精霊王の愛娘 ~恋するケダモノ達~

美袋和仁

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 灯台下暗し ~後編~

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「.....父上と逢うのは三年ぶりです」

 五年前に父親が倒れ、いたらぬ母親の政務を手伝い、自らの学びや仕事やと、超多忙になった彼は父親を見舞う時間すら作れなかった。
 何とかして時間を捻り出すも、王妃の息のかかった兵士達により面会を阻まれる。
 当時、今より子供だった王太子の権力は王妃より低かったのだ。

 感慨深げに王弟の寝室の扉を見上げるファビル。その肩を軽く叩き、リィーアは柔らかく微笑んだ。

「行こう?」

「ああ」

 少数の護衛や側仕えを連れて、二人は王弟の寝室へと入っていく。
 その護衛の中にいたバースの眼に不穏な光が浮かんでいるとも知らずに。



「.....父上」

「..........?」

 頼り無げな小さい呟きを耳にして、夢現だった王弟は眼を醒ました。
 そしてうつらうつらと周囲を見渡し、一人の影に目をこらす。

「誰かな.....?」

 訝しげな呟きに答えるファビル。

「わたくしです。ファビルです。苦労をおかけしました、父上」

 ほろりと睫をかがる涙。今にも零れ落ちそうなソレを眼にして、王弟は瞠目した。



「そうか...... アレも以前は悪い奴でなかったのだが」

 ファビルは王妃を更迭した事。政権を取り戻し、王妃の悪事を暴いた事。それにより、王妃が王弟を暗殺しようとしていたことを突き止め、こうして馳せ参じたのだと説明した。
 その説明に、王弟は固く瞼を閉じる。

 .....いったい、何処で道を間違えたのだろうか。

 王妃となる前の妻は、我が強くはあれど働き者で子煩悩な女だった。
 竹を割ったような性格で、悪事に手を染めるような愚かな人間ではなかった。

 .....権力は人を変えるというが...... 

 疲れたかのような顔で目を開き、王弟は力無く息子を見上げる。
 ファビルは王弟の実子ではない。それでも王弟は我が子としてしか彼を見れなかった。
 娘らもだ。生まれた時から共にあり、その成長に一喜一憂してきた王弟にとって、三人は間違いなく我が子である。
 王妃の不義は誉められた話ではない。だが、子をなせぬ王弟に我が子らを与えてくれた事にだけは素直に感謝出来た。

 その証拠に、我が子同然と育ててきた息子は、王妃の魔の手から父親を救わんとやってきてくれたではないか。
 氏より育ち。これを我が子でないと誰が言えようか。

 ほたほたと零れる涙を指で拭い、王弟はファビルを嬉しげに見つめる。

「よい。我が身は我が一番分かっておるよ。もう長くはないのだろう?」

 達観気味に話す王弟の手を握りしめ、王太子は力強く首を振る。横に。

「治ります。治せるのですよ、父上っ!」

 そう言うと、ファビルは己の左手甲を父親の前にかざした。
 くっきり浮き出た王家の紋章。仄かに光るソレを見て、王弟は驚愕し、眼を見張らせる。

「.....わたくしは、王婿となりました。建前は王ですが、真の王は、わたくしの妻です」

 王弟にのみ聞こえる小さな呟き。それを耳にして、彼はファビルの背後に立つ人物に眼を吸い寄せられる。
 そこに立つは懐かしい顏。嫁いできたばかりの頃のフィーアを思わせる美貌の麗人。
 騎士服を身につけているが、その荘厳な雰囲気までは隠せない。
 これはとてつもなく上位の精霊から加護や祝福をもらっている者独特の雰囲気である。

 .....まるでフィーアや兄上のように。

「まさか.....?」

 あまりの驚愕で顔を強ばらせる父親を見て、小さく口元に指を立てるファビル。
 それを察して口をつぐむ王弟殿下。
 そんな二人に微笑み、リィーアは誰にも聞こえぬよう微かに囁いた。

「.....頼んだよ?」

《了解》

 途端に辺りを霧が埋めつくし、寝台ごと王弟を包み込む。
 ぱしゅっ、ぱしゅっと何かが弾ける音が何度か響き渡ったあと、一瞬で霧散する謎の霧。

 再び姿を現した王弟は、何とも言えぬ複雑な顔をしていた。

「.....これは?」

 全身を蝕んでいた疲労感が失われている。軋むような骨や関節の痛みも消えていた。
 始終襲ってきていた嘔吐感や胸焼けも何もない。暇のなかった偏頭痛すらもである。
 衰弱した身体は言うことをきかないが、それでも全身を根深く苛んでいた不調は溶けるかの如く消え去っていた。

 何が起きたのか分からず、キョロキョロと忙しなく眼を動かす王弟殿下。

 そんな父親に満面の笑みを向け、またもやファビルは小さく呟いた。

「水の精霊王の慈悲です。父上の身体を蝕んでいた毒を中和していただけたのです」

《毒は抜いたわ。衰弱した身体は地道に養生して治しなさい》

 そう言うと、水の精霊王は気だるげに姿を消す。

 実際には周りに見えないようにしただけで、リィーアは自分に寄り添う水の精霊王を感じていた。

「ありがとね」

 リィーアの呟きは水の精霊王以外誰にも拾われず、水の精霊王は悩ましげな笑みでリィーアの頬にキスをし、今度こそ本当に樹海の神殿へと帰還する。
 それを片眼で見送ったリィーアの前には、喜色満面で喜び、精霊王へ感謝する親子の姿。

 良かったね、ファビル。

 血の繋がりなどなんのその。

 そこに居るのは、間違いなく強固な絆に結ばれた微笑ましい親子だった。
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