逃げの一手で生き残るっ! ~チケット頼みの無理ゲー~

美袋和仁

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 それでも地球は回ってる

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「ぎゃあああぁぁーーーっっ!!」

 突然ゲーム回廊を劈く悲鳴。

 誰もが目を凍らせたまま、溶岩に焼け焦げ溶けていく男性を凝視していた。
  プレイヤーは知らないが、今日はゲーム最終日。
 地球の人々が固唾を呑む中で、いきなり起こった惨劇。

 何が起きたのか分からず、ゲーム回廊の中は騒然となる。

『なんで.....? おいおい、開幕、運がないにもほどがないか?』

『いまさら、サイを拒絶したわけじゃないよな?』

『.....運がない? .....だけか?』

 大きく喉を鳴らしつつも別の誰かがサイを振ったようだ。結果、再び轟く悲痛な叫び。
 今度は海の空間。狂暴なサメが三匹同居する、ブラックジョークのような空間に投げ出されてしまった誰かは、瞬く間に肉片と化していく。
 海水に混じった夥しい血液。それを信じられない面持ちで見据え、プレイヤー達は戦慄した。

 なぜだか分からないが、今日は即死空間に転移してしまうのだと察したからだ。誰もがサイコロを握りしめたまま動けない。

 そんなプレイヤー達を愉しげに見つめ、ゲームマスターが揶揄するような声で呟いた。

《振らないのか? 拒否とみて良いのだな?》

 さも嬉しそうな低い声。

 サイコロを固く握り、正志は奥歯を噛み締める。自分でも驚くほどの怒りが腹の底から沸き上がった。

 .....なんだよっ! 結局は力業かよっ!! どうせサイの出目でも操ってるんだろっ?!
 .....俺らがゲームを放棄するような動きを始めたから.....っ!!
 .....俺が悪かったのか? 俺が勝ち筋なんかを見つけたから..... 皆を唆したから.....

 今にも泣きそうなほど、くしゃりと顔を歪め、正志はどうすれば良いのか分からない。このままでは多くの命が失われる。
 サイを振っても振らずとも死が待ち受けているのだ。最低最悪のバッドエンド。

 シン.....と静まり返るゲーム回廊は、筆舌に尽くせぬ絶望で満たされた。

 .....と、ザックを両手で握りしめる正志の耳に懐かしい音がした。

 カサっと聞こえる紙独特の音。懐かしいというほど前でもないのに、なぜか心に沁みた不思議。

 しかしそこで、再び少年の眼が見開く。

 .....これだっ!!

「チケットだっ!! みんなチケットを購入してくれっ!!」

 叫びながら、件のチケットを振り回す正志。

 それを見て、知る者は即座にチケットを購入し、知らぬ者にも誰かがチケットのことを教える。
 正志の考えに賛同せず、好戦的だったプレイヤーの殆どはチケットの存在を知らないからだ。そんな人々の元へと跳んだプレイヤーらがチケットの説明をする。
 物品のトレードは可能だった。あとは足りないだろうポイントを稼がせようと、正志は手持ちのアイテムを全て石板に売り払ってみせた。
 それを見た者らがまた、それに気付いて、知らぬ者へ説明する。
 中には話を信用せず抗う者もいたが、そこは人海戦術。事を察して飛んできた複数人で無理やり武装を剥ぎ取り、売り払わせた。
 どうしてもポイントが足りなさげな者には、余裕ある者がアイテムを与えて稼がせる。

 それもこれも、今まで正志が教えてきたから。自分が手に入れたアイテムをチャグに渡して売り払わせ、ポイントを稼がせる方法を見たダニエルが、他のプレイヤーにも教えていたのが功を奏す。
 阿吽の呼吸のように動き出したプレイヤー達。誰も出し惜しみなどしない。

 あらかたチケットが行き渡った頃、プレイヤー達が真剣な面持ちで正志を凝視する。

 彼等は知っていた。少年が見つけたこのゲームの勝ち筋を。秘匿もせずに周りのプレイヤー達へ教えてくれたことも。
 言葉が通じなくても諦めず、多くのプレイヤーに襲われながらも、食糧などの物品を配り、細々助けてきてくれたことを。
 それが無くば、今頃このゲーム回廊は血の海だった。殺し、殺され、人としての矜持を失い、誰もがケダモノに変貌していただろう。

 だから彼等に正志を疑う選択肢はない。あれだけ必死なのだ。きっと何かある。

 そう物語るプレイヤー達を見渡し、正志はサイを投げた。
 ひっと息を呑み、驚愕に眼を見開く周囲のプレイヤー。

 .....百聞は一見に如かずだ。元々言葉の壁は高いんだから、やって見せた方が早い。

 そうしてサイを振った正志が転移したのは溶岩の空間。初日に起きた惨劇の場所。即死空間に落ちていく少年を見て、絶叫を上げる周りの人々。

 だが、正志は怯まず叫んだ。

「『ルン』っ!!」

 .....と。

 当然、彼は溶岩に呑み込まれることもなく、別の空間へ移動する。
 唖然と事を傍観していた人々に、正志は両手で大きくサムズアップして叫んだ。

「OKっっ?!」

 一瞬の間をおいて、怒涛の歓声が上がる。

 OK!!っと眼を煌めかせて、サイを振りつつ、次々転移していくプレイヤー達。



『ほんと、君って奴は.....』

 はにかむような笑みを浮かべながら、サイを振るダニエル。



『.....馬鹿だったな、俺は』

 複雑な心境でサイを振る白人男性。彼は、前にハルバートで正志を殺そうとした男だ。

 身なりの良い子供だと思った。きっと恐怖で心休まらぬ生活なのだろうと。だから見逃してやった。
 だが、少年は多額のポイントを所持しており、彼は混乱したのだ。
 ゲームポイントを得るには、運良く何かがある空間へ転移するか、他のプレイヤーを倒すしかない。
 だから、この少年がおぞましい化け物に見えた。一体何人殺したのかと。
 か弱く見える子供。その見てくれを利用して、よほど狡猾に大人らを騙したのだろうと。
 このままでは自分が殺される。切実にそう感じた。逃げられたことに憤慨すらした。

 しかしその後、彼は別の者から不可思議なチケットの事を伝えられる。
 ゲームポイントを消費して転移出来るチケットの話を。しかも、転移した先には必ず換金出来るアイテムがあり、暮らすに困らなくなると。
 正直、眉唾だと彼は思った。.....が、物は試しだとチケットを購入し転移してみたところ、それは現実となったのだ。
 驚嘆しながらも、これで生き残れると心から神に感謝した彼の脳裏に、ふと妙な既視感が過る。

 そして愕然とした。

 前に自分が殺そうとした東洋人の少年。その子供が伝えようとしていたことと同じではないか。
 チケット。ワープ。それに必要な一万ポイント。
 全てが、あの時の少年が伝えようとしてきたことと一致する。

『俺は.....っ!』

 気づいた真実に顔を強ばらせ、己の浅慮を深く呪った彼。

『謝罪せねば..... させてくれるだろうか』

 チケットで転移した白人男性は、跳びはねて喜ぶ正志を、切なげに眺めていた。

 悲喜交々を織り交ぜ、殆どの人々がサイを振り終わった頃。
 ゲーム回廊の空が割れて数人の巨大な人間が顔を出した。
 まるで壺の中でも覗き込むかのように上半身だけが見える。
 思わぬ光景を、あんぐりと口を開けて見上げるプレイヤー達。

《この結果は予想していなんだな。まず、勝ち筋の存在が明らかにされるとは思わなかった。しかも、あんな序盤に》

 はっとプレイヤー達が正志を振り返る。

 その通りだ。この少年が、あの勝ち筋であるチケットを見つけ、周りに周知してくれねば、この状況を打開も出来なかった。

 ゲーム回廊に流れる、そこはかとない安堵と心からの感謝。それを一瞥し、ゲームマスター達は声高に笑った。

《完敗だ。約束なので、今回は見逃そう。次を楽しみにしておるよ》

 そういうと空の亀裂が閉じ、呆けたままな正志が空から顔を下げた時、そこは拐われた街中だった。

 雑踏が横切り、車の騒音が耳を擽る。

 .....帰って.....きた?

 眼を見開いて辺りを見渡す少年。それに気づいた誰かが大きく声を上げる。

「おい、あんたっ! 配信の高校生じゃねーかっ?!」

 一瞬、水に打たれたかのような静寂が周りを満たしたが、次の瞬間、雄叫びを上げるように人々が絶叫した。

「頑張ったなぁ、おまえーっ!!」

「すごいよ、よくやってくれたっ!」

 駆け寄る男性を皮切りに、次々と囲む人々でもみくちゃにされる正史。

 まるで英雄のごとく歓呼で迎えられ、侵略者のゲームを打ち勝ち、地球を救った彼は一躍時の人となった。

 そして詳しく調べたところ、死んだと判定されたプレイヤーも、実は生きて地球に戻されていたと判明し、思わず破顔する正史。

 一方的な侵略は終わり、彼等は約束を守ったようで、気づけば大空を塞いでいた宇宙船も消えていた。
 いきなり訪れた人類存亡の危機は、こうして大団円で幕を閉じたのである。

 世界中で繰り広げられる歓喜の様子を見ながら、侵略者どもは、うっそりと嗤っていた。



《今回は滅ぼせませなんだな》

《存外、手強い。ソドムやノアの時のようにはいかぬか。まだまだ人間も見捨てたモノではないかもしれん》

 侵略者の皮をかぶり、人類に終末を迎えさせるためゲームで遊んでいた神々達。

 もちろんパンドラよろしく、一縷の希望は隠していた。
 だがその勝ち筋に気づける者がいようとは。

 そう。神々の仕掛けた、このゲーム唯一の生存方法は、戦わずに《逃げる》である。
 チケットの存在に気付き、逃げ回れば必ず生き延びられる仕様になっていた。最後の審判である煉獄の空間に投げ込まれても、チケットがあれば抜け出せる。

 けっこうガチで殺しにかかっていたのに、少し裏切られた気持ちの神々達。

 もちろん、良い意味で。

 こうして聖書に記された終末を無意識に撃退し、人類は再び神の赦しを得た。

 後に正史は、このゲームのことを文章に書き起こして出版する。

 そのサブタイトルが、~暇をもて余した神々の遊び~ .....だったことに、天上の本人達は苦笑い。

《面白い人間だ》

 うっそりとほくそ笑む神々の掌を駆け回りつつ、今日も地球は元気です。

    ~了~




 ~あとがき~

 はい、お粗末様でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 続編の予定はありませんが、同級生の和ちゃんや、親しくなったプレイヤー達とか、消化不良な部分を気まぐれにエピソードとするかもしれません。そんなとこですかね。
 ネタバレになるんで却下されたサブタイトル、~暇をもて余した神々の遊び~、これにて完結。正史の本に使わせてもらって満足なワニがいます。

 では、また別な作品で御会い出来る幸運を願って。さらばです♪

 By. 美袋和仁。
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