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殺伐とした安穏な日々
しおりを挟む「これって護衛?」
「護衛ですよ。私から離れないで下さいね」
陽当たりの良いテラスで、リィーアは王子と御茶をしていた。
数種類の菓子が並び、鼻腔を擽る紅茶の香り。向かいには麗しい顔の王子様。
.....いや、おかしいよね? 護衛が何で御茶のテーブルに着いてるのさ。本来なら、あんたの後ろに立っているべきだよね?
だが確かに侍女や侍従はいるが、護衛は連れていない。リィーアだけだ。居るべき場所が変なのだが。
「これ美味しいですね。貴方もどうぞ」
「へあ? うっ」
間抜けに開いた口に焼き菓子を押し込まれ、リィーアは仕方無く口に含むと咀嚼する。
こんなやり取りがずっと続いていた。
常に傍にいるのは護衛として当然だが、妙に距離が近い。食事も休憩も同じテーブルに着き、今のように餌付け感覚で食べさせられたり、リィーアの個室が王子の部屋の隣に用意されてたりと、どう見ても特別扱いなのが拭えない待遇。
リィーア自身の美貌も手伝い、王子の男妾的な噂が周囲で流れされる始末だ。
戦場に女性は連れていけない。ゆえに高貴な者は、そういった情人を囲う。大して珍しくもないし、子を為せぬ関係なので奥方らも然程気にしない。
その噂を耳にした王子は、最初は酷く憤慨したが、しばらくしてそれがリィーアを守る事に繋がると気づき放置した。
周りの態度が変わり、リィーアを敬う雰囲気が見えたからだ。
王子の情人となれば側室と同じ。隣に部屋を賜るのも当たり前だと。
同じテーブルに着くのも、馴れ馴れしく距離が近いのも不問にされる。そして不埒な輩からも守れる。
これだけ見目が良ければ、いつ何時、無体を強要されるが分からない。位階や身分的にも逆らえない相手が出てくるだろう。
それら全てを、王子の寵愛という肩書きで退けられるのだ。
自分にそういった嗜好はないが、対人恐怖症のリィーアを守るためなら下品な噂もかまわない。
まことしやかに流れる噂を否定せず、むしろ餌付けなどして、その信憑性に拍車をかけ、王子はリィーアを守っている。
そんな王子の心配りも知らず、リィーアは暢気に御茶を啜った。
「そう言えば昨日寝台に毒針仕込まれてたぜ。撤去しといたけど。下働きのメイドらを拘束して詰問した方が良い」
何でもない事のようにさらりと放たれた爆弾発言。顔色を変えて侍従が飛び出していくのを、リィーアが静かに見送る。
枕に鮫肌のよう仕込まれた巧妙トゲ針。ほんの微かなざらつきしか感じないそれに王子が頭を預けていたら、翌日、彼の身体は冷たくなっていただろう。
毎日のようにリィーアは王子の周囲を確認し、些細な違和感も見逃さない。
あらゆる悪意を見抜く彼の鋭敏な感覚には、王子をはじめ多くの側近らが瞠目していた。
「それ、毒入り」
「そこ、壊れる」
常に暗殺と隣り合わせな王子の周囲には、怨念のような悪意がてんこ盛り。あからさまに襲ってくる刺客にも暇がなく、返り討ちにしつつもリィーアは絶句する。
自身の宮から一歩出れば、デンジャラスな魔境と化す王宮。一体、警備は何をしているのか。これにはリィーアも呆れるほかない。
「ガチで殺しに来てるなぁ。ある意味、尊敬するわ」
「母が私の立太子を宣言してから倍になりましたね。もう慣れましたが」
感嘆の声を漏らすリィーアに、王太子は諦め顔で呟いた。
.....慣れんなよ、おい。
リィーアの周囲には常に溢れるほどの精霊がいる。常人の眼には見えないそれらが、リィーアに人の悪意を教えてくれるのだ。
王子は地位と身分でリィーアを守っていたが、またリィーアも鉄壁な精霊の加護で王子を守っている。
御互いに守り守られ、殺伐とした悪意に晒されながらも、二人の王子の日々は平穏に過ぎていった。
「どうして殺せないっ??!!」
暗殺を生業とする黒衣の男を睨み付けつつ、侯爵は唾を飛ばす勢いで怒鳴り付けた。
彼は王家に連なる者。私腹を肥やし、贅沢な日々を送っていたが、突然、騎士団から警告を受けたのだ。
「王妃様の命により、貴族らの会計監査を行います。速やかに過去十年の履歴と収支報告を取り纏めておくように」
王侯貴族らにとって、騎士団の言葉は青天の霹靂である。
王弟が即位してからこちら、多くの貴族が怠惰に溺れ私腹を肥やし続けてきた。
如何に帳簿を操ろうとも、納めた税金の倍はある支出を誤魔化す事は出来ない。
誤魔化しても、支払い先の帳簿と合わなくなり、あっさり露見する。
前王の治世で、そういった不正を許さない仕組みは完成されていた。
王弟が監査の手を緩めただけであって、その仕組みは未だに機能している。
調べれば一目瞭然。このままでは地位どころが命すら危ない。
.....一体、何故こんな事に....っ!
なぜも何も貴族らの自業自得なのだが、侯爵は気づかない。
治世を譲り受けるさいには必ず目録を作る。
譲られる物全てに間違いがないか確認されるのだ。資金、財産、国庫は勿論、領地、貴族に至るまで。
領地とは個人の持ち物ではない。国から借り受けた資産である。当然、権利は国にあり、与えるも奪うも国王の采配しだい。
王子の立太子を控え、それらの監査が行われるのは当たり前のことだった。
ゆえにそれを阻もうと、多くの貴族らが刺客が送る。
王太子に向けられる悪意が倍増した裏側は、こんな理由だった。
侯爵と似たような会話が随所で起きていたが、我関せずのリィーア様。
しかしそれとは別の問題がリィーアに浮かび上がっていた。
「森の民?」
「そうです。リィーア様は森の民の血をひいておられるのではないかとの問い合わせが殺到しております」
王子は訝しげに首を傾げた。
森の民の話は王子も知っている。数年前まで王都にも彼等はいた。
しかし、彼等の長の娘たる前王妃が処刑されて以来、森の民が樹海から出てくることはなくなってしまったのだ。
国の祭事を取り仕切る彼等が現れなくなったことで、あらゆる儀式が滞り、国民は困窮していた。
子供らは精霊の加護や祝福を得られず、無償だった治癒院は閉院され、大地も痩せ始めた。
結果として王妃は他国から奪うことを決め、戦争を始めたのだが、それも芳しくない。
全てが悪い方へと傾いている。
考え込む王子に、執事は話を続けた。
「もし、リィーア様が森の民の縁者であらせられるならば、是非とも仲立ちを御願いしたいとの事です」
それを聞いた王子は、辛辣に眼をすがめる。
.....王家と森の民との軋轢にリィーアを放り込みたいと言う事か。
森の民は非常に結束が高く情に篤いと聞く。ゆえに王妃が喪われた後、王家に見切りをつけ、見離したのだ。
精霊王に守護された一族を敵に回して生き残れるはずもなく、ガウス王国は緩やかに滅びるのだろうと誰もが思っていた。
たとえ滅びるとしても、今すぐの話ではない。
それまでは王族として民を守らなくては。そう心に決めていた王子だが、そこにひょっこり現れた見目麗しい少年。
飛び抜けて美しい彼が、精霊王に愛される森の民だと言われても、誰もが納得するだろう。
さらには前王妃を知る者らが口を揃えて言うらしい。
彼は前王妃にそっくりな面差しだと。
髪や眼の色は違うが、他人とは思えない。間違いなく森の民の長に繋がる縁者だろうと。
彼が懇願すれば森の民も幾ばくかの情けをかけてくれるのではないかと。
つまり国のためにリィーアを利用したいと言うわけだ。
.....真偽は定かでない。まずは本人に確認せねば。
リィーアを利用する気は全く無い王子だが、問い合わせを無視する訳にもいかない。
呼び出されたリィーアは、質問に対し眼をしばたたかせる。
「知らね。森の民? 会った事もないけど?」
真ん丸目玉で呟く彼に嘘は感じられない。嘘ではないのだから当たり前だ。
「しかし、その美しさは常軌を逸しております。間違いなく精霊王の御加護を御持ちですよね?」
さらに問う執事を冷たく一瞥し、リィーアは吐き捨てるように答えた。
「加護の詳細は秘匿するものだ。尋ねるなど言語道断だろう。そんな礼儀もわきまえていないのか?」
その通りである。
直接的な能力に反映する御加護や祝福は個人の秘密。婚姻し伴侶となる者以外は血族にしか知らせないものだ。
思わず口にした無礼を咎められ、執事は沈黙した。
「では、貴方は森の民とは関係ないと言う事ですね?」
「直接的にはな」
何かを含んだ物言いに、王子は眼を細める。
その物言いたげな瞳を一瞥し、リィーアはさっくりと答えた。
「俺は母親を知らない。亡くなった親父から聞いた話では、王弟が起こした暴動に巻き込まれて死んだらしい。親父は多くを語らなかったが、その頃は王都で暮らしていたと聞く。生まれたばかりの俺を連れて辺境の村に移り住んだらしいから、その母親が森の民に連なる者な可能性は無くはない」
偽りは真実に混ぜるもの。
己の姿形は誤魔化せない。だから、森の民に繋がる可能性はあるとリィーアは薄く仄めかした。
あくまで薄く。確実性のない事象に人は興味を持たないから。
その答えに得心顔で頷く王子と反対に、侍従の顔からは、みるみる熱量が失われていった。
その比例にほくそ笑み、リィーアは安堵に胸を撫で下ろす。
しかし、彼は知らなかった。そんなあやふやな事象であろうとも、取りすがりたい人々がいたことに。
後日リィーアは、王宮に来てしまった事を心から後悔するのである。
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