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第十二章

第二百九十二話 宝探し

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 現代からすれば古代と区分されるほどの大昔。
 この大陸の覇を競っていた国々の中に〈ドゥームディス帝国〉と呼ばれる大国があった。
 特定の種族のみが支配者階級で、その種族以外の全ての種族は被支配者階級という極端なまでのピラミッド型の階級制度を敷く国家だったらしい。
 今でいうところの大陸中央部の多くの土地を支配していたドゥームディス帝国だったが、首都の近くに生まれた〈地刑の魔王〉の影響で国家の中枢部が麻痺した隙に、立て続けに属国が反旗を翻した結果、ドゥームディス帝国は崩壊。
 支配者階級だったとある種族も残党狩りの如く元属国の者達によって狩られていき、現代では種族自体が一人残らず滅んだ……そう言われていた。


「此方です、ご主人様」


 前方で暫し手元の地図と周囲の地形を見比べていた美女が振り返ると、左の方角を指差しながらそう告げてきた。
 二十代後半ほどの外見をした絶世の美貌の彼女の耳は横に長く、彼女がエルフ系の種族であることが分かる。
 その肌は青にも灰にも見える暗い色をしており、前世の一部の漫画やゲームなどではダークエルフと呼称されそうな外見をしている。
 だが、この世界や前の異世界でのダークエルフの肌は褐色であるため、彼女の種族はダークエルフではない。
 長い耳に暗色肌の肉感的な身体、青紫色の瞳と白銀色の長髪を持つ彼女の種族は〈アビスエルフ〉。
 かつてドゥームディス帝国を支配していた種族であり、確認した限りでは大陸で唯一存在する生きたアビスエルフだ。
 しかも、彼女の言が事実ならば、彼女はドゥームディス帝国の皇族の直系でもあるらしい。


「ああ。ありがとう、メルセデス」

「……いえ」


 礼を言っても素っ気ない態度のメルセデスに内心で苦笑しつつ、人気の無い山道を先導する彼女の後をついていく。
 購入した奴隷とその主人という関係だから仕方ないが、親交を深めるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
 ふと、リーゼロッテと初めて会った時のことを思い出し、自分の顔に触れる。
 そこには実体化した【不可知ノ神兜アイドネウス】の黒い仮面が存在しており、他者からの鑑定・解析などを阻害し、俺の正確な容姿を認識できなくしていた。
 更に仮面の下は素顔リオンではなく変装もしているため、警戒されて当然の怪しい人物であることには違いない。

 天涯孤独の身であるメルセデスになら素顔を晒しても構わないのだが、今いる場所は大陸中央部の中小国家群であるため身バレは防いだほうが無難だろう。
 最近有名になり過ぎたのも素顔を隠す理由の一つだが、一番の理由がかつての大国の遺産を手に入れるためだ。
 素顔がバレて目立ちすぎると、その目的の邪魔になってしまう。

 錬魔戦争の裏で密かに関わりを持ったアラダ王国のグリアム王。
 ドゥームディス帝国と同様に過去に存在した古代の大国であるウリム帝国の末裔である彼に助力したことにより、アラダ王国はウリム連合王国から離反し、その勢いのままウリム連合王国の首都の占領に成功した。
 その助力の対価として、かつてのウリム帝国の首都でもあるウリム連合王国の首都に存在する、ウリム帝国の隠された宝物庫から数点の報酬を貰った。
 この宝物庫はウリム皇族の血を引く者にしか開けられず、正確な座標は直系にしか知らされていない。
 特殊な空間にあるギミック式の宝物庫だとグリアム王は言っていたが、正確には宝物庫自体は異界にあり、その入り口がギミック式と言うべきだろう。
 俺の【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップにも表示されないことからも、宝物庫自体が異界に存在するのは間違いない。
 古代の大国では当たり前に使われていたという魔導技術に感心して間もなく、グリアム王と似た身の上のメルセデスと小国の奴隷商館で偶然出会うとは、まさに運命的だ。

 メルセデスはアビスエルフの精神干渉系の種族特性によって他者からの認識を一部阻害しており、多少珍しい肌をした普通の容姿のエルフとしてしか思われていなかった。
 そのおかげで簡単に購入できたわけだ。
 これまで彼女の認識阻害を看破できる者がいなかったことも含めて、今の俺の幸運値の高さが改めて分かる。
 メルセデスは最後に生き残っていた同族である大婆様とやらから、異界に隠されている全ての宝物庫の場所も聞いていた点も運が良い。
 この宝物庫の場所の情報が、アークディア帝国に送った他の購入した奴隷達とは違って、彼女だけを手元に置いたままの理由だ。

 唯一の問題は、それらの宝物庫の中身がまだ無事かどうかだな。
 見つけても中身が無ければ意味がない。
 メルセデスも宝物庫の中身までは知らされていないそうで、現状では全く予測が付かない。
 最悪何も手に入らない可能性だってあるだろう。
 そういう意味でも、非常に好みのタイプであるメルセデスの心だけでも手に入れたいものだな。


「……」

「ん? どうした?」

「……いえ。何もありません」

「そうか? 山道だから足元には気を付けろよ」

「……ありがとうございます」


 メルセデスは時折何か言いたそうに此方を見てくるのだが、無理に聞き出したことはない。
 アビスエルフの種族特性のせいで彼女の感情や欲望を読むことができないが、何かに困惑していることだけは表情から読み取れる。
 基本的に無表情な顔を何が理由で困惑に染めているかは知らないが、その困惑顔もとても好みだ。
 素朴なデザインの狩人装備に身を包んでいても感じられる、メルセデスの蠱惑的な色気に惑わされないようにしつつ、山道を歩き続ける。
 

「……ありました。周りの地形の特徴から、おそらく彼処が入り口だと思われます」


 メルセデスが入り口だと言う場所は、山の斜面に埋まるように佇む石像だった。
 特に珍しい材質で作られているわけでもなく、元が何を模していたか分からないほどに劣化が激しい。
 俺も【情報賢能ミーミル】を使わなければ、ただの古びた石像としか判断することは出来なかっただろう。


「ふむ。確かに此処みたいだな。さてさて……このあたりか」


 石像がある場所の特定の座標に触れながら一定量の魔力を送り込む。
 それを数度繰り返すと、石像がある場所の空間座標から重々しい魔力が漏れ出てきた。
 漏れ出た魔力によって空間が円状に開かれ、その先には通路のような景色が広がっていた。


「……」

「どうした? 置いていくぞ」

「……わ、分かりました」


 呆けた顔のメルセデスに声を掛けてから、彼女と共に空間の穴の先に広がる異界へと入っていく。
 同じ空間内に足を踏み入れたことにより、【情報蒐集地図】でこの宝物庫の地形をスキャンすることができた。
 どうやらそこまで広くはないようなので、侵入を阻む障害さえ排除すればすぐに探索することができるだろう。
 入り口の石像よりも高ランクの石材で作られた回廊を歩き出すと、回廊のあちこちから俺達の情報を解析するかのような魔力の動きが感じられた。
 鑑定や解析系のスキルに似た力が身体を突き抜けると、回廊中に薄紫色の煙が充満し出した。


「なるほど。そうきたか」

「キャッ!?」


 【強欲神の虚空権手】でメルセデスを近くに引き寄せると、その念動力の力場でメルセデスの身体を守るように包み込み、すぐ傍で浮かばせておく。
 辺りに充満する紫煙を吸ってみたところ、思った通りの致死性の猛毒だった。
 俺には効かないが、元Bランク冒険者のメルセデスでは即死するレベルで毒性が強い。
 例えSランク冒険者でも、毒耐性スキルがなければ即死するかもしれないほどの毒煙が仕掛けられているとは、流石は古代の大国と言うべきか。


「煙を吸ったら死ぬから大人しくしてろよ」

「は、はい。あの、ご主人様は大丈夫なのですか?」

「毒には慣れてるからな」


 魔王の毒すら呑み干したのだから、この程度の毒など薄味も薄味だ。
 【暴風神魔ルドラ】で回廊中の大気を支配し、右手の上へと全ての毒煙を掻き集める。
 無限に毒煙が放出されるわけではないらしく、程なくして毒煙の放出が止まった。
 回廊を満たしていた全ての毒煙が右手の上に集まったのを確認すると、【神喰と終末の獣神フェンリル】の【黄昏ノ貪喰フローズヴィトニル】によって毒煙の塊を掌で捕喰し消滅させた。
 思っていたほどの量のエネルギーには変換できなかったが、まぁいいか。


「やはり侵入者か否かを判断する通行証みたいな物があるみたいだな」

「……申し訳ありません」

「気にするな。昔も昔だし、紛失していてもおかしくはないさ」


 連綿と過去の記録と宝物庫の通行証を引き継いできたアラダ王国の王族達とは事情が違うからな。
 元より危険なのは承知の上だ。
 寧ろ、トレジャーハント感が出てきてワクワクしてきた。


「とはいえ、危険なのには変わりないから、メルセデスはそのままの状態で運ぶからな」

「……分かりました」


 少し逡巡しているようだったが、この場所の危険性は感じられたらしく、最終的に今の状態のままでいることを受け入れていた。
 その後も魔槍や魔剣の雨、迫り来る壁や天井などの殺意の高いトラップを力業で突破していく。
 Aランク魔物相当の性能を持つゴーレムの群れを殴って蹴って粉砕し終えると、今一度宝物庫のマップを確認する。
 宝物が置かれていると思わしき最奥の部屋を除くと、次の部屋が最後の空間だ。
 最後のトラップは何だろうか?


「最後は何がいるかな、っと……なるほど。確かに骨なら飲食は不要だよな」


 両開きの重厚な扉を開くと、そこには巨大な骨の竜ボーンドラゴンがいた。
 異界という密閉された空間に番人を半永久的に配置するならば、生物は不適格だものな。
 そんなボーンドラゴンが三体おり、それぞれの竜骨の身体は〈死〉属性のオーラに覆われている。
 生半可な攻撃では死のオーラを突破することは出来ないだろう。


「ある意味ちょうどいいな。〈龍喰財蒐の神刀アメノハバキリ〉」


 名を呼ぶと、手元に白い柄と銀の鍔、妖しく煌く紫銀色の刀身を持った神刀が召喚される。
 この神刀は、つい先日倒した〈悪毒の魔王〉マルベムの残滓の体内から取り出した擬似神刀を素体にして生み出したモノだ。
 〈天喰王〉リンファの力が封じられた金符を取り込み擬似神刀と化したエンジュの伝説レジェンド級の刀は、魔王であるマルベムの力までも取り込んでおり、そこに星鉄と俺の血を【混源融合】で融合させて生み出している。
 下位の神器ではあるが、目の前のボーンドラゴンには過ぎた武器であるのは間違いないだろう。
 常時発動型の第二能力【龍ヲ屠ル神ノ牙】によって『龍や竜を容易く屠るほどの特効』を得ているので、基本能力である【嵐霆神刃】を発動させるまでもない。

 この竜特効も神刀アメノハバキリを選んだ理由だが、【龍ヲ屠ル神ノ牙】には『龍や竜の血と魔力を吸うほどにその特効値が永続的に増大していく効果』もある。
 大昔から番人として存在しているボーンドラゴンの魔力でどれほど増大するかを確認するには、実際に使ってみるのが一番だ。
 加えて、『アメノハバキリ使用時に使用者の身体能力を強化する効果』を持つ第三能力【龍ヲ貪ル神ノ牙】も、『龍や竜の血と魔力を吸うほどに身体強化時の値が永続的に増大する』ため、二重でお得感がある。


「まぁ、オーバーキルなのには変わりないか」


 骨の身体故に声帯のないボーンドラゴン達が、咆哮を上げることなく足音のみを立てて襲い掛かってきた。
 そんなボーンドラゴン達に向かってアメノハバキリを鋭く横薙ぎに振り抜くと、その一撃で三体のボーンドラゴンがバラバラになって吹き飛んでいった。


[神器〈龍喰財蒐の神刀〉の能力【財ヲ顕ス強欲ノ刃】が発動しました]
[討伐対象から財物が顕在化ドロップします]
[アイテム〈深淵の竜骨剣〉を獲得しました]
[アイテム〈竜骨兵の黒指環〉を獲得しました]
[アイテム〈竜骨兵の紅指環〉を獲得しました]


 俺の血を素材に使ったからか、もう一振りの神刀である〈財顕討葬の神刀エディステラ〉にもある能力【財ヲ顕ス強欲ノ刃】が、アメノハバキリにも第四能力として発現していた。
 どちらの神刀で倒してもアイテムが手に入るのは嬉しいが、自分の血に宿る〈強欲〉さには思わず苦笑せざるを得ない。


「……ボーンドラゴンが、一撃……」


 メルセデスのそんな呟きを聞きながらボーンドラゴンの骨の山を回収する。
 これで後は最奥の部屋の中を確認するだけだ。
 もし、全ての隠された宝物庫にボーンドラゴンみたいな番人が存在するとしたら、エディステラかアメノハバキリで番人を倒せば、仮に宝が無くとも最低限何かしらのアイテムは獲得できるな。
 本体の方で二刀を使っている時は獲得できなくなるが、今後の本体の方のスケジュール通りならば特に問題はないだろう。
 本体は永代公爵としても冒険者としても忙しくなりそうなので、こっちの方では美女と一緒に宝探しを楽しませてもらうとしようか。



 
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