと、あの公爵は言外に言い放ったのだ。
 高位貴族であれば、奥方とて社交や親交で力をつけ、夫の助けとならなくてはいけない。

 だが、彼はそんなものいらないと言外に言い切った。
 わずらわしい事や苦労は全ては自分が背負い、彼女には心安らかな平穏のみを与えると。

 これには白旗を掲げるしかない王宮各位である。
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