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第十章

第二百四十一話 冠位勇者と熾剣王

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 ◆◇◆◇◆◇


「ーーつまり、周りに建てられた像は神々を模しているのか」

「ええ、そう言われているわ。とは言っても、その姿形はそれぞれの神の加護を受けた信徒達が加護越しに受け取った情報や、知識系の神々の加護を持つ使徒達がこれまでに蓄積してきた情報からのイメージ像らしいけどね」

「ふーん」


 俺とヴィクトリアがいる闘技場のような場所には、その周囲を取り囲むよう神々の像が建ち並んでいる。
 大半の像の形は人型だが、中には獣型や無生物型、なんと言って表現すればいいか分からない異形型の神の像もあった。
 神器というわけではないが、それぞれが極僅かに神気を宿しており、この場に神秘的な雰囲気を漂わせていた。


「神前戦闘儀式場、略して〈戦闘儀場〉か。名前の通り厳かな場所だな」

「気分は?」

「ソワソワする」


 中央神殿での謁見後、エリュシュ神教国から俺が此度の戦争へ参戦することを認める声明を条件付きで出してもらえることになった。
 その条件とは、この戦闘儀場で英雄使徒であるヴィクトリアと模擬戦を行い、アルカ教皇達の前で俺の力を証明するというものだった。
 神像を通して誰かに見られているような感覚を覚えながら周りを見渡す。
 対戦の舞台と周囲の神像の間には観客席があり、そこにはアルカ教皇と十二人の枢機卿達、各神派の大司教達といった謁見の間にいたお偉方が勢揃いしている。
 シャルロットもアルカ教皇の近くに座っているのが確認できた。
 他にも、先日の出迎えの時を上回る数の神星使徒が集まっていた。
 これだけの数を急遽集められるわけがないので、この対戦は予め決まっていたことが分かる。


「そういえば、この対戦ってヴィクトリアの案か?」

「発案はね。ここまでの人数を集めたのは私ではなく猊下よ」

「なるほど」


 ヴィクトリアは発案しただけならば納得がいく。
 俺が来訪した一昨日と昨日の二日間は、朝も昼も夜も飯時も風呂時も寝る時もずっと一緒にいたーー英雄使徒としての仕事は休みを貰ったそうだーーので、神星使徒を直接集める暇は無かったからだ。
 国のトップが一声掛ければこの数も集まるし確実だろう。
 開始位置に立つと、身に纏っていた正装を戦闘衣装へと変更する。
 【無限宝庫】の瞬間装着機能により一瞬で装いが変わったことに観客が騒めき立った。
 一部の神官達や神星使徒達は俺の上着を見て驚いているように見える。
 此度の対戦は、俺の力が魔王と戦うに足るか否かを確認するために行われる。
 故に外套コート型神器〈星坐す虚空の神衣ステラトゥス〉の神器特有の気配も隠しはしない。
 それは使用武器である〈財顕討葬の神刀エディステラ〉も同様だ。
 先ほどシャルロットに神刀のことは伏せさせたのが無駄になったが、ヴィクトリアを相手にしながら力を示す必要があるので仕方ない。

 瞠目する者が更に増えたのを感じつつ、対戦相手であるヴィクトリアへと意識を向ける。
 謁見の時からヴィクトリアは戦闘用の装備を身に纏っていため装いに変化はない。
 だが、彼女自身のテンションは高揚しているらしく、共鳴した大気中の魔力が震えていた。


「ご機嫌だな?」

「リオンとの手合わせは久しぶりだもの。本気の全力でやれないのだけは残念ね」

「確かに、せっかく俺に勝てる可能性がある最後の機会なのに残念だよな」

「……言うじゃない。前みたいにも私が指導してあげるわ」

「いいのか? 前みたいにすぐに追い抜かれるのに。いや、もう既に追い抜いてるか」

「……」


 俺の挑発のおかげでヴィクトリアの戦意への火入れも十分のようだ。
 ピキッと青筋が立ったような幻聴が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
 戦闘儀場内の気温が上がったなぁ、と思っていると、審判役を務める神弓使い、もとい英雄使徒ジークベルトの声が聞こえてきた。
 彼は謁見の間の時と同様にアルカ教皇の横におり、そこから声だけを飛ばしきている。


「お二人共、準備はよろしいでしょうか?」

「ええ」

「大丈夫です」

「境界神様の使徒と時空神様の使徒をはじめとした方々の尽力により舞台と観客席を隔てる結界が張られていますが、英雄使徒達の直接攻撃に何度も耐えられるほどではありません。壊れてもすぐに張り直しますが、絶え間なく壊されてしまうと再展開が追いつきませんので、出来るだけ結界への直接干渉はお控えください」

「善処します」

「気をつけます」
 

 捉え方によっては俺も英雄使徒の括りに含まれていたような気がするが……まぁ気のせいだろう。
 正体を隠していたとはいえ、ジークベルトとは以前に彼の攻撃を防いだり矢の力を奪ったりと、ちょっとした因縁があるので身バレを防ぐべくなるだけ関わらないほうが無難だ。
 なので、今の発言についてもスルーである。


「勝敗が明白になるか、審判である私が止めるまで続けていただきます。それでは……始めてください」


 開始を告げる言葉が聞こえた次の瞬間、俺達は示し合わせたように前方へと駆け出すと、彼我の中間地点にて互いの剣を衝突させた。
 濃紫色の神刀と深紅色の神剣による鍔迫り合いによる衝撃、そして俺とヴィクトリアから放たれた魔力の奔流によって戦闘儀場の結界の各所に亀裂が入る。
 何層にも積み重ねられた多重結界の一層目がこれだけで壊れるなら、確かに直接攻撃が当たれば全ての結界が破壊されそうだ。


「他所の使徒達のためにも力を抜いたほうがいいんじゃないか?」

「彼らにとっても良い鍛練になるから大丈夫よ」

「そうかいッ!」


 同じタイミングで相手の剣を弾いて後退する。
 ヴィクトリアは後退の途中で翼を広げて空中で停止すると、その翼を黄昏色の炎で覆う。
 それと同時に彼女の周囲に同色の炎で構成された剣が無数に出現した。
 寝物語にヴィクトリア自身から聞いた話によれば、あの炎剣の一つ一つが並の上級攻撃魔法を上回るほどの破壊力を有しているとのこと。
 彼女のユニークスキルの内包スキル【終炎崩能ムスペル】により生み出された炎を剣の形にしているのは、あの形状が王権称号〈熾剣王〉の補正を最も強く受けられるからだろう。
 炎剣形態の理由は聞いていないが、〈熾剣王〉の効果が『炎と剣の概念強化と同属性能力の低コスト化』だとは聞いているので間違いあるまい。


「いや、そんなの使ったら結界が、っとお構いなしだな!」


 ミサイルの如く飛来してくる炎剣を全て回避する。
 回避自体は容易かったが、避けた炎剣が後方の地面に着弾することで発生した大爆発が厄介だった。
 爆発の威力は勿論だが、それ以上に爆発と同時に解放される【終炎崩能】の特殊な炎である〈終炎〉には、各種耐性スキルが意味をなさないので舞台に広がった終炎が非常に拙い。
 空中に逃げても地上から発せられる終炎の熱に熱せられるので、この閉鎖された空間内では然程意味はないだろう。
 高速化した思考で分析を終えると、襲い掛かってくる炎剣の群れを神刀エディステラで討ち払っていく。

 エディステラの基本能力【討葬神刃】は、刀身の超強化と生物に限らず凡ゆるモノに対する特効を得るという効果を持つ。
 これならば終炎が相手であっても優位に立つことができる。
 更に第二能力【世界ヲ解ク刃】によって刀身を覆う漆黒色のオーラに触れた終炎はエネルギーへと分解される。
 この段階で炎剣の直接的な脅威はほぼなくなった。
 最後に第四能力【界力吸収】を使い、終炎を分解して生まれたエネルギーだけでなく周囲で発生している熱エネルギーも吸収し、万能エネルギーに変換してから俺に還元される。
 先日の大魔王の〈獄炎〉では出力が高すぎた上に性質的に相性が悪くて無理だったが、ヴィクトリアの終炎ならば問題ないようだ。


「結界が壊れまくってるんだが?」

「直撃はしてないわよ?」

「終炎で炙ってるから直撃みたいなものだろ」

 
 俺へと殺到する炎剣の雨の中を突き進んできたヴィクトリアからの剣撃を受け止めながら結界について指摘しておく。
 斬り掛かってきた彼女は、追加で身体強化系効果を持つ黄昏色のオーラを纏っているのが見えたので、俺も即座に【闘聖戦神の黄金鎧気ディヴァインオーラ】による同種の効果を持つ黄金色のオーラを纏って対抗した。


「それはそうと綺麗なオーラね」

「そっちのも綺麗だぞ」

「あら、美人だなんて。まだ昼間よ?」

「いや、オーラの話だからな」


 緊張感のない会話をしながらも、互いに超強化された身体能力を駆使して戦闘儀場の結界内の空間を飛び回り、神刀と神剣を数十数百と振るい続ける。
 纏っている攻防一体のオーラのおかげで俺達は剣戟の余波でダメージは受けていないが、戦闘儀場の舞台と結界は酷い有様だった。
 この短い剣戟の間にも、その余波だけで結界は三度全損しており、俺とヴィクトリアで無言で示し合わせて手加減をしていなければ結界の再展開は間に合っていなかっただろう。


「この程度で壊れまくるとは意外と脆いな?」

「神剣同士による剣圧に耐えられないだけでコレでも頑丈なのよ」

「完全に防ぐには同格の結界術者が必要ってことか」

「昔いたっていう境界神の英雄使徒なら私達が本気でやり合っても防げたでしょうね」

「大魔王を封印できるレベルの結界なら余裕そうだよな。是非とも会いたかったものだ」
 

 剣戟と雑談を交わしながら観客席に意識を向ける。
 大半は俺達の戦いぶりに唖然としていたが、それ以外の者達は感心している様子だった。
 その中でも変わらず反応が薄いアルカ教皇の横にいる審判役のジークベルトの様子を確認した。
 おそらくだが、観衆の中で唯一俺達の剣の動きを追えていると思われる。
 俺達が手を抜いているのが分かるからか、まだ模擬戦の終了を告げるつもりはないようだ。
 それならば、もう少しだけ力を示すとしよう。


「そうだ。このまま変わり映えしないのもつまらないから、面白いものを見せよう」

「面白いもの?」

「思い付きだがな」


 本気に近付けた一撃でヴィクトリアの神剣を弾いて距離を空ける。
 俺が何をするのか興味があるヴィクトリアは、空いた距離を詰めずに待ちの姿勢だ。
 即座にユニークスキル【源炎と空間の統魔権バティン】の【炎の源泉】を使って、ヴィクトリアの周りにある炎剣ーー【終炎崩能】をコピーするために動く。
 手のひらに生まれた炎の輪、その内側が泉のような鏡面となって炎剣の姿を映し出した。
 

[ユニークスキル【源炎と空間の統魔権】の【炎の源泉】が発動しました]
[対象の炎熱系能力を転写コピーします]
[対象能力の等級が高すぎます]
[転写された能力は等級の制限を受けます]
[限定スキル〈劣・終炎崩能レッサームスペル〉が【炎の源泉】に保管されました]


 ちなみに、大魔王の眷属が主である大魔王の獄炎を使用できた理由がこのユニークスキルだ。
 まぁ、勝手にコピーするとは思えないので大魔王から許可を得た上でコピーしたんだろうけど。
 だが、俺の目的はコレではない。
 コピーするために右手に顕現させた炎の泉をそのままに、泉の上に〈劣・終炎崩能〉の終炎を発生させる。
 続けて、【救い裁く契約の熾天使メタトロン】の【聖裁炎武】による金色の聖炎を身体の正面に生み出す。
 最後に、ジークベルト達からは死角になる左手の上に、宇宙のような黒と生命の星のような鮮やかな青で構成された権能【獄炎神域】の〈星禍の獄炎〉を生み出した。
 それら全てのスキル事象を対象に【混源の大君主】の【混源融合】を発動させながら、三つの炎を押し潰すように柏手を打った。


[対象を融合します]
[〈聖裁炎武〉+〈炎の源泉〉+〈劣・終炎崩能〉+〈星禍の獄炎〉=【神星煌武】]


 やはり、【混源融合】ならばスキルによって発生した事象同士を融合させることでも新しいスキルを生み出すことが可能だったか。
 スキル同士の合成以上に組み合わせなどに制限や条件があるようなので、どんなスキル事象でも融合が可能というわけではないが、大元のスキルを失うことなく新規スキルが得られる利点は大きい。


[特定事象の熟練度レベルが規定値に達しました]
[特殊条件〈勇者保有〉〈賢者保有〉などが達成されました]
[称号〈創造の勇者〉を取得しました]


 ……おや?
 既に称号〈強欲の勇者〉を持っているのに、新たな勇者の冠位称号を手に入れてしまったんだが、どういうことだろうか?
 同じジョブ系の冠位称号は一つしか持てないはずなんだが……。


「……前のは前で、今のは今で別枠ってことかな」


 まぁ、〈強欲の勇者〉という字面よりも〈創造の勇者〉の方がマトモっぽいし、俺の力の根幹を隠す意味でも今後名乗れる冠位称号が別に存在するのは都合が良い。
 これまでに〈強欲の勇者〉と名乗ったことはないはずだから、これまで通りステータス欄で隠蔽しておけばバレることはないだろう。
 予想外の取得物に満足しつつ、手に入れたばかりの【神星煌武】を発動させ、俺の周囲に神性属性と星属性を内包し光の性質も持つ黄金色の炎剣を大量に生成した。
 感じられる力から神域級である【終炎崩能】と同格であることが分かる。


「……この規格外なところも懐かしいわね」


 呆れているように見えるヴィクトリアが感慨深そうな呟きを漏らすと、彼女の周りに俺の光炎剣と同じ数になるまで炎剣が生成された。
 ヴィクトリアの炎剣と俺の光炎剣が切っ先を向け合う。
 光炎剣を上回るためか、ヴィクトリアは先ほどまで以上に炎剣の出力を高めている。
 俺も対抗するように【神星煌武】の出力を高めていった。
 現在、俺達が顕現させている炎だけでも一つの都市を焼け野原にすることが可能だろう。
 そんな二つの炎剣の群れが勢いよく放たれ、衝突するーー寸前に全ての炎剣が同じ数の矢に射抜かれ相殺された。
 矢が放たれてきた観客席の方に顔を向けると、そこには神弓を構えている〈天弓王〉ジークベルトの姿があった。


「お二人共、そこまでになさってください。これ以上続けては戦闘儀場が焼滅してしまいます」

「……盛り上がってきたところですが、仕方ありませんね」

「止めていただきありがとうございます。それでは、力の証明は十分ということでしょうか?」

「はい。私個人としましてはもう少し拝見したいところでしたか、猊下も皆様もご納得いただけるだけの力は示せたと判断致しました」

「それは良かったです」


 地上に降り立ったヴィクトリアが手を振るうと、舞台に広がっていた終炎が全て鎮火された。
 俺も地面を踏み鳴らして【復元自在】を発動させ、剣圧や終炎で破壊された舞台を元通りに復元を行なった。
 ヴィクトリアとの模擬戦を楽しんだので、舞台の修復ぐらいはしておこう。
 程なくして、アルカ教皇がジークベルトを伴って観客席から舞台に下りてきた。


「御二人とも御苦労様でした。エクスヴェル卿の戦闘力は想像以上で驚きました。また、戦う以外の力も素晴らしいですね」

「恐れ入ります、教皇猊下」

「これだけの力があるならば、魔王が相手でも十分だと判断致しました。お約束通り、エリュシュ神教国の名でエクスヴェル卿がアークディア帝国とハンノス王国による戦争に参戦する後押しとなる声明を出しましょう」

「感謝致します」

「声明では魔王の力について触れることになるかと思います。各国の理解を得るためには、エクスヴェル卿が〈勇者〉であることも発表したほうが説得力があるのですが、構いませんか?」

「はい、問題ありません」

「差し支えなければエクスヴェル卿の冠位称号をお聞きしてもよろしいですか?」


 あ、冠位称号があるのは確信してるんですね。
 暗に隠されてて分からないのですが、と言われた気もするが……二つ目の冠位称号が手に入ったのは本当にタイミングが良いな。


「〈創造の勇者〉とあります」

「〈創造〉……〈勇者〉であり〈賢者〉でもあるエクスヴェル卿に相応しい称号ですね」

「ありがとうございます」


 ついでに【聖者セイント】があるので〈聖者〉でもありますよ、と胸の内で呟きつつ感謝を示すためにアルカ教皇に頭を下げた。
 これでセジウムの籍を持つ俺が参戦する正当な理由言い訳が出来たな。
 堂々と関係各所を動き回ることができるようになったが、これまで以上にやることも増えた。
 自分の欲のためとはいえ忙しすぎるが、まぁ、人のためでもあるから頑張るとするか。



 
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