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 謎が謎を呼ぶ御伽横丁

 謎な洞窟

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「俺はSAN値も低いし、安全策を取るけどね」

「アタシも、そっち派です。戦闘技能皆無ですから」

 御互いに苦笑を浮かべる二人。

「俺は戦闘技能のが多くて高いんだけどね。ほら、このガタいだし、元がアスリートだからさ」

 翔は、ぐっと腕に力を入れて見せる。そこに浮かぶ見事な筋肉の膨らみと流れ。
 如何にも鍛えられてますな腕を見て、朏は少し安心した。

「助かります。アタシ、そっち方面からっきしなんで」

「.....そのちっさい身体で、荒事得意ですと言われた方が怖い。.....俺の場合は別の意味でもヤバいから、長編には参加出来ないけど」

 .....ああ、SAN値か。発狂してバーサーカー化したら不味いもんなあ。
 
 あはは、と乾いた笑いを浮かべる朏に、唾棄するような呟きが聞こえた。

「単発でなきゃ、そいつと探索なんかしねーわ。SAN値30もないなんて、機雷と同じだぞ? いつ破裂するか分からない爆弾抱えて探索なんか出来ねーよ」

「ちょっと!」

 忌々しげに翔を睨む男性。それを窘めるよう止める女性も、居心地悪げな顔をしている。

 .....まあ、分からなくはない。けど、心の底からどうでも良いな。

 朏は小さな嘆息をもらして、ばんっと翔の背中を叩いた。

「アタシには頼もしい助っ人だわ。幸い応急手当とか、そっち系が得意だから。減った分、回復するし、安心して?」

 にっと悪戯っ娘みたいに笑う朏。それに軽く驚いた眼を向け、翔は困ったかのように目を泳がせる。どう反応したら良いのか分からないらしい。

「.....助かる。俺も頼りにしてるよ」

 面映ゆそうな彼に、朏もくすぐったい心地だ。

 割れ鍋に綴じ蓋かもしれないが、焼け石に水よりマシだろう。
 こんな異常な世界に投げ込まれたのだ。成るようになれと自棄っぱちな気持ちも手伝い、朏は出会ってからずっと親切な翔を信じる。

 そんな二人を余所に、定員六人が集まったクローズドで最終確認がされた。
 
「じゃ、このメンバーで潜るぞ? .....松永は少し距離をとれ。お前、メンタル糞雑魚なんだから、俺らの足引っ張んなよ」

「了解」

 いかにもな差別的発言。カチンときた朏が何かを言おうと口を開きかけた瞬間。翔の手が、かぽっと彼女の口に被せられる。
 困ったような笑顔を朏に向けて。

「アレは口が悪いけど探索者の中じゃ真っ当な方の男なんだ。憎まれ口ばかりにみえるが、今のは、何が起きるか分からないから離れていろって意味だよ」

 そこまで言われて、ようやく朏も合点がいった。
 翔のSAN値が低いことは御伽街界隈で有名らしい。ゆえに翔のSAN値が下手に削られぬよう、あの男が先を行くと伝えたかったのだろう。
 
 .....不器用な奴。それでも言い方があるとは思うけどね。

 周囲の見守るなか、件の男性が張り紙を壁から剥ぐ。

 それが合図だったのか、部屋の中に乳白色な靄が立ち込め、さあっと晴れた瞬間、探索者一行は洞窟の中に立っていた。

 朏は唖然として生々しい岩肌な洞窟を、物珍しげに見渡す。
 湿気を帯びてヌラヌラ光る岩。その下方には苔や藻が蔓延り、うっかりすると足を滑らせそうだ。
 彼女は恐る恐る翔の傍に引っ付き、その袖を掴む。細く柔らかな指に袖を引かれ、翔は微かな朱を頬に走らせた。
 先程の会話が後を引いているのだろう。バーサーカーとして忌避されまくっている彼にとって、なんの裏表もない朏の素直な言葉は、本人が思うよりその胸に沁み入ったらしい。

 .....頑張るよ。俺、低いSAN値になんか、負けないから。

 .....怖いな。なるべく近くに居よう。翔さんの精神的負担を和らげないと。

 それぞれ明後日な思考を巡らせる二人。

 そんな初々しい二人を余所に、探索者達は行動を始める。

「所持品はどこまで許されるんだ?」

《三つまでだな。それ以外は禁止だ》

「うえっ?!」

 洞窟内に響いた会話。

 思わず間抜けな声をあげる朏に、周りの怪訝そうな眼が突き刺さった。
 その不躾な視線から彼女をかばい、翔が腕を組みつつ仁王立ちする。

「彼女は昨日やってきたばかりの新規だ。個別ポイント獲得のために俺が誘った」

 それを耳にした途端、あからさまな溜め息が、そこここから聞こえる。隠す気もないのだろう。その溜め息には言い知れぬ落胆が滲んでいた。

「バーサーカー抱えた上に初心者つき? 勘弁しろよ」

「あ~..... でも、ほら? 謎解きだけだしさ? 私達だって最初は周りに教えられてやってきたんじゃん?」

「.....まあなぁ。しょうがない、俺らが先行するから、なるべく前には出るなよ?」

 それぞれ気の合うバディなのか。朏達を含めて二人三組の探索者らは、どこからともなく響く声の主と、当たり前のように会話を続けた。

「.....この声って?」

「GM。星の奴とは違う声だけど、どうやらGMは複数いるみたいなんだよね」

 .....邪神とやらかな? 複数か。そうだよね。クトゥルフも同じだし。

 手持ちぶさた気味に聞いてみれば、地球のTRPG同様、GMが状況説明や誘導をしてくれるという。
 勿論、基本的に動くのはプレイヤーたる探索者だが、行き詰まったりするとヒントもくれるのだとか。
 持ち物なんかもGMの指示通りにしか使えない。いくら沢山所持していようと、GMが許可しない限り、それを手にすることは出来ないのだ。

「はあ~..... 本当にTRPGなんだねぇ」

「そういや、朏さんはTRPG経験者なんだよね? 基本的なことは知ってそうだから手間が省けて助かるよ」

 陽だまりのように微笑む翔の背後で、空気を読まない男ががなりつけた。

「お前らも所持品決めろっ! 探索、始めらんねぇだろうがっ!」

「はいはい。俺は飲料水と携帯食。あとは手回しライトかな」

 そういうと翔の両手に品物が現れ、ぎょっと眼を見張る朏。

「え? これ、今どこからっ?!」

「どこって《収納》から..... あ。あーっ! ごめん、教えてなかった?!」

 う~あ~.....っと両手で顔を押さえ、思わず翔は仰け反る。

 聞けば、探索者ライセンスを得ると同時に《収納》と呼ばれる異次元ポケットも貰えるのだという。
 言われて確認した朏のライセンスにも、その収納らしきマークが出ていた。
 そこに触れた状態で出し入れ可能な便利グッズ。ここにあらゆる物品を用意し、探索者達は許可された物を取り出しつつセッションに挑むのだ。

 .....そういや、武器だの防具だのの話をしていた時、翔さんも《収納》に常備しているって言ってたっけ。リアルでなく、不思議アイテムのことだったのね。

 肝心なことを教え忘れた後悔でドン底に落ち込む翔。それにトドメを穿つかのごとく、背後でがなっていた男が罵詈雑言を吐き捨てる。

「はあっ?! 探索するってのに装備もないのかよっ? 水もなくて探索やれっかっ! ゲームじゃないんだぞ? リアルなんだっ! 足手まといどころの話じゃないじゃないっ! もう、お前ら帰れよっ!! ついてくんなっ!! ここにいろっ!!」

 そう罵り、彼はバディらしい女性の腕を掴んで洞窟奥に進んで行く。
 それに倣ったのか他の二人も奥へと消え、朏と翔はスタート地点に取り残された。
 
 うなだれ言葉も紡げない翔。そんな彼は、振り絞るような掠れた声で小さく呟く。

「.....ごめん。俺の不出来だ。ここを動かず、セッションが終わるのを待とう。ポイントにはならないけど、クリアさえすれば君の個別ポイントは手に入ると思うから.....」

 つらつら並べられる彼の言葉。よくよく聞けば、スタート地点はセイフティーゾーンに当たるらしい。
 初心者などを連れている場合、ここで待たせて、ベテランがセッションをこなし、ポイントだけ得るというパワープレイもあるのだそうだ。

 .....ホントにゲームだね。その天秤に載るのが現実の魂でなきゃ、アタシも楽しめるんだけど。

「あいつの言葉は正しい。不確定要素を連れての探索なんか自殺行為だ。幸い、今回は謎解きだけみたいだし、すぐに終わらせるから俺らは待ってろってことだよ」

 説明されればそう聞こえなくもないが、朏は納得出来なかった。
 むすっと膨れっ面な彼女に水のペットボトルを差し出して、翔は力ない笑みを浮かべる。

「飲んで? 俺の説明不足のせいだし」

「あ、お構い無く。KP、所持品申請だ。ザックの御茶と飴とペティナイフ」

《許可する》

 呆気に取られた翔の前で、朏は肩にかけているザックを下ろすと、その中から物品を取り出した。

「物入れは、その《収納》だけじゃないよん♪ リアルの鞄、忘れてない? こんな異常事態だもの。非常時の備えくらい鞄に忍ばせてあるわよ」

 そう宣い、にっと笑う朏。

 .....そうか。俺らはこのゲームに慣らされ過ぎていて。手荷物という概念がなかったんだな。

 己の思考の落とし穴に気がつき、苦笑いしか出来ない翔は、GMのくぐもった嗤いに気づいていなかった。勿論、他の探索者も。

 距離が離れると御互いの会話は伝わらないらしい。

 朏がちゃんと物品を持ち歩いていたとも知らず、先行する二組。

 これが、このシナリオの分かれ道になるなど、夢にも思わない探索者らである。
    
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