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 勝ち筋 ~前編~

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「取りあえず、カタログを確認しておこう」

 ベソベソと啜り泣きながら、正志は石板のページをめくる。
 物騒なアレコレを目にして、さらに落ち込む彼の心。ある意味、己を追い詰める愚行でしかないのに、なぜかページをめくる手を止められない。これも文系の性だろうか。

 剣..... 槍..... 重火器..... こんなん使える気しねーよ。ってか、使いたくないよぉぉぉ! めちゃ高ぇしっ!!

 単純なロングソード一本で一万二千もする。これが高いのか安いのかは分からないが、少なくともカタログに表示されたポイント五万から見たら間違いなく高い。
 これからどれだけこのゲーム回廊で過ごすかも分からないのだ。少なくともポイントの半分以上は残しておきたい少年。
 超文系な彼は運動がからっきしだ。誰かに出会ったら逃げるほかないので、正志は逃げるための準備を始める。
 この世の終わりのようにさめざめと涙にまみれ、彼はぎこちない指でページをめくり続けた。

「まずは装備。ブーツと..... 手袋。あとは.....鎧? うわ、鎖帷子でも重量十キロもあんのかよ、そんなん着て動けるわけねーわ」

 カタログの商品は懇切丁寧な説明つき。どんな大きさと重量か。どのように使うか。これを一読しただけで、素人でもとょっとした専門家になれそうなくらいな詳細が載せられている。

 眼を白黒させながら、結局カタログを最後まで確認した正志は、ふと場違いな商品を見つけた。
 これにだけ、なんの説明もない。

「.....チケット?」

 目立たない薄い黄色の文字。チケット・ルンと書かれていたそれは、意識してガン見しないと目が滑ってしまいそうなほど存在感がない。しかも御値段0円ときた。
 まるで詐欺の常套手段のように隠された巧妙な一文を発見し、正史は猜疑心全開で訝しげに見つめる。
 
「.....どういうこった? 罠か? いや、罠なら、もっと目立つ場所で人の眼に触れるよう記すよな? うーん」

 しばし悩んだ彼だが、どうせ明日をも知れぬ身の上だ。ひょっとしたら何かの役にたつかもしれない。
 そう無理やり楽天的に思考を誘導して、結局彼はチケットを手に入れた。
 当たるも八卦当たらぬも八卦。こんな怪しいモノに手を出すなど自殺行為かもしれないが、ゲームであれば、こういうモノこそ起死回生の一手だったりもする。
 楽観的にも程があると自嘲じみた笑みを浮かべ、彼は買い物を続けた。
 他にも丈夫そうなザックと、あとは胸当てと肘当て膝当て。他にも薄手の綿毛布などを慎重に考えて購入する。

「んと..... あ、食べ物も要るな。水も。お、サプリとかもあるじゃん、買っておこう」

 ポチポチと正志がカートに入れた商品は、決済した途端、石板横に現れた。
 どういう理屈かなんて、もはや考える気力もない。こんなゲーム空間を造れる奴等に地球人の一般論など通じるわけがないのだから。
 幸いなことにカタログには最初からゲームポイントが五万入っていた。それを使い、一応の準備をした正志は、購入したお握りを無意識に食べる。
 緊張が味覚をも固めてしまったかのようで味がしない。それでも体力温存のためにモソモソと咀嚼し、無理やり胃の腑に押し込む正志。

 .....なんで、こんなことに。

 ぐしぐしと涙を掌で拭い、正志は購入した薄い綿毛布をかぶって眠る。
 ここまでで一万ほどのゲームポイントを彼は使っていた。残りはあと四万。
 武器は購入しても使える気のしなかった正志である。だから、一応の道具としてサバイバルナイフを手に入れておいた。
 これを人間に使わずに済むよう祈りつつ、彼は疲れも手伝って、泥のような深い眠りに落ちていった。

 それを配信で見守る地球の人々。

「.....死なないで、正志」

 スマホ画面から眼を離せず、女子高生は祈るように無機質な電子機器を額づけた。

 彼女の名前は末永和。正志と同じ学校に通う同級生で、同じく文芸部。
 物静かで大人びた彼に、微かな憧れを抱いてもいる。
 そんな正史を襲った、いきなりの災難。.....正確には地球を襲ったなのだが、そんなことはどうでも良い和。
 彼女の頭の中は、正志の安否で一杯である。

「死なないで..... 正志を無事に返してください、神様」

 切実な彼女の祈りは神々に届いたのだろうか。和は、なぜか神々が嗤う声を聞いたような気がした。

 そんなことを知りもしない正志は、翌朝、けたたましいベルの音で叩き起こされる。
 何事かと飛び起きる少年。それは別の空間の者らも同じだったようで、ざわざわとした喧騒がゲーム回廊を満たしていた。

 そして響く荘厳な声。

《おはよう、諸君。いきなり寝込みを襲われても困るだろう? なのでサイを振る前にベルを鳴らす。これで起きなかった者は運がなかったということで》

 あのけたたましいベルで起きなきゃ、そりゃ運がないとしかいえない。
 寝惚け眼を一気に覚醒させ、正志は毛布やらを片付けて身支度を整える。
 万一、ここに誰かが転移してきたら、速攻でサイを振って逃げ出す作戦だ。
 その先にもプレイヤーのいる可能性はあるが、可能性の段階で怯むわけにはいかない。
 少なくとも目の前に現れたプレイヤーは問答無用で正志を攻撃するだろう。それより、安全地帯かもしれない他の空間へ転移する方が万倍マシである。
 
《さあ、サイを振りたまえ》

 さも愉しそうなゲームマスターの声。

 ごくりとサイを握りしめた正志は、突如轟く悲鳴を耳にして思わず飛び上がった。どこからか悲痛な絶叫が辺りに谺する。

 何事っっ?!

 慌てて周囲を見渡した彼は、昨日確認した空間の一つで異変が起きているのを目撃した。
 それは例の溶岩が満ちた空間。そこで暴れる物体は焼け焦げ、爛れた顔で正志に手を伸ばしていた。今にも溶け落ちそうに裏返る濁った眼球。
 びたびたと飛びる溶岩の飛沫が膜に当たっては消えて行く。まさに地獄絵図。
 
「ひっっ?!」

 あまりの惨状に眼を凍らせた正志の視界で、その人間だったモノは、呑まれるように溶岩の海に沈んでいった。

 いったい、なにがっ?!

 振ったサイの出目で溶岩空間へ転移してしまったのだろうか? だとしたら運がなさすぎる。

 突然の惨劇にヘナヘナと腰を抜かす正志の耳が、無機質なゲームマスターの声を拾った。

《あ~、今のはサイを振ることを拒絶した者だ。拒絶=即死エリアへの転移が起きるので気をつけたまえ》

 無機質を通り越して棒読みにも近いゲームマスターの言葉。

 .....そういうことは先に言えぇぇーーーーーっっ!!

 喉元までせりあがった絶叫を根性で呑み込み、何とか正志は立ち上がる。
 だが脚が震えることまでは抑え切れない。
 どうせ、このゲームマスターのことだ。敢えて言わずに、駒達が下手を打つのを愉しんでいるに違いない。

 当たり。と、ほくそ笑む奴等の顔が見えたような気がする正志。遊ばれているのを自覚しつつ、しばらく待ってから彼は思いきってサイを振った。

 .....南無三っ!!

 固く眼を閉じていた彼が恐る恐る瞼を開くと、そこには何もない空間。
 さらりと見渡しても何もない、砂だけの空間である。

 .....砂漠.....かな? 助かったぁぁ。

 安堵しすぎて深呼吸みたいな深い溜め息をつく少年。だが、それも束の間。ご.....っと妙な地響きが走り、その揺れは、しだいに大きくなっていく。

「何が起きて.....?」

 一難去ってまた一難。

 得体の知れない不気味な揺れに、一人戦くしかない正史だった。
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