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第十一章
第二百八十七話 エンジュ
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「ーー優勝者も決まったか」
俺の棄権により準決勝戦から決勝戦へと繰り上げられた試合が終わった。
個室観覧席から見下ろす舞台上には鬱蒼とした樹々が生えており、中央の拓けた空間には蘇生中の龍煌国第一皇子が倒れ伏している。
その第一皇子から少し離れた場所には勝者であるエンジュ・シンラの姿があった。
優勝しても嬉しそうな様子はなく、相変わらずな無表情ぶりだ。
ただ、試合中にはなかった緊張や葛藤のような感情も僅かに見て取れるので、感情が無いわけではないのだろう。
エンジュが黒龍剣こと〈荒れ狂う黒煌の龍剣〉に選ばれるかは分からないが、ユニークスキルの力もあってステータス上は非常に優秀だ。
彼について集めた情報が正しいならば、ユニークスキル抜きでも天才かつ努力家のようなので、黒龍剣に選ばれたらすぐに十全に扱えるようになると思われる。
経歴からも個人的に話してみたいので、そのうちジン・オウとして接触するとしよう。
接触する際には、エンジュと同じ星守だったリンファに紹介してもらうのが良さそうだな。
「それにしても、リオンくんが優勝した姿が見れないのは残念ね」
「黒龍剣の選定がなかったら優勝するのも考えたんですけどね」
「選定があるのは間違いないの?」
「さっき棄権するのを伝えに行ったら、準優勝者までは選定があると言われたので間違いないみたいですよ」
個人的にはセレナの期待に応えてやりたかったところだが、後腐れなく武闘大会を終えるにはこの形の方がベストだ。
まぁ、エンジュと戦えなかったのは少し惜しい気もするが。
決勝戦の対戦相手である第一皇子も中々に強かったのだが、エンジュは終始【樹界魔法】しか使わなかった。
結局、最後まで誰も彼の本気を引き出すことは出来なかったようだ。
「戻ってくるのに時間が掛かったのは、棄権を取り止めるよう説得されていたからですか?」
「そんなところだな」
俺が準優勝戦での装備の破損とコンディションの不調を理由に決勝戦を棄権する旨は、エンジュと第一皇子の試合が始まる前に告知された。
途中でリンファが来なかったら、今も大会委員長から説得されていたと思うので、二人の試合前に告知することは出来なかっただろう。
棄権を受諾する代わりにとある条件を出されたが、俺が損をすることはない。
国際的な観点で見ると不利益を被る国が出るだろうが、国家間の国力差を考えれば今更だから大して変わらないだろう。
リンファの公私ともに利のある交渉ぶりは、流石は龍煌国の守護神と言うべきか、長く生きているだけはあると言うべきか……守護神でいいか。
私的な部分でのリンファの狙いは想像でしかないのでリーゼロッテ達には黙っておくとしよう。
「本当にそれだけですか?」
「勿論だとも」
嘘は言っていないので、リーゼロッテからの胡乱なものを見るような視線を受け流す。
それから暫くの間、試合が行われていた舞台が整えられるのを眺める。
やがて、中央に祭壇のような表彰台が準備されていく。
その中央部に龍煌国の騎士達に厳重に守られながら、長方形の黒い箱が運ばれてきた。
どうやら、あの黒箱に黒龍剣が納められているようだ。
黒箱が祭壇にある窪みに嵌め込まれると、護衛してきた騎士達は祭壇を取り囲むような位置へと移動する。
騎士達の配置が済むと、数名の大会委員と共にやって来た大会委員長が、黒箱の前にある一段と高くなっている台の上へと登壇した。
『皆様長らくお待たせしました! これより表彰式を開催致しますッ!』
試合でも聞いた司会者の魔導具越しの声が会場に響き渡る。
今大会の総評などを軽く述べた後、司会者の言葉に従って優勝者であるエンジュが入場してきた。
今回の表彰式では、優勝者、準優勝者、三位の者と順に一人ずつ入場し賞品を授与していく予定だったらしい。
本来ならば三位の俺も準備をしなければならないが、不調を理由に三位の賞品は後で貰うことになっている。
この表彰台への登壇時に黒龍剣の選定を行うため登壇するわけにはいかないからな。
「ん? アレは……」
エンジュが試合で身に付けていたのとは別の黒いローブを纏っていた。
そのローブが何となく気になったので【情報賢能】の【万物鑑定】を発動させる。
発動して間もなくローブの情報が看破できた。
看破したローブの情報と【第六感】により強化された直感力のせいで胸騒ぎがする。
「何かありましたか?」
「……もしかしたらだか、このまま何事もなく終わらないかもな」
「……あの男ですか」
視線の先では表彰式が進んでおり、エンジュが大会委員長から優勝賞品を一つずつ受け取っている。
全ての優勝賞品を自然な動きで懐に入れたエンジュが懐から手を引き抜くと、その手には見慣れない白い石が握られていた。
その白い石が持つ力が何かは分からないが、一目見た瞬間に本能的に危険性を感じ取れたのは俺を含めて三人ーー俺、リンファ、ベラムーーぐらいだろう。
【仙気覚】で認識していたリンファの気配に動きがあったが、一足早くエンジュが白い石を砕いていた。
「ーー『絶界呪樹の神縛牢獄』」
舞台上のエンジュの声を【地獄耳】と【強欲なる識覚領域】が拾い上げる。
発動された神域級結界魔法『絶界呪樹の神縛牢獄』により、瞬く間に地面から生えてきた無数の樹々が会場にいる人々を拘束していく。
正確に言えば、通常の観客席にいる人々は半数以上が捕まり、個室観覧席にいる者達も部屋の四方を囲い込んだ樹々によって部屋ごと封じ込められていた。
生えて来た樹々から発せられる力場によって会場を包み込む巨大な結界も張られており、その強度も凄まじいが、内外への転移や通信などの空間系能力や魔法を封じる効果もあるようだ。
そんな中、魔法発動と同時に個室観覧席の壁面ガラスをぶち抜いて飛び出していたリンファが、迫り来る樹々を引き裂きながら術者であるエンジュへと襲い掛かる。
「エンジュ!!」
「……」
魔法発動から間もなく、少し離れた個室観覧席から距離を詰めてきたリンファが手を振りかぶってくるのを目の当たりにしても、エンジュに慌てる様子はない。
樹々を操作して近くにいる大会委員長や大会委員達を手元に引き寄せ、リンファの攻撃に対する盾にしていた。
「ッ!?」
咄嗟に矛先を横へとズラすと、その先にあった表彰台の一部が破砕された。
無関係の者を攻撃せずに済んだが、それは決定的な隙でもあったようだ。
いつの間にかリンファの足元に金色に輝く符が放たれており、その符を基点に地面から生えて来た黄金色の鎖がリンファの全身を拘束した。
「これは、儂の力かッ!」
「はい。貴人様より奪った力で構築した貴人様専用の封印術です。貴人様といえど簡単には抜け出せない完成度だと自負しております」
「……各地の霊地で起きていた星気枯渇は貴様の仕業か」
「左様でございます。ですが、私が犯人である可能性も想定していらっしゃったのでしょう?」
「信じたくはなかったがのう……目的は復讐か?」
「……」
リンファの問いには答えずに、エンジュは黒箱の方へと歩いていく。
黒箱の蓋を開けると、中に納められていた黒龍剣を手に取った。
エンジュが黒龍剣に魔力を流すと、それに応えるようにエンジュの周りに風が纏わり付き、黒龍剣と共鳴したローブからも風が生まれ、二種の風が統合され不可視の嵐の鎧と化したのが見える。
ローブの名は〈魔龍王の毒幕衣〉。
黒龍剣と同じ龍から作られた魔導具のようで、おそらくだが黒龍剣を扱えている理由の一つだろう。
「……無駄だ」
「ぐあっ!?」
「ぎゃっ!?」
樹々の拘束を免れた一部の騎士達がエンジュとの間合いを詰めていたが、地中から新たに突き出て来た槍の穂先のような形状になった樹々に貫かれていた。
「……エンジュよ。何故だ?」
距離があっても聞こえたようで、エンジュが煌帝ラウがいる貴賓席へと顔を向ける。
「本当に分かりませんか?」
「……先帝はもういない。カーマルもだ」
確か、今は俺が持っている紅龍剣〈燃え盛る紅煌の龍剣〉の前の担い手の名前がカーマルだったな。
そして、ファロン龍煌国から紅龍剣を持ち逃げしただけでなく、当時の皇女と駆け落ちした元四天煌の名前でもある。
「そうですね。行方が知れなかったカーマルはまだしも、病没した先帝への復讐を果たせなかったのは悔恨の念に堪えません。ですが、私の妹と、妹の子供達の死を望んだ民達はまだ残っています。先帝を、煌帝という存在の言を疑うことを知らない民達は今も残っているのです」
「それは……」
龍煌国で集めた情報の中にエンジュの過去についての情報がないので仔細は知らないが、声に込められた怨念の大きさから、エンジュがどれほど龍煌国の民や先帝を憎んでいるが窺える。
試合中は無表情だっただけあって、双眸を怨みと怒りに染めた今とのギャップが非常に激しい。
これまで上手く隠し続けたものだ……まぁ、リンファやラウの反応を見るに一部の者達は気付いてはいたようだが。
「……大人しくしていれば、周りの樹々が会場にいる者達を傷付けることはありません。その間に、私はこの国への復讐を果たさせていただきますーー来たれ、悪毒の徒」
足元に展開した儀式系術式陣の中央へと黒龍剣を突き刺す。
次の瞬間、巨大な術式陣の中から黒い龍の死骸が顕現する。
黒龍の死骸とともに術式陣から紫色の毒煙や毒液が溢れ出るが、黒龍剣とローブを触媒にして追加の術式が発動した。
樹々に拘束されている人々が毒に侵される寸前で、逆再生するように術式陣へと戻っていった毒煙と毒液だけでなく、エンジュの制御に従って集まった旧都の星気までもが黒龍の身体に浸透していく。
大霊地である旧都の星気の大半を吸い尽くした黒龍の瞳に生気が宿る。
「GUWOOOAaaaaーーーーッ!!」
封印されていた黒龍の死骸、いや〈悪毒の魔王〉の死骸を使い魔として新生させたのか。
溢れ出る毒が危険すぎて龍煌国の何処かに〈悪毒の魔王〉マルベムの死骸が封印されているとは聞いていた。
そして、星守はその封印場所の監視と管理も行なっているとも……。
「マルベムを式神化したか……」
「黒龍剣と魔龍衣を使って漸くですがね」
「そのローブは?」
「貴人様がマルベムと戦った際に斬り裂かれた翼の一部から作らせました。我が家で代々保管していた素材です。粗悪品ですが、触媒の役割は果たせます」
リンファからの問いに答えると、エンジュは制御鍵と化した黒龍剣に魔力を流す。
翼を広げて浮かび上がった〈悪毒の魔王〉の頭部に立つエンジュが、再びラウへと視線を向けて口を開く。
「この魔法は丸一日は効果が続くでしょう。貴人様専用の封印術はそれよりも早く解けるでしょうが、枯渇した霊地を経由して貴人様の力を奪っていますので期待はしないことです。その力もこのように私の手の内です」
そう言い放つと、エンジュは懐から取り出した金色に輝く符を自らの身体へと押し当てた。
すると、エンジュの身体が金色に一瞬輝いた後に、背後から金色の半透明の狐尾が具現化した。
ラウ達を絶望させるように告げた言葉通りならば、今のエンジュはリンファの力を扱えるのだろう。
金尾が具現化した際にエンジュの顔が苦悶の表情を浮かべていたことから、取り込むリスクはあるようだが。
彼のキャパシティも圧迫しているし、全ての力が使えるわけではないのかもしれない。
「何処へ向かうつもりだ?」
「当然、国の中心たる煌都です」
ラウに簡潔に行き先を告げると、彼が言葉を重ねる前にマルベムを飛び立たせた。
魔法の術者とその使い魔であるため、会場を覆う巨大結界に阻まれることなく擦り抜けて旧都を飛び立っていった。
「……さて、とんでもない事態になったな」
「動くのでしょう?」
「まぁ、それはそうなんだが……此処には分身体を置いておけばいいか」
【複製する黄金の腕環】の【化身顕現】で新たな分身体を生み出すと、分身体の姿をジン・オウへと変えてから本体は元の姿に戻す。
「私達は待ってればいい?」
「ああ。大人しくしてれば周りの樹々が襲ってくることはないだろう」
「ご主人様なら解除できるんじゃない?」
「迷宮秘宝らしきアイテムを使って行使した神域級魔法とはいえ、俺なら問題なく解除できるだろう。だが、今解除したら俺が自由に動けないし、俺以外がエンジュと戦ったら却って被害が出るからこのままにしておく」
「んー、確かに強そうな龍だったものね」
「まぁ、元は魔王の死骸だしな」
「えっ、そうなの?」
「ああ」
説明している暇はないので詳しく知りたそうなカレンからの視線をスルーして、【意思伝達】で拘束されているリンファに話しかける。
『災難でしたね』
『む、リオンか。話を聞いておったのか。盗み聞くのが好きとは、悪い耳じゃのう』
『聞こえてしまっただけですよ。それはそうと、彼らは私のほうで倒しましょうか?』
『……結界から出られるのか?』
『容易いことです。その封印術を解除するのは時間がかかりますけどね』
『そうか。ならば、儂は動けぬし被害が広がる前に頼むとするかのう』
『勿論、タダではありませんよ』
『まぁ、そうじゃろうな。条件は?』
『幾つかあります』
リンファへとエンジュ、並びに式神化した元〈悪毒の魔王〉マルベムの討伐の条件を告げていく。
それらの条件の内容は然程変更することなく受け入れられた。
リンファが責任を持って煌帝であるラウを説得してくれるそうだ。
リンファとの交渉の間に俺の〈聖者〉であるシャルロットが強化支援をかけてくれた。
元〈悪毒の魔王〉の死骸ということからも分かるように、式神化するよりも前に一度死んだ際にマルベムは〈魔王〉ではなくなっているため、対魔王用の勇者専用の強化支援は意味をなさない。
それでも何もしないよりは良いので、特殊支援効果〈聖者の祈り〉だけはかけてもらった。
「それじゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
リーゼロッテ達に声を掛けてから【強欲神皇】の【発掘自在】で巨大結界の転移阻害効果を一時的に無効化し、【万能と守護の伝令使】の【黄金ノ神足】で転移を行なった。
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