眩暈。

霧夜眩羽

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それから4ヶ月程で彼の体調や傷口は回復し、退院が決まった。
けれど麻痺した下半身は動くことはなく、まだとても一人で日常生活を送れるような状態ではない。

「狭いですけど、俺のアパートで一緒に暮らしませんか?」
「良い、の…?迷惑じゃない…?」
「良いに決まってるじゃないですか。必要な物は帰りに買いに行きましょう」
「…うん。ありがとうね」

荷物を纏めた後、車椅子を押して担当医や看護師に見送られながら病院を出た。
久しぶりに外に出て気持ち良さそうにしている姿を見て、これから始まる生活が彼にとって幸せなものになるよう支えていこうと心に誓う。

「買い物の後でも良いんだけど、僕の店に寄ってもらえないかな?」
「良いですよ。暫く行ってないから花が心配ですもんね」 
「それもあるけど、もう一人で経営していけないから店を閉めようと思ってて。だから、閉店の準備をしに行きたいんだ」
「…わ、かりました。ちょっと此処で待っててくださいね」

突然の報告に返答が詰まりそうになるのを堪えながら言葉を紡ぐ。
それから少しこの場を離れ出入口まで車を移動してくると、彼は驚いた顔を見せた。
あった方が便利だろうと思い、退院に合わせて車を買っていたのだ。

「車、買ったの?」
「はい。その方が楽だと思って」
「ごめんね、僕が動けないから…」
「前から欲しい思ってたので、そんな顔しないでください」

申し訳なさそうに顔を歪める彼の頬を両手で挟んで笑ってみせると、コクリとひとつ頷いて安堵の表情を浮かべた。

「じゃ、行きましょうか」
「うん」

先に彼を助手席に乗せてから荷物や車椅子をトランクに詰め込み、数ヵ月ぶりに花屋へと足を向けた。

「シャッター開けてもらえる?」
「あ、はい。どうぞ」
「花、ボロボロだね…」
「…そうですね」

車を隅に停めて店内へ入ると、今まで彼が大切に育ててきた花たちは、水やりをしていなかったせいなのか、ほとんどが枯れてしまっていた。

「…やっぱり寂しい、な」
「っ…」

花に触れ切なげに笑う彼の手が僅かに震えているような気がした。
そんな姿を目にして、俺は何も言えなくなってしまう。
どうにか仕事を続けさせてあげられないかと考えていると、不意にある方法が頭を過った。 

「あの、紫苑さん。1つ提案があります」
「ん?どうしたの?」
「俺を此処で働かせてください。会社は辞めます。そうすれば、店を閉める必要はなくなりますよね?」
「そ、だけど…でも…」

動揺を隠しきれないといった表情で口ごもる彼の手に自分の手をそっと重ねて静かに返答を待った。
続けられるという喜びと俺への罪悪感に揺れているのだと思う。

「…圭吾くんは本当にそれで良いの?僕の為に、って無理してない?」
「してません。俺も紫苑さんとの思い出が詰まったこの場所がなくなってしまうのは嫌なんです。ダメですか…?」
「…っ…ダメじゃ、ない…」
「ふ、良かった」

笑ってくしゃりと髪を撫でると、呆れたように彼も笑った。
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