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怒らせてはいけない人々
しおりを挟む「マチルダ公爵令嬢。そなたとの婚約を解消します」
荘厳な大広間に響く高い声。
新年舞踏会の会場で、王子は哀しげに一人の少女を見下ろしていた。黒髪黒眼の少女は信じられない面持ちで彼を見上げる。
今日という晴れ舞台のために父が拵えてくれたドレス一式。緩く結われた曾祖父譲りの黒髪を無意識に撫でながら、彼女は漆黒の瞳を淡くけぶらせた。
少女の生家たる公爵家は、ある功績によって成り上がった家系なためあまり歴史がない。それで娘が辱しめられぬよう、父親はとびっきりの衣装を店に注文した。
そのドレスが重く感じる。ネックホルダーの青いマーメイドラインドレス。プリンセス系が主流の社交界では、やや異質なドレスである。
これも父がデザインしてくれたモノだ。
マチルダは女性にしては背が高くガッチリしていて、ふんわり柔らかなドレスが似合わない。
懊悩する娘に、父はサラサラとドレスをデザインして、こんなのはどうだ? と勧めてくれた。
肩の出る奇抜な衣装だが、ショールを纏うことで、それは解消される。色目を王子の瞳から頂いて完成させた、すこぶるつきなドレスのはずだったのに。
きゅっと扇を握りしめ、マチルダは王子に向かって口を開く。
「なぜなのか、理由を御尋ね出来ますか?」
匂い優しい白百合のごとく凛と佇むその姿。きりりとした神妙な面持ちが、真っ直ぐな黒髪を緩く編み上げた彼女の艶姿をさらに引き立たせた。
しっとり優雅なマチルダに魅せられ、周囲は視線を外せない。
そんな彼女を眩しそうに見つめ、王子は声を荒らげることもなく淡々と説明する。
いわく、マチルダの悪い噂が社交界を席巻していること。あまりに悪評が大きくなりすぎたため、王家としても看過は出来ないこと。
慎重に調査を重ね、それが事実であると判明したので今回の婚約解消になったこと。
噂の内容は、マチルダが淑女らしからぬ振る舞いをし、やたら下級貴族を虐げるわ、男と見れば媚を売り、しなだれかかるわと、その先に秘密めいた逢瀬があったかのような話。
つまりは、身分の低い者らを虐め、他の男と浮気にいそしむ悪女だとの噂である。
聞いていた周りの貴族達が、あからさまに眉をひそめた。
「.....事実と判明?」
唖然とするマチルダ。もちろん、彼女には全く身に覚えがない。
「大勢の目撃情報が寄せられてね。証人も沢山いるんだよ」
「証人.....? いったい、どなたが?」
聞かれて逡巡する王子を余所に、一人の御令嬢が人垣から一歩前に出た。
「わたくしが、その内の一人ですわ。マイヤーズ伯爵が娘、リナリアでございます。お見知りおきを」
証人の一人だと宣言する少女。恭しいカーテシーを決める金髪の彼女に、マチルダは見覚えがあった。
ふんわり柔らかなウェーブの髪と翡翠色の瞳。まるで砂糖菓子に飴がけの糸を纏わせたかのように甘い雰囲気のある娘だ。
彼女は貴族学院の下級生で、やたらと王子や他の高位貴族令息に纏わりつき、周囲の学生達から顰蹙を買っている。
マチルダはもちろん、他の女生徒からの受けも芳しくはない。
「あなたが見たと仰るの? わたくしが誰かを虐めていたとか、不埒にも殿方と密な関係を持っていたとか?」
にっと口角を上げ、リナリアは勝ち誇った顔でマチルダを睨めつけた。
「左様でございます。だって、わたくしこそが、貴女に虐められていたのですから」
「え?」
マチルダは、思わずマジマジと相手を見据える。
だがそんなマチルダを気にした風もなく、リナリアは立て続けにあれやこれやと嘘八百を並び立てた。
そんな彼女の熱弁に賛同するかのような声が周りの貴族達から次々上がり、あっという間にマチルダは四面楚歌へと追い込まれる。
興奮気味な大広間を一瞥し、王子は困ったように眉を寄せて、とつとつと言葉を紡いだ。
「こういった事情なのだ。出来れば内々に婚約を解消したかったのだが、王家側に瑕疵がないことをしっかり釈明した方が良いとの結論にいたり、今ここで婚約を白紙にさせてもらうことになった」
苦し気な顔で話す王子。
彼との付き合いは婚約してから五年ほどだが、上手くいっていると思っていた。
穏やかで優しい王子と、恋のように激しくはないが、慎ましやかな信頼と情を育てていけていると思っていたマチルダ。
なのに蓋を開けてみれば、このていたらく。
彼はマチルダのことなど欠片も信じてはくれない。今回のことを尋ねることさえしなかった。
大きな失望が彼女の胸中を過る。
「事実無根にございます。ですが、もう答えは出ているのでございましょうね」
悲痛な面持ちで笑うマチルダを見て、王子の心がざわめく。
彼も良い関係を築けていると思っていたからだ。優しく思慮深い彼女が、よもやこんなことをやらかそうとは青天の霹靂だった。
当然、王子はマチルダを問いただそうとしたが、目の前のリナリアや他の貴族達に止められる。
言い訳を聞く必要はない。こうして多くの証人供述が集まっているのだから、外堀を埋めて突きつけてやれば良いと。
この新年パーティーでの婚約解消も彼等の提案だ。どちらに非があるのか周知し、皆に知らしめるべきだと。
しかし王子は迷う。本当にこれで良かったのだろうか。
ぽつんと立ち竦むマチルダの姿に、彼の心が罪悪感で蝕まれていく。
はやこれまで。マチルダは、周りの貴族達に嵌められたのだと覚った。
反論も釈明も無意味だろう。奴らは一丸となり、マチルダの冤罪を捏造する。証人や証言も嘯き放題だ。勝ち目はない。
「.....お爺様に申し訳ないわね」
胡乱に眼を泳がせ、彼女は天を仰ぐ。
マチルダの家を公爵家とした御先祖様。何があったのか周りに詳しく伝えられていないが、この国の未曾有の危機を救ったとだけ周知されている。
そこから興された公爵家には、代々ある力が継承されて来た。それを使えば今回の濡れ衣をはらせよう。
しかし、その力は諸刃の剣。使ったが最後、世界の悪が滅びるまで止まらない。
自分ごとき一令嬢の進退のために使って良い力ではなかった。
《勇者の系譜》
これがマチルダの家に添わされた渾名である。
その昔、何百年以上前。世界は魔族の脅威に脅かされていた。
広大な樹海を棲み家とする魔族どもは猛威を奮い、人間を奴隷や食料として狩っていたという。
それをとどめ、魔王らを懲らしめて世界に平和をもたらした勇者。この勇者こそがマチルダの祖先である。
どこか別の世界より召喚されたという勇者は、女神様から特異な能力を授けられていた。
魔族との戦いを終わらせるに足る強大な力を。
その片鱗が子孫たるマチルダ達にも継がれているのだ。片鱗ですら、途方もない力である。それを考えると、始祖はどれほどの実力者だったことだろう。
ぶるりと背筋を震わせ、彼女は深々とカーテシーをすると王子に暇を告げる。
これが両親や兄達に知れようモノなら、ただでは済まない。マチルダの家は伊達に《勇者の系譜》と呼ばれているわけではいないのだ。
前述したように、勇者の異能は欠片でも脅威的な力で、父公爵を筆頭にマチルダの家族は一人軍隊と称されるほどの実力を持つ。
文字通り一騎当千。勇者の血の薄まった兄らですら、一撃で数十を吹き飛ばし蹴散らせるのだから。
.....さらに、我が家は爆弾を抱えてるしね。樹海の二人が出てきたら世界が終わりかねないもの。ここは素直に引き下がった方が良いわね。
ふぅっと小さな嘆息をつき、マチルダは王太子へ深々頭を下げた。
「畏まりました。わたくしの婚約は白紙。そのように父へ申し伝えておきます」
そそとした淑女の形を崩さないマチルダを静かに見つめ、国王と王子は鷹揚に頷いた。
だがそこに空気を読めない馬鹿野郎様が声を上げる。
「なぜですか? 断罪はございませんのっ? わたくしは、とても辛くて怖い思いをしたのですわっ! 謝罪の一言くらいあっても宜しいのでは?」
金切り声を上げるリナリアに呼応し、他の者達もボソボソと呟き始めた。
「たしかに。これだけの醜聞なのに。なにも御咎めなしとは.....」
「勇者の系譜というが、何処まで本当なんだか。眉唾にも程がある」
「そんなカビの生えたような昔話一つで公爵なのだから。自称勇者とやらは、上手くやったモノだな」
聞こえよがしで不躾な罵詈雑言。耳を塞ぐわけにもいかないマチルダだが、ここに来てようやく貴族らの真意を理解した。
彼等は、祖先の功績で公爵となった我が家を酷く疎んでいたのだ。代々、王家と婚姻を結ぶ勇者の系譜が目障りだったのだろう。
だから結託して、マチルダを陥れるべく陥穽を設けた。
.....くだらない。
自嘲気味な笑みをはいたマチルダだが、やにわ、その耳を轟音が劈いていく。
王宮の建物が揺れ、天井のシャンデリアが危険を感じるほどガシャガシャと耳障りな音をたてていた。
そこここから上がる小さな悲鳴、何事かと慌てふためく人々。
そして次の瞬間、信じられないモノを視界に入れ、誰もが絶句する。
よくよく見渡してみれば、大広間真後ろの扉が破壊され土煙を上げているではないか。
もうもうと漂う土煙の中から現れたのは一人の男性。
「私を遠征に出した隙にコレですか。陛下?」
そこに現れたのはマチルダの父、現公爵である。
背を覆うほどの赤髪を緩く一つ結わきにし、薄く弧を描く切れ長な眼が印象的な人物だ。
年の頃は三十にも見えないが、実際は五十過ぎ。遅くに授かった一人娘を眼に入れて持ち歩きたいくらい溺愛している。
ああああっ! なぜに御父様がっ!!
狼狽えるマチルダよりも、さらに狼狽したのは国王陛下。彼は公爵を遠征に出し、その隙に全てを終わらせるつもりでいたのだ。
事情が事情だ。婚約解消は致し方ないものの、マチルダには第二王子を婚約者として新たにあてがい、勇者の系譜と王家の婚姻を成就させるつもりだった。
そこまで話を持っていくのに、娘溺愛な公爵が障りになると案じ、国王はあえて遠ざけるために遠征を命じたのである。
実際、やってきた公爵は酷薄な笑みを浮かべて夜会会場全体を見渡していた。どこの誰がマチルダを嘲り、貶めたのか確認中なのだろう。
公爵のギラつく獣のような双眸が、舐め回すごとく周囲に辛辣な眼光を放っている。見る者を震え上がらせる極寒の視線。
「そちは辺境の警備に行っていたはずでは?」
驚き狼狽する国王を鋭く一瞥し、公爵は愛娘の横に立った。
「勇者様が迎えに来られましてね。マチルダの窮地だと。なので、そのまま連れてきていただいたわけです」
ぎょっと眼を見開く国王と王子。
周りの貴族らは意味が分からないらしく訝しげな顔をしている。
それはそうだろう。勇者が未だに生きていることは、我が家と王家だけの機密だ。
.....ってことは。ああ、世界が終わる?
愕然と父親を見上げ、マチルダは掠れた声で呟いた。
「.....それって、爺様が降臨なさったってこと?」
「婆様もだ。えらく御立腹でな。うちの子孫に何してくれとんじゃと息巻いておられたわ」
にっこり陽だまりみたいな父公爵の微笑み。如何にも愉快でたまらないという悪ガキみたいな満面の笑みを見て、マチルダは意識が遠退く。
うわああぁぁぁっ!! 万事休すっ!!
そう。かの昔、魔族を蹴散らして魔王を成敗したとされる公爵家の始祖たる勇者は、どこからどう見ても貧弱な一般人だった。
女神様から為すべきことを聞いた彼は、そんなん出来るわけないと泣き叫び、この世界への転生を拒んだらしい。
手足をバタつかせて拒否する勇者にほとほと困り果て、女神様の出した提案が件の異能である。
その異能力は、《女神の天秤》偽りを許さず、悪行を許さず、自覚のない者にも鉄槌をくだす能力だ。
これなら優男な一般人でも魔族と対等に戦えるだろうと。
《女神の天秤》を発動さえすれば、その悪行に応じた鉄槌がくだされるフルオート仕様。
これが伝説に残る勇者快進撃の真相だった。御先祖様は、ただ突っ走るだけで良い。
しかし、息を切らせながら魔王の元に辿り着いた御先祖様は、思わぬ想定外に直面する。
なんと魔王は、まだ年端もいかぬ幼女だったのだ。
魔族を率いていたのは周りの重鎮達。魔王自体は何もやっておらず、《女神の天秤》を発動させても断罪は起きない。
さすがに罪もない幼子を倒すわけにもいかない勇者は、仕方なく魔族らと和解を果たし、彼は魔族が再び悪さをせぬよう樹海に残った。
結果、成長した魔王は、自分を慈しんで父のように兄のように厳しくも優しく育ててくれた勇者に恋心を抱き、めでたくゴールインする。
そして問題が起きたのは、魔王が妊娠し子供が生まれた時。
生まれた赤子は双子で、一人は色濃く魔族の血をひいていたが、もう一人はまるっきり魔力のない人間だった。
どうやら人間と魔族が交わると、どちらか片方の性質しか出ないようだ。
今まで二つの種が結ばれた例はなく、人間な赤子は非力でとても魔族の中で暮らして行けそうもない。
どうしたものかと困惑した勇者は、人間の国に頼み込んで勇者の血族の家系を創ってもらった。
それがマチルダの公爵家である。
当時、勇者に救われた多くの国々は彼に感謝しており、勇者が預けていき、時々様子を見に来る子供達を大切に育てた。
多くは語らないが、勇者はことのほか親密に子供を愛でる。そこから、この子供は勇者の子供。訳あって育てられないのだろうと人々は噂し、彼の公爵家を《勇者の系譜》と呼んだ。
もし万一、また何かしらの困難が起きれば、きっと立ち上がってくれるだろうと期待して。
そういった憶測や悲喜交々も、長い時の流に洗われ風化する。
今では、正しく公爵家の経緯を知る者はいない。王家すら、勇者の系譜を大切にするようにと口伝が残る程度で、十把一絡げな貴族どもなど御察しだ。
そして種族を越えて契りを結んだ二人は、御互いの寿命を共有している。
死が二人を別つまでどころが、二人は命運を共にしているのだ。片翼が墜ちれば、もう片方も墜ちる比翼のように。
魔王の寿命は数万年。当然、勇者の寿命も伸び、彼は樹海に健在である。
己の血族を見守りながら。
「婆様まで.....?」
マチルダの顔が色を失った。彼女が言う婆様といえば、言わずと知れた魔王その人だ。祖母とは別で、血族全てに婆様と親しまれる麗人。父公爵そっくりな赤い髪を持つ女性。彼女の苛烈さは折り紙つき。魔王なのだから当たり前だが。
ここの貴族達は己の死刑執行書にサインしたも同然。
顔面蒼白で唇を戦慄かせるマチルダに、心底困り果てた顔の父公爵が呟く。
「.....勇者に育てられたから、まあ、そのへんの魔族よりは分別あるけど? 婆っちゃの苛烈さは折り紙つきだからなぁ」
他人事のような父の呟きに、マチルダは苦虫を噛み潰す。
なぁ、じゃございませんことよっ! どうしますのっ? せっかく私が堪えて当たり障りないようにしたのにっ!
そして彼女は乾いた眼差しで、じっと父公爵の壊した扉を見据えた。
時すでに遅しでしたわね。あの大扉を破壊した以上、力を隠しおおせるものでもありませんし。
《女神の天秤》の残滓。
行く手を阻むモノを蹴散らす力である。正しく行動しようとする時に限り、公爵家の血筋に発現する力。《言霊》だ。
この力には特別な何かはいらない。気持ちをのせて声に出すだけで良い。
『吹き飛べ』と。
それで口にした言葉は現実になる。
だけど、この力にはデメリットも存在した。
力を発動するさい、必ず女神様に誓わなくてはならないのだ。人として恥ずべき行いはしないと。
これを違えた場合、即刻、天罰がくだる。
なのでこの力を使えば、貴族らの証人や証言が虚偽かどうかなど簡単に判別出来、マチルダの濡れ衣を払拭可能だった。
だが、その天秤に載るのは人の命。
神の落雷に焼かれるため、死を免れたとしても全身大火傷は必至。貴族どころが人としての人生も終わる。
ゆえにマチルダは、こんな些事で力を使わなかった。己の矜持など大勢の人命と天秤にかけるほどもないと思ったからだ。
小さな彼女の嘆息を目敏く見咎め、公爵はツカツカと国王の前に進み出た。どうやら、あらかたの仔細は承知していたらしい。
勇者と魔王の最強タッグが後ろについている。ほぼ全貌を把握していたのだろう。
「娘の冤罪、私が払いましょうぞ」
ニヤリとほくそ笑む父に、マチルダは半狂乱でしがみつく。
「まさかっ? なりませんよっ、御父様っ!!」
必死の形相で見上げる娘の頭を撫でて、公爵は好好爺な眼差しで頷いた。
「もちろんだ。お前が悲しむようなことはしない」
そう言うと公爵は顔を上げ、高らかに宣言する。
「我、ここにて女神様に誓う。恥ずべき事柄を口にせず、悪事に手も染めぬと」
宣言した公爵の頭上に光が射しそむり、小さな光が降りてきた。
ゆっくりと降りてきた光は、公爵の額にとぷんっと呑み込まれ、それと同時に公爵を包んだのは煌めく淡い空気。
神々しい厳かな光をまとい、彼は挑戦的に眉を跳ね上げる。
「御覧あれ」
公爵は踵を返して、ある人物に近寄った。
「貴方は女好きで、多くの女性と関係を持たれていますね。いや、御盛んだ」
「なっ!」
事実無根の言い掛かりに眼を剥く男性。
が、次の瞬間、公爵の遥か上空に稲光が巻き起こる。そしてその稲光は空を劈き、びしゃあぁぁんっっ! と、公爵の脳天から足元まで貫いていった。
声のない悲鳴を上げて固まる貴族達。
誰もが顔を凍りつかせて凝視するなか、件の公爵は、しれっとした面持ちで服についた焼け焦げの煤を払っていた。
パンパンと煤を払いながら、彼は悪戯っ子のように壇上の国王や王子を睨めつける。
「これが我が家に伝わる禁断の力です。女神様に誠実であることを誓い、正しき途を拓く力。偽りを述べれば、このように即刻天罰が下ります」
仏の顔も三度までならぬ、女神の慈悲も三度まで。
宣言し、力を解放した公爵は偽りを口に出来ない。悪しき行いに手を染められない。
だが三回だけ。生涯に三回だけ嘘をつくことを許されている。
人間が生涯清廉潔白であれるのは難しい。ゆえに与えられた女神の慈悲だ。
三回だけ神の落雷に耐えられる守護が公爵家の血筋に与えられていた。
その一枚目を使ったのだと、周りや国王達に説明する公爵。
「そして、ここからが本番」
にぃぃ~っと残忍に口角を歪め、彼は王子へ歩み寄る。
「貴方は噂の真偽を調べた。確たる証拠があって我が娘を切り捨てたのですな?」
今の落雷を見ても怯まず、王子は大きく頷く。
「左様だ。そこなリナリア嬢や他からの訴えを調べ、本人や周りからも事情を聞いた。溢れるほどの証人が出てきて狼狽えたよ。.....マチルダと関係を持つと言う男性らからの話も。.....正直、目の前が真っ暗で、マチルダに手を出した奴ら全員、縊り殺してやりたかった」
今にも泣き出しそうなほど瞳を震わせて俯く王子。彼に天罰は下らない。
王子の言葉に偽りはないのだろう。その集めた証人や情報が偽りなのだ。罪を犯していない者を女神様は裁かない。
「なるほど、なるほど」
うんうんと頷き、次に公爵はリナリアへと向かう。
「貴女はマチルダに酷い目にあわされたのですね? 女神様に誓って、相違ありませんか?」
炯眼な眼差しで見据える公爵に圧され、リナリアはあからさまに狼狽えた。
「えっと.....、その.....」
彼女の脳裡に先程の稲妻の光景がよみがえる。公爵は女神様の守護があるため平気だったらしいが、洋服までそうはいかない。
未だにブスブスと燻る衣服。焼け焦げた匂いがリナリアの鼻腔を刺激し、否応なしに恐怖を煽りたてる。
「答えてください。人として恥ずべき行いでないなら、女神様の天罰はありませんよ? 王子のようにね」
「ひ.....っ!」
みるみる顔を青ざめさせるリナリア。ひきつり歪んだ彼女の表情が、その答え全てを物語っていた。
ガタガタ震えつつ、何の言葉も口に出せないリナリアを軽く突き飛ばし、公爵は天を振り仰いだ。
「森羅万象にかしこみ申す。我はこの力を天に御返しし、人生に枷を望む。その代償、小さな雷を賜らん」
そう叫んだ公爵の身体から光が溢れ、淡く波打つと波紋のように広がっていった。
伝播するかのごとく人々の身体が柔らかに発光し、突然、多くの呻き声や悲鳴がそこらじゅうから上がる。
その人々の顔や手足には幾つもの焼け焦げがあり、爛れた皮膚を強張った顔で見つめていた。
未だに、あちらこちらからバチバチと爆ぜる音が聞こえ、マチルダは何事かと眼を見張る。
「.....爺さんからの入れ知恵。力を天に返すことで、薄められるらしいんだ」
即死級の稲妻から、お仕置き級の雷に。さらには単体でなく全体に。
行ってきた悪行によっては死ぬかもしれないが、それはもう自業自得だろう。
つまり今、周りの貴族達は、己の犯してきた罪の裁きを受けているのだった。
小さな雷がそこここで発光し、描かれるは阿鼻叫喚の地獄絵図。
なんと国王陛下までがうずくまり、悲鳴を上げているではないか。
.....どんだけ、やらかしてきてるのよ。世も末だわ。
思わず天を仰ごうとしたマチルダは、ふと一人だけ呻いていない者を見つける。呆然と腰を引かせて立ち竦むのは、婚約解消を言い渡した王太子。
どうやら彼だけは、何も恥ずべき罪を犯していなかったらしい。
騙され、唆されたのは頂けないが、人間とはそんなもんだ。
ふっと小さな失笑を口の端に浮かべ、マチルダは父親を見る。
「そうでしたわ。わたくし、王子から婚約解消されましたの」
「知ってるよ。それで爺様達は怒髪天だしね。もう、こんな国に私達を置いておけないってさ。隣国に新たな家を用意してくれたらしいから、そちらに行こう」
快活に笑い、愛娘を抱き締める公爵。
だが、その話を耳にした国王は、火傷の痛みに呻く身体を無理やり起こして公爵を凝視する。
眼球が飛び出しそうなほど見開かれた国王の眼。如何にも信じられないといったその顔に、公爵は唾棄するような一瞥をくれた。
「うちの娘にこんな真似をしておいて..... 俺らが残るとでも思ったのか?」
「しっ.....っ、しかしっ!」
伊達に公爵家が《勇者の系譜》と呼ばれているわけではない。
大広間の重厚な扉を吹っ飛ばしたように、代々の彼等は人ならざる脅威的な力を持っていた。
《言霊》と言われるその力で、何百年にも亘りあらゆる脅威からこの国を守ってきた。
そこに有るだけで国を憂える優れた家系。
その正しい意味すら、国王は忘れかけていたのだ。
小娘一人どうとでもなると。公爵には息子が二人もいる。マチルダぐらい失っても何ともないだろうと勝手に思っていた。
鉄壁な国の防衛や、その力による駆け引きで優位に進めてきた各交渉。通称『一人軍隊』とまで称される公爵家の面々。
それら全てを失う危機なのだと、ようやく国王は自覚する。
「すっ、すまなかったっ! 婚約解消は無かったことにっ!」
「なるかよ、ばぁぁぁ~か」
げほげほと咳き込みながら、すがるように顔を歪めた国王の頭上から声が降ってきた。
見上げるとそこには二つの人影。
「ほんっと舐めた真似をしてくれたものね。可愛い子孫を晒し者になんて。旦那が人間じゃなきゃ、とっくに消し炭にしてやってるところよ」
真っ赤に燃えるような髪を翻し、すたんっと大広間に降りてきたのは可憐な少女。猫みたいにややつり上がった大きな眼を爛々と輝かせ、彼女はマチルダの周囲にいる人々を睨めつけた。
「まあ、そう言うなって。俺もムカついちゃいるが、偉そうにふんぞり返る王侯貴族らなんざ、こんなもんさ。もっと良い待遇を約束してくれた国もあるし、そっちに移動しよまい」
少女に少し遅れて広間に降り立ったのは細めの青年。黒髪黒目に縁なし眼鏡の彼は、悪戯げな眼差しで広間を一瞥する。
「爺様っ」
「婆っちゃ、遅ぇよ」
どう見ても老人には見えない二人に対して、公爵親子は爺婆と呼んだ。それを黙って見ていた国王は、王家に古くから伝えられている口伝を脳裏に過らせる。
彼の昔、魔王を諫め和平を結んだ外様の勇者。彼は漆黒の瞳に射干玉色の髪を持つ少年だった。
そのような枕詞から始まる勇者の物語。後に勇者は魔王と縁を結び、樹海の魔族の国を治めたという。魔王と結ばれた彼は人の理から外れ、未だに樹海奥深くで生きていると。
.....まさか?
ただの言い伝えだと思っていた。過去の勇者を讃える伝説なのだと。人間側が勝利したことを広めるためのプロパガンダ程度にしか愚かな国王は考えてなかったのだ。
「.....勇者殿か?」
「さなり。懐かしい呼び名だな。もう、とっくに忘れられているかと思ったよ。でなきゃ、うちの身内にこんな真似を仕出かさないよなぁ?」
にぃ~っと不均等に口角を上げ、黒髪の青年は国王に蛇蝎を見るごとき眼差しを向ける。それに酷く狼狽して、国王は這いずるように玉座から飛びだした。
「そっ、そのっ! 違うのですっ、誤解なのですっ!」
「誤解? 何がだ? うちの子に冤罪をかぶせて婚約を破棄した。これの何処に誤解が?」
ぐっと喉を詰まらせる国王。
適齢期の子供がいる場合、王家には勇者の系譜と娶せるようにとの不文律があった。強制ではない。大抵は王家が望み、縁を繋いでもらっていた。そうそう適齢期の子供がかぶることもなく、数代おきにあるかないか程度。
ただ今回、王家に降って湧いたのが、隣国との縁談である。
適齢期の王女が隣の国におり、その王女との結婚話が持ち上がったのだ、
彼女は、ある夜会で王太子を見初めたらしく、王女側から熱烈なアプローチを受けた。
勇者の系譜も魅力的だが、隣国からの支援も捨てがたい。さらに言うならば、国王には三人の王子がいる。二番目の王子とマチルダは同い歳だ。この婚約破棄のあと、マチルダと次男の婚約を目論んでいた国王陛下。
隣国の支援も得られ、勇者の系譜との縁も結べる。一挙両得な計画を国王は考えていた。
だから冤罪と知りつつも、見て見ぬふりをする。瑕疵を持つ御令嬢相手に情けをかける形で恩を売りつけ、第二王子との婚約を強いる腹積もりだったのだ。
どこで計画が狂ったのか。
顔面蒼白な国王は、ようやく、全てを手に入れるどころが失う寸前であることを覚った。
音に聞こえし一人軍隊な強者公爵家を。類い稀な美姫と名高い御令嬢を。勇者の系譜を尊重し、諸外国から得られる敬意や称賛を。
あって当たり前だったため失うなどと思いもせず、己の私利私欲のまま都合よく事を進めようとした。もはや取り返しがつかない。
愕然と床を凝視する国王を訝しげに眺め、蚊帳の外だった王太子が口を開いた。
「どういうことなのだ? リナリアよ、そなたや他の者らも。あれほど私に陳情を持ちかけてきていたではないか」
びくっと大広間の貴族らが身体を震わせる。疚しいことをした自覚があるのだろう。女神の裁きを受けた周囲は、それ以上の怒りを受けることに恐怖した。
「私に申したように正直に話せばよいだけだ。さあ」
無意識に周りを死刑台へと誘う王太子の言葉。
そこへさらなるトドメを穿つように、彼は忌々しげな眼差しで複数の男性らを睨みつける。
「そなたらもだ。私に赤裸々な告白をしたであろうが。.....寝所の中で、如何にマチルダが.....魅力的であったかと」
ギリギリ歯を噛みしめつつ呟く王太子。いったい何を聞いたのか。マチルダは、俎板から逃げようと必死な男どもを呆れた顔で見つめた。
「いやっ、そのっ、あれは.....っ」
「そんな話をしましたかな? 覚えがありませぬ」
「.....まあ、それはそれとしまして.....」
しどろもどろで言い逃れしようとする男性達のあまりに無様な姿を剣呑に一瞥し、公爵が唸るような声音で呟いた。
「はあ? マチルダと寝所に? 戯けたこと抜かしてんじゃねぇぞ?」
ひぃっ、と小さな悲鳴を上げて、男どもは倒つまろびつ後退る。それを追い詰めるよう歩を進め、公爵は軽く首を斜にかまえて見せた。
「言ってみろや。うちの娘に何したってか? 答えろっ!!」
劈く雷のごとき怒号に震え上がり、男性らは肩を竦めてへたりこむ。そして泣き叫ぶよう口々に謝罪を吐き出した。
「申し訳ありませんっ! リナリア様に唆されて.....! ありもしない妄想を申しましたっ!!」
「許して下さいっ、許してくださいっ! 私もですっ! マチルダ様とは言葉を交わしたことすらございませんっ!」
ああだ、こうだと言い訳じみた謝罪を叫びまくる男達を王太子が憮然と凝視する。あり得ない事態に言うべき言葉が浮かばないようだ。
それでも絞り出すような声で、事実確認を彼は試みる。
「そなたら.....っ、私を謀ったのか? 事実無根な情事を我に語ったのかっ?!」
燃え上がる憤怒におされ、王太子から尋常ではない殺気が放たれた。
前門の公爵、後門の王太子に挟まれ、凄まじい殺気の刃で打ちのめされ、件の男どもは涙で顔面をくしゃくしゃにして泣き叫んだ。
愕然とする王太子は、今回の事態を引き起こした御令嬢に視線を振った。
言い出したのは彼女だ。リナリアの告白から、あれよあれよと陳情が集まり、今回の婚約破棄騒動に繋がったのだ。
「.....リナリア嬢。そなた、申したな? 殿方にしなだれかかるマチルダに苦言を申したら、池に突き落とされたと。相違ないか? 他にも色々されたと」
聞くまでもないと思いつつ、王太子は広間を見渡す。
「リナリア嬢の話が正しいと証言もあったな? 現場を目撃したとか、その場に同席していたとか? 女神様に誓って相違ないなっ?!」
押し黙る広間の貴族達。公爵の解放した力によって満身創痍な彼等は、これ以上偽りを口にすればただで済まないことを理解していた。
「なんてことだ..... わたしは冤罪でマチルダを責めたのか」
顔を凍りつかせて力なく呟く王太子を、公爵が一刀両断する。
「その偽証を信じたのはお前だ。マチルダに確認も取らず、申し開きもさせず、切り捨てたのはお前だ。人のせいにすんな。我が娘を信じもしなかったのは、貴様だっ!!」
公爵に恫喝され、言葉もなく俯く王太子。
信じていた。だからこそ衝撃だったのだ。しかし全ては言い訳に過ぎない。
事実、自分は彼女の言葉を聞こうとはしなかった。これだけの証人や証言が集まっているのだ。どちらが正しいかなんて分かりきっていた。.....そう思っていた。
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「そうだ。分かるか? それがこの国の総意だ。この国にとって俺らは目障りで邪魔なんだよ。こうやって罠に嵌めようとするほどな。貴様はそれに対抗出来るか?」
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ふっと自嘲じみた笑みをはき、王太子はマチルダの手を取ると軽く口づけを落とした。
「彼の地にありて君想う。不断に.....」
寂しげな彼の言葉を耳にしてマチルダは固唾を呑む。それは永遠を誓う言葉だった。
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この世界の女神様は言葉に重きを置く。偽りを許さず、謀れば天罰覿面。しかも、先ほど公爵が使った力が蔓延しているこの広間。
下手な誓いは自殺行為間違いなしなのに、王太子は臆することなく口にした。
これを信じぬ道理はない。
はあっと乾いた溜め息をつき、マチルダは天を仰ぐ。そして面映ゆそうに口を開いた。
「彼の地にありて貴方を想う。幾星霜.....」
マチルダの言葉を理解した途端、王太子の眼がみるみる見開いていく。
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全身を逆立てて唸る公爵を真っ直ぐ見つめ、王太子はマチルダの肩を強く抱き寄せた。若者特有の挑戦的な眼差しで。
「ならば私が共に参りましょう」
思わぬ王太子の言葉に、広間がシン.....っと静まり返る。
「誓いを立てた以上、ここに残れば私の子を望むことは出来ません。次代を残せぬ者を国王には据えられますまい。そうでございましょう? 父上」
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王太子は彼女が共にあってくれるなら、公爵も国王も怖くない。
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「.....ぐぅ、.....そうだな。そなたはマチルダに添うしかない。だが、それは隣国でなくても良かろう? 娘御が王子と結ばれたのだ。公爵よ、遺恨は流して、このまま我が国に.....」
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「ああ? なんだって? 戯けた御託をほざくなら、盛大な置き土産残してやるぞ?」
.....広間中が半死屍累々な状態なのに?
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もはや返す言葉も思いつかず、力なく床に這いつくばった国王は、比較的軽傷な侍従らによって奥へと運ばれていった。
そんな人々を余所に、勇者の系譜の者達は苦笑する。
「なんだよ、最後通牒突きつけに来たのに結局元サヤかよ」
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「良いじゃないの。子孫らが幸せなら」
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忌々しげに王子を睨み付ける公爵。
女神様への誓いは違えられない。違える気もない元王太子は、清々しいまでの思い切り良さでマチルダの婿となる。
どうやら世界の終わりは回避されたらしい。
そんな終末兵器な保護者らに囲まれ、幸せそうにマチルダが笑った。
その後すぐ、事を聞いて駆けつけた彼女の兄らも加わり、公爵は邸ごと隣国へと移動する。
有言実行。馬鹿な色気を出した国王は、優秀な王太子をも失った。
数日後、更地に成り果てた公爵邸跡地に、茫然と立ち竦む国王夫妻がいたのも御愛嬌。
稀有な一族を失って失意に暮れる王国。その話が長く各国を笑わせたのは他愛ない余談だ。
そんな悲喜交々なぞ、どこ吹く風。こうして新たな伴侶を一族に迎え、今日も勇者の系譜の伝説は紡がれていく。
微笑ましく寄り添う若夫婦と共に。
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