精霊王の愛娘 ~恋するケダモノ達~

美袋和仁

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 灯台下暗し ~前編~

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「灯台下暗し~~.....」

 帰還した途端、どんよりと落ち込むウォルフを気の毒そうに見つめ、バースらは策を練る。

 何とかしてリィーアの魔法を解きたい。精霊王の御加護を示す王家の色。それを万人に知らしめれば、彼が望むと望まざると周りがリィーアを王として認めるだろう。
 ぶっちゃけ、王家の紋章よりも信憑性のある証だ。王太子はその横に王婿として立てば良い。
 王太子が王の伴侶として紋章を得たのであれば、たぶんリィーアにも王家の紋章が出ているはず。

 同じ紋章を頂く二人が並べば、どちらが精霊王から王として認められたかなど、一目瞭然。

「だが、如何にして呪いを解くか.....」

「本人に血縁者が察知出来てしまうのがネックですね」

「感じられないくらい遠縁の者とかはどうだろうか?」

「感じられないということは危険がないと言うことだ。魔術的に問題はない。.....解けないだろうな」

 はあっと深々溜め息をつく面々。

「後は逃げ出せないよう罠を張って触れてみるしかないが。.....そんな罠にかかってくれるか、どうか」

「まず無理でしょうな」

 あまりの八方塞がりで苦虫を噛み潰すバース達だが、ひょんな事から、その絶好の機会が訪れた。

 ここらから暫く後の王太子宮で。





「これ?」

「そう」

 渋面を隠しもせず、ファビルは小皿に置かれた数個の粒を忌々しげに見つめる。

 彼は王の紋章を得た事で正しく王太子となり、王妃から政権を取り上げた。
 そして今まで王妃の行っていた悪事を洗いざらい暴いたのだ。
 何故に戦を起こしたのか。そこから得た捕虜や、国中で誘拐を重ねて奴隷売買に手を染めるなど、出るわ出るわの悪事の数々。
 思わず目をおおいたくなるような惨状の中、細かく洗い出した結果、一つの薬にファビルは辿り着いた。

 それが、これである。

「国王陛下のために遠国から取り寄せている薬らしいのだが、これを買うために途方もない金子が必要だったらしい」

 薬師らに分析させている最中だという問題の薬。王妃の言によると、とても滋養があり、体力をつけさるための薬なのだとか。
 徐々に弱っていく王弟の命を繋ぎ止めるための薬。非常に高価だが、これを買い求める金子が必要で悪事を働いていたと自供したらしい。

 ファビルは、王妃の言葉を信じているようだが、それでもやはり、やりきれない思いがあるのだろう。
 王弟のためにとはいえ、王妃の行った数々の犯罪は許されるモノでない。

 複雑な心情を胸に巡らせ、ファビルは、あらゆる事象の片付けに乗り出していた。

 平民で王の伴侶としての紋章も持たぬ王妃は正式な妃ではなく、王家の紋章を手にしたファビルの方が地位は上だ。
 王としての強権を使い、今まで王妃から甘い汁を吸い上げていた者らは一掃され、ファビルの元に集まっていた国を憂える心正しき者達が、思う存分力を奮えるようになる。
 結果、あれよあれよと政は正常化された。
 元々、前国王の厳格な治世で辣腕を奮っていた者達である。その容赦の無さときたら気持ち良いほどだったと苦笑するファビル。
 怠惰に耽っていた貴族らの多くも粛清され、今は鳴りをひそめているとか。

 .....他の貴族も次は自分かと恐怖に震えてんだろね、今頃。

 ほーん、と目を据わらせつつ、リィーアは件の薬を指先に取る。そして、ふと訝しげに眉をひそめた。

 この色、この香り。

 これには覚えがある。幼い頃、養父から習った知識の中で。

「水のっ! 疾く来よっ!」

 低く唸るようなリィーアの声に応じて、水の精霊王が現れた。
 不定形だが人形の霧に、思わずファビルは息を呑む。

 その姿は紛れもなく、神殿で見た精霊王の一人に違いない。

「これ。樹海の植物だよな?」

 リィーアは幼い頃から叩き込まれた薬草学を思い出す。
 養父は多岐に及ぶアレコレをリィーアに学ばせてくれたのだが、その一つが薬草学の皮をかぶった毒草学。
 あらゆる毒に精通させ、少しでも自衛に役立たせようとした今は亡き焔の聖騎士。
 将来薬師になるわけでもなし、こんなんどこで使うんだと、疑問顔だった昔の自分。

 .....それがこうして役にたつんだから、人生、分からないもんだよな。

 歯茎を浮かせるリィーアに問われ、水の精霊王は、しれっと答えた。

《そうね。それは樹海奧に生息する植物ね》

 ベラドンナの亜種。この毒は適量であれば死に至らず、瞳孔が開いて煌めくような錯覚を起こさせるため、一部の貴婦人に人気のある毒だった。
 ただしこの亜種は特殊で毒素が強く、身体に溜まっていくのが特徴のえげつない代物である。
 非常に珍しく稀少な植物だ。これそのものでは毒とは分からない。貴婦人方が使っている薬と変わらない。

 この亜種の薬の恐ろしい処は、毒素が蓄積されていくところだった。許容量を越えてから、初めて毒として作用する。
 それまでは無害にも近いため、周りは気づかない。ゆっくりと衰えていき、病のように死んでゆく。

「これを使われたんじゃなぁ。分からない訳だわ」

 くっと口角を歪め、リィーアはそれを指先で潰した。

「これは特殊な毒だ。調剤出来る者は限られてる。森の民以外には不可能だよ、ファビル」

「毒っ?!」

《..........》

 薬だと思い込んでいた物の正体に驚くファビル。そんな彼に淡々と説明するリィーア。

「それじゃ母上は父上を殺そうと.....?」

「そういうこったね。この毒は稀少でとんでもなく高価だ。王妃が戦や人身売買に手を染めてでも金子が必要だったわけだよね」

 調剤した本人にしか分からないくらい貴重な薬。限りなく自然な病死に見せかけるこの薬は、裏世界では高貴な者に使われる暗殺薬として有名だった。
 ただし、べらぼうに高い。それにくわえ、調剤出来るのが森の民だけなので金子とは別に独自のルートや見返りが必要となるはずだ。
 自分の母親が父親の暗殺を企てていたという事実を受け止められずに愕然とするファビルと違い、リィーアは別な事を考えている。

 あの平民な王妃が独自のルートなど持っているわけがない。他の誰かが手を貸しているはずだ。
 あるいは見返りか? いったい何を対価にして森の民の協力を取り付けた?

 そんな二人を余所に、周りの臣下らも驚きで声が出せなかった。

 なんということか。神をも恐れぬ所業だろう。これは許される事ではないと。

 有り得ぬ事態に凍りつく部屋の空気。

 三種三様の思惑を抱えたまま、リィーアはファビルの案内で王弟殿下と対面する。
 理由は、すでに薬の中毒となっているだろう王弟の解毒と治癒。
 薬草や毒草の調剤に長けた森の民。その薬効は善しにつけ悪しきにつけ高すぎる。通常の薬師や医師では太刀打ち出来ない。
 ゆえに水の精霊王の力が必要なのだ。
 治癒や癒しに特化した彼の御仁であれば、どんな複雑な毒もなんのその。瞬く間に完治させられる。

《え~? 面倒~》

 とか宣う彼女だが、リィーアの頼みであればと渋々引き受けてくれた。
 そしてそれを行うには、彼女を喚び出せるリィーアが同席せねばならない。

 そういった諸々の理由からリィーアを伴い、ファビルは数年ぶりに父親と対面する。
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