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 謎で謎を解く御伽横丁

 闇に満たされた街 ~ふたつめ~

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《.....もっと前まで巻き戻して、こやつらが揃うのを阻止出来たら良かったのう?》

《申し訳ありません.....》

 かしずいた頭を上げられない邪神見習いのジル。

 朏にしてやられて激昂した彼は、彼女を保存するため、あの単発シナリオをセーブしてしまっていた。
 結果、外なる神々の力をもってしても、彼女達三人が揃うことを止められなかったのだ。
 御伽街シナリオのバグ、無敵トリオ。それは些細な偶然の生んだ奇跡だった。

 朏のみ99の雑学。それがジルのシナリオに亀裂を入れる。

 雑学は知識に結び付いた技能だ。知識の数値は学歴に左右される。.....が、学問の枠に填まった知識は、四角四面で凝り固まったモノも多い。
 自由で豊かな発想。ある意味愚かともいえる妄想や四方山噺、根拠のない噂や信憑性の薄い夢物語。
 そういった不確定なモノを現実に作用させる力。それが雑学である。
 夢想と呼んでも憚らない力だが、これを正しく使うには、基礎となる知識が必要。
 つまり知識が低いほど雑学は高くなるのに、その雑学は知識なしに使えないという甚だしい矛盾。
 数値でしかないソレを面白がり、邪神らは遊び心で組み込んだ。

 まさか、その理を覆す者が現れるなどと思いもせずに。

 朏の知識数値は低いが知能は高い。これは、彼女が家庭の事情で学歴を持てなかったせいだ。
 今の日本は養護院の孤児ですら高校まで通える。滅多なことで中卒生は出ない。なのに、度重なった不運が朏から学歴を奪った。

 それが、この御伽街という特殊な環境で絶大な効果を発揮する。

 知識は学歴に紐づいているため数値が低かっただけで、彼女の知識量は膨大。結果、数字でしかない知識の低さが幸いし、彼女の雑学は高く設定されたのだ。
 そして雑学をブーストするのは幸運。夢が叶うかどうかは、本人の努力と運である。

 雑学値は百引く知識値。知識35の朏は雑学65。そしてそこに幸運÷2が足され、彼女の雑学を114にした。結果、驚異の雑学99という化け物が生まれたのだ。

 昨今の世情、誰でもそれなりな学歴を持つ日本で、どう足掻いても学歴10を下回るのは難しい。知識の数値は学歴✕5と決まっているため、こんな奇跡は二度と望めないだろう。

 小さな偶然の重なりが、朏という稀有な探索者を生んでしまった。

 しかも彼女の選んだ職業は《獣使い》。これを選ぶ者が現れるのも想定外だった邪神達。

 外なる神々にとって、人間と戯れるのは遊びだ。どこの世界が壊れようと彼らに関係ない。
 飽きたら滅ぼすし、他にも知的生命体のいる星はいくらでもある。新たに生まれもする。
 悠久を生きる彼らは終わりのないゲームに興じ、愉しんでいるだけで何も他意はない。
 だがそんな邪神達に、挑戦状を叩きつける者が現れた。

 各世界の神々だ。

 幾つかの世界の神々は邪神のお遊びに気づき、自分達が外なる神々の檻の中だと知って酷く狼狽する。
 そして世界の命運を懸け、一か八かの賭けを邪神に持ちかけた。万一、自分達の世界の人間が勝ったら、その星には干渉無用と。

 外なる神々を題材としたゲームに新たな要素を付け加え、各々の要求を半々で混ぜた独自のTRPGを造り、それで決着をつけたいと申し出てきたのである。
 その独自の設定の一つが、職業カテゴリーの《冒険者》だ。他にも色々地球人に有利な技能やルールが、このゲームには組み込まれていた。

 .....面白い。

 絶対的強者な邪神が受け入れる理由は、それだけで十分。

 こうして世界VS邪神のゲームが始まったのである。

 そのゲーム盤の一つ、地球。

 ここをあずかり、運営していた邪神見習いのジルは、塩梅良く御伽街を滅ぼせたら正式な邪神として名前を賜る予定だ。
 そしてそのまま地球世界を支配し、絶望と狂気で満たして自堕落な悠久を愉しめるはずだった。

 あの極振り化け物トリオが生まれるまでは。

 ギリギリ奥歯を噛み締める邪神見習いを冷たく一瞥し、邪神の誰かは煙管を燻らせる。

《それもまた一興ではないかぇ?》

《え?》

 にぃぃ~っと優美に上がる誰かの口角。

《退屈より、ずっとマシであろう? 醜態は許さぬが、わらわを愉しませられるなら、ゲームを繰り返すのも悪くない》

 極限まで高められた神々しい姿の誰か。その高貴な笑みを向けられ、ジルの脳内が至福に蕩けていく。

《はい.....。はい、必ず。貴女に愉しんで頂けるよう..... 探索者達を絶望に突き落としてまいります》

《良い子ね。愛しい子。そうして?》

 うっとり恍惚とした顔のまま、邪神見習いはゆらりと煙のように掻き消えた。

《.....さて。わらわも別の星で遊んでこようかねぇ》

 くぐもった嗤いを残して消える誰か。

 絶対的強者である彼らは気づかない。

 窮鼠猫を噛むということを。獅子身中の虫という存在を。

 彼らを不機嫌にさせた虫けらは、これから成長する生き物なのだということを、悠久を生きる不滅な邪神達は知らなかったのだ。.....唯一の一人を除いて。



《面白いね。バーサーカーと獣使いか。異色の組み合わせだ。地球の神々も必死だなぁ》

 ゲームの設定とルール構築は地球の神々が行った。そして、その運用と使用権は邪神に委ねられる。
 地球の神々が与えたアドバンテージを如何に生かせるか。邪神の行う悪意に満ちた誘導を如何にして掻い潜るか。それが、このゲームの主旨だった。
 地球人に有利なゲーム版。邪神達の作るシナリオは残忍極まりないものだが、そこにも地球の神々が設定したルールが適応されている。

 ひとつ、シナリオには必ずハッピー、ノーマル、バットなる三つのエンドを組み込むこと。

 ふたつ、設定されたルールの改変や偽装、虚偽を行わぬこと。

 みっつ、どんなシナリオにも人間に悪意のない地球の物の怪を潜ませておくこと。これが人間に対して悪意を持つか善意を持つかは状況に任せること。

 この三つが邪神にかせられたルールである。決められたルールの中でシナリオを作り、勝利を得る。生け贄から啜る恐怖や怒りなどの感情が、邪神達を深く酔わせた。
 すこぶる上質な負の激情。下手な崇拝や敬愛よりも、ずっと美味い原始の甘露。

 それを脳裏に描きつつ、移ろわぬ存在はにたりと口角を歪め、宵の狭間に姿を消した。

 そして時を戻された御伽街。

 新たなゲームを強いられつつ、朏と翔はセッションに挑む。





「アマビエ様がいてくれるなら安心だな」

「過信は禁物だけどね。でも助かるわ、ホント」

 探索者ギルドでポイント振り分けを終えた二人は、何の気なしに御伽公園へと向かう。
 
 .....こうして見てても普通の街なんだけどなあ。

 行き交う老若男女。服装も様々で、買い物したり、雑談したり、とても日常的な風景が広がっていた。

 しかし、何かがおかしい。

 腑に落ちな違和感が朏の脳裏を掻き回す。どこか変だと。

「子供.....っ」

「.....? ああ」

 突然呟いた朏を一瞬訝る翔だが、すぐに彼女の言いたいことを理解した。
 周囲には子供が一人もいないのだ。赤ん坊は勿論、小学生や中学生っぽい年齢の者すら。
 ここにいる人間で最年少は多分朏だろう。他は全て成年以上の年齢に見えた。

「御伽街に子供はいないよ? ここに居る人間の半分は元探索者で..... おそらく死人だと思う」

「死人っ?」

 ぎょっと朏が見開く。

 それに小さく頷いて、翔は手近なベンチに彼女を座らせた。

「俺も実際に見るまで信じられなかったんだけど..... 死んだ探索者は、別人になって生き返るんだ。だから、死人という表現が正しいかは分からない」

 そう前置きして、翔は、この街で生活する一般人らのことを説明する。

 ここが出来たのがいつ頃なのか誰も知らない。少なくとも今現在の探索者や御伽街の外にも伝わってはいないという。
 
「.....俺が来たときも街だったし、多くの情報が溢れていた。探索者ギルドとか、他の探索者に助けられて、俺も何とか暮らしてこれた。カルチャーショックの連続ではあったけどね。人が暮らすに困らない環境になっていたんだ」

 そのとおりだと朏も頷く。

 ここは外の環境と変わらない。自動車や自転車も普通に走っているし、レストランやカフェもある。
 色々と物騒なモノが混じっているが、商店街とか店舗だって豊富だ。会社っぽい建物もあるし、朏の以前の暮らしと何ら変わりはない。

「けどね。ここの一般人は、セッションで死んだ人間達なんだよ。普通に暮らしているように見えて、実は過去の記憶を一切持っていない。恋人、夫婦、友人。そんな日常的な暮らしをしている人間らの殆どが、元探索者だったらしいんだ。.....俺も、知り合いが突然生き返るまで、半分眉唾に思ってたもんだが」

 翔の知り合いはセッションで間違いなく死んだ。なのに数日後、その知り合いはギルド近くの花屋で働いていたという。
 思わず駆け寄ろうとした翔を、その時一緒にいた一真が止めたらしい。
 あれは死人だと。死んだ探索者を見つけても、話かけてはならないと。

『深淵に食われるぞ? 絶対に近寄るな。眼を合わせてもダメだ』

 その時は、なぜなのだろうと疑問に思った翔だが、彼はその夜、あり得ない非現実を目の当たりにする。

「彼には恋人がいてね..... こんな物騒な街だ。誰かにすがりたい。寄り添いたい。そんな気持ちが強くなり、結構カップルも多い。その彼女は周りに止められても彼を諦め切れなかったらしく、こっそり夜に訪ねてしまったんだよ」

 苦いモノを飲み下すかのよう、何度も蠕動する翔の喉。

 かいつまむと、その恋人は花屋に訪れ、死んだはずの彼に話しかけてしまった。
 結果、彼の瞳に宿る深淵を覗いてしまい、呑み込まれた。

 翌日、二人揃って花屋で働く姿が目撃されるようになったが、探索者は無言で見守る他ない。
 その彼女が呑み込まれる現場を、翔は運悪く目の当たりにしたという。

「こう.....さ。蕩けた闇が彼の眼から零れ落ちて..... それが彼女の足元を這い上がり..... う.....」

「無理に話さなくて良いよ。なんとなく分かるから.....」

 クトゥルフの定番だ。触手や闇で人間を取り込み、愛でる。人間側にしたら蹂躙でしかないそれが、彼らの愛し方なのだ。
 恐怖や狂気をすすることを好む邪神もいれば、崇拝や盲愛を向けられることを好む邪神もいる。
 そのどれもに他意はなく、あるのは彼らの欲望のみ。知的生命体が醸す複雑な心情は、邪神にとってこの上もなく甘美な供物なのだ。

 .....本で読んだだけだけどね。まさか、現実になっちゃうなんて。

 少し顔色を悪くした翔にお茶を渡し、朏は、この御伽街に蔓延る闇を正しく理解する。

 .....と、辺りに突然、銃声が鳴り響いた。それが銃声とも思わず、慌てて周囲に視線を巡らせる朏を、翔が身体ごと覆い被さり、地面に引き倒す。

 新たな御伽街の洗礼。

 朏は、御伽街が普通でないことを、これでもかと知らしめられることになった。
 
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