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第九章

第二百二十三話 エドラーン幻遊国

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 ◆◇◆◇◆◇


 先週までの肌寒さとは異なる温暖な空気が春の訪れを実感させてくれる。
 そんな過ごしやすい気候のアークディア帝国を後にして、仲間達と共にエドラーン幻遊国へと向かった。
 エドラーン幻遊国は地理的にはアークディア帝国よりも北の位置にあるのだが、転移によって辿り着いた先は屋外ではなく屋内であるため外の寒さは関係ない。


「皆様ようこそお越しくださいました。此方はエドラーン幻遊国ですが、転移先にお間違いはありませんか?」

「ええ、エドラーンが目的地なので大丈夫ですよ」

「かしこまりました。では、あちらの受付にて入国手続きをお願い致します」

「分かりました」


 エドラーン幻遊国の首都である幻都イディアにある転移用入国ゲートの建物内に転移すると、その場にいた職員から入国手続きの窓口へと案内された。
 エドラーン幻遊国の首都イディア全体には転移先を強制誘導する結界が張られており、都内では転移魔法を使用することも出来なくされている。
 この結界は、エドラーン幻遊国の実質的な国家元首である〈幻主〉アイリーンによって構築されたもので、俺でも対策無しでは転移先の座標誘導の強制力に抗うことが出来ないほどに強力だ。
 〈幻想の魔女〉〈幻界王〉〈夢幻の英雄〉といった称号持ちであるSSランク冒険者〈幻魔姫〉の力は伊達ではなく、この対転移結界だけでなく、国内ーー正確には都内だがーーの至るところに彼女の力が及んでいるため、滞在中は力の行使に気を付ける必要があるだろう。

 転移先でアイリーンの〈幻身体〉ーー俺の分身体のようなモノーーが職員の姿で待ち受けていたのには内心驚いたが、持ち前の精神力と胆力、そして【無表情ポーカーフェイス】スキルのおかげで動揺が顔に出ることはなかった。
 俺達を見送っている職員の笑顔の意味を深読みしつつ、窓口にて入国手続きを済ませるとエドラーン幻遊国へと入国した。


「わぁ、綺麗なところね……」


 転移用出入国ゲートの建物を出た先に広がっていた光景を見て、思わず感嘆の声を漏らしたセレナだけでなく、彼女以外の面々も声には出さないが幻都イディアの煌びやかな街並みに驚いているようだった。
 例えるならば、前世の先進国の都会の街並みにファンタジー要素を加えた感じだろうか。
 電気とは異なる魔力による光が灯されたテーマパークとオフィス街が合わさり不思議な調和をなした街並みと言ってもいいかもしれない。
 俺とセレナ、カレンにとっては何処となく懐かしい景色だが、出入国ゲート近くでいつまでも屯しているわけにはいかないので、全員に声を掛けてから移動する。

 転移用出入国ゲートのすぐ近くの馬車乗り場で待っていた高級馬車へと乗り込む。
 高い金を払って予約していただけあって、俺が作った魔導馬車に迫るほどの乗り心地だ。
 宿泊先であるホテルの名前を御者に告げると馬車が走り出した。
 御者席に座っている御者を除けば、馬車には俺、リーゼロッテ、エリン、カレン、マルギット、シルヴィア、セレナ、レティーツィア、ユリアーネの九人が乗っており、ちょうど席が埋まっているので、この大型の馬車を頼んでおいて正解だった。
 仕事が忙しくて大陸オークションの前日か前々日にならないと合流出来ないオリヴィアとシャルロットもいたら、車内は少し手狭だったかもしれない。
 帰りは人数が増えるから魔導馬車に乗ったほうが良さそうだな。


「大使から話には聞いてたけど、想像していたよりも賑やかなところね」

「大陸中から金と人が集まるからな。今の時期は大陸オークションが行われるから、普段以上に賑わっているんだろう」

「確かにね。対転移結界はまだしも、何か帝国に取り入れられるモノはないかしら……」


 レティーツィアと同じように窓の外の光景を眺めていると、程なくして宿泊先の超高級ホテル〈幻爛たる摩天楼ファルタスカイプ〉に到着した。
 チェックインを済ませて予約していた部屋へと移動する。
 摩天楼と名の付くだけあって、予約した高層階の部屋からの景色は絶景だ。
 今は昼間だが、ここから眺める不夜城とも称される幻都イディアの夜景は、素晴らしい景色であることは間違いない。


「さて、俺はオークションの手続きにいってくるから、その間に部屋割りとかを決めておいてくれ」


 予約していた部屋は大人数用の部屋なので、内部には寝室でもある個室が多数ある。
 イディアを一望できるこの部屋は俺が貰うが、ここ以外にも景色を見下ろせる部屋はあるため、残りの部屋は俺が決めるよりもリーゼロッテ達で決めてもらうのが一番だろう。


「分かりました。夜のローテーションも決めておきます」

「まぁ、そこはご自由にどうぞ」

「ここから眺める夜景は綺麗でしょうね。楽しみですね、リオン」

「そ、そうだな。じゃあ行ってくる」


 リーゼロッテの発言の所為で、レティーツィア、ユリアーネ、カレン、セレナの四人からの視線が俺へと突き刺さってきた。
 称号〈黄金の魔女〉を取得して以降、他者が発する欲望に敏感になったため、彼女達の視線に込められた〈欲望〉による圧が凄い。
 ユリアーネとセレナはまだしも、レティーツィアは身分的に、カレンは外見年齢的に手を出すわけにはいかないからな……。
 物理的な圧力を感じだした室内から戦略的撤退をすると、一階のサービスカウンターで部屋にいる彼女達へのルームサービスを頼んでからホテルを後にした。
 
 
 ◆◇◆◇◆◇


「ほ、ほほう。これはこれは……素晴らしい物をお持ちくださいましたな」

「まだ出品登録は間に合うのだろう?」

「勿論でございます! これだけの品々を追加で出品いただけるのでしたら、オークション前日であろうとも受け付けますとも!」


 ユニークスキル【幻想無貌の虚飾王ロキ】の【変幻無貌フェイスレス】で姿を変えた上で、正体を隠す効果を持つVIP用の仮面を装着してから大陸オークションの出品登録を行なっている建物にやってきた。
 ホテルの予約のために訪れた時にも幾つか出品登録を行なったのだが、当時よりも色々と豊かになったため追加で出品を行うことにした。
 出品者のプライバシーを守るために、出品登録受付は複数存在し、入室できるのは出品する当人と護衛一人まで。
 室内には最高位の魔導契約書ギアス・スクロールで守秘義務が課せられた上級鑑定士と警備員達がおり、警備員達は全員がAランク冒険者に限りなく近い強さがある。
 他にも屋内には様々な保安対策が施されており、改めて見ても新たな発見があって中々勉強になった。
 出品登録を済ませて部屋を出ようとすると、上級鑑定士からお得意様にのみ明かすらしいオークションの最新情報を聞かされた。
 大半の情報はそこまで惹かれなかったが、その中には注目すべき情報もあった。


伝説レジェンド級が出品されるのか?」

「はい。詳細は明かすことは出来ませぬが、現時点では全部で三つ出品されます。そのうちの一つの鑑定は私めが担当致しましたが、等級以外はよく分からぬ品でしてな」

「上級鑑定士でも分からなかったのか?」

「はい。理由は幾つかございますが、私の力量では見抜けなかったのは事実です」

「ふむ……」


 アイテムの詳細が見抜けなかったのは、上級鑑定士が言うような力不足という理由以外だと、状態が良くない場合や、伝説級でも限りなく上の品の場合、あとは鑑定を阻害する工夫が施されている場合などが思い付く。
 まぁ、【情報賢能ミーミル】を使えば分かるだろうから、実際に実物を見てから落札するか否かを決めればいいか。
 オークション本番前には他の二つの伝説級とともに出品リストに載るそうなので、ホテルのほうで出品リストが更新されたら部屋に届けるよう頼んでおくとしよう。

 建物から出ると街中をぶらりと歩く。
 露店を冷やかしつつ土産代わりに幾つかの品を購入してから、自然な動きで人気の無い路地を進んでいった。


「……噂には聞いていたが、幻都は意外と物騒な場所なんだな。お前達は幻主が怖くはないのか?」

「幻主様は俺達みたいな下々の者がやることまで気にかけたりしないんだよ」

「こういうところも含めて幻都なんだぜ? 若様も勉強になっただろう?」


 前後の横路地から如何にもなゴロツキ達が現れた。
 ニヤニヤとした欲深い笑みを浮かべ、手にはナイフなどの小回りの効く武器が握られている。
 出品登録受付の建物の前から尾行していたのと、逃げられないように包囲した動きから随分と手慣れていることが窺える。
 レベルと身のこなしを見るに冒険者崩れといったところだろうか。


「他にも出品者はいるだろうに、何故俺を狙うんだ?」

「なぁに、簡単な話だ。護衛も引き連れずにフラフラ歩いているのなんて若様ぐらいだからだよ」

「……なるほどな」


 まぁ、護衛がいないからターゲットにすると判断したのは分からないでもない。
 ただ、護衛が必要ないほどに強いという考えに至らないあたりは愚かだな。


「大陸オークションに出品するぐらいだから金持ちなんだろう? 少し俺達にも恵んでくれないか? 恵んでくれるなら話は平和的に解決するんだがなぁ」

「幾ら欲しいんだ?」

「へへっ、話が早いじゃないか。じゃあ先ずは手持ちの金を全部貰おうか」

「ふむ。手持ちの金か。ほら、受け取りな」

「げっ!?」

「ごうっ!?」

「ぶぎゃ!」


 指で金貨を上へと弾いてゴロツキ達の視線を誘導すると、一瞬で距離を詰めては拳を振るっていき全員を気絶させていった。
 五秒にも満たない時間で周りを囲んでいた十人を無力化し、目を閉じたまま空中に弾いた金貨を手の甲の上で受け止める。


「表……お、当たりだ。身から出た錆とはいえお前達も運が無い」


 コイントスによってゴロツキ達の運命を決めた結果、俺にとっての当たりだったので、このゴロツキ達からエドラーン幻遊国の裏の情報を貰うことにした。
 情報を吸い出した後は魂諸共消えて貰うとしよう。
 裏組織的な集団がいるなら、そこから追加のオークション資金を得られるかもしれない。
 都市規模の歓楽街と言っても過言ではない場所なので、後ろめたい組織の懐事情には期待ができそうだ。
 変装の一環で着ていたスーツの袖の中から、黄金の鎖から黒い鎖に偽装した【貪り封ずる奪力の鎖グレイプニル】を十本放ち、気絶しているゴロツキ達の身体を拘束する。


「さて、幻主の力が感じられない場所は……あっちか」


 今いる場所は要所ではないので幻想の魔女の力は感じられないが、人の目を避けるために移動したほうがいいだろう。
 【万能索敵ワイルド・レーダー】と【情報蒐集地図《フリズスキャルヴ》】、そして【第六感】を使って周辺を調べる。
 【強奪権限グリーディア】を発動させても問題無さそうな場所があったので、そこへと向かってゴロツキ達を引き摺っていく。
 記憶情報を奪う際に発せられるゴロツキ達の絶叫を遮音結界で封じながら、得られた情報を元に滞在中の予定の一部を変更していった。


 
 
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