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第十章

第二百四十三話 帝都から前線へ

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 ◆◇◆◇◆◇


「ーー随分と疲れているわね。大丈夫?」

「ん?」


 出兵式にてアークディア帝国の〈勇者〉としての御披露目を済ませてから元いた場所へと戻ると、隣にいるレティーツィアから声を掛けられた。
 周りの目があるので壇上で開戦演説を行なっているヴィルヘルムに視線を向けたまま、小声で言葉を返す。


「大丈夫だけど、もしかしてさっきも顔に出てたか?」

「御披露目中は大丈夫よ。ただ、戻ってくる時に少しね」

「気が抜けてたか。昨日、屋敷で大変だったんだ……自業自得だけど」

「あら、また増えたの?」


 また女を増やしたのかという言外の言葉が聞こえ、レティーツィアの察しの良さに微妙な気持ちになった。


「これだけの情報で察せられるのは釈然としないんだが……」

「それこそ自業自得でしょう」


 それを言われてしまうと何も言い返せないな。
 

「それで? エリュシュで何人増やしてきたの?」

「増やしたというか、久しぶりに会っただけだから増えたわけではないというか元々というか……まぁ、一人だよ」

「ふぅん。そのお一人についてはそのうち聞かせてもらうとして。今更だけど良かったの?」

「何が?」

「普通の、というと語弊があるけど、聖剣への適性がある普通の〈聖剣使い〉という肩書きだったのに、〈勇者〉としての身を明かしちゃって」

「確かに今更だな」

「自らが参戦するための大義名分を得るためにエリュシュに向かったと思ったら、称号持ちの〈勇者〉であることを認めるとともに参戦することも認めるとエリュシュから連絡があったのよ? 兄上も周りも皆本当に大騒ぎだったんだから」

「そういえば当初は明かす予定はなかったな。まぁ、成り行きだよ」


 どういう経緯で明かしたんだっけか……。
 確か、アルカ教皇が【聖者セイント】持ちであるシャルロットに対して、彼女の勇者が見つかったことへの祝いの言葉を送ったことがきっかけだったかな。
 シャルロットが聖者である自らに対応する勇者を探していることは知られているようだったし、その彼女が随行している俺が勇者だと考えるのはおかしなことではない。
 そのわりには、アルカ教皇は俺が勇者であることを確信しているように発言していた気がするが……謎の多い人物のようだし、今考えても時間の無駄か。
 シャルロットを連れて神都に向かうことを決めた時から予想していた展開の一つだったし、今の俺ならば〈勇者〉だと明かしても自衛が出来る力が色々あるから問題は無い。

 いや、問題はあるか。
 耳聡い連中は俺が勇者だと知って、早速お見合い写真を帝都の屋敷に送り付けてきていた。
 今朝方、式典に参加する前に帝都の屋敷に寄った際に一通り確認したのだが、屋敷まではついて来たリーゼロッテがまた荒ぶる事態になってしまっていた。
 この騒動も先ほど俺が疲れて見えた一因だろう。
 まぁ、様々な種族の美女・美少女写真に目移りしていた俺が悪いのだが。
 俺の周りにいる女性について事前に調べてあったらしく、大体の年齢幅はリーゼロッテ達と同じくらいだった。
 中には妙齢の未亡人やら母娘共にといった写真まであったので、公にはなっていないはずのオリヴィアとの関係に気付いている者もいるらしい。
 彼らの情報収集力が優れているのか、それだけ知られていることなのかを探るべく、送り主達について調べるよう帝都の屋敷を任せている執事長のアインに指示を出しておいた。
 そんなアインからも屋敷のメイド長にして同族であるノクス族のトレアを紹介されたりもしたっけ。
 リーゼロッテが反応する前に「冗談でございます、奥様」とアインは言っていたが、近くにいたトレアの目は冗談を言っているようには見えなかったな……。
 外見年齢的にはオリヴィアと同じくらいでも実年齢は少し上なのだが、余裕で守備範囲内です。
 自らのそっち方面の欲深さを振り返ると同時に、こっそりトレアから手渡された彼女の部屋の鍵のことを思い出しつつ、意識を現実に戻した。
 

「一体何を思い出していたのかしら?」

「……自らの業についてかな」

「救いがなさそうね」


 【高速思考】によって高速化された思考内での回想だったため、現実で流れた時間は一瞬だ。
 それなのに此方の胸中を見抜いたかのようなレティーツィアの言葉に、思わず肩が跳ねそうになった。
 ヒヤリとしたモノを感じながら話題の変更を試みる。
 ヴィルヘルムの演説はもう少し掛かるようだ。


「えっと、レティーツィアの誕生日ってそろそろだったよな。やっぱり誕生パーティーみたいのをやってるのか?」

「ええ、そうよ。例年ならパーティーが行われるけど、今年はタイミング的に戦争の最中になるから行われないわ」

「そうか。でもプレゼントを贈るのは構わないんだろ?」

「あら、リオンもくれるの?」

「勿論だとも」
 

 大陸オークションのためにエドラーン幻遊国に向かう前に密かに行なった俺の誕生日パーティーには、レティーツィアも侍女のユリアーネと共に時間を作って参加してくれていた。
 その際に誕生日プレゼントを貰ったお返しというのもあるが、それを抜きにしても贈るぐらいには親しいつもりだ。


「レティは誕生日プレゼントで欲しいものはあるか?」

「リオン」

「……人以外でな」

「リオン以外だと、リーゼが誕生日に使い魔を貰ったって言ってたのは腹立た、羨ましかったわね」


 今、腹立たしいって言おうとしなかったか?


「アモラやルーラみたいのか? んー、流石にアモラ達と同種を用意出来るアテはないな……」

「使い魔に限らず、リオンにしか用意出来ないモノなら嬉しいわね。リーゼも持ってないモノならより嬉しいわ」


 レティーツィアのリーゼロッテへの対抗心を強く感じつつ、唯一無二の誕生日プレゼントについて考える。
 今の俺なら【混源融合】や各種生産スキル、各種アイテムなど使える物が潤沢にあるので唯一無二のモノを生み出すこと自体は可能だ。
 その中でもレティーツィアの望みを叶える特別なモノ……ふむ。おそらく、アレなら喜んでもらえるだろう。


「なるほど。そういうことなら、期待していてくれ。レティの予想を超えるモノを用意してみせよう」

「リオンがそこまで言うなんて、今から楽しみね」

「ああ、楽しみにしていてくれ」


 材料は揃っているが、ブラッシュアップに掛かるであろう時間を考えるとあまり余裕はない。
 本体では戦争に掛かり切りになるだろうから、分身体を使って作業を行うとしよう。
 さて、ちょうど切りの良いタイミングでヴィルヘルムによる演説が終わりそうだな。


『ーー親愛なる帝国の民達よ。最後にここに誓おう。余は此度の親征によって奪われた土地と誇りを取り戻し、更なる戦果をもってアークディア帝国により一層の繁栄を齎さんことを!!』


 皇城の演説用のバルコニー前の大広場に整列している兵士達や、その周囲に集まっていた帝都の民達から歓声が揚がる。
 昨年に起こった戦争での圧倒的な勝利は未だ記憶に新しく、人々の顔に戦争に対する否定的な色は見えない。
 出兵式前は多少あったが、俺という〈勇者〉の参戦とヴィルヘルムの演説が効いたようだ。
 この様子だと銃後の守りは大丈夫そうだな。
 後はミーミル社の新聞を使って情報操作を行えば盤石かな。
 ヴィルヘルムがバルコニーから移動するのに合わせて俺達も移動する。

 その後、帝都に残るレティーツィア達や帝都の民達に見送られながら俺達は帝都を発った。


 ◆◇◆◇◆◇


 帝都を発った俺達が向かったのは帝都近郊の草原だ。
 ここは以前にセレナを連れて牛系魔物の群れを討伐した場所であり、今は牛系魔物以外の魔物も全て軍によって前もって掃討されている。
 その草原にヴィルヘルムと近衛騎士団、帝国軍の一部が集結していた。
 彼ら以外の軍勢は宣戦布告して間もなく帝都を発っており、数日前には最前線の要塞へと到着している。


「報告します。全軍所定の配置につきました」


 俺以外にもヴィルヘルムや上級貴族達がいる簡易天幕に入ってきた伝令の兵士が準備が完了したことを告げてきた。


「分かりました。では、始めようと思います。陛下、よろしいでしょうか?」

「うむ。早速始めてくれ」

「かしこまりました」


 俺が簡易天幕の外に出るとヴィルヘルム達もついてきた。
 他の兵士達にも聞こえるように【拡声】を使う。


「これより、全軍を目的地であるブレイヴァン要塞前へと転移させます。一瞬で終わりますので気を楽にして待機していてください」


 声掛けしてすぐに【世界ノ天眼ワールドアイズ】で転移先の状態の最終確認を行う。
 準備が終わるまでの間に向こうへは連絡済みだが、万が一の場合があるので事故を防ぐための最終確認は必要だ。
 転移先に問題が無いことを確認すると、すぐにユニークスキル【兵站と補給の魔権ハルファス】の【軍勢転送】を発動させる。
 全軍の足元へと対象認識用の術式陣があっという間に広がると、次の瞬間には目の前の景色が変化した。

 帝都近郊の草原から、帝国東南東部の国境線にあるブレイヴァン要塞前に広がる平野へと全軍の転移が無事に成功したようだ。
 念のため【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で全軍の人数に変化がないことを確認してから、騒めき立っている者達に向けて【拡声】と【君主の言葉】を使用した。


「『皆さん落ち着いてください。転移は無事に成功しました。』彼方に見えるのがブレイヴァン要塞です。騒いでいると敵軍かと思われてしまうかもしれませんので、要塞から人がやってくるまで静かに待機するようお願いします」


 【君主の言葉】による命令を受けて浮き足立っていた者達も落ち着いた。
 後は要塞から先導する者達が来るのを待ってから、一緒に要塞へと入城することになっている。


「ご苦労だったな、リオン。信じていなかったわけではないが、本当にこの数を転移させることができるのだな……」

「恐れ入ります。ですが、このタイミングで明かしてよろしかったのですか?」


 軍勢の転移などという戦況を左右し得る手札の初使用の場を、今回の移動時間の短縮に使うことに決めたのはヴィルヘルムだ。
 自軍と相対している敵軍の後方に転移して挟み撃ちにするなど、手札を切るタイミング次第では不利な戦況を覆す一手にもなっただろう。


「此度の親征の主目的は二つある。一つは過去に奪われた土地の奪還だ。そして、もう一つは大国としての誇りを取り戻すためだ」

「先ほどの演説でも仰ってましたね」

「ああ。リオンはこれがどういう意味か分かるか?」

「……大国の誇りを取り戻すという目的があるため、帝国よりも国力の劣る王国は正面から堂々と押し潰す必要がある、といったところでしょうか? だから神出鬼没の手である軍勢転移は使うことは出来ない」

「その通りだ。勿論、戦況次第では使うつもりだが、今回は昨年を上回る数の兵力を動員している。リオンも〈勇者〉として参戦するならば、王道ではない方法を使うこともないだろう。だからと言ってリオンからの提案を使わないのも勿体ない。だから戦端が開かれる前に国内での移動時間の短縮にのみ使ったわけだ」

「なるほど。他にも最後通牒の直後に暗殺者を送り込んできた王国側との対比にもなりますね。加えて、王国側は今後軍勢を転移できるこちらの手札を常に警戒し続ける必要も出てくるわけですか。実際には使わないというのに」

「うむ。警戒レベルが上がることで限られたリソースを更に投入することになるだろうな」

「敵方のリソースの分散による戦力の低下は、帝国の兵士達にとって最大限の支援となるでしょう。流石は陛下ですね」

「リオンならばこの程度のこと思い付いてはおったのだろう?」

「否定はしませんが私が選ぶことはなかったでしょう。立場という観点から最善手をお選びになったが故の言葉でございます」

「なるほど。ならば先の言葉は有り難く受け取るとしよう」


 先々のことを考える必要がある皇帝であるヴィルヘルムと、身軽に動ける上に手札も多い俺とでは最善の策は異なる。
 国のトップが強大な力に安易に飛び付かないのは安心できるな。

 ヴィルヘルムと話している間に、ブレイヴァン要塞から先導役として要塞の責任者である将軍自身がやって来ていた。
 将軍がヴィルヘルムへと挨拶の言葉を述べているのを聞きながら今後の予定について考える。
 獲得予定のスキルのためにも、今一度手持ちのスキルを整理しておいたほうがいいかもな。戦力増強にもなるし。
 現時点でもオーバーキルだとは思うが、やっておいて損はない。
 要塞に移動した後は忙しくなるから、やるなら今のうちか。
 今回の戦場で実戦テストができるといいな。


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