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第十章

第二百四十四話 黄金の災雨

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 ◆◇◆◇◆◇


 ヴィルヘルムが率いる本隊がブレイヴァン要塞に先行していた本軍に合流した翌日。
 前回を上回る十数万もの数の兵を動員したアークディア帝国軍が、国境線を越えてハンノス王国領へと進軍を開始した。
 両国の国境線に使われていた河川を帝国軍が越える際の抵抗は一切なく、凡ゆる偵察や探知技能をもってしても伏兵の存在は確認されなかった。


「全く伏兵がいないとは思わなかったが、王国側が要塞で迎え討つつもりだというのは予想通りだったな」


 進軍する帝国軍と共に移動している空間拡張式魔導馬車〈スパティウム〉の会議室に集まった貴族達の前で、上座に座るヴィルヘルムが独り言のように言葉を溢す。
 そのヴィルヘルムの発言に言葉が返ってきた。


「待っていれば此方が勝手に向かってくるのは分かっているからだろう。はじめから要塞に兵を集めて待ち構え、防衛戦で数の不利を覆そうとするのはおかしなことではない」

「まぁ、戦力差は明らかだからな」


 軍務卿であるアドルフの言葉にヴィルヘルムは同意する。
 開戦前の予想に反して、ハンノス王国へ助力する勢力は殆どいない。
 ハンノス王国の隣国であり友好国のウリム連合王国にこそ動きはあるが、最新の情報ではそれ以外の周辺諸国は静観の方針であることが分かっている。
 周辺諸国の中には直前まで軍が動いていた国もあったが、ハンノス王国が行使する魔王の力に対してアークディア帝国の勇者が動くことを認める旨の宣言をエリュシュ神教国が出すと、自国の国境ギリギリのところで足を止めた。
 国境から退く動きがないことから、場合によってはハンノス王国の領土を切り取るつもりだというのが、アークディア帝国上層部の考えだ。
 ロンダルヴィア帝国からの援軍についても、昨年の戦争時に派遣した機甲錬騎が鹵獲された失態と国内の勢力図の変動などもあって、各国への援軍に積極的だった第二皇子派は動くことはできなかった。
 
 結果、戦力が拮抗することもなくアークディア帝国優位のままに開戦することになった。


「陛下、初戦であるイション要塞への攻撃は我らではないというのは真でありましょうか?」


 声を上げたのは中年ほどの外見の魔角族の男性貴族だった。
 ヴィルヘルムの親世代よりも少し上の世代にあたる年齢であり、数少ない公爵位に付く上級貴族だ。
 また、このギョノフ公爵は、昨年の戦争において理由をつけて参戦しなかった当主達が所属する貴族派の主でもある。

 アークディア帝国には大きく分けて六つの派閥が存在している。
 一つ目は、アークディア皇家を中心とした派閥〈皇族派〉。
 支持基盤は建国時から存在する七大貴族家の一つである現アーベントロート侯爵家当主アドルフなどを中心とした現皇帝ヴィルヘルムと親交の深い貴族達と帝国中央部の有力者達。

 二つ目は、シェーンヴァルト公爵家を中心とした派閥〈妖精派〉。
 支持基盤は主に国内の妖精種系人類種達と帝国西部の貴族達。

 三つ目は、建国時から存在する七大貴族家の一つであるフォルモント公爵家を中心とした派閥〈天翼派〉。
 支持基盤は東部国境周辺の貴族達と彼らと親交のある軍部の一部。

 四つ目は、建国時から存在する七大貴族家の一つであるネロテティス公爵家を中心とした派閥〈海竜派〉。
 支持基盤は南部沿岸部周辺の貴族達と傘下の商家達。

 五つ目は、建国時から存在する七大貴族家の一つであるギョノフ公爵家を中心とした派閥〈貴族派〉。
 支持基盤は愚帝の時代に愚帝に恭順・追従し、愚帝の死とともに没落しつつある貴族達と傘下の商家達。

 最後の六つ目は、建国時から存在する七大貴族家の一つである市民派と言われているとある侯爵家と元貴族派の侯爵家、そして北部の雄ヴァイルグ侯爵家の三家を中心とした派閥〈中立派〉。
 支持基盤はこの三つの侯爵家の寄子である下級貴族達。

 貴族派を除いた五大派閥の主や各派閥に属する貴族家の当主達は、前回の戦争に参戦し各々が結果を残し、その発言力を拡大させていた。
 一方で、大勝の機会に乗り損ねた貴族派の勢力は以前にも増して弱体化しており、今回の戦争にて戦果を挙げて勢力を拡大したいギョノフ公爵としては、大事な初戦に参加できないということが気に掛かっていた。


「ああ。開戦を告げる初戦の先鋒はリオンに任せることになった」

「何故でしょうか! 事前の軍議では私共が主体となってイション要塞を攻める手筈になっていたはずです!」

「一ヶ月前の軍議の時点ではそうだな。だが、状況は変わった。諸外国からの注目が集まっている初戦では、我が国の〈勇者〉として発表したリオンの力を示した方がメリットが大きい。その一つ一つについて説明をした方がよいか?」

「……情報の齟齬があってはなりませんので、よろしければお聞かせ願えますかな?」

「良かろう」


 エリュシュ神教国の宣言によって〈勇者〉の信憑性については問題ない。
 だが、勇者というのが事実であっても、その力がどれほどのモノかは明らかにされていないため、各勢力がアークディア帝国とハンノス王国の戦争を注視している状況だった。
 発表された〈創造の勇者〉という冠位称号から、前衛タイプではなく後方支援タイプと看做されているのも一因だ。
 Sランク冒険者としての二つ名が〈賢魔剣聖〉であることから、Sランクに相応しい近接戦闘力があることは各国も分かってはいる。
 しかし、それがエリュシュ神教国が宣言した魔王の力と戦えるレベルかどうかは別問題だ。

 これらの疑念を早期に払拭する場として見れば、戦争の初戦となるイション要塞攻略戦は相応しい舞台だと言える。
 領土の入り口でアークディア帝国軍を堰き止めるべく、イション要塞には多くの戦力が集結していた。
 ハンノス王国が現在動かせる戦力の約三分の一近い数の兵力が集まったイション要塞は、リオンの勇者としてのデビュー戦の場としては最低限の役割を果たせるだろう。
 初戦をリオンに一任することでアークディア帝国軍は戦力を温存できるし、勇者の力を示すことで全軍の士気を上げることもできる。
 次戦からは本営に控えてもらう予定だが、勇者という切り札が控えている安心感は何ものにも代え難い。
 後々の布石を打つ場としても初戦をリオンに任せるのは決定事項だった。


「ーー簡単に挙げるならこんなところか。全ての戦場をリオンに任せるのは問題があるが、一戦場を任せるならば問題はない。中途半端な戦場に投入するには過剰戦力だが、初戦であり王国の城門と言えるイション要塞を砕く破城槌としては相応しかろう?」

「……なるほど。イション要塞攻略戦が勇者殿の力を確認する試金石であることは理解しました。それで? その勇者殿の姿が軍議の場に見えませぬが?」

「此度の軍議ではイション要塞制圧時の動きと、その後の動きについて話すからだ。リオンに任せる内容は既に決まっている故、彼には要塞攻略の準備の方に集中してもらうために此処には喚んでおらん」


 無駄な折衝に時間を使わせる必要はあるまい、という余計な言葉は飲み込んだヴィルヘルムは、ギョノフ公爵からの文句をキリの良いところで切り上げると、本来の議題へと話を移行させた。
 昨夜までの軍議で殆どのことは決まっているが、最新の情報によって予定が変わったこともある。
 移動中の空いている時間を使って情報の擦り合わせを行うのが主な目的だ。
 ギョノフ公爵以外にも各々に思惑があるのもあって、軍議はイション要塞に到着する寸前まで続けられた。


 ◆◇◆◇◆◇


 アークディア帝国のブレイヴァン要塞とハンノス王国のイション要塞の間に広がる軍事境界線を越え、アークディア帝国軍はイション要塞前の平原へと布陣した。
 天然の地形を利用して作られたイション要塞は高地に築かれており、眼下に広がる平原やアークディア帝国とハンノス王国間の道を監視するには最適な立地となっている。
 そんなイション要塞から視線を外すと、ヴィルヘルムへと向き直る。


「それでは陛下。そろそろ行って参ります」

「うむ。気を付けろよ」

「ありがとうございます。最後に確認致しますが、イション要塞の損壊については気にする必要はないのですね?」

「ああ。今の造りでは帝国が再利用するには使い難いからな。大まかな形さえ残っていればいい。好きにやるといい」

「かしこまりました。それでは失礼します」


 【天空飛翔】を使って帝国軍の本陣から飛び立つ。
 崖の上とも評するべきか少し悩む高地に築かれたイション要塞と同じ高さをも超え、眼下の要塞を見下ろせる位置にて上昇を止めて滞空する。
 直後、動きを止めた俺に向かってイション要塞から対空砲火の数々が殺到してきた。
 魔導具マジックアイテムの能力や魔法、各々のスキルに矢などによる攻撃に対し、身に纏っている神器〈星坐す虚空の神衣ステラトゥス〉の【虚ろなる円環の蔵メビウス】を発動させる。
 眼下からの攻撃の数々が不可視の渦の中へと呑み込まれていき、その一撃ですら俺に届くことはない。


「八錬英雄が動く前に粗方片付けるか」


 【混源の大君主】の【混沌源祖ケイオス・オリジン】により背中から三対六翼の光で構成された白翼を生成する。
 勇者のイメージを気にしたビジュアルの翼を生み出してみたが、おかげで味方からの反応は上々のようだ。
 更に【栄光の光背フワルナフ】にて背後に白光の光背を展開し、全能力値を強化してから【黄金災翼の神翅弾プルートス】を発動させた。
 黄金色に輝き出した白光の翼から数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の翅弾しだんが、ゲリラ豪雨の如くイション要塞へと降り注ぐ。
 即座に展開された要塞の障壁は一瞬の後に破壊され、予めロックオンしておいた敵兵一人一人の急所を射抜いていった。
 黄金の雨の一射によってイション要塞に詰めていた兵士の七割ほどが死亡したのが【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で確認できた。
 偶々運良く急所に当たらなかったり、障壁によって威力が削がれて即死しなかった者達などを除くと、今の一撃を防げたのは百人にも満たない。
 やはり【神穿つ魔弾の理タスラム】で更なる強化を試みるほどではなかったか。
 【神穿つ魔弾の理】まで使って黄金翅弾を強化していたら、今頃イション要塞は廃墟と化していたかもしれない。

 混乱と恐怖に陥っているイション要塞へ追撃を仕掛けるべく、光翼の上部一対の形状を変化させる。
 二つの細長い砲塔へと変化した二翼へと【黄金災翼の神翅弾】の力を収束する。
 仮想砲塔の矛先をイション要塞の頑強な城門へと向けると、チャージされた黄金の魔力を解き放った。
 二筋の黄金色の光の奔流は城門を消し飛ばし、そのままイション要塞を削り取っていく。
 要塞の背後に聳える山をも破壊しようとする寸前で砲撃を止めた。


「ふむ。この形態も中々使えるな。っと、やっと来たか」


 イション要塞に詰めていた二人の八錬英雄が俺を討つために飛翔してきた。
 正面から怒りの形相を浮かべて突っ込んでくる男と、透明化して俺の背後へと回り込んでくる女の二人組だ。
 保有スキルや目に見える装備品を見るに、飛翔能力も透明化能力も錬装剣から引き出した能力と思われる。
 まずは男の八錬英雄を囮に奇襲しようとしている女の八錬英雄を討つべく、身体の全身を使った抜刀術をもって女の知覚範囲を超える速さで神器〈財顕討葬の神刀エディステラ〉を鞘から抜き放った。
 何もいない空間をエディステラの紫刃が過ぎ去ると、直後に透明化が解けた女の八錬英雄の身体が真っ二つになって地上へと落ちていった。
 【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で女の手に握られていた錬装剣を回収すると、男の八錬英雄に向かって【黄金災翼の神翅弾】の弾幕を張った。


「貴様ッ、よくもデボラを!!」


 先ほどまでとは違う本気の怒りの形相を浮かべて光の黄金翅弾を防ぎ続ける男の八錬英雄。
 【情報賢能ミーミル】の解析によれば錬装剣から身体強化系能力と感覚強化系能力、そして対光属性効果である光喰能力を引き出しているようだ。
 事前情報通りの万能性だと感心しつつ、解析が済んだので弾幕を張るのを止めて男の懐へと踏み込み、下から上へとエディステラを振り抜いた。


「ぎっ、がっ」


 咄嗟に盾にした錬装剣ごと男を両断し、先の女と同様に地上へと骸が落下していくのを見送った。
 いくら強化しようと武器にも担い手にも限界はある。
 武器にとっても担い手にとっても圧倒的に格上の相手ならば、二人がかりで挑んでも勝算などありはしない。


「まぁ、八人いる中の七席と四席だからな。上位三人ぐらいはマトモに戦えるといいんだが……」


 上位の八錬英雄ほど錬装剣から引き出せる力が多く、その担い手も強者であるらしい。
 たった今一蹴した二人からは新規スキルが一つも手に入らなかったので、他の八錬英雄には期待したいところだ。

 【強欲王の支配手】で空中に浮かせた錬装剣の残骸から魔王の力が消えているのを確認すると、【無限宝庫】に収納してある錬装剣の方に意識を向ける。
 収納された錬装剣の力に変化がないことから、どうやら神域級の固有収納空間を越えて魔王の力が転送されることはないようだ。
 【無限宝庫】から取り出した錬装剣に力が再分配される気配がないのを確かめてから、錬装剣へと【強奪権限グリーディア】を発動させた。


「奪い解けーー【強奪権限】」


 超過稼働能力オーバー・アクティベート・スキル貪欲なる解奪手グリードリィ・デモリッション〉によって錬装剣が分解・吸収されていく。
 魔王の力を奪おうとしたが、錬装剣の封印術式が僅かに変化した瞬間に別の錬装剣へと内包された魔王の力が移動してしまった。


[解奪した力が蓄積されています]
[スキル化、又はアイテム化が可能です]
[どちらかを選択しますか?]

[スキル化が選択されました]
[蓄積された力が結晶化します]
[スキル【天威封印術】を獲得しました]


「チッ。そう上手いことはいかないか」


 エディステラで両断した錬装剣を復元・複製した後に、二人の八錬英雄の討伐証拠である破壊済みの錬装剣を二振り作り出した。
 限定解放した【強欲神皇マモン】の強奪出力ならば転送される前に奪えるだろうが、そこまでする理由もメリットもないので今手に入れた【天威封印術】のみで満足するとしよう。


「ま、取り敢えず初戦の戦果としては十分か」


 敵の最高戦力の排除を終えると、わざと急所を外して生かしてあるイション要塞の指揮官などを捕えるためにイション要塞へと降り立つ。
 【意思伝達】で本陣に突入の合図を送ると、先行してイション要塞内を散策しに向かった。



 
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