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王の真贋
しおりを挟む「もう、待てぬ」
「その通りだ」
「仇を..... 目にものを」
夜のとばりに遮られ、身を潜める者らが暗躍する。精霊達はほくそ笑み、ただ静観するだけ。
「じゃあ、帰ろうか」
恙無く王の証を手に入れて、王太子らは王都へと帰還した。
城はどよめき、満面の笑みので一団を迎える。
「ようございましたっ、本当に...... 心ない噂も、これで収まりましょう」
王太子宮の侍従長が、外聞も何もなく、ほたほたと泣き崩れた。
その周りを侍女らが慰めながら支えている。
「心ない噂?」
不思議そうに呟くリィーアに小さく頷き、ファビルは窓の外に視線を振った。
「私達兄弟は、誰も王家の色を継いでいない。だから、継承者不適合と言われていてね。口さがない者の中には、王妃の不義の子ではないかとまで言う者もいたんだ」
.....それはまた。
リィーアは軽く眉を上げて、微かな嫌悪感をはく。
毛色の差など大した事ではあるまいに。事実、正当な後継者であったリィーアの父は、その圧政から民草の怒りを買い儚くなった。
王家の紋章を持たぬ王弟を王に祭り上げ前王を滅ぼしたのに、その舌の根も乾かぬうちに世迷い言か。
自分達の都合でアレコレ掌を返す節操の無さ。これが人間だ。
「自ら正当な王を弑し奉り、この有り様かよ。ほんと、人間って勝手だよなぁ」
思わぬ言葉にファビルは眼を見張る。しかし、周囲の侍従や侍女らは、それに同意し力強く頷いていた。
「リィーア様の仰るとおりですっ!」
「誰よりも民を思い、努力なさってきたファビル殿下なのに、誰もそれを理解してはくださらない。どれだけ口惜しかったことか」
「王太子として恥ずかしくないようと言う裏で、王家の色を持たないから王太子ではないとか.......っ、ざまあみろですわっ! 精霊王は見ていてくださったのですわっ!」
よほど鬱屈がたまっていたのか、ファビルの宮の者達は手放しで喜び、狂喜乱舞する。
それに居心地悪げな眼をさまよわせ、ファビルはリィーアに苦笑した。
今回、ファビルが王の資格を得たのは反則技に近い。
王たる者の伴侶として紋章を手に入れたのだ。これを知ったら誰が正当な王と認めようか。
己の左手を苦い眼差しで見つめ、ファビルは拳を握った。
だが、これは好機でもある。
今までファビルを侮り軽んじてきた輩に、痛恨の軛をつける事が出来るのだ。
これにより、ファビルは王命をつかえるのだから。
思わぬ幸運を噛みしめる王太子の頭を、リィーアがそっと抱き寄せた。
「ファビルは頑張ったよ。僕の好い人は、最高の王になるさ」
女性化してさらに細く柔らかくなったリィーアの指が心地好い。
ファビルは小さく頷いていて、そのまま彼女に頭を預けた。
若い二人が甘酸っぱい世界を作っていた頃。
ある屋敷の応接間では、緊急会議が開かれていた。
居並ぶ面々は前国王の家臣団。
力及ばず前王の圧政をどうにも出来なかった後悔に煩悶し、自ら城を辞した者らである。
王弟が正しく政を行えるならば、彼等は沈黙を守るつもりだった。
しかし王弟は病に伏し、政は平民女の手に落ちて、民らは再び苦しむはめになっている。
それを憂いて、何とかならないかと集まった彼等に、デリラス将軍がもたらした一筋の希望。
前国王の忘れ形見が生きていると。
しかも、銀髪紫眼だというではないか。
これも精霊王のおぼしめし。
そう歓呼で迎え、捜索していた彼等だが、その矢先に王太子が王家の紋章を手に入れたとの報告を受けた。
当然、彼等の受けた衝撃は大きい。
「有り得ぬ。王子達は王妃の不義の子ではなかったのか?」
「王家の色も、鍵も持たずに神殿に入ったなど聞いた事もない」
「だが、真実ならば....... 王太子殿下は精霊王が認めた正当な後継者となる」
その一言に深い沈黙が降りた。
バースは見てきた聞いてきた全てを報告し、彼等の判断を待つ。そしてふと、壁に掛けられた絵を見つめた。
デリラス将軍の生家だというこの邸は、古びていたが十分に人の暮らせる邸だった。
彼が存命なころに、バースへ譲られた邸。ここを拠点として、現国王夫妻を打倒する事を将軍は心から望んでいた。
その邸の応接室に掛けられた一枚の絵。
そこに描かれているのは、小さな赤子を抱く前王妃。
前国王が弑されてから彼女の人気は鰻登りとなり、多くの絵姿が出回った。
その中で似ているモノを探し、将軍は、それと子供を組み合わせた絵を絵師にかかせたのだという。
初めてこの絵を見た時の衝動をバースは今も覚えていた。
.....綺麗な人だよなぁ。
優しく微笑む女性と赤子。
そして次の瞬間、バースは武官になる前に感じた既視感を思い出す。
初めてリィーアと出会ったとき、彼は見覚えがある気がした。何かがひっかかり、やけに少年が気になった。
ぱんっとバースの脳裏が爆ぜ、面と面が重なり、一人の人間が浮かびあがる。
それは神殿から出てきたリィーアだった。あの時、やけに細く儚げに見えた護衛武官。
「そういう事かよっ、抜かった」
独りごちるバースを、周囲が不思議そうに見つめる。
「御子様だ。王太子直属の護衛武官。彼が御子様だったんだ」
憮然と呟く彼の言葉に、部屋の中がどよめいた。
.....どっかで見た奴だと思ったわけだよ、ここで散々眺めていた肖像画にそっくりじゃないかっ!
だが、そういった感性が疎いバースでは、きっと昨日のリィーアを見ていなければ、今、この場でも気づくことはなかっただろう。
それは本当なのかと詰め寄る面々に大きく頷き、バースは樹海の神殿であった出来事をこと細かく説明した。
「それが本当であるなら、真に王家の紋章を授かったのはリィーア様となる」
「そして、その紋章を譲られたとあれば、ファビア王太子がリィーア様と......」
既に既成事実が出来てしまっているのだと、誰ともなく視線を交わす。
王家の紋章を伴侶の誓いで譲るには、精霊王達の前で初の契りを行うのが条件だからだ。
こうなってしまえば、計画は白紙である。御子を見つけて旗印になど不可能だった。何よりもリィーア自身が王太子を王へと押し上げているのが見てとれる現状なのだ。
誰にも文句をつけられない実績が積み重ねられつつあった。
「でも、リィーアは薄青い髪に藍色の暗い瞳だ。聞いていたのと話が違う」
「魔術だろう。街中では色を変えるのが流行っているというし」
「元の色より明るくは出来ないらしいな。茶髪を金髪にとかは。逆は出来るらしいが」
「解除の方法は? 解除出来なくば、どちらが本物の継承者なのか証明出来ぬぞ?」
「それは魔術師らの秘匿案件だろう」
「あ、簡単ですよ。血縁者に触れれば魔法は解けます」
神妙な面持ちの中で上がる一際軽い声。
ばっと振り返った人々の目に映ったのは護衛兵士の一人。何でも、彼本人が魔法で髪色を変えていたことがあったらしい。
自分の子供に抱きつかれて、即解けたっぽいが。
どのくらいの親等で解けるのかは分からない。しかし、子供に近よられた時、彼は全身が粟立つような感覚を受けたという。
「.....って事は、魔法がかかった相手には、それを解きそうな血縁者が分かるって事か」
それとなく逢わせて、無理やり魔法を解除するのは難しそうだった。
何せ相手は王太子の専属護衛武官である。その技量は御墨付きだ。
複雑な顔で悩む前王の家臣達に、しばらくして朗報が舞い込む。
王子が正しく王太子へと立太子した噂を聞きつけ、王弟の勅命でリィーアを捜索中のウォルフが帰還したのだ。
彼は紫眼を持つ正統な王族。
「ヴィオラが見つかったとは本当かっ?!」
ヴィオラ?
首を傾げる仲間達。
彼は予想どおり勘違いをしたまま御子を探しており、案の定、何の手がかりもなく無為に日々を重ねていた。
後日、帰還して、その事実を知った彼が大地に崩折れたのは言うまでもない。御愁傷様である。
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