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第八章

第百九十四話 賢塔国セジウム

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 ◆◇◆◇◆◇


 賢塔国セジウムには国家の象徴である六つの〈魔塔〉が存在する。
 別名を〈賢者の塔〉とも呼ばれる六つの魔塔は、その別名の通り〈賢者〉である特殊ジョブスキル【賢者ワイズマン】を持つ者のみが魔塔の主になることが認められている。
 【賢者】のような特殊ジョブスキルは、幾つもの厳しい条件を満たした者のみが取得できる、まさに特殊なジョブスキルだ。
 この世界の理によって、ジョブスキルはどのようなランクの偽装スキルであろうと、一度も取得していないジョブスキルを取得しているように偽装することは出来ないーー所持しているのを隠蔽したり、【大賢者アーク・ワイズマン】から【賢者】や【魔導師ウィザード】などの下位互換スキルに偽装することは可能ーーため、どのような証明証や実績よりも雄弁にその者の力を証明してくれる。
 そのため、数多の自称賢者こそいれど、ジョブスキル【賢者】を持つに至った本物の賢者の数は非常に少ない。
 魔法技能だけでは不可、生産技能だけでも不可、それら二つだけでも不可。
 賢き者、という名が示すように、一定以上の高い知性と非凡な発想、経験などから培われた〈叡智〉をも有していなければ取得することは出来ない。
 ただ惰性に過ごし、与えられるままに知識を享受し、知識を詰め込んだだけのには、到底取得を望めないジョブスキル、それが【賢者】である。


「ーー故に、個人の能力が明かされるステータス上の【賢者】という表記は、魔導の塔にして叡智の結晶たる魔塔を統べる主として、これ以上ない証になるのじゃ」


 そう言いながらフヨフヨと浮遊しつつ先導する全体的に白い美少女は、白の魔塔主カンナ・ブラン・フェブラリーだ。
 種族は人族の上位種の一つ〈賢人セジアン族〉であり、白い長髪に赤色の双眸、幼い身体という特徴的な容姿をしている。
 ちなみに、のじゃ口調はキャラ作りではなく素の口調のようだ。
 実年齢を踏まえると別におかしくはないのだが、十代前半ぐらいの幼い容姿とのギャップに、つい違和感を感じてしまう。
 魔法で浮遊して移動しているのは、俺と歩幅が違うのと歩くのが面倒だかららしい。

 名前にあるミドルネームのブランは、白の魔塔主として国から与えられた称号であり、そのまま〈ブラン〉を意味している。
 つまり、各魔塔主はそれぞれの魔塔が冠する色の名を意味するミドルネームを持つことになるわけだ。
 国際的にも通じる称号ではあるが、国外でも名乗るかどうかは魔塔主それぞれの判断に任せているとのこと。
 現に、先代黒の魔塔主エスプリ・ファルファーデは没落した生家のファルファーデ家に拘りがあったらしく、称号である〈ノワール〉は行事以外では名乗っていなかった。
 俺は別に名前に称号が増えることに忌避感は無いので、ノワールの名も今後名乗るつもりだ。
 先ほど正式に魔塔主に就任したので、これから公の場では、リオン・ノワール・エクスヴェルと名乗るとしよう。

 セジウムでの魔塔主就任の式典が終わった後、魔塔主達を纏めているカンナが俺の所有物となる黒の魔塔へと案内をしてくれている。
 円状に等間隔で配置されている六つの魔塔に囲まれた中央区にて式典があったのだが、そこから黒の魔塔までは徒歩でまぁまぁ距離がある。
 てっきり転移魔法で向かうかと思っていたのだが、良い機会だから中央区とセジウムの説明をしておくのじゃ、とカンナが言うので徒歩で向かっていた。


「セジウムはそれなりに長い歴史があるのじゃが、魔塔主の六枠全てが埋まるどころか七人目の賢者が現れるなんて初めての事態だったのう」


 まぁ、すぐに六人になったがのう、と言うと大声でカラカラと笑うカンナ。
 その一人を討った者としては、何と返していいか少し悩んでしまうな。


「気にする必要はないぞ。先代黒の魔塔主であるエスプリが死んだのは、超えてはならない一線を超えてしまった己の自業自得じゃからな。それに、レンタルスキルなどというこれまでに無いシロモノを世に出そうとしている鬼才を、魔塔主として招ける機会を得られたと考えれば、セジウムとしては損を上回るほどの利を得たと言っても過言ではないからのう」

「そう言っていただけるならば気が楽になります、カンナ様」

「むぅ。リオンよ。我らは今日より同僚たる魔塔主じゃ。わしは便宜上他の魔塔主達のリーダーのような役割を務めておるが、それは取り纏める者の必要性とわしがセジウム在住で最古参の魔塔主だからじゃ。故に、同じ魔塔主であるわしに敬語は必要無いぞ。他の魔塔主達も半分ぐらいはタメ口じゃし、もっと楽に話して欲しいのじゃ」

「……カンナ殿がそう言うのでしたら普通に話させてもらいましょう」


 別にどちらでもいいのだが、ここは魔塔主という肩書きに合わせておくとしよう。
 郷に入っては郷に従う、というやつだな。


「カンナちゃん、と呼んでくれい」

「そうですね、前向きに善処しましょう。さぁ、カンナ殿。そろそろ中央区も抜けますから、黒の魔塔に案内してください」

「おお……なんじゃろう、この微妙におざなりな扱いは。地味に初めての経験じゃな」


 なんか変な感動の仕方をしているカンナを急かして、中央区から魔塔区へと足を踏み入れる。

 賢塔国セジウムは、行政や軍事などの一般的な国家中枢機能と要人達の住居と各国の大使館が集められた〈中央区〉を中心部とし、その周りを六つの魔塔とそれぞれの関連施設がある〈魔塔区〉が囲み、その更に外側にセジウムの一般国民などが住まう〈一般区〉が広がっている。
 中央区と一般区のどこからでもいずれかの魔塔が見えるほどに、魔塔は高く聳え立っている。
 六つの魔塔の外壁は全て白寄りの灰色をしているが、その灰色の塔の頂上には球体とそれを囲む円環の構造物が浮遊している。
 その二つの浮遊構造物が各魔塔が冠する色に染まっており、その色によってどの魔塔かを遠目からでも判断することが判断できるようになっていた。

 俺の目の前に聳える魔塔を見上げると、その天辺には黒い円環が見える。
 塔の出入り口付近からは角度的に球体のほうは見えないが、中央区にいた時には見えていたので此処が黒の魔塔で間違いない。


「見ての通り、ここが黒の魔塔じゃ。先代が魔導生物学と魔導具の権威だったから、今の黒の魔塔もその方面に特化しておる」

「確か、魔塔主の専攻分野によって各々の魔塔もその色に染まるのでしたね」

「その通りじゃ。例えば白の魔塔は、魔塔主であるわしが強化魔法と魔法史に関心があり研究しとるから、主にその二つが柱となっておる」

「他の魔塔主とジャンルが被ることもありそうですね」

「普通にあるぞ。今代の魔塔主達は偶々被っておらぬが、得意分野が被りまくっておった時代もあったからのう。まぁ、魔塔を自分の好きな色に染め上げるのも魔塔主の醍醐味じゃ。方針を固めれば、黒の魔塔に所属する者達の入れ替わりが激しくなると思うぞ」

「所属する人数に従って国から下りる予算が変わるなら、少しは気にしたほうが良さそうですね」

「んー、それも魔塔主次第じゃな。個人の研究予算を得るために魔塔での研究分野は別のモノにしている者もおったな。今代は皆自分の専攻分野をそのまま方針として掲げておるよ」


 そういうことならあまり気にする必要は無さそうだな。
 上手い具合に被っていないし、内容的には需要もあるだろう。


「そうですか。それなら私はスキルと魔導具マジックアイテムを専攻するとしましょう」

「妥当じゃな」

「別に二つだけという縛りは無いのですよね?」

「うむ。専攻数に制限は無いぞ。ただ、数が増えれば人を集めやすい一方で、予算も分散されてしまうからのう。わし含めて今代の魔塔主達の専攻は二つだけじゃな。三つ目の候補があるのか?」

「一応は。三つ目をどうするかは実際に魔塔内を見てから決めます」

「それが良いじゃろう。専攻のスキルはレンタルスキルか?」

「いえ、スキル全般ですね。アレはわたしの能力ありきの個人的な研究の成果なので、万人に向けた魔塔での研究には相応しくありませんよ」

「それは残念じゃのう。国の上層部はレンタルスキルの詳細を知りたがっておったがな」

「技術的な詳細を明かすメリットがありませんね」

「ま、そうじゃろうな」

「秘匿しても問題ありませんよね?」

「自らの秘儀を隠すのは魔塔主として普通じゃから大丈夫じゃよ。権力は魔塔主たるわしらのほうが上じゃから気にせんでよいぞ。魔塔から何かしらの研究成果を出して国に貢献してくれれば良い」

「それなら良かったです。では、黒の魔塔内を案内してくれる者達が待っていますので、そろそろいきますね」

「んん? おお、本当じゃな」


 どうやら、カンナは一つのことに集中すると周りのことが疎かになるタイプらしい。
 今の場合は新任魔塔主である俺との話に集中していたから気付かなかったようだ。


「では頑張るんじゃぞー。セジウムで分からんことがあればいつでも白の魔塔に尋ねにくるが良い」

「ええ、その時はお世話になります」

「うむ。では、さらばじゃ!」


 転移魔法を発動して去っていくカンナを見送ると、黒の魔塔の出入り口のほうへと振り返る。
 そこではパッと見で十数人ほどの、黒の魔塔に所属する老若男女達が待っているのが見えた。
 遠目にも全員が緊張している様子が見て取れる。
 俺の人となりが分からないのもあるだろうが、このセジウムにおける魔塔主、または賢者は、他国で例えるならば王族のような扱いらしい。
 人となりが分からない雲の上のような存在との初の邂逅なのだから、この反応は当然だろう。

 就任式典用に装備していた、魔塔主専用のローブと黒の魔塔主の証たる黒いオリハルコンチェーンに繋がれた〈賢者の石〉のネックレスは今も身に付けたままだ。
 ローブの下に着ている装束も、今日のために製作したデザイン性と実用性を兼ね備えた魔導具であり、衣装一式の等級も遺物レリック級で揃えている。
 格好は問題無いだろうが……念のため、交渉に役立ちそうなスキルがちゃんと発動しているか、いつも以上にしっかりと確認しておく。
 【無表情ポーカーフェイス】【礼儀作法】【上位種の威厳】【君臨する者】【帝王魅威カリスマ】【組織経営】【一括統率】【百戦錬磨の交渉術】【親愛なる好感】【万物干渉強化】【群れを率いる者】……あとはリーゼロッテから借りている【傲慢の君主】か。
 やり過ぎかとも思うが、まぁ、最初が肝心だし、今日だけは全て発動させておくとしよう。
 刹那のうちに身嗜みなどの確認を済ませると、黒の魔塔の出入り口の方へと向かっていった。


 
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