精霊王の愛娘 ~恋するケダモノ達~

美袋和仁

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 其々の思惑 ~後編~

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「ファビルと妹君らまで消えたぁぁっ?!」

 愕然とするリィーアに大きく頷き、まるで嘲るかのように眼をすがめるウォルフ。

「王妃の逃亡で己の身を弁えられたのではありませんか? 妹君らもということは、案外、王太子殿下が王妃の手引きをしたのかもしれません。いたたまれなくなって、親子で、どこぞへ落ち延びるつもりなのでしょう」

 多分に憶測を含んだウォルフの言葉。棘を隠さぬソレを忌々しげに睨めつけて、リィーアはファビルの捜索を命じた。

 暗部を使い、秘密裏に行うように。

 必死なリィーアの様子を見て仏頂面をし、物言いたげな顔のウォルフ。

 あんな奴はいなくても良いではないか。至高の血族が此処にいるのだ。何故、王家の血を欠片も引かぬ輩を探そうなどとするのか。しかも、リィーアを置いて逃げ出したのに。
 .....と、口ほどに語る眼差しを向けるウォルフに、リィーアは悪戯げな笑みを返す。

「あのなぁ? ファビルが僕を捨てると思う? あんな王妃に僕が負けるとでも?」

 ふんっと小生意気な顔で宣うリィーア。

 二人の仲睦まじさは、関係者の間で有名だった。ファビルが御執心で、毎日熱烈にアプローチしているのも周知の事実。

 そんな彼がリィーアを捨てて、王妃と逃亡を謀る? 

 あり得ないと誰もが即座に否定するだろう。
 そういった現実を総合した場合、一見、失踪にも見えるこの事件に別の事実が浮かび上がるのだ。

 それに気づいて、ウォルフは思わず口を押さえた。

「そう。ファビルは誘拐されたんだよ。妹君らと共にね。王妃はどうか分からないが、もし王妃の企みであるなら、それに協力した者らがいる。この王宮にね」

 炯眼な眼を据わらせ、リィーアは嘲るように辛辣な眼光で周囲の重鎮らを見渡した。

「わっ、我どもをお疑いかっ?!」

 思わず語意を荒らげる人々を一瞥し、リィーアは現実を突きつける。

「疑うも何も、この事実が指し示してるだろうがよ。理解出来ないのかい?」

 テーブルの上にある報告書には、一昨日に王妃が逃走したとあった。
 警備の兵士らなどは眠らされ、朝方に交代に訪れた兵士が発見した事により露見する。
 その翌日、今度はファビル達が忽然と消えた。
 これを王妃の逃亡と関連づけない者はおるまい。そしてウォルフが言ったような穿った見方も出来よう。

 だがしかし。リィーアは、それを正面から否定する。

 彼女とファビルの間には、それだけの重みがあるのだ。

 かつて彼は言った。

 リィーアが好きだと。男でも女でもない、ただただリィーアという人間が好きなのだと。
 もし、リィーアが男だったとしても彼の愛情は変わらなかっただろう。
 これ以上の殺し文句があるだろうか。彼女にはファビルの気持ちを疑う理由など欠片もないのだ。
 となれば、消去法でファビルがリィーアの元を自ら離れて失踪などする訳がない。残るは誘拐か脅迫だ。

 なにがしかの理由によって呼び出され、拉致されたか、従う他なかったのか。

 ファビル.....

 恋しい男を思い描き、切なげな顔で遠くを見つめる少女をウォルフは苦々しげな面持ちで見守る。
 そう、自分には見守ることしか許されていない。まだ、今は。

 だけど、いずれは.....

 それぞれの思惑により動き出した事態に、リィーア本人も参加表明。
 止める人々を蹴倒して、深々とフードをかぶり、ファビルの探索へと飛び出していく。



「動いたか」

 精霊の報告を聞いて、うっそりと笑みを深めるサファードに、ファビルは噛みついた。

「私達をどうするつもりだっ!」

 あの日、ファビルは侍女から受け取った手紙にある教会を訪れ、母親である王妃と対面を果たす。
 拷問の果てに見るも無惨な母親の姿。サファードらはいたぶり尽くした王妃を癒しもせずに放置した。
 この悲惨な母親の姿を見て、動揺しない子供はおるまい。
 全身に傷を負い、火責めで焼け爛れた顔。手足も折られ、赤黒くパンパンに腫れている。

 案の定、ファビルは言葉を失い、眼を見開いて立ち尽くしていた。

「.....こんな。本当に?」

 震える彼の声がサファードの耳に心地好い。もっと苦しむが良い。と、彼は王妃の実情を王太子に伝える。

「.....そういうわけでね。まあ、救出してやろうかと赴いたのですよ我々が」

 ほぼ偽りだ。自分をこのように痛めつけた男らのつく、いけしゃあしゃあとした嘘を聞き流しながら、王妃は久方ぶりに見るファビルの姿に涙を零した。

「元気そうで..... 良かったわ」

 これは彼女の心からの言葉。リィーアとの謁見で、すっかり騙されていた彼女は、ファビルが奴隷として虐待されているとしか思っていなかったのだ。
 目の前の息子に後ろ暗い雰囲気はない。前よりも精悍になり、酷く大人びた様子だ。
 弱々しく伸ばす王妃の手を握り、ファビルはサファードを見上げる。

「.....母上を、どこへ連れていこうと?」

「森の民の村に匿う予定ですが。王妃が子供らと一緒に逃げたいと申されるので、こうして手紙を差し上げたしだいです」

 これは嘘ではない。その様に王妃と約束した。
 それを聞き、深く項垂れたファビルは眼を閉じる。
 そして立ち上がると、彼は乱暴に王妃を引きずった。

「痛いっ、痛いわ、ファビルっ!」

 いきなりの行動に面食らい、微動だに出来ないサファードらの前で、ファビルは冷酷に吐き捨てる。

「私はリィーアの夫です。国を与る国王となる者です。政治犯となった王妃を母親だからという情で見逃すわけにはいかない。暫定でも国王だった父上を殺そうとした母上は極刑を賜るべきでした。.....今の状況が、ある意味、極刑なのでしょう」

 ぐっと奥歯を噛み締めて呻くように、ファビルは容赦ない言葉を紡ぐ。
 自分はリィーアと共にあると精霊王に誓いをたてたのだ。如何なる汚濁であろうとも飲み干す覚悟を決めていた。
 これが妻の望みなら、喜んでとは言えないが、妻に寄り添うつもりだった。明らかな非は王妃にあるのだから。
 リィーアの仕打ちを、やり過ぎと思えるほど王妃の罪は軽くはない。

 実の息子に見限られたと知り、絶叫を上げる王妃。

 ファビルは母親を再び地下牢に閉じ込めようとしているのだと理解して、彼女は半狂乱になって息子を罵った。

「.....ならば仕方無い」

 視界の中で醜く争う親子を一瞥し、サファードは精霊の力を借りて二人を深い眠りへと誘う。

「まさか、こう来るとはな。想定外だった。こんな母親を見ても動じぬとは」

 てっきり王妃の逃亡に手を貸すだろうと思っていたサファードは、忌々しげにファビルを見つめた。ある意味、リィーアとの情の深さを見せつけられた気分である。
 胸に沸き立つモヤモヤを諫め、彼らはコトンっと静かになった二人を抱えて密かに王都を後にした。
 用意した馬車の中にも、すやすやと眠る二人の王女殿下。
 侍女や、他にも忍び込ませていた下僕らに指示を出して、彼女達を拐わせたサファード。
 にたりと笑みを深めた彼等は、悠々と馬車に乗り、樹海へ帰っていった。

 そして今、人質を前に愛しい少女の訪れを待っている。

 今度こそ、リィーアはサファードに膝を屈するだろう。一夜を愉しんだ後には、精霊王達の慰み者として神殿に閉じ込める。
 次の愛し子が生まれるまで、きっと念入りに可愛がられるに違いない。

 .....それが君への罰だよ? 私の気持ちを知りながら裏切った君へのね。愛する者を失い、嘆き暮らして欲しいね。かつての私のように.....

 裏切るも何も、鼻かけられてすらいなかっただけなのだが、サファードは理解しない。
 こう有るべきだという彼の理想以外、サファードは受け入れない。
 日々泣き暮らし、ファビルを求めながら精霊王らに蹂躙されるリィーアを思い浮かべると、彼は昏い悦びに打ち震える。

 .....良い気味だ。精も根も尽き果てるまで、精霊王らに貪られてしまえ。そして這いつくばって私に許しを請うが良い。.....許してなんかやらないがな。一生、思い知らせてやるさ。

 陰鬱な妄想を脳裏に描きつつ、ふとサファードは目の前のファビルを見る。これを使えば良い餌になろう。と。
 どうしたらリィーアを苦しめられるか。今の彼の脳内には、それしかない。

 可愛さ余って憎さ百倍。

 狂喜の闇に侵されたサファードを見守る森の民達。
 その情の深さを知る彼等は、全面的にサファードへ協力していた。
 どんな国にも部族にも永遠なモノはない。いずれは滅ぶのだ。ならば華々しく散ってやろうではないか。

 フィーアを失い、続いてリィーアすら失おうとしている森の民達は、立て続けの喪失感から自暴自棄になっていた。
 精霊の愛し子は森の民らにとっても特別なのだ。

 奪われるくらいなら壊してしまえ。

 病的に情の深い森の民の心は一つである。.....悪い方に。

 ファビルを拉致すればリィーアは動くだろう。そして樹海へ辿り着くに違いない。
 事が終わるまで王妃と王女は地下室に閉じ込めてある。
 事が無事に終われば、森の民らの慰み者にする予定だ。王宮の地下牢が恋しくなるほどの目にあわせてやろうと目論む人外達。
 王女らは男どもの捌け口に。情の深い森の民は、唯一の伴侶が定まるまでそういった行為を行わない。
 だからといって、そういった欲望がない訳ではない。単に類稀な精神力で抑え込んでいるに過ぎないのだ。
 なので玩具を与えてやれば、喜んで遊ぶだろう。

 それを聞き、同意する樹海の人々。

「子供が出来たらどうします?」

「女なら、同じように玩具に。男なら民に迎えれば良かろう。仮にも我等の血を引くのだ」

 女でも、それを妻にと望む者が居れば下げ渡す。森の民は滅多に外界へ出ないため、親族間の婚姻が多い。外の血が混じるのは良いことだ。
 もはや玉砕覚悟の森の民達。精霊王をも巻き込み、リィーアに喧嘩を吹っ掛けたのだ。この先など想像もつかない。

 それでも人は生きて行く。

 アレコレと想像を巡らせるサファードらの話を聞きながら、顔面蒼白のファビル。

 .....何て事だ.....っ、ごめん、リィーアっ! いざとなったら、死んでお詫びするっ!!

 彼女の足枷になるくらいならと、彼は死を覚悟した。
 だが、全ては茶番劇。本人達が至極真面目なため、申し訳無さすぎるのだが。結局は精霊らの暇潰し。

 翌日やってきたリィーアによって、サファードの目論見は木っ端微塵となる。



《まあ、こうなるだろうな》

《夢を見せてもらったと思いましょう?》

《あやつは立ち直れるか?》

《ふははははっっ!》

 呆れ気味に笑う精霊王。そんな愉快な未来を、今のサファードは知らない。
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