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ファビルの事情 ~後編~
しおりを挟む「..........酷いものだな」
山積みになった報告書や民の陳情に王太子は頭を抱える。
直接的なモノではないが、災害が増え、明らかに土地が痩せ始めていた。今の収穫量は前王妃を処刑する前の半分程度。
これに精霊が関わっていないと思う方がおかしいのだが、母は認めたくないのだろう。
足りなくなった分を補おうとして戦を起こし、他国から略奪する。
それが悪循環だとも知らずに。
戦争は金食い虫だ。消費を上回る戦果など滅多に上がるものではない。
己の首を絞めながら迷走する母。
ファビルはせんなき事だと、軽く頭を振って益体もない思考を追い払う。
自分に出来る事は、緩やかな滅びに向かうこの国を如何にして穏やかに終焉させるかだ。
なるべく民には傷を残さず、出来うる範囲で被害を最小に食い止め、次の王家に引き渡さねば。
精霊王らの文献には、現在の王家に王たる資格が無くなった場合、新たな王家が精霊王によって興されるとある。
血筋が絶える。或いは王家が腐る。そういった場合、精霊王は王家を見限るのだ。
王位の簒奪。精霊の愛し子である森の民な王妃の処刑。これらは十分な理由になるだろう。
さらには腐り切った貴族達。父王の治世のもと、彼等は私腹を肥やし、怠惰に溺れ、民らを迫害してきた。
これを精霊王らが知らぬ訳はない。
森の民が樹海から出てこなくなったのが良い証拠。この国に精霊の加護も祝福も与えないことを精霊達が許しているのだ。
ファビルは少し遠い眼をして窓の外を眺める。なぜか、ついつい目がいってしまう。
そして思いを馳せるのだ。過去の出来事に。
前王の圧政は辛く厳しいモノだったと聞く。
税は重く、厳しい規律や法がしかれ、窒息するように厳格な支配だったと。
しかし足りない感はあるものの、最低限の糧は保証され、見合う働きさえしていれば滅多な事にはならなかったという。
貴賤を問わず全てに等しく厳しい前王の治世では、犯罪らしい犯罪もなく、民を迫害する貴族もなく、むしろ圧政に抗うためか、身分を問わぬ協力体制がしかれていたとか。
税収を上げねば貴族が処罰を受ける。故に貴族は民を労り大切にしていた。それが税収に繋がるからだ。
民が餓えぬよう、病に倒れぬよう。心細かな気配りをしていたらしい。
騎士や兵士らもそうだ。犯罪が起きたり被害が出れば上の者が責任を追及される。
故に規律正しく、厳格な治安維持に努めていた。
少しの緩みが断罪に繋がる前国王の治世。全てに等しくその刃が振るわれることを知る人々は、身分も何も関係なく、御互いを労り、強固な協力体制にあった。
王という強大な敵を前に、臣民は一丸となり手を結んでいたのだ。
そして前王妃の輿入れが前国王の圧政を和らげた。
ファビルは思う。あと少し。ほんの少し耐える事が出来ていたなら、後の治世は素晴らしいものであったのではないかと。
前国王の圧政は確かに耐え難いモノだったのだろう。
だが、人として見るならば眉をひそめるようなそれも、為政者として見るならば、見事としか思えない安全な国作りだった。
貴族は私腹を肥やさず民を憂い、民は自分らを守ってくれる貴族のために身を粉にして働く。
厳しい規律が堕落を戒め、容赦ない断罪が人々に正しくある事を強制する。
少しの緩みもないそれは、確かに圧政で苦役にも近かったに違いない。
だが、今の緩み切った治世を見ると、どうしてもそちらの方がマシだとファビルには思えてしまう。
前王妃の輿入れによって、民は細やかな安寧を手に入れた。それがそのまま続けば、きっと次代のあたりで平穏な国になっていたのではないかと。
前国王の治世を学び、前王妃に情深く愛され、良いところ悪いところを試行錯誤しながら引き継ぐ次代は、きっと素晴らしい政をしたことだろう。
ほんの少しの歯車の狂いが、今を作ってしまった。
.....無い物ねだりなのだろうな。
ファビルは苦笑した。その顔はまるで老人のように諦めと落胆を混在させた疲れた顔だった。
.....だが今しばらく。今しばらく頑張ろう。
ファビルを厭う家臣らや、暗殺にまで手を伸ばす貴族達。父が倒れてからは、帝王学など知らぬ母に代わって政務を行い、その合間に王として学び、ファビルには自由になる時間など欠片もない。
王族として民に責務を果たさねばならないという責任感と、度重なる暗殺未遂に、こんな重圧から逃れられるなら死ぬのも悪くないという自暴自棄さも合わさり、ファビルは疲れきっていた。
そしてたまに訪れる休憩時間。
そこでテラスにいたファビルは、中二階で行われている武官の試験を目にしたのだ。
快活に笑い、大声で話す平民達。
自由気儘なそれに眼を奪われ、少しでも近づいてみたくて立会人の中に紛れ込んだ。
そんな中、彼はリィーアを見つける。
成人したばかりの綺麗な幼い子供。
それが倍も身体の大きさが違う騎士をぶっ飛ばしたのだ。
目の前で起きた光景を刮目し、ファビルはリィーアを追って捕まえた。
信じられなかった。あの時、彼は絶体絶命だと自分は思った。
現役の騎士が相手なのだ。こんな小さな子供では太刀打ち出来ないだろう。ひょっとしたら大怪我をするかもしれない。
周囲も同じ心境だったはずだ。
ハラハラしつつも、彼がどんな立ち回りをするのか少しワクワクしつつ、始まった試合。
結果は瞬殺。リィーアの勝利で幕が閉じられた。
眼前の驚異を事も無げに打ち砕いた少年。
今の自分の現状とあいまり、思わず憧憬の眼差しでリィーアを見つめてしまう王子を誰に責められようか。
リィーアから話を聞いた王子は、事情を知り、これ幸いと彼を専属護衛に召し上げた。
そしてそれは正解だったとファビルは思う。
リィーアは王子にまとわりつく悪意、害意を悉く粉砕し、にっこり微笑んでくれた。
清しい顔で王子の前に立ち、颯爽と吹き抜ける風が、ファビルに絡まり張り付いていた焦燥感、疲労感を瞬く間に削り取る。
澱んでいた王宮に投じられた輝石。
平穏な日々を約束され、ファビルから自暴自棄な気持ちは失われつつあった。
元々、聡明で賢い王子だ。それを鈍らしていたのは、激務に追われる彼を殺そうと目論む人々の悪意。
それが無くなれば、当然、ファビルは元の輝きを取り戻す。
.....もう少し頑張ってみよう。
終焉待ったなしな王家に、小さな希望が灯った瞬間だった。
精霊は見ている。人々の全てを。
後に精霊王もが一目置く、一人の傑物の第一歩がここに踏み出される。
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