上 下
17 / 18

 異世界聖女巡礼 ~それぞれの想い・前編~

しおりを挟む

「どう思う?」

「.....異常としか」

「...............素晴らしかった」

 それぞれ神妙な面持ちで嘆息する那由多親子の従者達。

 次の村を目指して出立した六人だが、那由多の歩みでは到底辿り着けず、途中の旅人広場で夜営をすることとなった。
 旅人広場とは地球でいえば多目的広場のような物。屋根だけの体育館を想像すれば間違いはない。
 一角に馬車や馬留めのような柵が並び、違う一角にも複数の釜戸や洗い物用の小川が引かれている。さらに井戸もあり、しばしの休息がとれる場所となっていた。
 広い敷地には各々テントが立てられていたが、屋根があるためそのまま雑魚寝をする者も少なくはなく、毛布にくるまる芋虫人間がそこここに転がっている。
 そんな人々を物珍しそうに眺めつつ、穣は那由多を連れて釜戸へ食事を作りに行った。護衛にはオスカーがつく。
 マジックバッグを片手に、料理が出来たら呼ぶんで休んでいろと、穣はスチュアート達に言い残した。

 そんなこんなで休憩しつつ、従者三人は複雑な顔を見合わせる。

「.....あの大地を癒した御力は普通ではない」

 多くの災害現場を潜り抜けてきた老騎士は、力ある聖女達が何人も何日もかけて大地を癒すのを長年見てきた。
 あのように一瞬でみるみるうちに甦らせる光魔法など、過去の召喚聖女らの逸話にも存在しない。
 しかも、あの険しい現場を登るのに四苦八苦していたスチュアートを置き去りにし、那由多は汚泥の中を翔ぶように駆け抜けていったのである。
 まるで何もない平原の如く、土砂崩れで抉られた丘の上に立つ穣へ向かって、真一文字に。

 その足元が微かに煌めいて見えたのは気のせいだろうか。

 そして彼女が癒しを行った時。

 風が薫り、星が瞬く。

 まるで芳醇な果物を割ったかのように甘い薫りが辺りに漂い、波打つ魔力の波動が、ときおり星のように煌めいたのを見た。
 暖かな白い光の波にチラホラたゆとう黄金色の星。

 あれを目の当たりにして、老騎士は神殿長の言葉を思い出す。



「父御に注意せよと?」

 軽く眉を上げるスチュアートを見て、シャムフールは小さく頷いた。

「そなたも知っておろう? 王都の騒ぎを」

「異世界雑貨のことですかな?」

 あれは画期的な道具だった。スチュアートも後続の商店や屋台で手に入れたが、大した力も使わずにお手軽で飲み物を作れる《じゅうさぁ》や洗濯物のみならず、メモや軽い物品など何でも紐に吊るせる《洗濯バサミ》。

 なかでも彼のお気に入りは《歯ブラシ》だ。

 固めな豚の毛を束ねたモノをみちっと金具で挟み、ソレを小さく並べて棒に固定したものだが、これがまた使い勝手が良い。
 今まで使っていた磨き砂は、指に布を巻いて塩を混ぜた砂で歯を擦るだけだったが、塩はけっこう高価である。
 貴族のスチュアートらには融通されていても、庶民には高嶺の花。一般的には専用の布を巻いて、歯を擦るだけが精一杯。

 そこに登場したのが、穣の考案した歯ブラシだ。

 指では磨き切れなかった歯の間まで綺麗に磨けた上、軽く濯いで何度でも使える優れもの。
 しかも豚の毛と少しの金具、それと木の棒という安価さ。これにちょいと磨き砂を合わせれば、完璧に歯を磨ける。

 スチュアートはツルツルな自身の歯を舌でなぞって、にんまりとほくそ笑んだ。

 さらに穣は、新たな知識も披露してくれる。

『歯磨き後は、必ず口を濯げよ? 汚れはしつこく口の中に居座ってるからな? 歯の間が気になるなら、楊枝でほじくるよりも糸を上下に通せ。がっつり綺麗になるぜ?』

 にっと悪戯げに笑う穣。

 だが、彼の言う通りにした途端、口の中のネバネバはなくなるわ、口臭が明らかに減るわ、食事が美味しいわ、良い事ずくめとなったのだ。

 そういった自身の感想を述べるスチュアート。

 それを聞き、シャムフールはさらに困惑げに眉を寄せた。

「やはり、穣殿が.....? いや、しかしまだ..... スチュアート、そういった事を含め、穣殿には注意が必要なのだよ」

 軽く瞠目する老騎士に、シャムフールはとつとつと説明した。

 あの親子が揃うと、不可思議な事が起きる。神殿でも、巫女や神官らの体調が良くなったり、魔法の効果が上がったりと謎な事が起きていたのだ。
 これも、シャムフールが穣の異常性に気がついたため、あらためて神殿に聞き込みをして発覚した事実である。

「穣は意識せずに知識をばら撒いてしまう。それに価値があったとしても気づきもしない。悪意を持つ誰かに利用されたら事なんだ。今回の騒ぎでも分かるだろう?」

 言われてスチュアートも納得する。

 今回は神殿長が予め商業ギルドなどに根回ししていたため、悪用される事はなかった。
 しかし、この先、自由気儘に動き回るあの親子が、何をやらかすのか見当もつかない。

「なので、しっかり見ていてくれ。それで、何か不味い事をやりそうなら補佐を。事が大きくなる前に、きっちり始末をつけて欲しい」

「畏まりました」

 恭しく礼をする老騎士を見つめ、シャムフールは満足げに微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

前世で医学生だった私が、転生したら殺される直前でした。絶対に生きてみんなで幸せになります

mica
ファンタジー
ローヌ王国で、シャーロットは、幼馴染のアーサーと婚約間近で幸せな日々を送っていた。婚約式を行うために王都に向かう途中で、土砂崩れにあって、頭を強くぶつけてしまう。その時に、なんと、自分が転生しており、前世では、日本で医学生をしていたことを思い出す。そして、土砂崩れは、実は、事故ではなく、一家を皆殺しにしようとした叔父が仕組んだことであった。 殺されそうになるシャーロットは弟と河に飛び込む… 前世では、私は島の出身で泳ぎだって得意だった。絶対に生きて弟を守る! 弟ともに平民に身をやつし過ごすシャーロットは、前世の知識を使って周囲 から信頼を得ていく。一方、アーサーは、亡くなったシャーロットが忘れられないまま騎士として過ごして行く。 そんな二人が、ある日出会い…. 小説家になろう様にも投稿しております。アルファポリス様先行です。

流石に異世界でもこのチートはやばくない?

裏おきな
ファンタジー
片桐蓮《かたぎりれん》40歳独身駄目サラリーマンが趣味のリサイクルとレストアの資材集めに解体業者の資材置き場に行ったらまさかの異世界転移してしまった!そこに現れたのが守護神獣になっていた昔飼っていた犬のラクス。 異世界転移で手に入れた無限鍛冶 のチート能力で異世界を生きて行く事になった! この作品は約1年半前に初めて「なろう」で書いた物を加筆修正して上げていきます。

処理中です...