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第八章

第二百十話 光舞のクーレルス

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「ーーん?」


 視線の先で神の使影アンブラムアポストルが妙な行動をとった。
 敵である俺を目の前にしておきながら、手に持っていた光剣を放り捨てたのだ。
 放り捨てた光剣が光の粒子となって消えたのを尻目に、武器が無くなったアンブラムアポストルの動きを注視する。


「攻撃してこない前提か?」


 まぁ、しないけどさ。
 アンブラムアポストルが何をする気なのか興味がある。
 そんな俺の内心に応えるように、アンブラムアポストルは右手を前へと突き出した。
 直後、その手の中に何処からともなく膨大な量のエネルギー体が出現した。
 発光していたエネルギー体の光が消えると、そこにあったのは一振りの剣だった。
 先ほどの光剣のような急造の仮初めの剣ではなく、しっかりとした実体のある銀飾の白い長剣だ。
 その白剣から感じられる気配に思わず冷や汗が流れた。


「おいおい光の神よ。これはやり過ぎじゃないか?」


 もしかすると光の神や神々ではなく迷宮自身による判断なのかもしれないが、〈神器〉まで出してくるのは予想外だ。
 神器とも呼称される神域ディヴァイン級のアイテムなどが発する〈神気〉を目の前の白剣からも感じられる。
 アンブラムアポストルから発せられる神気とは構成が少し異なる点が、〈神剣〉である白剣を用意したのは迷宮なのではないかと考えた理由だ。
 エリュシュ神教国の神弓使いが使っていた神弓よりはランクが低く、神域級アイテムとしては底辺だが伝説レジェンド級よりは格上になる。


「このままだと厳しいか。つい先月も使ったばかりなんだけどな」


 まずは武装の格差を埋めるとしようか。
 〈強き鎧フォルテアルマ〉形態のインナースーツ〈妬み望む魔竜の王鎧レヴィアーダ〉の能力【羨望なる昇華】を発動させ、聖剣デュランダルを神域級へと引き上げる。


[〈嫉妬〉の権能が発動されました]
[アイテム〈不滅なる幻葬の聖剣デュランダル〉の等級が一時的に伝説級上位から神域級下位へとランクアップします]


 黒に近い深い蒼紫色ネイビーブルーのオーラを吸い込んだデュランダルが輝くような蒼い燐光を纏う。
 これで武装の不利は無くなったが、神剣の能力は【情報賢能ミーミル】でも見え難く、どんな力を使ってくるかが分からないため油断は禁物だ。
 俺の武装の準備が終わると同時に、アンブラムアポストルが動き出した。
 神剣が光ったことを認識した次の瞬間には、アンブラムアポストルが目と鼻の先にまで肉迫していた。


「くっ、瞬間移動か!」
 

 振り下ろされてきた神剣をデュランダルで受け止めながら悪態をついていると、神剣の白刃が銀色の光を発する。
 直後、超至近距離から銀光の斬撃波が放たれてきた。
 咄嗟に【闘聖戦神の黄金鎧気ディヴァインオーラ】を発動させて攻防一体の黄金色の闘気を纏うと、銀光の威力を軽減しつつ身体能力を上げてこの場から脱出する。
 銀光が超頑丈な迷宮の床を破壊していくのを見る間もなく、再び閃光とともに瞬間移動してきたアンブラムアポストルの猛攻を回避し続ける。
 銀光の斬撃波と相殺して失われた分の闘気を再生成しつつ、【万夫不当の大英雄ヘラクレス】の【英勇覇争】と【鉄血の君主】の【錬鉄血装ブルート・リュストゥング】にて身体能力を向上させていく。
 身体能力が上がったことによってギリギリの回避にも多少の余裕が出てきた。
 この閃光からの瞬間移動は、おそらくは神剣による能力だ。
 光の神に由来する能力だからか、直進する光の性質らしく瞬間移動は真っ直ぐにしか移動できないらしい。
 近接戦に限定するならば転移能力よりも発動が早いが、動き自体は単調なので対処はしやすい。
 突然の強襲だったが、持ち前の精神力と【真善美の徳カロカガティア】による補助もあって冷静に行動することが出来ている。

 まともに直撃すれば致命傷だろうが、攻撃を避けながら更に【星鱗煌く強欲神の積層災鎧】も発動させて安全マージンは確保した。
 そろそろ反撃に出るべきだろう。


「【魔竜王争】」


 魔竜王鎧レヴィアーダが有する強化能力を発動させたことでインナースーツ内に大量の魔力が吹き荒れる。
 かつて存在した〈嫉妬〉の魔王こと魔竜王レヴィアーダのような強大な力を身に宿す強化能力だけでなく、発動時に聖光属性と神性属性に対する特効と完全耐性が得られる効果がある。
 神剣を携えた神の使徒の再現体と相対している今の状況にお誂え向きな能力ではあるが、神由来の敵を前にしたことによって意思を持つアイテムである魔竜王鎧レヴィアーダが暴れていた。
 生前の嫉妬の魔王が余程神が嫌いだったのか、そういう対神特性と言える能力を持つアイテムだからかは分からないが、あまり長引かせると制御が効かなくなる可能性がある。


「まぁ、そんなに時間をかけるつもりはない」


 更に蒼き燐光の輝きが増したデュランダルを振るって神剣を跳ね上げる。
 晒されたアンブラムアポストルの胴体に向けてデュランダルを横薙ぎに振るうが、閃光が瞬きデュランダルが空を斬る。
 予想通りの動きに対して、事前に準備していた【転移無法】を発動させてアンブラムアポストルの移動先へとほぼ同時に転移する。
 転移の際に生まれる僅かな隙を埋めるべく、【愛し欲す色堕の聖主アスモデウス】の【簒奪の色堕アスモダイ】による色堕のオーラを至近距離で放った。
 徘徊主ワンダリングボスであり神の使徒の再現体であるアンブラムアポストルを支配できるとは夢にも思っていないが、支配に抵抗レジストする際に一瞬のみ動きが止まるのは避けられない。
 同じ相手に何度も使える手ではないが、転移の隙は無くなった。

 袈裟懸けに振り下ろしたデュランダルがアンブラムアポストルの身体を斬り裂く。
 両断こそしていないが確実に致命傷だと言えるほどに大きな傷だ。
 自然と一息をつこうとした瞬間、【第六感】に従ってデュランダルを掲げて攻撃を防ぐ。


「……オリジナルより強いとはいえ、人外染みてるな」


 身体が裂けて不安定な状態でも神剣を振り下ろせるアンブラムアポストルの不死身さに思わず呆れる。
 俺が持つアンブラムアポストルの情報の中には、過去にアンブラムアポストルが討伐された例は数件のみとあった。
 その討伐成功例が全体のうちの何割かは不明だが、その成功例にしても被害は甚大であり、遭遇したらすぐに逃げるようギルドの資料には書かれていた。
 称号〈神殺し〉の効果があってこれならば、倒すのはほぼ不可能だとも書かれていたのも無理はない。

 次は確実に倒すべく、【命狩り奪る死神の刃デスサイズ】と【侵蝕する竜焔の聖痕】も追加発動させると、神剣を受け流しながら地面を蹴って後方へと距離をとる。
 無音で頭上から放たれてきた六筋の光線が俺がいた場所を穿つのを見つつ、チラッと上を見る。
 そこには最初にアンブラムアポストルが使っていた光剣に似た短槍型の飛翔体が六つ浮かんでおり、その全ての切っ先から光線が放たれていた。
 デュランダルに斬り裂かれた傷を再生しているアンブラムアポストルを守るように、光槍が光線を乱れ撃ちしてくる。
 そういえば、俺は【雷光吸収】のスキルがあるため雷と光を吸収することができるのだが、目の前の光線も同じように吸収できるのだろうか?
 防御スキルを一部のみ解除してから、降り注ぐ光線の一つに手を翳してみることにした。


「ふむ。吸収できなくもないってところか」


 光線から光を吸収することはできたのだが、同時にダメージも受けた。
 光線の熱に関しても光と同じように【炎熱吸収】で吸収しているため熱によってダメージを受けたわけではない。
 おそらくは攻撃の一つ一つに宿る神気が原因なのだろう。
 神気に対する耐性は【万能耐性】と【魔竜王争】の神性属性への完全耐性だけだからダメージを負うようだ。
 真竜素材で作った伝説級の革手袋をしていてもなお、その下の掌の表面が僅かに炭化したのを感じる。
 耐性が無かったら翳した手が消滅していたかもしれない。


「流石は神の力だな」


 吸収した光熱から得られたエネルギーを使って手の傷を治すと、アンブラムアポストルへと向けて疾走する。
 デュランダルの基本能力【割断聖刃】で神気混じりの光線を斬り払っていく。
 一時的に神域級下位にランクアップしている今のデュランダルの力ならば、この程度の攻撃によって刃が欠けることはない。
 あと少しという距離でデュランダルによるダメージが癒えたアンブラムアポストルに動きがあった。
 背中から一対の光の翼を、頭上に天使の輪のような円環を具現化させたアンブラムアポストルのプレッシャーが増大する。
 その状態からアンブラムアポストルは、神剣に重厚な銀色の光を纏わせて突きの構えをとってきた。


「本気モードって感じだな」


 アンブラムアポストルに応えるように【星覇天冠】で頭上に王冠のような円環を具現化させた。
 デュランダルに蹴散らされた光線のエネルギーと、周囲で討伐された神の兵影アンブラムミレス達の身体を構成していたエネルギーを円環を通して吸収し身体能力を強化する。
 【万夫不当の大英雄】の【巨神穿つ闘覇の煌体ギガントマキア】による時間制限付きの身体強化も発動させたことで、身体の表面に電子回路のような黄金色の筋が浮かび上がる。
 駄目押しに、神域級の刀剣を使用する時のみ発動することができる【剣神武闘】の任意発動能力アクティブスキル斬神討牢ざんしんとうろう】も発動させた。

 刹那の間に光線を斬り払いながら準備を済ませると、ちょうど大広間にリーゼロッテ達が到着した。
 そちらに意識が向いた瞬間、隙を突くようにアンブラムアポストルが光に迫る速さで突貫してきた。
 だが、【火眼金睛】でアンブラムアポストルの動きは見抜いている。
 互いに先ほどまで以上の速さと鋭さで剣を振るい、それによる剣圧だけで迷宮の地面が割れた。
 二人共に神速の速さで大広間を縦横無尽に駆け回り剣戟を交わす。
 神剣と擬似神剣による剣戟の余波を受けて雑兵たるアンブラムミレス達が斬り裂かれていく。
 【強欲なる識覚領域】で大広間全体を認識し、【大賢者の星霊核】の演算能力で俺とアンブラムアポストルの戦闘の余波が及ぼす範囲を予測し、治療にあたっているカレンに合流したリーゼロッテ達が被害に合わないように戦場を調整する。
 それでも防げない余波はクラウソラス達を特攻させて相殺していった。

 互いの神剣同士の剣戟による被害は周りだけでなく俺達自身にも及んでいた。
 身に纏う闘気の鎧が剣圧に斬り裂かれ、その下に展開している星鱗障壁を割っていく。
 防具を破壊するほどではないが、神剣による衝撃は各種防御スキルを貫通して生身にまで到達していた。
 内臓がダメージを受けたことで血の味がする。
 【衝撃分散】や物理系の耐性が無かったら、もっと深刻なダメージを受けていただろう。
 目に見えるダメージで言えばアンブラムアポストルのほうが甚大だ。
 剣圧によって身体の各部に大小様々な裂傷が刻まれており、その傷口から魔力が流れ出ている。
 途中から銀光の鎧を纏っていたが、それすらも剣圧に斬り裂かれ、黒いモヤに覆われた顔の部分からも魔力が流出していた。
 どうやら俺と同じように体内にまで及んだダメージによって吐血しているようだ。

 互いに神剣による直撃を受けるよりかはマシとはいえ、このままではジリ貧だ。
 体感では数時間ほどだが、実際には数十秒ほどの神剣同士による剣戟だったのだろう。
 迷宮からの無限に等しいバックアップを受けるアンブラムアポストルと、無限とも言える量の魔力による回復が可能な俺による戦闘は、このままの調子では決着がいつになるか分からない。
 ダラダラと長引かせるのも面倒だから、多少のデメリットを負ってでも決めるとしよう。


「……ッ!?」


 これまでとは異なり、攻撃一辺倒の勢いで突貫してくる俺を見てアンブラムアポストルが黒いモヤの向こうに驚きの色を浮かべる。
 だがすぐに狙いが分かったのか、迎え討つように光翼を背後に畳み、光線を放っていた光槍を消し去ると、銀光を纏う神剣を上段に構え、これまでで最高最速の斬撃を繰り出してきた。
 デュランダルの柄から左手を外すと、斬撃を受け止めるために相手の神剣へと手を翳す。
 ここからは賭けだ。


「奪い解けーー【強奪権限グリーディア】」


 【強奪権限】の超過稼働能力オーバー・アクティベート・スキル貪欲なる解奪手グリードリィ・デモリッション〉を発動させて、漆黒に染まった左手で神剣を受け止める。
 神域権能ディヴァイン級のユニークスキルである【強欲神皇マモン】の能力ならば、スキルとアイテムという違いはあるが、神域ディヴァイン級の刀剣である神剣による斬撃を受け止めることは可能なはずだ。
 左手と神剣の接触面から銀色と黄金色の魔力のスパークが発生する。
 神気が大量に含まれたスパークは防御スキルを容易く貫き、生身の身体を焼いていく。
 凄まじい反発力も身を焦がすスパークも無視して斬撃の勢いを奪い、その先の神剣を捕まえた。
 どうやら賭けには勝ったようだ。
 漆黒に染まった左手の触れた場所が徐々に崩壊しているのを掌で感じつつ、右手に握るデュランダルをアンブラムアポストルの脳天へと振り下ろした。

 アンブラムアポストルの身体の中心に一筋の線が刻まれる。
 直後、アンブラムアポストルが展開していた光翼や天使の輪、アンブラムミレス達が弾け飛んで消え去った。


「ーー見事」
 
 
 黒いモヤが薄れた先に見えた口から初めて言葉が発せられると、光の粒子となってアンブラムアポストルが消滅した。


[スキル【天瞬歩法】を獲得しました]
[スキル【神舞光槍】を獲得しました]
[スキル【戦覚通天】を獲得しました]
[スキル【使役の心得】を獲得しました]
[スキル【明鏡止水】を獲得しました]
[ジョブスキル【使徒アポストル】を獲得しました]
[ジョブスキル【天騎士アークナイト】を獲得しました]
[ジョブスキル【煌天剣士ヘブン・セイバー】を獲得しました]
[ジョブスキル【煌天槍士ヘブン・ランサー】を獲得しました]


[解奪した力が蓄積されています]
[スキル化、又はアイテム化が可能です]
[どちらかを選択しますか?]

[スキル化が選択されました]
[蓄積された力が結晶化します]
[スキル【銀滅の光神刃アルゲウム・ソルド・ルーメイン】を獲得しました]


 アンブラムアポストルの消滅とともに神剣も消滅していた。
 まだ力を奪っている最中だったので残念だが、一つだけでも神器由来のスキルを得られたから良しとしよう。
 神剣の斬撃を受け止めたのは無茶だったようで、左手に着けていた革手袋は半壊しており、左手自体も骨が見えるほどに斬り裂かれ大量出血していた。
 重傷ではあるが、脳裏に流れる通知アナウンスを読んでいる間も【神速再生】が働いていたのでもう殆ど完治している。
 この程度の負傷で新規スキルが手に入るなら安いものだ。


[特殊徘徊主ワンダリングボス〈光神の神の使影アンブラムアポストル:光舞のクーレルス〉の討伐に成功しました]
[称号〈光神使影の試練達成者〉を取得しました]
[称号〈光神の加護〉を取得しました]
[偉業〈神域に至りし神の使影の討伐〉を達成しました]
[最上位権能の保有が確認されました]
[神器の保有が確認されました]
[多数の神の加護が確認されました]
[一定値の霊格が確認されました]
[対象者は◼️◼️◼️です]
[神器〈星坐す虚空の神衣ステラトゥス〉を取得しました]
[神器〈星坐す虚空の神衣〉は偉業達成者に帰属します]


 アンブラムアポストルがいた場所に神気が収束すると、閃光とともに黒いコートが出現した。
 今の【情報賢能】によるアナウンス通りならば、この黒コートが神器ステラトゥスなのだろう。
 宙に浮かぶステラトゥスに触れると、一瞬で粒子化・再構成して強制的に装備された。
 元々装備していた〈鉱喰竜のコート〉は自動的に【無限宝庫】に収納されていた。
 装備すると同時に脳裏に流れてきた神器ステラトゥスの情報に感心しつつ、すぐ近くに出現していた身の丈ほどもあるボス宝箱を収納する。


「予想外に次ぐ予想外の展開だったな……なんと説明したものかな」


 いつのまにか意識を取り戻していた双華のマスターとサブマスターの近くにいるリーゼロッテ達の元へと、ステラトゥスの裾を翻しながら歩いていった。


 
 
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