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第八章

第百九十五話 蔵書室と遺産

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 ◆◇◆◇◆◇


「ーー魔塔の中にはこんなに沢山の本があるのね」


 アークディア帝国から黒の魔塔へと招いたオリヴィアが、黒の魔塔内にある蔵書室を見渡して感嘆の声を上げている。
 賢塔国セジウムには、外国から来訪した者や一般国民達が閲覧出来る巨大図書館が存在する。
 その蔵書数は、外国人と魔塔に所属していない一般国民向けに開放されている図書館の中では大陸一の規模を誇っているものの、そこに所蔵されている書物はあくまでも外向けのモノしか存在しない。
 一方で、六つの魔塔それぞれの内部には、各魔塔に所属する者達向けの専門的な書物が所蔵されている。
 魔塔に所属できる者とは、つまるところ魔法使いのエリートと言っても過言ではなく、そんな彼ら向けの書物というのは相応に貴重な代物だ。
 各魔塔に割り振られた予算によって世界中から蒐集・購入されており、各々の歴代の魔塔主達の専攻分野に沿った書物や研究資料が蓄積されていった結果、その蔵書数はかなりの数になっていた。

 この魔塔内の蔵書室の規模も、魔法使い達が所属する魔塔を決める際の重要なファクターであるため、歴代の魔塔主達も力を入れてきたそうだ。
 とはいえ、前世に見られたようなレベルの紙製の本が一般流通し始めたのはここ数十年ほどらしいので、納められている書物の大半には羊皮紙などの何かの革や粗雑な造りの植物紙が使われている。
 購入次第、劣化を防ぐ魔法が付与されているとはいえ、普通に破損はする上、貴重な代物が殆どであるため巨大図書館のように一般開放することは出来ないのは当然のことだろう。

 そんな中、黒の魔塔に所属していない部外者であるオリヴィアが魔塔内に入れるだけでなく蔵書室にいるのは、ここの魔塔主である俺が来塔許可証を発行したからだ。
 この来塔許可証ーー来館許可証みたいなモノーーは、魔塔主自身の魔塔内だからといって無制限に発行出来るわけではなく、国からは同時に六個までしか発行することが許されていない。
 そのうえ、対象人物への厳正な審査まで行われるため、本来ならばかなりの時間と多額の発行料が必要だ。
 だが、オリヴィアはシェーンヴァルトの姫でありアークディア帝国の現役の宮廷魔導師長という、身分を証明するのに申し分ない肩書きを持っていたので、国に昨日申請を出したところ、その日の内に許可をもらえた。
 それから発行料を一括で支払って許可証を受け取り今に至る。


「でも、本当に私なんかがここを利用してもいいのかしら?」

「勿論です。それに、これは前に最後までもてなせなかった事に対するお詫びなんですから、気にする必要はありませんよ」


 以前、休暇に入ったオリヴィアをアルヴァアインの屋敷に招待した際に、休暇中は最後まで共にダンジョンに潜ることになっていたのだが、急遽決めたカルマダの殲滅作戦のためにオリヴィアの休暇を途中で切り上げることになってしまっていた。
 今回の魔塔への招待と来塔許可証の発行は、その時のお詫びというわけだ。


「最後までといっても、休暇は残り一日ぐらいだったから気にしなくていいのよ?」

「一日だけとはいえ、約束を守れなかったことは事実ですので。それに、先代の黒の魔塔主がカルマダのトップだったんですから、そういう意味でもお詫びに相応しいモノだと考えた次第です。魔塔に興味はありませんでしたか?」

「そんなことはないわ。魔法使いにとっては魔塔は聖地みたいな場所だから、とても嬉しいの。嬉しすぎるからこそ、あの時のお詫びで貰っていいのかを悩んでいるのよ……」


 そんなところを気にするとは、オリヴィアは真面目だな。
 基本的に貰えるモノは貰う主義な俺だったら、素直にありがとうと言って終わりそうだ。
 さて、何と言って受け入れてもらうか。
 更なる説得の言葉を絞り出すために頭を働かせようとしていると、オリヴィアと同様に来塔許可証を発行したーー正確には、発行させられたと言うべきかーーリーゼロッテがオリヴィアに近づくと、彼女を手招きして小声で密談をしだした。


「お詫び云々ではなく、リオンからのプレゼントだと思えばいいのです」

「リオンさんからの?」

「はい。ついでに、愛のプレゼントとでも思っておけば皆幸せです」

「物はいいようね」

「プレゼントのお返しにはオリヴィア自身がオススメです。つまり、そういう意味です。良いきっかけでしょう?」

「……はしたなくないかしら?」

「大丈夫です。リオンなら間違いなく内心では喜びます。ユグドラシアの名をかけて私が保証しましょう」

「本当に迷惑にならない?」

「迷惑になりません。何度も言っているように、オリヴィアはリオンの好みのタイプに入っているので、色々と心配や不安はあるでしょうが杞憂に終わりますよ」

「……考えておくわ」


 普通の聴力では聞こえないぐらいの声量による会話だったが、俺が【地獄耳】を持っていることを知っているリーゼロッテは、俺が二人の会話を聞いていることに間違いなく気付いているだろう。
 現に、こちらに戻ってくるオリヴィアの背後にて、リーゼロッテが送ってきたアイコンタクトと意味深な微笑みからして間違いあるまい。


「リーゼからも言われたから、有り難くいただくわね。ありがとう、リオンさん」

「どういたしまして。来塔許可証を持つ人が利用できるのは基本的に蔵書室だけですから、魔塔に来た際には蔵書室の管理人兼司書をしている彼女に一言言ってから利用してください」

「分かったわ」


 オリヴィアに俺の近くで待機していた女性司書を紹介し、彼女から利用にあたっての注意事項の説明を受ける。
 その後は、オリヴィアとリーゼロッテを連れて蔵書室を案内していく。
 黒の魔塔の主になって今日で三日目だが、魔塔内のことについては大体把握が済んだので、そろそろ帝都に戻ろうと思う。
 蔵書室に所蔵されている物だけでなく、魔塔主しか入れない超希少な書物や危険な内容の書物などが納められた禁書庫の中の分も含めて、全ての記録媒体の中身を【情報賢能ミーミル】の派生能力【書物認識】でスキャンした内容は同じく派生能力【情報保管庫】に保存済みだ。
 だから直接現場に行かずとも閲覧出来るので、いつまでも滞在する必要は無い。

 来塔許可証が発行されるまでの間に、すぐに開発・改良できそうなセジウム産の通信系魔導具マジックアイテムがあったので、パパッと改良して実物と設計図をセットで国に提出しておいた。
 これで最低限の義理を果たしたはずなので、暫く魔塔を留守にしても問題は無いだろう。
 何か連絡事項がある時は、魔導具の補助も受けて超長距離での『念話テレパス』を可能にした魔塔主直通連絡担当の魔法使いから知らせがくることになっている。
 ダンジョンに潜っていたりして受信出来ない時は、所属する国家のほうに連絡が行くことになっており、アークディア帝国を経由してドラウプニル商会にまで連絡がいくため、いずれ俺にまで繋がるだろう。


「そろそろダンジョンに戻るかな」

「そうですね。年末年始と行事続きだったので、さすがに身体が鈍ってきた気がします」

「カルマダの事後処理からだから、大体一ヶ月ぐらいダンジョンから離れていたか。まぁ、アルヴァアインにはちょくちょく戻っていたけど」

「では、帝都に戻ったらすぐに向かいますか?」

「んー、明日にゴルドラッヘン商会への戦闘用魔導具の納品がある以外は、直近での国内外の用事はもう無かったはずだ。魔導具の納品と帝都での挨拶回りが終わり次第になるから……早くて二日後かな」


 オリヴィアが書架に並ぶ本に目移りしている間、リーゼロッテと今後の予定についての話をした。
 その後、蔵書室の本を閲覧するリーゼロッテとオリヴィアのことを二人の世話係に命じたエルフ族の女性魔法使いに任せて、魔塔内にある魔塔主の部屋へと移動する。


「もう暫く読んでいるだろうし、今のうちに済ませておくか」


 魔塔主の部屋の壁の中に隠されてあった、一辺三メートルほどのサイズの重厚感溢れる金庫を引っ張り出す。
 この金庫型魔導具は、魔塔主に就任したその日に室内を散策した時に見つけた物で、空間系の術式を使った強力な強奪防止術式と金庫自体を隠す隠蔽術式が施されている。
 施されている術式に興味があって中身を放置していたが、その術式の解析も済んだので帝都に戻る前に金庫を開けようと思う。
 本来ならば解錠のための手順があることが奪ったエスプリの記憶情報から分かっているが、面倒なので【発掘自在】を使って楽して開けることにした。
 金庫に触れて【発掘自在】を発動するだけで自動的に封錠が解かれていく。
 一分ほどで全ての錠封が解け、金庫の扉が開いた。
 エスプリの記憶情報によって金庫の中身は分かっているのでドキドキ感は一切無いが、価値があるモノが納められているのでワクワク感はある。


「うわっ、記憶で見たよりも眩しいな」
 

 開かれた金庫の中には、エスプリの私財である金銀財宝や様々なアイテムが納められていた。
 先代黒の魔塔主であるエスプリは、合法非合法問わず得た収益は必要な分のみを手元に置いて、残りはこの金庫に放り込んでいたため、結構雑に金庫内に財貨がばら撒かれている。
 丈夫な革袋に入れられている金貨の山もあれば、魔導具が埋もれるほどに積もった金貨の山もあった。
 一番多いのは需要のある金貨や大金貨だが、チラホラと銀貨や蒼銀貨、紅金貨の姿も見受けられる。
 財貨だけでもかなりの額になるのは間違いなく、魔導具や宝石の類いの金銭価値も加味すれば桁が一つは上がりそうだ。


「ふむ……財貨だけでも億はあるかな?」


 一枚一千万オウロの紅金貨が数枚あるから、たぶん一億オウロ前後の財貨はあるはずだ。
 先日の商談で決まった幾つかの投資先に注ぎ込んだ分の資金ぐらいは補充出来るだろう。


「財宝と魔導具は後で確認するとして、メインは、えっと、コレか」


 金庫内にあった収納系魔導具の中から小瓶を一つ取り出す。
 年末にゴルドラッヘン商会の令嬢であるアリスティアから貰ったモノと同じく、迷宮秘宝アーティファクトに分類される霊薬だ。


「まぁ、長命種のエスプリには無用の長物だよな」


 【複製する黄金の腕環ドラウプニル】で霊薬を複製すると、複製霊薬だけを残してオリジナルの霊薬は残りのエスプリの遺産ともども【無限宝庫】へと収納する。
 前もって複製しておいたアリスティアから貰った二つの霊薬の複製品も取り出すと、三つの複製霊薬に対して【強奪権限グリーディア】を発動させた。


[アイテム〈千年陽華の霊薬〉から能力が剥奪されます]
[スキル【生命力昇華】を獲得しました]
[スキル【陽光因子】を獲得しました]

[アイテム〈千年月華の霊薬〉から能力が剥奪されます]
[スキル【魔力昇華】を獲得しました]
[スキル【月光因子】を獲得しました]

[アイテム〈星命の雫〉から能力が剥奪されます]
[スキル【寿命延伸】を獲得しました]
[スキル【霊魂強化】を獲得しました]
[スキル【星の雫】を獲得しました]


[スキルを合成します]
[【生命力超増強】+【生命力昇華】=【生命力極大】]
[【魔力超増強】+【魔力昇華】=【魔力極大】]
[【不老】+【寿命延伸】=【不老長寿】]

 
 霊薬の効果から予想していた通りのスキルを手に入れ、それらを使って手に入れた合成後のスキルもまた概ね予想通りの効果になった。
 加算効果だった増強スキルが乗算効果である極大スキルに変化したのに関しては、良い意味で予想を裏切られた。
 ただでさえ膨大な量を誇っていた生命力と魔力が更に跳ね上がったが、損をするわけでは無いので良しとする。
 スキルとしての効果以外にも、複製した霊薬を摂取しても永続的な強化効果が得られるため、霊薬から獲得したスキルの熟練度レベル上げも兼ねて定期的に飲んでおくとしよう。


「ふむ。霊薬への理解をもっと深めれば、効果の数を絞った下位互換の霊薬を【霊薬生成】で生み出せそうだ。値段が高くても売れるだろうな」


 特に、寿命が延びる効果のみにした霊薬は間違いなく売れる。
 まぁ、いくら霊薬といえども寿命を延ばすにも限界はあるのだが、それでも買い手には困らないだろう。
 新たな商材の可能性を現実にすべく、リーゼロッテとオリヴィアが呼びに来るまで【情報保管庫】の中にある霊薬に関する資料を読み漁っていった。




 
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