逃げの一手で生き残るっ! ~チケット頼みの無理ゲー~

美袋和仁

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 チケットの本領 ~後編~

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「.....これが命綱だな」 

 運良く..... 多分に力業だが、数万、あるいは数十万を常に手に入れていた正志は『ルン』のチケットを複数所持していた。
 これは使うとポイントを引かれる仕組みなため、ゲームポイントがあれば幾らでも所持可能。
 どうやら勝ち筋にのった少年のゲームモードはイージーを通り越してチュートリアルにまで下がったようだった。
 思わぬ穴掘りまでしてしまい、空腹を覚えた彼は、少し贅沢して出来立て弁当という物を購入する。ゲームポイント三千と割高だが、今の正志の懐には数百万ポイントが唸るようにあった。

「これも..... 不思議だよなあ。弁当とか。日本でしか売られてないだろうに」

 カタログには定番な和洋中の他にも、エスニックなど色々な料理が用意されており、雑貨や衣服にも地球の文明がこれでもかと反映されている。
 奴らが地球外生命体で侵略者だというのなら、ここまで地球の文化や生活に詳しいのはおかし過ぎる気がした。

 .....それだけ慎重に地球を調査していたのか? いや、奴らは人類虐殺を明言したんだ。一方的な蹂躙を行える力がある。調査なんておざなりで済むはず。
 .....なのに、なんで?

 答えの出ない疑問を頭から振り払い、正史は温かな弁当に顔を弛めた。
 普段はあまり贅沢をしない正志だが、今日は死体のショックで背筋が寒い。どうしても暖かいご飯が食べたかったのである。

「いただきます」

 両手を合わせて弁当の蓋を開ける少年。

 そして彼は、どこからか視線を感じ、箸を止めた。

 何気に、ふと顔を上げた正志は見つける。斜め上から自分を凝視する誰かを。
 空間を覆う透明な膜に張り付き、涎を垂らさんばかりな顔で、こちらを切なげに見つめる男性。
 結構、立派な装備や武器をつけているが、それにポイントを注ぎ込んでしまい、食に回す分が足りなくなったのだろうと見て取れた。
 ふはっと小さく笑い、正志は何度もチケットを使ううちに気づいた別の効用を行使する。

「.....自分から右上四十五度、距離十メートルほどへ。『ルン』!」

 そう。大まかな場所を設定して、『ルン』と唱えると、その場所が安全な場合に限り、チケットは正志の望む場所へ跳ばしてくれる。
 このチケットは、ゲームポイントがあれば何枚でも使え、さらには大まかな座標を設定すると、そこが安全なら発動してくれる。
 起死回生の一手どころが、超便利アイテムだったのだ。

 上から見つめていた男性は、突然消えた正志に眼を見開き、次の瞬間、肩を叩かれて飛び上がった。

「あ~ can you speak Japanese? or English?」

 いきなり現れた正志を鋭く睨み付け、大柄な白人男性は脇に挟んでいた槍を構える。
 ぎらりと正志を見据える警戒心全開な瞳。

 .....駄目か。

「OK OK you eat 、please eat」

 通じないようだが片言の英語で話しかけ、正志はそっと弁当を男性の前に置くと、相手を脅かさないよう、ゆっくり離れた。
 どのくらい食べていなかったのか。男性は顎が揺れるほど大きく生唾を呑み込み、遠ざかった正志を警戒しつつも、置かれた弁当に手を伸ばした。
 そして一口食べて絶句し、しばし咀嚼した途端、手掴みでかっ込むように弁当を貪り食う。
 半べそで食べる男性は警戒心も槍も放り出して、ひたすら口にご飯を詰め込んでいた。淡く伸びた無精髭に引っ掛かる米粒。

 それを何とも言えない眼差しで見つめる少年のことなど、すっかり忘れて。

 置かれた弁当を綺麗に平らげ、人心地ついた男性は、はっと周りを見渡す。
 槍まで手放して、放心していたのだと気付き、彼は顔面蒼白。いつ相手に殺されてもおかしくない油断っぷりだった。
 だが、大して広くもない岩場の空間に正志の姿はなく、訝しんだ男性がウロウロすると、石板の辺りに何かが置かれているのに気づいた。
 そこにあるのは多くの食料と水。サプリやスポーツ飲料も置かれ、御丁寧なことにザックまで用意してある。

 愕然と顔を凍らせた男性は、ヘナヘナと頽れた。

 .....神か?

 くしゃりと顔を歪め、しゃくり上げるように嗚咽を溢す男性。
 彼には何が起きたか分からない。いや、実際には理解しているが、信じられないのだ。

 斜め下の空間で食事をする少年。もう、三日も食べておらず、水すらなく、意識の朦朧とした男性は、食い入るように彼を見つめてしまった。
 少年がこちらを見上げているのにも気づかず、男性の視線は彼の持つ食べ物に固定されている。
 そんな少年が突然消え、気づけば自分の空間におり、驚きのあまり言葉を失った。
 だが、ここはデス・ゲーム。油断してはならないと思ったものの、目の前に食べ物を置かれ、それを口にした途端、言葉だけでなく我をも失う。
 程よい甘辛さの野菜や根菜。魚の切り身も良い塩梅のしょっぱさで、久しく口にしていなかった動物性の脂が臓腑に染みる。
 白米も甘く解れ、口内調味のオカズとベストマッチ。溢れる涙と鼻水で呼吸困難になりつつも、男性は夢中になって食べ続けた。

 .....そして我に返った時、少年は消えており、残されていたのは大量の食糧。

 この意味が分からないわけがない。

『救われた..... おおぉぉぉ!』

 恥も外聞もなく号泣する男性。

 それを少し離れた位置から眺め、安堵に胸を撫で下ろす正志。

「偽善だけどさ。食い物に綺麗も汚いもないよな.....」

 男性と少年の細やかな交流を見守っていた地球世界。
 空間を自由に転移する正志に、世界は驚愕の目を向ける。

『どういうことだ? バグかっ?』

『何か不正をしているのでは? 日本に問い合わせをっ!』

『違う、彼は不正などしていない。これは日本の配信だが、ほら、何か紙を購入しているぞ?』

 こうして世界中から注目を浴びる男子高校生。

 日本側の説明で彼の掴んだ勝ち筋の存在を知り、世界中が唖然としたのも御愛嬌。
 
 何とか他のプレイヤーにも知らせられないかと、大騒ぎする世界の混乱も知らず、正志は今日も異空間を飛び回る。
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