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其々の思惑 ~前編~
しおりを挟む「そういうことか.....」
サファードは忌々しげに眉を寄せた。端整な顔にはかれる憎悪。なまじ整っているだけにその表情は凄まじく、男だというのに思わず見惚れてしまう元王妃の間者。
.....これが森の民って奴なのか。噂どおりの別嬪揃いだな。
間者は、しげしげと周りにいる者らも見渡してしまう。
右も左も美形だらけ。魔力で美醜が決まるこの世界では、精霊から得られる祝福や加護によって、その姿形が決まるため幼いころより何度も洗礼を受ける者が多い。
多くの精霊らに祝福や加護をもらえば見目が良くなるし、何より優れた魔力や魔法が使えるようになる。
それを望んで何度も洗礼を受けたり、精霊がたむろうという樹海端へ足を運ぶのも良くあること。
そんな理を持つ世界で、精霊王の信頼を受け神殿の管理を任されている森の民は、多くの上級精霊や精霊王本人からの祝福や加護を賜っているため、飛び抜けて美しいと評判なのだ。
そして、それは事実でもある。
以前出回った前王妃の絵姿など、天使か妖精かとまで騒がれるほどの容姿端麗な絵だった。
自分も、ついつい買ってしまい、未だ大切に額縁に入れて飾ってある。
そんな前王妃様の御郷が樹海の森。
子供達の洗礼のために訪れた森の民ら。その一行に並んでいた長の娘に一目惚れしたらしい前国王。
二人が結婚した時も大騒ぎだった。
.....ほんの二十年くらい前の話なのに、えらく懐かしいな。
思わず感慨に耽る間者を見つめ、サファードは詳しく尋ねる。
「つまり、王妃の企みがバレて彼女は更迭、幽閉となり、王家の紋章を得た王太子が王として即位する。そういうことだな?」
「へえ。半年後らしいです。元々、病床の王弟や平民の王妃に代わり政務をやっていたとかで引き継ぎの問題もなく、順風満帆に王位につかれるとか」
サファードは説明する男を一瞥し、軽く溜め息をつく。
この男は定期的に王都で接触していた元王妃の間者で、事態が激変したことを報せに、こっそりと樹海へやってきた。
そして説明されたアレコレにサファードは苦虫を噛み潰す。
王太子が王家の紋章を得たことで正統な王位継承者となり、腐った貴族らを粛清した。粛清された貴族らから没収した領地は王太子の直轄地とされ、今は建て直しに奔走しているそうだ。
没収した財産もかなりの総金額で、各領地の復興に当てられているという。
そしてその元凶たる王妃は、人身売買や誘拐などの悪事を暴かれ、公にはされていないが王弟暗殺の罪状から幽閉されることになったらしい。
あれだけの悪事を働いたのに幽閉とは、また甘いなとサファードは思ったが、この男が元王妃と接触した理由で、それに納得した。
なんと王妃には週に一回、国民への奉仕があるのだとか。
特定の一日だけ、二時間おきに数人ずつの男らの相手をする仕事だ。
王妃に怨み辛みを持つ男どもに、前戯もなく孔という孔を蹂躙される仕事。
殴る蹴るも当たり前。髪を引きちぎられ、散々嬲られて満身創痍になっても次の男らのため魔法で癒される。
そしてまた生け贄として、ケダモノのような男達に差し出されるのだ。
朝から深夜まで行われる狂乱の宴。この半年、それが毎週あるらしい。その噂を聞きつけて、この間者の男は元王妃と接触した。
事が終わって虫の息な王妃から何とか話を聞き出し、サファードに報せにきたのだ。
誰が考えたのか知らないが、えげつない罰を与えるものである。まあ、それだけ王妃に対する怨嗟が深いということだろう。民の溜飲を下げさせるにも、怨みの対象を蹂躙させるのは非常に効果的な方法だ。
やれるものなら、死なない程度で八つ裂きにしてやりたいのは、サファードらも同じ気持ちである。
愛する女性を王妃に殺された彼の怨嗟も、どろりと深い。是非ともその狂乱に参加して、この世のモノとも思えぬ拷問の限りを、薄汚い王妃の肉体に叩きつけてやりたいくらいだった。
そして彼は考える。
リィーアが精霊王に誓いをたて王太子を伴侶とした。これだけでも業腹なのに、あろうことか水の精霊王が王弟の解毒までしてやったとのこと。
森の民の薬は特殊だ。その辺にいる十把一絡げな医師や薬師に解析出来るものではない。王弟が快癒に向かっているというなら、それを解毒したのは森の民の上をいく存在。精霊王でしかありえない。
「.....なんとするか」
リィーアの周囲には多くの精霊らがいる。森の民とはいえ太刀打ち出来ない。しかも彼女は亡き養父から、徹底的に武術の指南を受けていた。
未だに名高い将軍唯一の弟子だ。その実力も折り紙つき。
王とさせることを目指したデリラによって、強い王子にと教育されてきた事がここにきて裏目に出る。
それでも王弟のためサファードに膝を屈するだろうと思ったが、精霊王が癒してしまったとなれば、それもない。
ぎりっと奥歯を噛みしめ、サファードは思案する。
森の民達は長の決断を静かに見守っていた。
「んあ~っ、退屈ぅぅぅっ!」
遠国の姫として離宮に滞在者するリィーアは、事情を知る僅かな従者とともに王宮の庭を散策していた。
瀟洒なドレスと膝まである被をかぶり、顔の前には薄いベール。
夏に差し掛かる今日この頃、暑さもあいまり、キツい服装である。
養父の教育の賜物か、立ち居振舞いの美しいリィーアを遠国の姫として疑う者はいなかった。
性が定まったことで過剰だったフェロモンも落ち着き、老若男女かまわず魅了していたソレは、リィーアが女性化してから効果は男性限定になる。
それはそれで落ち着かないファビルが、彼女に貞操帯をつけようとして一悶着あったのも御愛嬌。
「だって、王宮は屈強な男が沢山いるんですよっ!」
「僕がそんなんに負けるわけないじゃんっ!! ってか、ソレを離せっ、スカートめくんなっ!!」
鍵つきの不恰好な道具。用を足すための穴が空いただけの金属製おパンツに、冷や汗だらけのリィーアである。
どうどう、とファビルを宥め、丁寧に可愛がってやり、なんとか悋気の矛先を収めさせた昨夜を思い出して、リィーアはやや遠い眼をした。
.....真面目さんは怖いわー。アレ、本気なんだもんなー。
貞操帯を両手で握りしめて、跪き懇願するファビル。端から見たら喜劇でしかない滑稽さだろう。
なんの冗談? と、誰もが思うに違いない。本人が至極真面目なだけに、笑えないのだが。
.....あんなんつけられたら自慰も出来ないじゃん。まったくもう、こっちの気も知らないでっ!
ファビルと伴侶の誓いをたててから、リィーアは彼を思うと身体が熱く燻る。
精霊王に誓いを立てるというのは、魂の契りを意味していた。
唯一無二の伴侶。死が二人を別つまで消えることない精神的楔。
ゆえに御互いにしか反応しないし、その深く穿たれた精神的楔は本能を刺激し熱く昂らせる。
そういった欲望の強いリィーアは、ファビルを思う都度身体が疼くが今の彼は多忙だ。仕方無く自身で慰めるしかないのに、あんなモノをつけられては堪ったもんじゃない。
.....ファビル、今頃なにしてんのかなぁ。
人気のない処でベールを外し、風に頬をなぶらせつつ、ふっと気を抜いたリィーアの切なげな顔に護衛らが大きく息を呑む。
ファビルを思う彼女の表情はあまりに扇情的で、邪な重い疼きを股間に覚える護衛達は、まるで修行する苦行僧のような顔でダラダラと冷や汗を流していた。
「.....という訳で、限界を感じる護衛らから苦情がきてます」
「.....ベールは外さないよう言っとく」
.....ってか、離宮から出ないよう言っておこうかな。
苦渋を隠さない王太子直属の護衛隊長を余所に、ファビルは別なことを考えていた。
リィーアと睦むようになってから、ファビルは己の欲望に際限がないことを知る。
どこまでも彼女を欲し、御互いの境界が分からなくなるほどピタリと密着して、まるで混じ合うかのように絡み、その目眩く心地好さ耽溺する。
思い出すだけで粟立つ肌に、彼はゾクゾクとした愉悦で背筋を震わせた。
思わず緩む口角。アレを手にしている幸運に至福を禁じ得ない。
出来得るなら日がな一日睦んでいたいモノだが、そんな自堕落が許されるわけもないので渋々政務に明け暮れていた。
だから、こうして彼女の護衛からの報告を聞いても悋気しか起きないファビルである。
自分の知らない彼女を目撃出来るなど眼福以外の何物でもなかろうに。何の文句があると言うのかと。
仕事に明け暮れることで寂しさを紛らわせようとしても紛らわせるはずもなく、実際に山積みな仕事をこなしながら過るのは、やはり愛しい妻の面影。
「はあ..... リィーア」
.....逢いたいなぁ。もうすぐお昼だし、御飯でも誘おうかなぁ。
「駄目ですよ?」
自分の脳内を察したかのような否定を耳にして、ファビルはビクッと肩を揺らした。
恐る恐る彼が顔を上げると、そこには半眼を据わらせた側近筆頭がいる。
呆れた顔を隠さず、溜め息雑じりな側近筆頭。どうやらファビルの思惑はバレバレのようだ。
「以前、昼食に出られたとき半日ほど帰ってこられませんでしたよね? 困るんですよ。奥方と睦まじくあるのは宜しいのですが、程度は弁えていただかないと」
ファビルは言葉に詰まる。
リィーアと伴侶の誓いを立ててからというもの、彼はお猿のように底無しに彼女を求めた。
節操が無かったのは認める。自分でもどうしようもないくらい下半身の疼きが凄まじかったのだ。
その理由もリィーアから聞きはしたが。
彼女の持つフェロモン体質。万物を統べる精霊王に愛される彼女は、万物からも愛される。
結果、全てを魅了するフェロモンを常時発しているというのだ。でも、それも性が定まるまで。両性具有であった頃の話だった。
今の彼女が惹きつけるのは、精霊と男性のみらしい。
.....それでも安心は出来ないけどねっ? ってか、むしろ危険が増えていないかっ?!
あわあわした結果、ファビルの起こした貞操帯騒動。あれは流石にやり過ぎだった。
.....今思えば赤面ものの醜態だ。うん。
ファビルは有り得ない黒歴史に項垂れる。
そんな彼を見下ろし、側近筆頭は深々と溜め息をついた。
「まあ、お美しい奥方です。王太子殿下のお心は察しますが、元護衛騎士だった彼女に心配は御無用でしょう。さっさと仕事を片付けてからお楽しみくださいませ」
にっと悪戯げに口角を上げる部下。
それに眼をぱちくりさせ、色っぽい提案を仄めかされたファビルは、俄然気を取り直した。
彼の言う通りだ。グズグズしているよりも、とっとと仕事を終わらせてリィーアの元へ向かう方が建設的である。
愛する妻と言う餌を鼻先にブラ下げられ、馬車馬の如く働くファビル。
そんな彼を掌で転がしつつ、上手いこと働かせる側近筆頭。
どちらにも利のある王太子の執務室は、怒涛の勢いのファビルに引きずられ、かつてないほど仕事が進み、活気に溢れていた。
こうして日々は何事もなく流れ、いよいよ王太子の即位が間近に迫る。
あらゆる人々の思惑が絡まり、事態は思わぬ方向へと向かうのだが、今の彼等はそれを知らない。
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