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異世界聖女巡礼 ~それぞれの想い・前編~
しおりを挟む「どう思う?」
「.....異常としか」
「...............素晴らしかった」
それぞれ神妙な面持ちで嘆息する那由多親子の従者達。
次の村を目指して出立した六人だが、那由多の歩みでは到底辿り着けず、途中の旅人広場で夜営をすることとなった。
旅人広場とは地球でいえば多目的広場のような物。屋根だけの体育館を想像すれば間違いはない。
一角に馬車や馬留めのような柵が並び、違う一角にも複数の釜戸や洗い物用の小川が引かれている。さらに井戸もあり、しばしの休息がとれる場所となっていた。
広い敷地には各々テントが立てられていたが、屋根があるためそのまま雑魚寝をする者も少なくはなく、毛布にくるまる芋虫人間がそこここに転がっている。
そんな人々を物珍しそうに眺めつつ、穣は那由多を連れて釜戸へ食事を作りに行った。護衛にはオスカーがつく。
マジックバッグを片手に、料理が出来たら呼ぶんで休んでいろと、穣はスチュアート達に言い残した。
そんなこんなで休憩しつつ、従者三人は複雑な顔を見合わせる。
「.....あの大地を癒した御力は普通ではない」
多くの災害現場を潜り抜けてきた老騎士は、力ある聖女達が何人も何日もかけて大地を癒すのを長年見てきた。
あのように一瞬でみるみるうちに甦らせる光魔法など、過去の召喚聖女らの逸話にも存在しない。
しかも、あの険しい現場を登るのに四苦八苦していたスチュアートを置き去りにし、那由多は汚泥の中を翔ぶように駆け抜けていったのである。
まるで何もない平原の如く、土砂崩れで抉られた丘の上に立つ穣へ向かって、真一文字に。
その足元が微かに煌めいて見えたのは気のせいだろうか。
そして彼女が癒しを行った時。
風が薫り、星が瞬く。
まるで芳醇な果物を割ったかのように甘い薫りが辺りに漂い、波打つ魔力の波動が、ときおり星のように煌めいたのを見た。
暖かな白い光の波にチラホラたゆとう黄金色の星。
あれを目の当たりにして、老騎士は神殿長の言葉を思い出す。
「父御に注意せよと?」
軽く眉を上げるスチュアートを見て、シャムフールは小さく頷いた。
「そなたも知っておろう? 王都の騒ぎを」
「異世界雑貨のことですかな?」
あれは画期的な道具だった。スチュアートも後続の商店や屋台で手に入れたが、大した力も使わずにお手軽で飲み物を作れる《じゅうさぁ》や洗濯物のみならず、メモや軽い物品など何でも紐に吊るせる《洗濯バサミ》。
なかでも彼のお気に入りは《歯ブラシ》だ。
固めな豚の毛を束ねたモノをみちっと金具で挟み、ソレを小さく並べて棒に固定したものだが、これがまた使い勝手が良い。
今まで使っていた磨き砂は、指に布を巻いて塩を混ぜた砂で歯を擦るだけだったが、塩はけっこう高価である。
貴族のスチュアートらには融通されていても、庶民には高嶺の花。一般的には専用の布を巻いて、歯を擦るだけが精一杯。
そこに登場したのが、穣の考案した歯ブラシだ。
指では磨き切れなかった歯の間まで綺麗に磨けた上、軽く濯いで何度でも使える優れもの。
しかも豚の毛と少しの金具、それと木の棒という安価さ。これにちょいと磨き砂を合わせれば、完璧に歯を磨ける。
スチュアートはツルツルな自身の歯を舌でなぞって、にんまりとほくそ笑んだ。
さらに穣は、新たな知識も披露してくれる。
『歯磨き後は、必ず口を濯げよ? 汚れはしつこく口の中に居座ってるからな? 歯の間が気になるなら、楊枝でほじくるよりも糸を上下に通せ。がっつり綺麗になるぜ?』
にっと悪戯げに笑う穣。
だが、彼の言う通りにした途端、口の中のネバネバはなくなるわ、口臭が明らかに減るわ、食事が美味しいわ、良い事ずくめとなったのだ。
そういった自身の感想を述べるスチュアート。
それを聞き、シャムフールはさらに困惑げに眉を寄せた。
「やはり、穣殿が.....? いや、しかしまだ..... スチュアート、そういった事を含め、穣殿には注意が必要なのだよ」
軽く瞠目する老騎士に、シャムフールはとつとつと説明した。
あの親子が揃うと、不可思議な事が起きる。神殿でも、巫女や神官らの体調が良くなったり、魔法の効果が上がったりと謎な事が起きていたのだ。
これも、シャムフールが穣の異常性に気がついたため、あらためて神殿に聞き込みをして発覚した事実である。
「穣は意識せずに知識をばら撒いてしまう。それに価値があったとしても気づきもしない。悪意を持つ誰かに利用されたら事なんだ。今回の騒ぎでも分かるだろう?」
言われてスチュアートも納得する。
今回は神殿長が予め商業ギルドなどに根回ししていたため、悪用される事はなかった。
しかし、この先、自由気儘に動き回るあの親子が、何をやらかすのか見当もつかない。
「なので、しっかり見ていてくれ。それで、何か不味い事をやりそうなら補佐を。事が大きくなる前に、きっちり始末をつけて欲しい」
「畏まりました」
恭しく礼をする老騎士を見つめ、シャムフールは満足げに微笑んだ。
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