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 始まり ~那由多~

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「間に合ったっ?!」

 二人が歪んだ空間を通り抜けると、そこは荘厳な空気の漂う大広間。

 穣は呆然と辺りを見渡しつつ言葉を失う。
 なんとも厳かな雰囲気だ。八方に豪奢な篝火が焚かれ、立派な柱と繊細なレリーフの施された壁。
 しん.....っとした冷たい空気の中で、聞こえるのはパチパチと爆ぜる篝火の音のみ。
 その中でも一際目を見張るのは床に描かれた巨大な魔法陣。淡いオレンジ色を放つソレは数度瞬き、みるみる光を失っていった。
 魔法陣が消えると同時に空間の歪みもなくなり、ばっと振り返った穣は、あからさまに狼狽える。
 ここがどこなのか分からないが、あの歪みが出入口であったのは間違いない。

 .....ってことは、俺はここから帰れなくなったのではっ?!

 見知らぬ文化を漂わせる石造りの広間。冴えた空気がピリピリと穣の警戒心を撫で回していく。

「ここ.....は?」

「キシャーリウ。そう呼ばれる世界だよ、異世界人殿」

 一人言に返事が返ってくるとは思わず、びくんっと肩を震わせた穣は、周りに人がいたことにようやく気がついた。

 フードつきのローブをかぶった数人と時代錯誤な衣装を纏った人々。

 .....なに? その格好? どこぞのファンタジーですか? 髪色、本物? 青とか緑とか、有り得なくね?

 地球で言えば西洋の中世を思わせるように手の込んだ衣装。金糸銀糸をふんだんに使った刺繍や金ボタン。下穿きがカボチャパンツ的なモノでなく、それなりのズボンである事に穣は若干の安堵を覚えた。

 .....足もブーツや革靴とか、それぞれだな。良かった。タイツやトンガリ靴だったりしたら、着て歩ける自信無ぇよ、俺。

 益体もない事を考えている穣を訝しそうに見つめ、ヒソヒソと言葉を交わし、顔をしかめたままな人々。
 どこからどうみても歓迎されている雰囲気ではない。

「え.....っと?」

 固唾を呑みつつ、しどろもどろな穣を一瞥し、一人言に答えてくれた男性は、ふうっと仰々しく溜め息をつく。

「聖女よ。まことであったのだな」

「だから言ったじゃない。お母ちゃんが嘘をつく訳ないって」

「それにしては若すぎる気もするが? まあ、良い。これで養女の話は白紙に戻そう」

 苦々しげに話す男性と、上機嫌な那由多。他は苦虫を噛み潰したかのような顔で眉をひそめている。

「意味が分からない。説明プリーズっ!」

 絶叫する穣に目を丸くし、件の男性は二人を応接室へと案内した。





「言葉は通じるようだな。文献通りだ。御初にお目もじいたす、聖女様の父御ててごよ。私はシャムフール・アブラヒル。この神殿の神殿長をつとめる者だ」

 金髪碧眼で壮年の男性はどうやら偉い人らしい。

 そして彼は、詳しく今回の経緯を説明してくれた。
 この世界はキシャーリウ。地球とは違った、剣と魔法が生きる異世界だという。

「異世界.....」

「左様。過去には何度か異世界人を召喚もしていたようだ。記録によれば《地球》とかいう? 魔法のない世界らしいな」

 遥か昔から聖女を求める異世界キシャーリウは、光属性を持ち、女神に認められる聖女を得るために、聖女選定なるものを行ってきたという。
 五十年に一度の聖女選定。一定以上の魔力を持つ娘達の中から光の属性の者を選び、聖女としての試練を受けるため旅に出す儀式だ。
 その旅の間で女神様に認められれば、あらためて正式な聖女の称号を受けられるらしい。

 そこまで説明してシャムフールは軽く嘆息した。

「本来であれば、高い魔力を持つ貴族らから選ばれるはずだったのだ。.....が、そこな娘が魔力審査で選定に引っ掛かってしまったのだよ」

 高い魔力が必要とされる聖女選定。光属性というだけでも珍しく、それが覚醒すれば即神殿へと連れて来られるのが慣習なのだが、貧民でストリートチルドレンをやっていた那由多は三歳の洗礼を受けておらず、見落とされたらしい。
 三歳の洗礼は魔力保持者を炙り出す大切な儀式。なので、貧民、平民、貴族問わず無料で行われる。
 特に光属性を持つ者は貴重だ。禍を払い、祝福となす女神様からの賜り物。
 そのため聖女選定も貴族平民問わずに行われる。実際には聖女と認められる事はほぼ無く、大抵は魔力の高い者の中から御飾りの肩書きだけ聖女が選ばれるらしいが。
 だが肩書きだけとはいえ、名誉なことに違いはない。聖女を輩出した家には多大な恩恵が与えられる。
 この千載一遇のチャンスを逃すまいと、各家々は光属性の娘を養女として聖女選定に望むのだとか。
 そして貴賤を問わず五歳以上の娘達全てに行われる魔力審査に、浮浪児だった那由多が引っ掛かってしまった。しかもトップクラスの魔力で。

 これに騒然としたのが、この国のアブラヒル王家。実はこの王家、かつて秘密裏に聖女召喚をやらかしたのだと暴露してきた。

 神殿側でも初耳だったというから驚きである。かなり昔に禁止された儀式らしい。

 異世界聖女召喚。

 異世界より招かれた人間は必ず高い光属性の力を持つ。それを利用して人為的に聖女を生み出そうという傲慢な行為。
 召喚といえば聞こえは良いが、ようは拉致拐取。一人の人間の人生を台無しにする犯罪である。これを重くみた神殿の心ある者らにより、聖女召喚の儀式は忌まわしいモノとして禁じられた。
 付け加えるなら、この儀式には生け贄が必須なのだ。時空を歪めて生きたまま他所の世界の人間を連れ去るのだから、その代償は安くない。

 それこそが、この儀式を禁じた最大の理由でもある。

 心持ち疲れたかのような口調で説明をする神殿長。

「行われたのは六年ほど前らしいです。王家は、やってきた聖女を公にする前に逃げられたと聞きます」

 .....六年前?!

 ぞわりと穣の身体が総毛立つ。

 .....まさか。

 彼の胸中で吹き荒ぶ嫌な予感。それは悪夢の再来だった。
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