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第八章
第百九十話 大抽選会
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「ーーご歓談中に失礼致します、エクスヴェル会長。そろそろお時間です」
新年の式典の後に開かれた団欒の場にて、次々とやってくる帝国貴族達と言葉を交わしていると、帝都支店の支配人であるミリアリアが声を掛けてきた。
高位貴族の血を引くだけあって、こういった煌びやかな社交場に現れるのに必要以上に気後れはしていないようだ。
「ああ、もうそんな時間か。それでは皆様。名残惜しいですが、商会のほうの行事の予定がございますので、このあたりでお暇をいただきます」
「おお、それは残念ですな」
「大変興味深いお話だったのですが、元々の予定ならば仕方ありませんか」
「行事の最後のあたりには面白いモノが見れるかと思いますので、お時間がよろしければ皆様も是非お越しください。観客が多いですが、貴族用のスペースも用意してありますので大人数でなければ問題無いありません」
「ほほう、それは楽しみです」
会話相手の貴族達は、前もって予定があることを伝えていたのもあって快く送り出してくれた。
まぁ、色々と話題の俺に好印象を与えたいのもありそうだけど。
「コホン。エクスヴェル卿、娘共々一週間ほど帝都の屋敷に滞在しておりますので、お時間がありましたら、我が家でコレクションしている魔導具を見にいらしてください」
「ええ、時間に余裕が出来ましたら」
「その時は私もお邪魔しますので……私が同行しても構いませんね?」
「も、勿論ですとも。リーゼロッテ王女のご来訪もお待ちしております」
別れ際に貴族の一人がリーゼロッテに撃退されたのを最後に、三人で団欒の場を後にする。
リーゼロッテはパートナーとして連れてきたが、母国であるユグドラシア王国の代表としても式典に参加していた。
新年の式典には、基本的にアークディア帝国の貴族家の当主しか参加できないのだが、駐在している友好国の大使や神塔星教の帝国支部の代表などは例外的に参加することができる。
リーゼロッテはこのような場に出席する大義名分を得るために、年末パーティー後にユグドラシアの使節団が滞在している迎賓館に押し掛けて、自分の叔父から臨時大使の座を勝ち取っ……貰ってきていた。
久しぶりに会いに行ってくるというから安心して送り出したらコレだよ。
ドヤ顔で臨時大使を認める書状などを見せてきたのは可愛いかったけど、リーゼロッテの叔父が哀れだ……まぁ、姪のリーゼロッテには甘いらしいから本望かもな。
「一応言っておくが、社交辞令だぞ?」
「分かっています。ですが、それはそれです。せっかく他の者達もいるのですから、牽制しておくに越したことはありません……ところで、ミリアリア」
「はい、なんでしょうか?」
「何故、その色のイヤリングを付けてきているのです?」
「連絡役を任された身とはいえ、此処はリオン様の晴れ舞台の場ですから。リオン様にいただいたコレを付けることにしただけです」
「そうですか。私はてっきり帝国の貴族達と祖父である宰相に、自分が誰の寵愛を受けているかを見せつけるために付けているかと思いましたよ」
ダークエルフ族であるミリアリアの耳では、俺の瞳の色と同じアメジストのような濃紫色の魔宝石を使ったイヤリングが輝きを放っている。
リーゼロッテが身に付けている物ほど高価ではないが、上級貴族の血を引いているとはいえ、下級貴族の娘であるミリアリアが買えるような代物ではない。
リーゼロッテが付けているイヤリングとはデザインがよく似ていることからも、ミリアリアの立ち位置がリーゼロッテと近しいことを暗に示していた。
公の場でパートナーを象徴する色の宝石を使った装身具を身に付けて、周囲に自分達の仲の良さを示すという、この世界の上流階級ならではの慣習を利用するあたり、ミリアリアも中々賢しい。
新進気鋭のドラウプニル商会の帝都支店のトップであるミリアリアが独身であるためか、最近はよその商会や下級貴族からの縁談の話が増えていると寝物語に聞いていた。
その対策なども兼ねてイヤリングを作って渡したのだが、まさか付けて登城するとは思わなかったな。
「……あ、時間が押していますので急ぎましょう」
「そうだな。ほら、リーゼ。話は後で俺が聞いてやるから」
「いつの間に渡したのですか?」
「後でな、後で」
誰が聞いているか分からないから、寝室で二人っきりの時に渡したなんて言うわけにはいかない。
◆◇◆◇◆◇
新年一日目のお昼時。
ドラウプニル商会帝都支店前の広場には多くの人々が集まっていた。
大半は一般人の老若男女だが、中には冒険者やら貴族の使用人やらもいる。
少し離れたところには複数の貴族や護衛の騎士達もおり、その全ての人々が自らが持つ一枚のカードを凝視していた。
そんな彼らの前にあるステージに司会役を務める商会員の兎人族の美女が登壇し、マイク型拡声魔導具を起動させる。
「この場に集まってくださった当商会の会員の皆様に抽選カードは行き渡ったでしょうか? 行き渡ったようですね。それでは、第一回ドラウプニル商会新年大抽選会を開催致します!」
「「「ワァアアアアー!!!!」」」
この世界ではたぶん初めてな、ありそうでなかった新年の抽選会を開催した理由は幾つかあるが、予想を超える盛り上がりだな。
広場に響き渡る歓声は帝都支店だけでなく、遠く離れた神迷宮都市アルヴァアインにある商会本店前でも起こっていた。
本店の方は、アルヴァアインの土地柄から冒険者の割合が圧倒的であるため、その沸き起こる歓声の大きさは帝都支店前を上回っている。
【万里眼】で向こうの様子を見ながら、特設ステージの上にある装置にも目を向ける。
直径三メートル大の卵に似た型の装置は、中央部の中身が見える構造になっており、その透明の容器の中には色取り取りのボールが入っており、その一つ一つには異なる番号が振られている。
「では、装置を起動します!」
改めて大抽選会の説明をしていた司会娘が抽選装置のスイッチを入れる。
抽選装置の中に乱気流が発生したことによって、重さの軽い番号付きボールが装置内を動き回りだした。
この光景は俺が魔法を使ってアルヴァアインの方にも中継しているのだが、向こうに送っているのは映像だけで、こちらの音声は送っていない。
向こうは向こうで別の司会役がいるため、音声までは必要無いと思ったからだ。
進行スケジュールは同じだし、本店の支配人であるヒルダにだけは音声も送っているから特に問題はないだろう。
「我らが商会長であるリオン様には、この中で動き回っているボールの中から五つを掴み取っていただきます。その五つの番号が各景品の当選番号になります」
景品は一番下の七等から始まり、六等、五等と続いていき、一等の景品までが公開されている。
その一等の更に上には特等の景品もあるのだが、これに関しては当たってからのお楽しみだ。
特等の横には、〈ドラウプニル商会の未発表新規事業の先行体験・新商品〉とだけ表記されているので、色んな憶測を呼んでいるが、自力で正解に辿り着ける者はいないだろう。
なお、七等は、ドラウプニル商会で販売している米か麦を三ヶ月分(四人家族換算)を五十名分。
六等は、ドラウプニル商会の商品で使える千オウロ商品券十枚セットを二十名分。
五等は、千オウロ商品券五十枚セットを十五名分。
四等は、千オウロ商品券五十枚と高級ポーションの詰め合わせ五種二本ずつの十本セットを十名分。
三等は、三十万オウロ相当の宝物級の武具系魔導具一つ(リストから選択)を三名分。
二等は、百万オウロ相当の遺物級の武具系魔導具一つ(リストから選択)を二名分。
一等は、二百万オウロ相当の遺物級の武具系魔導具一つ(リストから選択)を一名分。
そして、最後の特等のシークレットが三名分、となっている。
ちなみに、帝都エルデアスと神迷宮都市アルヴァアインの現在の物価はほぼ同じぐらいで、前世の円に換算すると一オウロあたり約四十円ほどになる。
「七等の景品は数が数なので、予め五十名分の番号を抽選してあります。抽選会後に当商会の店舗前にて他の景品の当選番号とともに開示致しますので、他の景品に外れたからといって抽選カードを捨てたりしないでくださいね!」
流石に一番下の景品の抽選を五十回もするのは面倒だからな。
次の二十名分と十五名分も面倒だが、まぁ新年行事と考えれば楽な部類だろう。
「さぁ、皆さんも待ちきれませんよね? さっそく六等から始めていきましょう! リオン様、よろしくお願い致します!」
「ああ」
司会娘のテンションもかなり上がってきたなぁ、と思いつつ椅子から立ち上がり抽選装置の横へと移動する。
本店の方も含めると一千人前後の観客達からの視線を浴びつつ、顔を正面に向けたまま抽選装置の取り出し口に手を突っ込む。
Sランク冒険者の動体視力ならば狙ったボールを掴み取るのは容易いので、不正防止のために顔を正面に向けているのだが、【強欲なる識覚領域】を使えば肉眼で直視したのと変わらない精度で視ることが可能だったりする。
まぁ、だからといって不正をするつもりは無いのだが。
「記念すべき一つ目の番号はーー」
司会娘の司会進行に従って次々とボールを掴み取っていく。
それぞれの会場が盛り上がるごとに俺の知名度や名声が上がっていき、覚醒称号である〈黄金蒐覇〉の効果が増していくのを感じる。
狙い通りの成果に一人静かに満足しながら、ボールを適当にキャッチし続けていく。
抽選開始から数時間が経った頃、三等二等一等と進むたびに凄まじい盛り上がりを見せた会場の熱気のせいで、冬の季節なのに夏の季節だと錯覚しそうになる。
それぞれの武具系魔導具に当選したのは、冒険者が三人に、とある下級貴族家の当主、別の下級貴族家の当主夫人、近衛騎士が一人ずつの六名だ。
面白いぐらいに一般人がいないが、これは一般人が数十万オウロ以上もする武具系魔導具を得ることによるトラブルを防ぐために、敢えて当選者を調整したからだ。
帝都もアルヴァアインも、この世界では治安の良いほうに入る地域ではあるが、数十万オウロのアイテムともなれば生死に関わるレベルの事件に遭う可能性が高い。
貴族のような社会的身分や、冒険者のような個人的な武力を持っていない一般人にとっては、色んな意味で危険過ぎる代物なのだ。
【情報賢能】内に記録している会員番号と渡した抽選カードの番号を照らし合わせ、【大賢者の星霊核】の演算能力を駆使して一般人の抽選カードの番号になるのを避けながらボールをキャッチしていった。
一般人の身の安全のためなので、コレは不正にはならないだろう。
当選した近衛騎士は仕事中なので抽選会場に来ていたのは代理の使用人だったが、それ以外の当選者達には本人にステージに上がってもらい、交換リスト表を俺が一人一人手渡しした。
アルヴァアインの方で当選した冒険者達三人にも、転移魔法で移動して俺が直接手渡ししに行っている。
どの武具系魔導具にするかを決めたら、当選した本人が店舗に伝えに来てもらい、抽選カードと景品を交換する仕様だ。
仮に抽選カードを紛失しても、既に当選者は記録しているので問題無いが、それは別に言う必要は無いだろう。
「それでは最後に残りました、特等の抽選を開始致しましょう! ですが、その前に。ドラウプニル商会のトップであり、今日の昼前に発表がありましたように賢塔国セジウムを代表する魔塔主の一人に選ばれました、リオン・エクスヴェル様にこの商品の開発者として、特等の内容を発表していただきたいと思います!」
「「「ワァアアアアー!!!!」」」
ここからはアルヴァアインのほうにも特等の発表のために音声を中継している。
これまで以上の歓声を受けながら、マイク型拡声魔導具のスイッチを入れた。
「まず初めに言わせてもらいたい。この特等の景品は、これまでに無かったモノであり、おそらく世界で私にしか用意出来ないモノでしょう。何故ならば、私の能力と深く関わりがある代物だからです」
俺の物言いに二つの抽選会場が僅かにざわめき出す。
それを無視して言葉を続ける。
「その能力や使用されている技術などの詳細は秘匿させてもらいますが、この商品、いえ、サービスと言うべきかもしれませんね。このサービスを利用した方は、金銭と引き換えに新たな力を得ることが可能になります」
「そのサービスとは一体?」
事前の打ち合わせ通りに合いの手を入れた司会娘に小さく頷きを返してから、指を鳴らす。
すると、特設ステージの下から黒い筐体が迫り上がってきた。
「この黒い物体の名称は〈賢魔の権能碑〉。近日開始する新規事業である〈スキルレンタル業〉の根幹となる魔導装置です。特等に当選された三名の方には、このスキルレンタルを本サービス開始前に、特別に無料で体験していただきたく思います」
一瞬の静寂の後に、これまでの盛り上がりとはベクトルの異なる困惑と驚愕に染まった声で会場が満たされる。
そう、このスキルレンタル業の先行お披露目こそが、今回の大抽選会の主な目的だ。
各々の身分に関係なく、二つの大都市の多くの人々にスキルレンタル業のことが知れ渡ることだろう。
期待以上の反応に軽く目を見張りつつ、スキルレンタルについての説明を行うために口を開くのだった。
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