悪魔の生贄にされた僕、悪魔に生まれ変わった

第1章 其処

1-2 記憶

「……こちらが、最も適した5人の子供たちです。後は領主様、どうぞよろしくお願いします」

　クローゼンはファリア神父の背中を見ながら、彼が領主のロス夫人に彼ら5人の状況を紹介しているのを見ていた。
　他の子供たちと同様に、クローゼンの注意は大人たちの煩雑な交渉には向けられておらず、周囲を軽く見回していた。彼らを運んできた馬車は林間の小道の終わりに停まり、前方には立派な洋館が見える。
　馬車夫とファリア神父が話しているのを聞きながら、クローゼンは貴族たちは通常1つ以上の屋敷を持ち、季節によって移動し、別の邸宅で客をもてなしたり、狩りを楽しんだりしていることを知った。
　目の前の洋館は明らかに、ロード夫人が狩りの季節に滞在する場所だ。森の中央に位置し、狩猟地がいくつかあり、静寂ながらも賑やかさが感じられる。
　お金持ちの生活は本当に贅沢だ…と思いながら、クローゼンの肩に突然手が置かれ、彼は驚いた。

「こちらがクローゼンです。まだ12歳ですが、才能があり、学ぶことを好みます」

　ファリア神父は親しげに彼の髪を撫で、ロス夫人の方に目を向けた。

「彼をどうか大切にしてください。あらゆる点で期待しています」

　ロス夫人の微笑みに向かって、クローゼンは突然戸惑いした。
　この夫人の微笑みには何の感情も感じられず、彼らが将来の養子として見ているようには見えなかった――しかし、彼はまだ貴族と会ったことがなかったので、おそらくこれは社交の一環に過ぎないのかもしれない。
　茫然としながらも、クローゼンはエドワードたちに続いて、召使いに案内されて洋館に入っていった。
　門をくぐる瞬間、最近ずっと心に残っていた違和感が再び湧き上がってきた。クローゼンは自分が何か重要なことを忘れてしまったような気がしていた。
　もしかしたら最後にファリア神父に聞くことができるかもしれない。しかし、振り返ると、召使いがすでに門を閉め始めており、最後に目に入ったのはロス夫人の背中であった。
　そして、ファリア神父が夫人から重い袋を受け取っていた。
　――我々はファリア神父に裏切られたのだ。

　この認識が形成されるにつれて、クローゼンの意識は突然明晰になりました。
　腐敗した血の匂いが鼻腔に押し寄せ、吐き気とともに、彼は現在の状況を再び把握した。手足を縛られ、魔法陣の中央に投げ込まれた彼の耳には、領主ロス夫人が詠唱する冒涜的な呪文が響いていた。これは悪魔の黄金の主を呼び寄せる呪文だった。
　自分が生け贄にされていることに気付いた！
　生き延びるための意識が急に優位に立ち、クローゼンは再びロープを解こうとした。摩擦で手首が血を流し、ついに裂け、ねとねとした温かい液体が地面に流れた。しかし、彼のもがきは無駄だった。
　周囲にある黄金の器具、つまり領主が言った召喚媒体は、暗闇の中で微光を放ち、詠唱とともにますます強く、まぶしくなった。
　他の4人の生贄の過程を目撃したクローゼンは、自分の終末が近いことを知っている。自分の脳が数秒で爆発するかどうかはわかりませんが、もしも……もしも彼が本当に悪魔を見ることができたら。
　——命を草のように見るこれらの悪党に、自分の不満、怒り、憎しみを持って、罰を与えてほしい。
　この幼稚な考えが彼の最後の考えだった。
　明るい白い光が彼の絶望的な瞳に注がれ、クローゼンは無意識に目を閉じた。
　しかし、彼の意識は闇に沈むことなく、むしろ目の前は真っ白だった。
　クローゼンは真っ白な空間に辿り着きた。空も地も、すべてが真っ白だった。

「君は自分のものを取り戻しに来たのかい？」

　後ろから声が聞こえ、クローゼンは無意識に振り返った。驚いたことに、彼は自分の体の制御を取り戻していることに気づきました。手足を縛っていたロープはこの空間で消え去っていた。
　彼の後ろに立っているのは、彼とほぼ同じ年齢の少年……いや、それは非常に不正確。
　それは背後に三対の巨大な羽根を持つ『天使』だった。単一の羽根だけでも1階分の高さがある。クローゼンのイメージする天使とは異なり、この少年の羽根は完全に金属製で、色から判断すると、おおよそ金、銀、銅の3種類の金属だった。
　おそらく重すぎたのか、最も下の羽根が真っ白な空間の地面に深く刺さり、この巨大な彫刻のような『天使』を固定していた。そして、本体である少年は三対の翼の中央に位置し、空中に浮かび上がっていた。
　まるで巨大な翼に包まれ、彼が付属物であるかのように見えた。
『天使』は地面のクローゼンを穏やかに見下ろし、手には眩しい光を放つ黄金の羽根があった。おそらくそれは、彼の背後にある金の翼の一部だった。
　クローゼンは唖然としてしまった。
　目の前の存在を理解することができなかったし、その存在が自分に向けた質問も理解できなかった。クローゼンの脳は畏敬の念で満たされた。
　しばらくして、クローゼンはようやく我に返り、緊張と混乱した感情を抑え、震える声で自分の質問を口にした。

「あなたは黄金の主ですか？」
「いいえ」

　彼の否定と共に、手の中のその黄金の羽根が落ち、クローゼンの前に停止した。

「あなたが黄金の主かもしれません」

　彼の言葉と共に、金属の羽根がクローゼンの体に急速に突き刺さった。まるで完全に体内に没したナイフのように、クローゼンの心臓に飲み込まれた。克クローゼンの思考は一瞬停滞し、彼の表情は驚きで凝固した。
　しかし、この停滞は一瞬にして、次の瞬間、クローゼンは突然自分の体を失ったと感じた。彼はもはや形を持たず、液体に変わり、釜に投げ入れられたかのようだった。
　もう一つの涼しい液体と共に彼が注がれ、そしてそれらは絶え間ない攪拌を受けた。強力な力がそれらを混ぜようとしている。
　クローゼンは自分のどの器官からもフィードバックを受け取ることができなかった。ただ、天と地が回転し続け、彼は分解され、名もない力に引き裂かれ、微粒子に細かく分解されていくのを感じた。
　突然、それが彼の魂であると気づいた。自分の魂が分散され、黄金の羽根の中の魂と融合している。
　本能的に恐れと拒絶を感じた。それは、人間が持つ根源的な恐れと拒絶だ。
　そして、その拒絶感が生まれる瞬間、クローゼンの身体の感覚がすべて戻ってきた。直ちに、人間の限界を超える痛みが訪れた。
　悲鳴が内部から吹き出し、荒れ狂う内臓がお互いに引き裂かれ、体のすべての細胞が自己意識を持ち、周囲の『他者』を排斥し始めた。脳は体に対しての命令をすべて乱し、このものを残すことはただ苦痛を増すだけだと誤解し、両手は本能に従って首から上に触れていく...

「クローゼン、大丈夫？」

　ファリア神父の心配そうな声が耳に届くと、クローゼンは突然目を覚ました。
　午後の日差しがクローゼンを包み込み、とても暖かかった。そして、書斎に漂うほのかな香りを感じながら、彼は自分がちょうど寝そうになったことに気づき、ファリア神父に謝罪したいと思った。

「状態は良さそうですね。では、最後の授業を行いましょう」

　クローゼンはぼんやりと頷き、向かいに座る先生を見つめていた。

「今日の授業のテーマは魂です。現在の主流の考え方は、人が死んだ後、魂が善悪を審判され、善者は天国に行き、悪者は地獄に行くというものです。しかし実際には、魂には善悪の区別がありません。人が死んだ後、すべての魂は冥界に行きます」
　では、冥界の魂はどこに行くのでしょうか？

　クローゼンは遠くを見つめ、視線がファリア神父を通り抜ける。

「この問題は未解決の謎のままです。なぜなら、冥界に入った魂は戻ってこないからです。この問いに答えるために、偉大な存在が一人で冥界に行って、答えを見つけようと試みました」
　彼は成功したのですか？失敗したと思います。なぜなら、先ほど冥界に入った魂は戻ってこないと言いました。
「私は知りません。この問題に答えるには、あなたに聞く必要があります、黄金の主よ」
　私が黄金の主ですか？
「はい、あなたは地獄からの悪魔であり、偉大な黄金の主です」

『では、私は確かに黄金の主ですね』

　一瞬考え、そしてその答えを受け入れました。
　そしてその瞬間、眩い白い光がクローゼンの視界をすべて占めた。目が覚めると、彼は再びその純白の空間にいる。彼の体は完全に健在で、先の苦しみはまるで夢のよう。
　クローゼンは何か重要なことを忘れているような気がしていたが、今、思い出した。
　自分こそが、召喚されようとしていた悪魔、黄金の主なのだ。